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俺の人生、三種の神器 -出原真子 ②十二国記編-

OTHER 2020.06.08 Written By 出原 真子

▼俺の人生、三種の神器とは?
人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。
折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

私の本棚には、読みすぎてボロボロになった12冊の本がある。小野不由美著の十二国記だ。古代中国によく似た異世界を舞台にしたファンタジーとして1992年に刊行が始まり、今や累計1,200万部を超える人気シリーズである。

本編は、2001年に10作目『黄昏の岸 暁の天』が刊行されてから2作の短編集が出版されたものの、著者の体調不良で約18年にわたり中断されていた。しかしついに、2019年10月に続編が刊行されることになったのだ。事前にそのニュースが発表されると、長年待ちわびていたファンは大歓喜。私も夢ではないかと放心したが、発売数ヶ月前から近所の本屋さんが店の窓という窓に宣伝ポスターを貼り出したのを見て、ようやく実感することができた。(おそらく店員さんにファンがいるのだろうと思うくらい、宣伝には力が入っていた。)

十二国記によって自我が芽生え、続編を待ちわびる時間は私の人生の道筋をつくってくれた。今回は、そんな十二国記について書いていきたい。

幼少期についてまとめると……岡山で生まれ、父の仕事で関西、東北、中部を巡り、小学4年生から再び岡山に戻った。それまではうまく友達をつくってきたが、岡山の小学校では幼稚園から1クラスで形成された人間関係に溶けこめず、学校を休んだり、図書室に引きこもったりすることが増えた。図書室では当時、社会現象を巻き起こしたハリー・ポッターなどのファンタジー小説を片っ端から読みふけり、暗い現実から目を背けていた。十二国記と出会ったのは、岡山に引っ越して半年が経った頃だったか、ふと図書室の隅に固められた文庫本を発見したのだ。

何かがカタカタと動き始めた

十二国記 『月の影 影の海〔上〕』 (講談社X文庫―ホワイトハート) 文庫

1作目『月の影 影の海〔上〕』では、主人公である現代の高校生・陽子が、ある日突然、12の国から構成された異世界に拉致される。そこで出会った人に次々と裏切られ、ついには妖魔(ようま)に襲われて大けがを負ってしまう。

異世界に連れ去られる前の陽子は、他人の顔色ばかり気にする主体性のない高校生だった。そんな陽子が数々の裏切りと妖魔による襲撃で心が荒み、人間不信になっていく。1作目のあまりの暗さにげんなりしたが、陽子の心情に触れるたびに私の中で何かがカタカタと動き始めていた。

陽子のその後が気になり、思わず2作目に手を伸ばす

詳細は省くが、楽俊(らくしゅん)というキャラクターが窮地に陥った陽子を救い、彼女が生き抜くための道を掲示して、ある理由から始めた旅にも同行する。しかし、陽子は楽俊に対しても心を開くことなく、再び妖魔に襲われると彼を置いて逃げてしまう。さらに見捨てられた腹いせに楽俊が自分を裏切るのではないかと怯えて、彼を殺すべきか逡巡する。そして陽子は自分の猜疑心と戦う中で、1つの答えを見出すのだ。

「裏切られてもいいんだ。裏切った相手が卑怯になるだけで、わたしのなにが傷つくわけでもない。裏切って卑怯者になるよりずっといい」

(中略)

追いつめられて誰も親切にしてくれないから、だから人を拒絶していいのか。善意を示してくれた相手を見捨てることの理由になるのか。絶対の善意でなければ、信じることができないのか。人からこれ以上ないほど優しくされるのでなければ、人に優しくすることができないのか。

(『月の影 影の海〔下〕』 P82 (講談社X文庫―ホワイトハート))

私は2作目『月の影 影の海〔下〕』を読みながら、陽子の心境を自分の状況になぞらえた。いつも引っ越しをしても友達が自然にできて楽しい学校生活を送っていたが、その当たり前が崩れた途端に父の仕事や環境を責め、自分の殻に閉じこもっていたことに気づく。読み進めるうちに心の中でカタカタと動いていたものは、自我であった。2作目を読み終えた頃には、目が覚めたように「自分」という存在を認識したことを覚えている。同時に自分の孤独にも向き合い、「このままじゃダメだ」という小さな思いが生まれた。そこからは少しずつ周囲の子に話しかけ、5年生になる頃には友達と外を駆け回るようになっていった。

十二国記では、作品ごとに登場人物が変わり、いろいろな試練を乗り越えながら成長していく。私はどんどんその魅力にハマってお年玉で既刊をそろえたが、続編が出る気配のないまま18年が過ぎた。

続編を待つ時間が、人生の道筋をつくってくれた

中学では十二国記を布教すべく、あらすじと熱い想いをしたためたレジュメを作成して友人に配布した。あまつさえ、陽子のイラストを書き添えていたことを自白する。特に授業中も読みふけって先生に叱られるほどハマってくれたのぞみちゃん、本当にありがとう。元気ですか?続編、読みましたか?

高校でも布教活動に精を出しながら二次創作に取り組み、大学では十二国記にどっぷり浸るべく、中国などのアジア史を学んだ。ゼミには同じくファンの学生が集まっており、好きなシーンを語り合ったり、古代中国の資料を「十二国記っぽいねぇ」と言いながら見せあったりした。卒業後も季節のあいさつのように「続編、出ないねぇ」、「そうだねぇ」とやり取りを交わしている。

十二国記を読み始めた時は孤独だったけど、成長するにつれて好きなことを人に伝え、一緒に探求する楽しさを知ってしまった。だから今も、ライターを続けているのかもしれない。

ついに、続編の発売日が来た

待ちにまった続編の発売日、近所の本屋さんに行くと、店頭にもレジカウンターの横にも特設コーナーが設置されていた。そこには大きく「ついに!!刊行!!」の文字。店員さんの思いが伝わって胸がぐっとなる。特設コーナーに歩み寄ると、ついに見つけた。もう読めないのではないかと不安に駆られたこともあったが、18年の時を経て目の前に続編が鎮座している。そっと手を伸ばして本の確かな厚みを感じると、「あぁ、夢じゃない」と目頭が熱くなる。

ここからは私の恐ろしく発達した妄想が見せてくれた幻影だが、レジに本を持っていくと店員さんが「ついに来ましたね」と目線でうなずいてくれた(気がした)。私も「そうですね、やっと来ましたね」と心の中で応える。私の後ろに立つ男性も手に続編を持っていた。私は彼に「GOOD LUCK」の意を込めて一瞥すると、彼も目線で「YOU TOO」と返してくれた(気がした)。

家に帰って、正座をして、深呼吸をして続編を読み始める。最後のページを閉じた瞬間、愛しさとともに涙があふれて止まらない。結末に感動したからか。いや、それだけではなく、自分が大人になったことを実感したような、十二国記と出会った頃に抱えていた孤独が昇華されたような清々しい気持ちだった。もし、図書室の隅にあった文庫本を見つけなかったら、今頃どうなっていたか分からない。十二国記は人生の道筋をつくり、明るい方に導いてくれた、まさにバイブルであった。2020年にはさらに短編集が刊行される予定だ。これからも私の人生は、十二国記とともに進んでいく。

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