COLUMN

俺の人生、三種の神器 -児玉泰地 ③大和郡山 編-

OTHER 2020.08.10 Written By 児玉 泰地

▼俺の人生、三種の神器とは?

人生の転換期には、必ず何かしらきっかけとなる「人・もの・こと」があるはずです。そのきっかけって、その当時は気づけないけれども、振り返ると「あれが転機だった!」といったことはありませんか?そんな人生の転機についてアンテナ編集部で考えてみることにしました。それがこの「俺の人生、三種の神器」。

折角なのでもっとアンテナ編集部員ひとりひとりのことを知ってもらいたい!そんな気持ちも込めたコラムです。これから編集部員が毎週月曜日に当番制でコラムを更新していきます。どうぞお楽しみに!

「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人」という言葉がある。「子どもの頃は人と違う才能があると思われていても、大人になれば平凡な人間になる者が多いということ」のたとえだが、私にはどうも違う意味にもとれる。「幼いときなら変に思われることをしていてもいいが、大人になったら他の人と同じように行動できなければいけない」ということではないかと思っている。特にコミュニケーションに関しては。そう考え始めたのは大学卒業後、奈良県大和郡山市のある工場で3年半働いたときだ。幸せなことに、ほぼバイトもせず演劇を楽しみながら授業に出るだけの学生生活をさせてもらったので、その工場が私の最初の「働く」という経験となった。

 

この時期の話は3つ目に書こうと思っていた。成功談は何一つ無いが、「人に興味を持つようになった」という点で、確実に私のターニングポイントの一つだ。

クセが強い新人と言われてました

工場では主に商品の製造ラインを転々としたが、どの部署でも仕事はできなかった。というよりも、コミュニケーションがとれなかった。「どうしたいか」などの本当に言いたいことを喋る前に、遠回りな説明を整理もつけずにだらだらと喋り、結局何も伝わらない。「何言ってんねん。ちゃんと喋れ」と言われて終わり。それまでの人生で、「自分の話していることが相手に通じているか否か」など考えたためしがなかった。おそらく全く伝わっていなかったのだろう。

 

なんとか最初の一言だけは伝わるようにしようと、話しかける前に頭の中で台本を書くようになった。まさに、大学から続けていた演劇からくる発想だ。上司に話しかける前に、電話を掛ける前に、「お疲れさまです」から「お願いいたします」までとにかく「言わなければならないこと」をシミュレーションした。おかげで、一方的に自分から連絡するだけならできるようになった。アンテナ内でも「文章をまとめるのはうまい」と言われるが、それはおそらくこのおかげだ。

しかし一向にコミュニケーションは上達しなかった。相手から問いかけられるとすぐに詰まり、言うことを考えられない。「とにかく喋らなければ」とだけ思って、また口から出るままダラダラと整理も配慮もない話をしてしまう。日々の朝礼、終礼では、チームの他のメンバーと透明な膜で隔てられているように感じた。

 

今思えば、自分が一方的に隔たっていただけなのだが。上司や先輩に良い格好だけしようとして、相談をしない。目上の人に必要以上にアガってしまうのも自分から発信しないことに拍車をかけた。何が問題なのか、どうしたいのか、なにがわからないのか。聞けばいいのに聞かず、小さなミスを自分で抱え込み、大きな問題に発展して見つかるまで黙っている。そんなことを繰り返していたら、同僚から見れば「なんであいつ、いつも自分でバリアを張っては問題を起こすのを繰り返してるんだ?」と思われる。学校で先生から声をかけてもらえたのは、それが教師の仕事だからだ。会社の先輩には先輩の仕事がある。教えてほしいことがあれば、こちらから声を上げるのが基本だ。

 

聞けばいいのに、そんなことも恥ずかしがってできなかった私は、工場の外に交流を求めるようになった。

話が聞きたい

演劇公演が「人に会いに来てもらう」ものだとしたら、日常は私にとって「自分から人に会いに行く」ものだ。でないと誰にも会わずに毎日が過ぎていく。当時はとにかく「自分に友好的な人とコミュニケーションを取りたい」とばかり思っていた。自分が同僚と良好な関係を築くための努力をしていなかったことは棚上げである。工場の敷地内にあった寮に住んでいたので、帰宅にかかる時間がほぼ0なのをこれ幸いと、仕事終わりでも職場から逃げるように出かけた。

 

働き始めてまもなく、自転車で5分ほどの距離にアートギャラリー〈喜多ギャラリー〉に出会った。オーナーが企画し、ジャンルも様々な芸術展をされている小さな画廊だ。展示の知らせが届けば足を運ぶようになり、作品をじっくりと眺め、オーナーや他のお客さんと談笑した。自分は明るくないアートの話を、親ほど年の離れた人たちから聞くのは刺激的だった。

 

シフトが13時退社の早番になってからは、帰ってから40分ほど自転車をこぎ、近鉄郡山駅の辺りへ行った。書評企画『365日の書架』にも寄稿してくださっている書店〈とほん〉を知ったのもこの時だ。行っては店主の砂川さんと話し、遅読なので絵が多く字の少ない本を主に買った。そして近くの〈K COFFEE〉でコーヒーを飲むか、〈和カフェ モリカ〉でぜんざいやかき氷を食すのがいつものコースだった。モリカでは常連客のおばあさんとも顔見知りとなり、ご主人と夏山に登った話などを聞いた。今も郡山に行ってはお宅のインターホンを鳴らす。

和カフェ モリカ

一人でいるときにはラジオを聞くようになった。radikoをスマホにインストールし、主にFM802を聞いた。5時出勤だと準備も含めて3時半には起きておきたいから21時には寝たい。だがラジオの会話が面白くて切れない。19〜21時までの『BEAT EXPO』が後半に差し掛かれば憂鬱になり、21時からの『OCHIKEN GOES ON』が始まれば泣きそうになった。局は違うが、タイムシフトで毎週聞いたのは『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』だ。鈴木さんが低く少しガサついた声で、語尾を伸ばしながらしゃべる含蓄のある思い出話に聞き入った。

「人間はおもしろい」

大和郡山で出会った人々と話したり、ラジオを聞いたりしているうちに、他人の話す口調や仕草、そして思い出に興味を持つようになった。会話と台本は違う。「このーーーーー、つまり煙突がね……」と単語を伸ばしながら次の言葉を考えたり、身振り手振りがついたりする。そのことに面白みを感じ、もっと話す様を見たくなった。演劇で知り合った人を誘っては夕飯に行った。どの人とでも、その人の話す仕草を観ながら思い出話を聞くのはとても楽しく、いつからか見出しの言葉が脳に染み付いていた。

 

工場の先輩から言われたことは今も思い返す。ことあるごとに海馬の奥から怒鳴り声や苛立ちの目が蘇ってくる。だが申し訳無さがわき起こるだけで、怒りや恨みはない。そして怒鳴り声と同じくらい思い出すのは、休憩時間中や帰り際の更衣室、休みの日に顔を合わせたときの雑談で知る、仕事中の厳しさと打って変わってのユーモアや語り口の軽妙さ。「飲み屋の顔見知り」などの違うシチュエーションで出会っていれば、いや、私がもっと普通にコミュニケーションができていれば、どんな話や表情を交わしていただろう。

 

大和郡山で暮らし、自分の会話のできなさと他人の面白さを実感した3年半があったからこそ、この思いに達せたと思っている。

 

三つ子の魂百まで。コミュニケーションの苦手は今も残る。もっと誰とでも話せるようになりたい。もっと深い「人間の面白さ」を知るために。

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