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俺の人生、三種の神器 -出原真子 ③FUJI ROCK FESTIVAL ’18と “サヨナラCOLOR” –

OTHER 2020.08.31 Written By 出原 真子

▼俺の人生、三種の神器とは?
人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。
折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

これまでカメラや十二国記について書いてきたが、どんなテーマで最終回を書こうか常に悶々として、精神的に忙しい日々を送っていた。改めて、今までの記事を読んでくれた方、サポートしてくれた編集部のメンバーにお礼を言いたい。

 

来年、30歳。論語でいうと「而立」(三十にして立つ)。
ここ2~3年で起きたことは、今後の人生にどう作用していくのか思いをめぐらす契機にもなった。とりわけ “2018年の出来事” からは何を学び自立すればよいのか、いまだに整理がついていない。

 

冒頭から大げさに語ったが、最終回は今の人生に影響を与えた『FUJI ROCK FESTIVAL’18』(以下、フジロック)とハナレグミの “サヨナラCOLOR” について書きたいと思う。この記事では諸々を考慮の末に詳細を端折ったところもあるが、それはいつか別の形で。

鬱々とした生活を変えた友人の一言

「フジロック行かん?」
地下1階の食堂で友人が言った。フジロック……FUJI ROCK……夏フェス?目を白黒させるとはこのことか。彼女の言葉が脳内で変換されず、しばらく 「フジロック」 の文字が頭の中を駆け巡った。

 

2018年5月。私はその1ケ月前にライフステージの変化を見据え、5年勤めた広告業界を退職して公務員に転身。人生前途洋々となるはずが、諸々の事情で実家に戻ったばかりであった。

 

その日、私は友人と久しぶりに昼食をともにしていた。彼女は市役所の別棟に勤務する大学時代の同級生で、NPO法人タブララサ(以下、ラサ)を主宰している。ラサでは、結婚式で一度だけ使われて捨てられてしまうキャンドルを回収し、リサイクルしてイベントで使用したり商品開発を行っており、私も活動を手伝ったり、仕事で取材をしたりと公私ともに付き合いを続けてきた。

岡山市内の西川緑道公園で、毎年ゴールデンウィークにラサが開催するキャンドルナイト。数千個のキャンドルが灯される。

詳しく話を聞くと、ラサでフジロックに出店することになり、運営スタッフを探しているという。夏季休暇と土日をつなげたら不可能ではなさそうだ。最初は驚いたものの、徐々にフジロックが欝々とした日々を変えてくれる希望に思え、行きたい気持ちが芽生えてきた。ともかく自分の現状から少しでも目を背けたかったのだ。

 

数日後、友人5人が揃い、フジロックに向けて作戦会議を行った。資料とPOPの作成、出店内容の取り決め……ラサは今までもイベントに出店した経験があったものの、今回は新潟までの交通手段や宿泊先も手配しなければならず、あまりの作業の多さに頭を抱えるばかり。たちまち休日は準備に追われ、時にキャンドルが飛び散った服で帰宅することもあった。それでも久しぶりに友人たちと話し合ったり、キャンドルを作る時間はとても楽しく、生きる気力がふつふつと沸き起こっていたのだ。

フジロックに集まる人々が放つエネルギーに開かされた心

日本のロック・フェスティバルの草分け的存在として、20年以上の歴史を持つフジロック。新潟県湯沢市の苗場スキー場に大小さまざまなステージが設置され、朝から晩までライブがくり広げられる。

私たちが出店したのは、敷地の一番奥にある “NGO VILLAGE” エリアのさらに一番奥だった。岡山から車で10時間以上の移動の末、初日は朝から出店準備に追われ、翌日からドタバタとフジロックがスタート。スケジュールは1日4時間、接客する以外は自由行動で、いろんなステージが見られると胸を膨らませていたが、実際は1日20km以上の徒歩移動に、猛暑とゲリラ豪雨の無限ループ。早々に新しいアーティストを発掘する気力をなくし、ハンバート ハンバートやサカナクションなど、普段好んで聞くアーティストばかりを見ただけだった。今となっては非常にもったいなく、自分のひ弱さにあきれる。

一方で、早朝から深夜まで裏側を支えるスタッフのたくましさと一体感に強く惹かれた。微力ながら私もその一端を担っていると思うと、背筋がすっと伸びたものだ。お店には、毎年フジロックに来ている親子や、初参戦の女子大生グループ、隣の店のスタッフさんなど、たくさんの人が足を運んでくれたが、皆一様に音楽だけでなく、フジロックという空間と広大な自然に魅了されているようだった。私も開幕1日目から、集まる人々が放つエネルギーにすっかり惹き込まれ、心がぱかっと開かれたような清々しさを覚えたのだ。

人生の分岐点で蓋をしていた本心が顔を出した

なんとか1日目を乗り切り、夜にはその日最終枠のハナレグミを見に行くことにした。普段から “深呼吸” などの楽曲を好んで聴いており、友人とわくわくしながら最前列を確保。通常のライブよりも近い位置で、永積 崇のハスキーボイスを堪能することができた。そして約1時間のステージが終わった後、ふいに人生の分岐点が現れた。一度は舞台袖に下がった永積が、「その日最後のステージだと、アンコールをやっていいらしくて……もうちょっと歌いますね!」と言いながら戻ってきたのだ。そこからさらに数曲を披露した後、「やっぱ、最後はこれですかねー」と小粋に “サヨナラCOLOR” を弾き出し、会場が歓声に包まれた。

※ “サヨナラCOLOR” は、永積がかつて所属し、2008年に解散したSUPER BUTTER DOGから2001年にリリースされた楽曲。

音楽には、普段抑えているはずの心情を発露する効果があるのだろう。それまで “サヨナラCOLOR” は何度も聴いたことがあったのに、フジロックで開かれた心にみるみる浸透していく。そして誰かに言ってほしいと無意識に思っていた言葉が、フレーズというフレーズに凝縮されていることに気がついた。

でも 君はそれでいいの?
楽がしたかっただけなの?
僕をだましてもいいけど
自分はもう だまさないで

そして演奏が終盤に差し掛かった頃に、周りからの批判を恐れて蓋をしていた本心がするっと顔を出した。

 

岡山を出よう。関西に戻ろう。

 

心の中で改めて唱えてみると軽く身震いがした。家庭の事情で公務員に転身したが、その実、前職のような広告業界や編集の仕事に対する未練を断ち切れていなかったことに改めて気づかされたのだ。公務員をやめて、関西に戻るのは大胆な決断のように思えた。しかし、公務員をそのまま続けたら、人生の舵取りを投げ出してしまうような気もする。とりあえずその晩は、隣で聴いていた友人に悟られないように取り繕い、宿泊場所に戻っていった。

そしてまた、 “サヨナラCOLOR” を生で聴けることを願う。

フジロックから戻っても衝撃は消えずにいたが、そのころには職場にも馴染み、本心に目をつむれば、それなりに楽しい日々を送ることができた。だから、公務員を辞めて安定した人生を手放す決断ができずにいたのだ。そんな時に、通勤電車がとある風景に差しかかると、涙があふれ出て止まらなくなった。

 

その風景とは、同年7月に起きた西日本豪雨の被災地だ。実家と職場の中間地点に位置しているため、震災当時は私も帰宅難民になるなど大きな影響を受けた。小さな頃から見慣れた風景の変わり果てた様子や、誰かが日常生活を送っていた場所が風塵に包まれていく現実が、「生きるってなんだろう」という途方もない問いを容赦なく突きつけてくる。

 

公務員として安定した人生を歩もうか、関西に戻って前職のような仕事に戻ろうか。自分でも呆れるくらいぐるぐる悩んで、そのたびに “サヨナラCOLOR” を聴いて自分の本心に問いかけた。そして、ひっそりと関西に戻ることにした。

 

そうして、2019年春から京都で暮らし始めた私を、関西の友人たちはあたたかく迎えてくれ、他府県の友人も折々に会いにきてくれた。20代をふり返ると辛いこともあったが、友人だけには恵まれていたことに改めて気づく。今は仕事と両立しながら文章を書いており、少しずつ自分の決断を肯定的に捉えられるようになってきた。

 

今回この話を書いたのは、2018年の出来事を自分の中で整理したかったから。そして何より、つい数ヶ月前にハナレグミのライブ配信で “サヨナラCOLOR” を聴き、フジロックのことを思い出したからだ。パソコンの画面越しでも永積 崇の歌声はやさしく心に染みわたる。しかし、あの時人生を軌道修正するほどの効力を発揮したのは、フジロックで出会ったという偶然があったからなのかもしれない。音楽を生で聴くことが難しい今、フジロックやライブという場のありがたさを改めて感じる。そしてまた、 “サヨナラCOLOR” を生で聴けることを願ってやまないのだ。

写真:NPO法人タブララサ

 

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