Vol.3 Sovietwaveトラックガイド
わたしたち自身の持つ価値観や、世界や周りの環境が絶えず変化し続けることで、カルチャーに対する眼差しが移り変わる。カルチャーが持つ従来の評価と、それを取り巻く人々の目線の間にねじれが生じて、新たに生まれたアイデンティティ。そんな「アイデンティティのねじれ」を紐解き、カルチャーに対する解釈が生まれ変わる文脈を追う。Vol.1で扱ったSovietwaveの理解を深めるための導入として、Sovietwaveと関連するアーティストとバンドから、ソ連のノスタルジーが生まれる源流を辿る。
Vol.1 Sovietwave – 時代の移り変わりでねじれるソ連のノスタルジーのリンクはこちら。
Sovietwaveはソビエト社会主義共和国連邦(以下、ソ連)へのノスタルジーを表現した音楽ムーブメントだ。2010年前半からロシア語圏のアーティストによってシーンが形成され始めている。ロシア語のタイトルやラジオ音声のサンプリング、ソ連下の宇宙開発や、荘厳な美学が表現されたブルータリズム建築などのカルチャーからノスタルジックな心情を抽出し、音楽として表現されている。またレトロシンセサイザーのメロディやサウンドの部分には、80年代ソ連のニューウェーブ、ポストパンク・シーンからの影響が伺える。
日本にとって、近くて遠い国のロシア、そしてソ連。政治的にも文化的にも全く違った歴史を歩んできた国だが、Sovietwaveを聴いていると少しだけソ連に抱く美化された記憶に郷愁が感じられる気がする。本記事ではSovietwaveシーンを代表する7人のアーティスト、バンドを紹介する。
ここではそのインスピレーションとなったソ連のバンドまで遡っていくことで、当時を経験していない世代のアーティストが、想像力を持って解釈することで生まれた架空のファンタジーとも言えるSovietwaveの世界に飛び込んでみてほしい。
Sovietwaveの前史
1. Alyans(アリーヤンス)
活動年 1981年 –
1980年代からモスクワを拠点に活動していたシンセポップバンドAlyansはSovietwaveを語る上で避けては通れない。Depeche Mode(デペッシュ・モード)やNew Order(ニュー・オーダー)から影響を受けたエレクトロポップを思わせる代表曲“На заре”(ナ・ザレ)は、1987年に国内でリリースされブレイクしたが、、今やロシアだけでなく世界中のリスナーにまでリーチしている。2019年、キーボードであるOleg Parastaev(オレグ・パラスタエフ)がYouTubeにライブ映像をアップロードした。そのライブ映像は音楽だけでなく作曲者でもあるシンセサイザー担当のOleg Parastaevのアロハシャツにレトロフューチャー的なサングラスという強烈なヴィジュアルも手伝ってインターネット上で小さなバズを引き起こした曲としても知られている。竹内まりやの“プラスティック・ラブ”が時代を経てインターネットを経由し、世界の音楽ファンに発見されように、ソ連からロシアへの移行を経験した世代のいわば「懐メロ」であった“На заре”がロシア以外の国のリスナーに見つかり、不思議と郷愁をそそる音楽として評価された。当時の西側諸国のニューウェーブ・バンドに比べるとメロディーとサウンド自体はチープな印象だと言わざるを得ない。しかしSovietwaveが生み出す、時代を経たノスタルジアの表現手法に強い影響を与えた。流行のエレポップという認知から、遠い過去のソ連へのノスタルジーを感じる音楽へと、時間の経過と共にアイデンティティーを変化させSovietwaveへ受け継がれていったバンドだ。
2. Zodiac (ゾディアック)
活動年 – 1980年 – 1992年 (2010年再結成)
初めてZodiacの“Provincial Disco”を聴いた時、YMOを思い出した。実際に80年代には日本で「ソ連のYMO」と呼ばれていたZodiacは当時ソ連の一部であったラトビアを拠点に活動しており、国営放送の海外向け番組で紹介されたり、英語版で楽曲をリリースするなど、当時数少ない「西側諸国に名の知れたバンド」だった。アンダーグラウンドなロック・サウンドや、ニューウェーブ、ポストパンク・バンドがシーンの主流だった80年代のソ連で存在感を放つテクノ・バンドだったと言える。後述するロシアのトランスユニットであるPPKがZodiacによるセルフタイトル曲“Zodiac”をサンプリングし、2002年に“Reload”(リロード)として発表。Sovietwaveの始まりとも言えるサウンドを作り上げるなど、多くのSovietwaveアーティストがレファレンスとするテクノ・サウンドを構築した。
3. Eduard Artemyev(エドゥアルド・アルテミエフ)
活動年 1937年 –
シンセサイザーのメロディーが放つノスタルジーがSovietwaveを構成する要素として最重要だと定義づけたのはEduard Artemyevなのかもしれない。ソ連における電子音楽の祖と呼ばれる彼は、1979年に公開された映画『シベリアーデ』のテーマ曲“Death of a Hero”(デス・オブ・ア・ヒーロー)を作曲。その後ロシアのトランスデュオのPPKが2001年に“ResuRection”(リザレクション)と言うタイトルでカバーし、大ヒットした。さらにはSovietwaveにカテゴライズされるベラルーシのアーティストであるBuran(ブラン)が“Death of a Hero”の郷愁漂うシンセサイザーのメロディーラインだけを抽出し、ローファイな仕上がりでサンプリングした曲“Resurrection”も2019年に発表。ソ連の荒涼な雪景色と宇宙開発への希望が入り混じるノスタルジーを強く印象づけている。映画『シベリアーデ』の舞台は20世紀初頭の極寒のシベリア。そこで生まれる家族や戦争を巡る物語のために作られた音楽は、公開から40年以上たった今、映画から独立した音楽として当時を知らないPPKやBuranたちにはノスタルジーを与える音楽として認識されている。本人は意図しなかった捉えられ方をされたArtemyevの楽曲は形を変えて受け継がれ、今ではSovietwaveの定義となるアイデンティティを獲得している。
Sovietwaveの勃興
4. PPK
活動年 1997年 –
1999年に結成されたロシアのトランス系デュオのPPKは、そのアッパーなダンスミュージックがアイデンティティである一方、静的でノスタルジックなSovietwaveのシグネチャーと認識される音色とメロディーを作り上げたグループだ。上で取り上げたEduard Artemyev(エドゥアルド・アルテミエフ)が1979年に制作した『シベリアーデ』のテーマ曲“Death Of a Hero”をサンプリングした“ResuRection”(2001年)で一躍有名に。“ResuRection”のオリジナル版は四つ打ちで重低音が響くダンスミュージックなのだが、そのリミックス版である“ResuRection(Robot’s Outro)”は切ないローファイでレトロシンセのフレーズがソ連への郷愁を駆り立てるノスタルジーが詰まっている。また、“ResuRection”はSovietwaveの最初期の楽曲として認知されており、YouTubeやSoundCloudなどにアップされている多くのSovietwaveのプレイリストにラインナップされている。現在のSovietwaveの精神性の形成に貢献した重要グループだ。
5. Маяк(マヤーク)
活動年 2013年 – 2014年
2010年代前半にそのムーブメントが形を帯びてきたSovietwaveを代表するアーティストМаяк。特に2013年にリリースされたアルバム『Река』はSovietwaveの音楽性を示した作品だ。ソ連の薄暗くて盲目的な共産主義下の不穏な空気感を、優しいけれど無機質な音で表現したSovietwaveではあるが、Маякの作る音楽はどこか温かみがあり、二度と帰ってこない想像上のソ連に対する郷愁が明暗どちらでも表現されている。1曲目の“Река”ではしっとりとスローなテンポで物悲しさが増幅されるような、ひんやりとしたテクスチャーのサウンドかと思えば、“Родина”(ロディーナ)では四つ打ちのバスドラムに乗っかる軽快なシンセサイザーでノスタルジーをリスナーに投げかける。また同時期に流行したChillwaveともノイズのサンプリングやローファイなサウンドプロダクションなど近しい要素が見て取れるが、「ソ連のノスタルジー」というフィルターを通すことで、存在しないユートピアへゆらゆらと漂い向かうような浮遊感が立ち上ることに驚く。
6. Proton-4(プロトン4)
活動年 2015年 –
ウクライナのトラックメイカーOleg Marchenko(オレグ・マルチェンコ)によるSovietwaveプロジェクト、Proton-4は2015年から4枚のアルバムをリリースしており、シーンの中でも存在感を高めている。プロジェクト名のProton-4は、ソ連時代に打ち上げられた人口衛星の名前から取られており、Sovietwaveのキーワードである「宇宙」がダイレクトに主張されている。パッドシンセが裏で鳴り続け、多様な音色のシンセサイザーが重なったサウンドには、虚無感とノスタルジーの同居が表現されているのが特徴。ソ連下ではプロパガンダの掲揚として利用された宇宙開発だったが、ソ連崩壊後しだいにその政治色が抜け出し、宇宙に希望を見出していたころのレトロフューチャー的な郷愁としてSovietwaveに取り込まれいった。しかし、本来ロシアの人々しか感じないであろう「ソ連を懐かしむ気持ち」が、なぜか僕にはProton-4から感じられた。想像力によって補完され、ユートピア主義の正の側面が大きくなった架空のソ連には、普遍的なノスタルジックな感情が刺激される。デジャブとも呼べる不思議な感情をぜひ味わってみてほしい。
7. 20 Years
活動年 2018年 –
20 Yearsは2020年現在、最新のSovietwaveを代表するアーティストだと僕は捉えている。2020年12月にリリースされたばかりのアルバム『И В Небе Звёзды Зажглись』に収録されている同名の楽曲“Взвейтесь Кострами”(焚き火を起こせ)はまさにSovietwave的なアプローチで製作されている。元々は1922年にソ連下で作られた同じ曲名の合唱曲だったが、レトロシンセでそのメロディをサンプリングすることで再現されている。エレキベースの低音は、アルペジオや空間いっぱいに広がるパッドが作る浮遊感を強調していて、私には縁のゆかりもないソ連の共産主義プロパガンダの合唱曲のメロディにノスタルジーを感じてしまう。ソ連の音楽やカルチャーを元ネタした楽曲はSovietwaveには多く見られるが、ただインスピレーション源のノスタルジアに頼った「身内ネタ」に留まらず、ゲーム音楽とも通じるようなファンタジーな物語をソ連を知る人間以外にもシェアするような作品に仕上げている。20 Yearsは現行のテクノやSynthwaveアーティストと肩を並べながら、ソ連の「物悲しい雪国感」を表現するという複雑なアプローチを取っているが、不思議と取っ付きにくさがない。Sovietwaveが気になるけれどどこから入ればいいかわからない、と思う人にすすめたくなるアーティストだ。
WRITER
-
奈良県生まれで東京在住のライター。普段はSleepyhead_blogというインディーロックを中心に扱う音楽ブログを運営しています。Tame ImpalaとLostageが好きです。
OTHER POSTS