COLUMN

回想、渦巻くシーンの外側で

京都を離れて12年。僕は今、大阪に住んでいる。

 

1983年の京都に生まれ、京都に育ち、京都でバンドを始めた。2009年に仕事の配属で離れることになって以降も、ライブを企画する拠点は今でも京都だし、ライブに誘われるのも京都が多い。僕らのことを認識してくれている人の大半が、bedのことを「京都のバンド」だと思ってくれていることだろう。だから自分たちもそこに帰属意識めいたものは持っている。だけど、この10年間のインディー音楽シーンを、ライブハウスシーンを振り返るとそれは僕にとって既に「外から見たもの」になる。

MUSIC 2021.12.01 Written By 山口 将司

山口将司

1983年京都生まれ。2005年京都で結成したツインギターツインボーカルスタイルのインセイン4ピースギターロックバンドbedにてギターと歌を担当。
これまでにiscollage collective、3P3B、stiffslack等から作品をリリース。2013年以降はメンバー全員が大阪府在住となるも、京都でのライブを中心としたインディペンデントな活動を今も続けている。

 

京都は、どこまでも学生の街だ。大体4〜6年周期で中心にいる人たちが変わっていく。僕たちがその中心にいたことはないが、いつも少し離れた場所から入れ替わるシーンの中心を見てきた。

 

京都のインディーズシーンの一つの象徴、『ボロフェスタ』がスタートしたのが2002年。〈西部講堂〉で始まったそのイベントを、まだバンドもロクに始めていない僕は周りの友人と見に行った。10代後半から20代前半の頃までしか許されない、自分たちが何者かであるような、「どんなもんか見てやろうじゃないか」的な気持ちと一緒に。

 

Limited Express (has gone?)、FLUID、ゆーきゃんといった、どうやら自分たちより少しだけ上の世代の人たちが新しい音楽シーンを作ろうとしているらしい。そこに強烈な嫉妬心を持ったと同時に、演者もスタッフも、学生が中心となって作り上げているそのムードに、若かった僕らは、「ああいう人たちの思い通りにはならねえよ」と、まるでZERO-ONE旗揚げ戦で橋本真也に対峙した三沢光晴ばりの対抗心を燃やした。「俺たちは俺たちのやり方で、学生シーン以外の価値観を作ってやる」と言わんばかりに。

 

 

2003年から自分も本格的にバンドを始める。ライブは当時も今も敬愛しているup and comingのメンバーが働いており、自分も高校生の頃から出入りしていた祇園の〈WHOOPEE’S〉や、よく海外勢の来日公演を行っていた西院の〈OOH-LA-LA〉での出演が多かった。

 

丸太町〈ネガポジ〉や木屋町〈EAST〉でもライブをしたが、「〈WHOOPEE’S〉以外はノルマがなかったから」というのが主な理由で、そんな理由で出るブッキングライブはびっくりするほどなにも生まれない。もどかしさが募り、次第に自分たちで企画を打つようになった。

 

そのような、ときに鬱屈とした想いを抱えながらも活動を続けていると、ブログやBBSの普及と一緒に、本当に少しずつだが交友が増えていく。そしてライブとそれに合わせて作った拙いデモ音源をきっかけに、ハコブッキング以外のライブにも声がかかるようになり、少しずつ風向きは変わっていった。

 

時を同じくして、“『ボロフェスタ』的なるもの” に共に対抗意識を燃やし、毎晩のように集っていた友達のバンド、dOPPOがボロフェスタに出演することになった。2006年、〈京大西部講堂〉。思えば、恐ろしく感動的だった15年前のこの日のdOPPOのステージが、自分の一つの転換点だったのかもしれない。
登場SEは、まだその時点でミックスまでしか完成していないbedの1st EP。ライブの後半にギターで参加した僕に、dOPPOのGt/Voの橋本はこう言った(2004年まで僕はメンバーだった)。

 

「山口君も、なんとしてでも演者で出たかったやろ、〈ボロフェスタ〉。今日がその日や」

 

 

僕らにとって特別だった日は、僕ら以外の人にとっても少し特別で、なにかを変えたのかもしれない。その後に同ステージに登場したFLUIDのGt/VoのJxCx氏がライブMCで叫んだ。

 

「〈ボロフェスタ〉が大好きです。だからこそI Hate〈ボロフェスタ〉!」

 

主催メンバーとしてステージに立つFLUIDも、なにかを感じていたのだろうか。今まで僕たちが対抗意識を燃やしていたはずのボロフェスタ的な価値観、言ってしまえば〝あの人たちにとっての京都〟も、意外とそう遠い存在ではなかったのかもしれない。この日の少し前に、FLUIDとdOPPOが急接近し、『僕の京都を壊して』という企画も共催されていたことが結びつく(後にFLUIDの単独企画として続いていく)。

 

 

これ以降、『ボロフェスタ』への対抗意識めいたものは急速に薄れていった。それと同時にbedは前に進みだしたのだ。

 

京都が自分にとってそれなりに居場所として感じられるようになった頃、2009年の4月に僕は街を離れることになる。bedの前身バンドから数えて丁度6年が経っていた。京都という町は、4〜6年で人が入れ替わる。僕自身もその一人だったわけだ。その後、2009年から2011年の震災の終わりまで、僕は東京で暮らした。

 

東京での勤務を経てからは京都に戻らず、仕事を選んで大阪に住むことにした。その間、dOPPOは京都と名古屋の遠距離バンドになりながらも活動を継続。気がつけば彼らを慕う下の世代が現れたことを知る。岡村君という男がその筆頭らしい。

 

ある日、〈CLUB METRO〉の店長となっていたJxCx氏が、若いバンド連中とライブ企画をスタートさせることを知った。『感染ライブ』、例の岡村君が2010年からはじめたodd eyesも関わっていると聞く。他にも、salt of lifeやHi,How Are You?の原田君などブッキングに関わるメンバーは複数いたようで、知らないバンドが毎回たくさん出演していた。パンクも、フォークも、バンドも、DJも、なんでもいた。

 

 

その場所にオーディエンスとして、時には演者として立ち合い、彼らと沢山話をしたが、いつも音楽の話ばかり。どんな信念があるかとか、今の京都をどう思うかとか、そんなことはどうでもいい。ただ良い音楽があればそれでいい、と言われているようだった。それは恐ろしく刺激的で、鮮烈で、そして心地よかった。

 

そんな空間を味わうために人が集まり、バンドが集まる。Homecomings、ロンリー、manchester school≡、下山(当時)……住んでる場所もなにもかも違う人たち。音楽が、ライブがかっこよければ自然とつながっていく。

 

その頃には『ボロフェスタ』は〈KBSホール〉と〈CLUB METRO〉で開催されるようになり、感染ライブで見かけたバンドたちが続々と出演するようになっていた。過度の馴れ合いや依存のない関係は、さほど場所や企画に思い入れを持ちすぎることなく次へ進んでいく。感染ライブに出ていた面々も、それぞれが自分たちの活動を深めていった。

 

これが全て2010~2011年あたりに始まった出来事だ。今振り返っても自分が京都を離れてからの数年で、僕の知る京都が大きく変わったのは間違いない。あんなに嫉妬心や対抗意識を燃やし、消すことのできなかった思いは、わずか2年ほどで自分たちよりずっと若い面々によって鮮やかに塗り替えられていった。

 

そしてまた、4~6年周期が経ち京都という場所は顔を変えていく。

 

dOPPOは解散し、主要なメンバーは音楽から一旦距離を置いた。僕にとっての京都は、dOPPOのメンバーと共にあったからこそ寂しさはある。だが、そこに思ったほどの喪失感はない。『感染ライブ』があり、odd eyesがいて、彼らが教えてくれたたくさんの音楽があった。そこからまた新しい場所が生まれ、古い場所とリンクしていく。喪失感を得ている時間すらもったいなかったのだ。時間は、休んではくれない。

 

現在過去未来、人は集まり、離れ、そしてまた集まる。2021年の京都に『感染ライブ』はない。『ボロフェスタ』は続いている。

 

変わるもの、変わらぬもの。京都に住んでいた連中もずいぶんと街を離れていった。遠くで音楽を続けているものも、一旦距離を置いているものも、時々戻ってくるものも、いる(up and comingは15年ぶりくらいに新しい音源をリリースしたらしい)。全てを見送ってきたのが、京都という街なのかもしれない。

多分今日もまた、京都の音楽の、新しい10年はどこかで始まりを迎えている。また僕はそれを、外から眺め、時には中に入って見渡すことだろう。自分の生まれ育ったこの街に、なにか特別なものがあるのか、それは分からない。それでもこれからも、京都で音楽を鳴らし、京都で鳴る音に耳をすませるのだと思う。

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