INTERVIEW

〈菓子屋のな〉の店主・名主川千恵さんに聞く、お菓子と人をつなぐ言葉の力とは

言葉を託された食べ物と人との間に生まれるコミュニケーションについて探る、特集『言葉の力 ♯食と言葉』。今回お話を伺ったのは、堀川五条にある〈菓子屋のな〉の店主・名主川千恵さんだ。この店を構える前は、老舗和菓子屋で腕を磨いていたという。そこで働きながらInstagramにオリジナルのお菓子を投稿すると、見た目の美しさはもちろん、彼女の紡ぐ言葉に多くの反響が寄せられるようになり、2020年5月に独立して〈菓子屋のな〉を開いた。

今回の取材で分かったのは、お菓子に添えられた言葉が見る人の心を引き寄せるフックになることだ。過去の記憶や題材となった作品に思いを巡らせ、時にコミュニケーションを生み出す言葉の力。その根底には、彼女の深い思索と熱情があった。

FOOD 2021.05.20 Written By 出原 真子

名主川さんの第一印象は、物腰の柔らかい女性だった。しかしお話を聞く中で彼女の内に秘められた情熱が垣間見え、取材中であることを忘れてついつい聞き入ってしまった。と思えば、インタビューの終盤に「のなちゃーん!」と近所の小学生が顔を覗かせておしゃべりするという気さくな一面も。「 あまり “和菓子” を意識せず、私の思う “お菓子” を作っていきたくて “菓子屋のな” と名乗りました」と話す彼女から、和菓子屋に対して勝手に抱いていた “敷居が高い” イメージが覆されるのを感じた。

名主川さんが自身のお菓子と一緒に言葉を発信している背景には、最初に勤務した老舗和菓子屋〈長久堂〉の工場長の存在が欠かせない。彼の考えた菓銘(かめい)※の美しさからお菓子における言葉の重要性を学んだ一方で、菓銘に込められた思いがお客様に伝わる機会の少ないことにもどかしさを感じていたそうだ。彼女の言葉に対する思いはどのような形で現在につながっているのだろう。……まずは、お店の看板商品である『アントニオとララ』から辿っていきたい。

※菓銘:最中や羊羹などお菓子の種類とは別につけられた名前で、その多くは短歌や俳句、花鳥風月、地域の歴史や名所に由来があります。

言葉を伝えるためにお菓子を作る。名主川さんの根底にある思いとは。

『アントニオとララ』焦がしキャラメル餡とトロピカル餡のあんこ玉に季節のハーブが添えられている
──

『アントニオとララ』が生まれた経緯を教えていただけますか?

名主川千恵さん(以下、名主川)

知り合いのバーの店主から「洋酒に合う和菓子を作ってほしい」という依頼を受けたことがきっかけです。焦がしキャラメル餡のお菓子が浮かんで、洋酒に合うかっこいい菓銘を考えていたら、アンデルセンの『即興詩人』に行き当たりました。

『即興詩人』の文庫本。ところどころに付箋が貼られ、何度も読み込んだ跡が見られる
──

『即興詩人』は森鴎外が翻訳したことでも有名な作品ですよね。

名主川

『即興詩人』は大好きな安野光雅さんという絵本作家が大切にされていた本です。言葉の美しさはもちろん、主人公・アントニオの生き方と名前の響きが焦がしキャラメルの味わいにもマッチすると思って、そこからもう一人の登場人物・ララのアイデアも生まれました。実は『アントニオとララ』を通じて『即興詩人』を広める応援がしたくて、いつかこのお菓子の存在も安野さんに知っていただきたかったんですが、昨年亡くなってしまって……。

──

そうだったのですね。安野さんの作品ではどんなところがお好きですか?

名主川

言葉に感動と驚きがあるところですね。特に『天動説の絵本』のあとがきが好きで、当たり前のことをそのまま受け入れるのではなく、もう一回考え直すきっかけを与えてくれます。

(天動説が常識とされていた時代に、地動説を唱えた学者が激しく弾圧された)そうした歴史を思うと、「地球は丸くて動く」などと、なんの感動もなしに軽がるしく言ってもらっては困るのです。  この本は、もう地球儀というものを見、地球が丸いことを前もって知ってしまった子どもたちに、いま一度地動説の驚きと悲しみを感じてもらいたいと願ってかいたものです。

 

安野光雅『天動説の絵本』、福音館書店、1979、p.47

──

なるほど。個人的に名主川さんのお菓子と言葉から物事を捉え直すきっかけをもらっているので、安野さんの言葉ともつながっていると思います。

名主川

言葉以外にも、お菓子の色使いに困った時は「安野さんだったら、どういう色使いをするかな」と考えながら作っています。私が知っている世界は小さいけれど、いろんなカルチャーからも刺激を受けていて。実は『アントニオとララ』にはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェル・ガン・エレファント)の影響もあったります。

──

あのロックバンドの!?

名主川

チバユウスケさんの書いた歌詞が大好きで、楽曲のタイトルに女性の名前を取り入れているところにも憧れていました。彼の歌詞を参考に、『アントニオ』や『ララ』という人名を菓銘に取り入れることにしたんです。

──

いろんな要素が集まって生まれたお菓子なのですね。菓銘の由来を知ると、お菓子の見え方が変わってぐっと引き寄せられます。名主川さんが菓銘を大事にするようになった背景には、最初に勤務された長久堂の工場長の存在も大きかったそうですね。

名主川

工場長のつける菓銘は「誰かに話したい」と思うくらい魅力的でインパクトがありました。例えば、工場長がシンプルな羊羹に『吟遊詩人』とつけたことがあったんです。「どんなイメージからその菓銘になったんだろう」と思わず気になりますよね。私自身、工場長の影響で言葉の意味や題材となった作品を調べるようになって、それが現在につながっていると思います。

──

工場長が考えた言葉の力に、名主川さんも魅了されたと。

名主川

でも、当時はお客様に菓銘の由来や作り手の思いをお伝えする機会が少なくて……だから私の根底には、お菓子と一緒に言葉を伝えたいという思いがあります。言葉の力があれば、普段和菓子に触れることが少ない人も親しみやすいのではないかと。

──

なるほど。だからInstagramにお菓子を投稿する際にも言葉を添えているのですね。

名主川

そうですね、言葉を伝えるためにお菓子を作ることも多くて。投稿する際にも、分かりやすい文章や広く知られている題材を選ぶように心がけています。

言葉の力を実感したInstagramの声

──

Instagramの投稿の中で、どんなお菓子に多くの反応が寄せられましたか?

名主川

はっぴいえんどの『しんしんしん』を題材にしたお菓子です。道路に降り積もった雪が土にまみれて汚れてしまった情景を描きつつ、最後には上を見上げさせてくれるような、目の前の風景に対する見方を変えてくれる曲です。この曲が好きな方から多くのコメントをいただいて、お菓子以上に言葉を見てくださったことを実感しました。

 
 
 
 
 
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──

特に印象的だったコメントはありますか?

名主川

「子どもの頃を思い出しました」など、昔を懐かしがるコメントが多く寄せられました。Instagramでお菓子の味を伝えることはできないので、写真と文章が接点になりますよね。人によって捉え方は変わりますが、投稿を見てくださった方のあたたかな思い出とつながることができてうれしかったです。

──

名主川さんご自身の思い出にちなんだお菓子も作られていますよね。お姉さんの結婚祝いに作られた『百の幸(もものさち)』には胸を揺さぶられました。

 
 
 
 
 
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名主川

普段父と話すことが少なく、メールアドレスを知ったのも姉の結婚前夜でした。そこでアドレスに素敵な言葉を使っていることに驚いて!姉には工芸菓子をプレゼントする予定だったので、父のメールアドレスにちなんで『百の幸』という菓銘をつけました。

──

『百の幸』は形を変えて作られることもあるそうで。

名主川

新しく知った言葉に感動してお菓子を作る時もありますが、季節ごとに思い出す言葉もあって。自分の中にその言葉を残しておくために、同じ菓銘のお菓子をつくっています。その時々で形が変わるのは、即興で作っているからですね。頭で考えて作っていた時期もありましたが、意外と面白いものはできないことに気がついて。

──

即興だからこそ、その時々で菓銘から浮かんだイメージが鮮明に反映されるのかもしれませんね。個人の思い出といえば、文学作品を題材にしたお菓子では作家の微笑ましいエピソードを添えて投稿されていますが、その理由を教えていただけますか?

名主川

そうですね、文豪の作品だと本を読まない人にはとっつきにくいかもしれないけれど、個人的なエピソードを盛り込むと共通点が生まれて親しみやすくなりますよね。調べていたらどのエピソードにも感動するんですけど、それも一歩二歩引いてじっくり考えてからまとめるようにしています。

──

一旦、感動を落ち着かせるということでしょうか。

名主川

言葉で伝わることはごく一握りで、感情を入れすぎると引かれてしまうこともあると思います。私は何かに感動すると、「他の人もそう思うに違いない!」と思い込んでしまうんですよ。でも、夫にそれを話すと100%伝わらないことが多くて、真横にいる人間がまったく違うことを考えていることに改めて気づかせてくれます。それは本当にありがたいことで、一回立ち止まって考え直させてくれるんですよ。

──

伝えたい感動を言葉とお菓子に変換する、バランス感覚が素晴らしいと思っていましたが、そのプロセスに旦那さんの存在が欠かせないのですね。

言葉によって “お菓子を食べた” ことが記憶に残る体験となる

──

以前、ELLE gourmetの記事で、 “敷居の低い和菓子屋” を目指したいと語られていましたが、 その中で言葉はどんな役割を担っていると思われますか?

名主川

実は、 “敷居の低い和菓子屋” に言葉は必要ないと思ったことがあって(笑)。

──

えぇっ!?

名主川

やっぱりお菓子の美味しさが重要で、凝った菓銘や思いの込もった説明文があると、かえって敷居が高くなってしまうのではないかと思いました。だから〈菓子屋のな〉のオープン当初には、山椒を使ったういろうに『初夏のういろう』とつけたり、キウイを使った羊羹にもそのまま『キウイ羊羹』とつけたり。

──

言葉があることでかえって敷居が高くなってしまう……。

名主川

でも「言葉を伝えたい」という思いは変わらなかったので、気がついたら以前のスタイルに戻っていました(笑)。

──

そうだったのですね。不思議とほっとしました。

名主川

〈菓子屋のな〉には和菓子になじみのない方にも来ていただきたいので、どなたにも親しみやすい菓銘をつけるだけでなく、商品と一緒に簡単な説明文を書いた紙をお渡しするようにしています。

──

その紙に書かれた言葉のおかげで、お菓子を「食べる」という行為からコミュニケーションやいろんなカルチャーとの出会いが生まれていると思いますがいかがでしょうか。

名主川

やっぱり言葉を添えることで、お客様が話しかけてくださいますね。最近では、すみれのお菓子に『太郎坊』と名づけましたが、滋賀県の太郎坊宮の近所に住んでいる方が「(地名の由来を)初めて知りました」と言ってくださったり、太郎坊宮には天狗が住んでいてその弟天狗が鞍馬寺に住んでることを教えてくださったり!急にお客様と何気ない話をすることは難しいけれど、言葉で接点ができてコミュニケーションが生まれると思います。その他にも「(菓子屋のなのお菓子のおかげで)お茶会が豊かになりました」と言ってもらえることもあってうれしかったですね。

『太郎坊』すみれをモチーフにしたお菓子
──

名主川さんとお客様、そのお客様と一緒にお菓子を食べた人の間でもコミュニケーションが広がっているのですね。

名主川

そうですね、お菓子に添えた言葉を「覚えてほしい」などおこがましい気持ちは一切なく、菓銘を見て、過ぎ去っていってもいいんですよ。

──

では、一瞬でも言葉と出会うことで、お菓子の味わいはどのように変化すると思われますか?

名主川

味自体が変わるかどうかは分からないんですけど、思いを巡らすという点で大きく変わると思います。言葉がなかったらお菓子を食べて、お茶を飲んで終わりかもしれません。でも朝顔のお菓子に『もらい水』とつけられていたら、「どういう意味なんやろう」と思いを巡らせて、時にはその意味を調べたりと、記憶に残る体験になりますよね。後日、朝顔を見かけた時に、お菓子を食べた時の情景を思い出したりするのかもしれません。

取材後記

最後に、4月に販売された『木の芽風(このめかぜ)』をいただいた。山椒を練り込んだ皮で白みそ餡を包んだお菓子で、ころんとした愛らしさに思わず顔がほころんでしまう。そういえば、インタビュー中にも似たようなお菓子について話してくださったような……。気になって尋ねてみると、去年〈菓子屋のな〉をオープンした際に『初夏のういろう』という菓銘で販売していたものを、春の季語 “木の芽風” にちなんでアップデートしたそうだ。この菓銘には、名主川さんが梅小路公園を訪れた際、吹いてきた風に木の芽の香りを感じた記憶とも結びついているという。

 

私の脳内にもその情景が浮かんだだけでなく、山椒の香りがより一層引き立ち、味わいに深みが増すのを感じた。お菓子が五感と結びつき、思考や記憶ともつながっていく。これも言葉の力なのだろうか。そして私は “木の芽風” を感じるたびに、〈菓子屋のな〉のお菓子を、そして名主川さんの言葉を思い起こすにちがいないのだ。

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