MEET ONE’S LOOK – 北欧ライフスタイルマガジン a quiet day –
北欧ライフスタイルマガジン a quiet day
編集長・岩井 謙介さんが2010年から旅を続け、2015年に創刊したインディペンデントマガジン。毎号異なるテーマを軸に、北欧や日本の国内外のクリエイターたちへのインタビューを掲載している。
北欧のライフスタイルを多角的に発信する『a quiet day』
北欧ライフスタイル。この言葉からどんなイメージが浮かぶだろうか。
まずは、白と木目を基調にした空間。そこには、シンプルかつ洗練されたインテリアが置かれ、ところどころに観葉植物やテキスタイルが彩を添える……。『北欧ライフスタイルマガジン a quiet day(以下、a quiet day)』というタイトルを目にした時に、そんな理想的な空間で営まれる北欧の人々の暮らしを紹介しているのではないか、と思った。
『a quiet day』は2015年12月に東京・青山で始まった『Nordic Lifestyle Market』のオフィシャルマガジンとして刊行された。マーケットでは北欧のクラフトやアート、ヴィンテージ、食品などのプロダクトを販売し、『a quiet day』では編集長・岩井さんが北欧をはじめ、日本国内のクリエイター(デザイナー、作り手、ギャラリーのオーナーなど)へのインタビュー記事も掲載。もの、ひと、ことを通じて北欧のライフスタイルを多角的に発信している。次第に全国の書店やセレクトショップにPOP UPストアを出店したり、オンラインショップを運営したりと活動の幅は広がっていった。編集部には数名のメンバーが所属し12号まで刊行されているが、創刊号から4号までは岩井さんがライティング、編集、写真、デザインをすべて手がけていたそうだ。当初、大手企業に勤めながら活動していた彼を駆り立てたものは何だったのか。
北欧で出会った「好きなものに囲まれる暮らし」
岩井さんと北欧の出会いは学生時代にさかのぼる。当時、北欧系企業に関するビジネス書に刺激を受けて、フィンランドを訪れたという。とある街中で蚤の市に出くわし、人々が雑貨やインテリアを売買する姿を目にした。そこで、流行を追いかけるのではなく、数十年前につくられたものでもそのものが持つデザインや実用性に価値を見出して、生活に取り入れる。そんなしなやかな美意識や価値観に触れた。就職後も長期休暇を利用して北欧に通い、滞在時の様子をブログで発信するようになっていく。しかし、何回訪れても抜けない旅人の感覚。埋められない距離。そこに感じたもどかしさが北欧への想いをさらに強めた。
ある日訪れた蚤の市。岩井さんは現地のファッションデザイナーと知り合い、後日彼の自宅に招かれた。部屋に置かれていたのは、蚤の市などで買い集めた品々。そこには、「好きなものに囲まれる暮らし」が広がっていた。岩井さんが本当の北欧ライフスタイルに出会ったのはこの時かもしれない。冬の長い北欧では自然と家で過ごす時間が長くなり、日照時間の短さから気分も沈みやすくなる。少しでも気持ちを明るくできないだろうか。どうやったら居心地よく過ごせるだろうか。そんな願いから、北欧では室内のインテリアを重視する傾向が強い。自分にとって一番いいもの、自分がより良く生きるために必要なもの。それらに囲まれた生活には、常に自分の感性や価値観を見失わず、自己肯定感を保つ術が詰まっている。
ファッションデザイナーの自宅で受けた衝撃を、北欧を旅する中で受けた感動を何らかの形にできないだろうか。そのアイデアが深化して、『Nordic Lifestyle Market』や『a quiet day』が生まれたのだ。
「生きる」と「つくる」の密接な関係性
創刊当時は『北欧、暮らしの道具店』など、北欧に暮らす人々のマインドやライフスタイルを提案するECメディアが普及し始めていた。実用性、デザイン性、精神性。それらを兼ね備えた北欧スタイルは、流行から一つのジャンルとして根付いていく。『a quiet day』がそれらと異なるのは、岩井さんの深遠な洞察力だ。
インタビュー記事ではクリエイターの活動や作品を掘り下げつつ、各号のテーマに沿って共通の質問を投げかけている。
- 愛ってどんなこと?
- 日々をよりよく過ごすアイデアとは?
- 自分に立ち返る音楽とは?
それぞれの質問に対してクリエイターは実にシンプルな言葉で答えている。むしろ端的な回答だからこそ、何度も読んで身体に沁みこませたくなる、普遍的な要素がつまっているのだ。また、自宅や工房など、クリエイターを取り巻く環境も写真で大きく紹介している。文章と写真を往復する中で見えてくるのは、「生きる」と「つくる」の密接な関係性だ。クリエイターの思考が反映された作品、作品と一体となった空間、空間が包み込むクリエイターの姿。そんな混然一体となった風景に、岩井さんのまなざしが注がれる。
「心の中に映る風景」をたどりながら
11号からは北欧だけでなく、日本のクリエイターにもその眼差しは広がっていく。さらに、2021年初頭には岩井さんが出生地・長野県上田市に移住して、同年12月に〈面影 book&craft〉をオープンさせた。そこでは、岩井さんが『a quiet day』を通じて出会ったクリエイターのプロダクトだけでなく、東京・下北沢の〈本屋 B&B〉に勤務していたパートナー・友美さんが選書した書籍も扱っている。気になったのは、店名の「面影」というキーワード。まさか、コロナ禍で海外に旅することが難しくなったから、北欧の面影をたどるような商品を取り扱っているのだろうか……。Webサイトを読むと、そんなことを一瞬でも思った自分が恥ずかしくなった。
また、「面影」は、人それぞれの記憶や感情と結びついています。
何か(誰か)の「面影」をふっと感じる瞬間というのは、その人にしか見えなくて、心の内側からしかやってきません。
自分自身と向き合う姿勢があるからこそ見える、「心の中に映る風景」。
こうした「心の中に映る風景」を知覚することで、ひとりひとりが感情や感覚に正直になり、自分への安心や信頼につながること。
面影 book&craftでは、テーマに沿ってセレクトされた本、どこかの街で生まれ旅をしてきたクラフトやインテリアデザイン、作り手と使い手などの人との出会いが生まれるギャラリーでの展示を通して、各々の「心の中に映る風景」や様々な視点を感じてもらい、そうした時間を分かち合い、共に感じる場を育みたいと考えています。
岩井さんが初めて北欧を訪れた時に、彼自身の幼き日のあたたかな記憶である「心の中に映る風景」と北欧のライフスタイルがリンクして、ほっとした気持ちになったという。
「心の中に映る風景」を認識することと「好きなものに囲まれる暮らし」を築くこと。それらの効能は、自分の感情や感覚を肯定することで一致する。『a quiet day』に登場するクリエイターの「つくる」は、1日、1日のふとした瞬間の感覚や感情の動きをそっとすくい上げて、肯定することから生まれるのではないだろうか。自分はどう感じて、どう思ったのか、自分を取り巻く世界に対してどう向き合うのか。その「生きる」プロセスと世界に対する自分のスタンスを「つくる」を通じて形にしているのだ。そんな彼らのマインドや暮らしをたどることは、世界に対するスタンス、ひいてはクリエイティブの本質を解き明かすことにつながる。岩井さんが『a quiet day』を通じて北欧のクリエイターと出会う旅は、自分の「心の中にある風景」とクリエイティブの本質をたどりながら、世界に対するスタンスを探る旅だったのかもしれない。
この雑誌を初めて見た時から、『a quiet day』と名付けられた意図を考えていた。最近ではコスパの良いものを求める風潮が高まり、限られた時間内に、労力をかけず、効率よく生きることが重視されている。倍速視聴で動画をみたり、サブスクリプションサービスでその日限りのファッションを楽しんだり。コスパを追求する時間はいつしか、私たちから心身の余裕を奪っていく。そんな生活の中で、心静かに過ごす日(a quiet day)はあるのだろうか。自分を省みる時間はあるのだろうか。
『a quiet day』は、そんな世間に対して否定するわけでもなく、静かにしなやかに生きる術を示唆している。その意思は〈面影 book&craft〉のInstagramにも見られる。
(面影 book&craftで)扱うもの全てそれらを使うごとに、来てくださった方、そしてそれを手にしてくださった方たち自身の持っている『時間』特に『体感時間』を伸ばしてくれるものたちなんだろうなと思います。(中略)だから面影 book&craftは、もしかしたら『時間屋さん』なんじゃないかなと思ってきました。
2015年にマーケットと雑誌から始まったメディアが、店舗に拡張していった。『時間屋さん』はこれまでの「生きる」プロセスを経てたどりついた、岩井さんたちのスタンスなのだ。これからも〈面影 book&craft〉をベースに、彼らの旅は続いていくのだろう。
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WRITER
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91年生、岡山出身、京都在住。平日は大阪で会社員、土日はカメラ片手に京都を徘徊、たまに着物で出没します。ビール、歴史、工芸を愛してやみません。
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