
【本の連載】自分とは別の「私」をさがして – #4『ノイズ・マジカル・サウンズ』
身近なカルチャーやアートを通して、社会性・政治性を新たに見出す場をつくるプロジェクト『Candlelight』のアリサさんによる、書評連載。独立系出版社から発行されている書籍やzineの中から“自分とは別の「私」が生きている本”をテーマに選書と文章を寄せていただきます。第4回目となる今回は2026年4月刊行のグラフィックノベル『ノイズ・マジカル・サウンズ』(著 Caffein House / 誠光社)をご紹介します。
Do It Yourself!!!
4月以来久しぶりの更新になってしまったが、前回からこれまでの間に私は、会社員という立場に身を置くことをとうとう諦め、フリーランスという名のDIYデイズを送るようになっていた。(約5年で5回転職を繰り返すという向いてなさだが、実は会社員という働き方は細々と続けてきた。でもやっと)
DIY = ”Do It Yourself!!!” 。この響きを毎日全身で味わっている。いわゆるモノづくりのようなことじゃなくても、フリーランスは全部自分でやらなくちゃいけない。その自由の代償として受ける苦しみもきっとあるだろうことは承知しつつ、生活費をやりくりするのにも工作のように自分の手でひとつずつ繋ぎ合わせるこの感覚!そして何よりも好きなときに好きな場所に行ける自由!今はまだそういうことをシンプルに楽しんでいる。
ふらりとしていると機会は向こうからやってくるもので、先日京都に行くチャンスを得た。ずっと伺いたいと思っていた河原町丸太町の書店〈誠光社〉に足を運ぶ。
入店してすぐは、「自分も本屋をやっているのだから、こういう本も読んでおかないと……」などと、どこか義務感を抱きながらタイトルを見渡していたのだが、そんな邪念もほっぽり出し、気づいたらある1冊にスルスルと吸い込まれていた。それが、今回是非ともご紹介したい『ノイズ・マジカル・サウンズ』だ。
本書は「Caffein House」というペンネームで活動する滋賀県在住のイラストレーターによるグラフィックノベル。誠光社の堀部篤史さんが編集、発行を担う。主人公・ノイとその仲間たちが集うスモールコミュニティが、音楽 / 詩 / 印刷出版などのあらゆるDIY的手法を使って自己表現を試みる。その過程とともに展開する物語だ。
どのページも180度見開きにできる仕様で、「アメリカン・オルタナ・コミックの影響を感じさせる絵柄(本書P.327 小田晶房さんによる巻末寄稿より引用)」が隅々まで描き込まれている。店頭でぱらっとめくっただけでも、そこにある物語世界の奥行きを十分に感じ取ることができるほどだ。
そして、このイラストレーターとしての画力にはもちろん、そこに乗せられたことばの数々にも私はすぐに虜になったのだった。
「大人なのに泣くんだね」「気がついたら大人になっていたのよ」(P.13)
「ねこに権利を!」「居場所のないねこのスペースなの いいところでショ」(P.179,180)
本書より引用
生き延びるための、あるいは現実としての
ところで、本書の帯には「DIYの国のアリス!!!」というキャッチコピーが書かれているが、『ノイズ・マジカル・サウンズ』の物語のキーワードのひとつが「DIY」だとして、もうひとつは「アリス」という比喩からも読み取れるように「奇妙さ」だと思う。
主人公・ノイやその他登場人物たちは、作中で奇妙な世界に度々巻き込まれていくのだが、ただ、この物語は『不思議の国のアリス』のような夢オチを決してしない。
なぜなら、本書における「奇妙さ」というのは、現実を生き延びるための止むを得ない手段であり、あるいは現実そのものの不条理さのあらわれだからだ。それが、夢のような非現実や、現実からの過度な逃避としての架空に引き下げられてしまっては困る。
さらに、ノイの歳の離れた友人のように描かれる人物・ミルは、ミランダ・ジュライをモデルの一人にして描かれたキャラクターだということも本書では明かされている。
「秀才の割にぼんやりしていてどこか抜けている女性キャラが好きで、『動物のお医者さん』の菱沼聖子やミランダ・ジュライをモデルにキャラクターを作りました」
本書「コラム1」より引用
「ミランダ・ジュライ」というキーワードが書籍中に埋め込まれることによって、それを知っている読者にとっては、ジュライによる身体表現や文筆に見られる「奇妙さ」と本書のそれが意図的に重なりあい、より一層説得力を増す。
ここで、ジュライ作品の翻訳を複数手がける岸本佐知子さんのことばを引用したい。「奇妙さ」そのものの形のみならず、「たった一人の生を生きる存在たちが、なにゆえに奇妙さを表出せざるを得なくなってしまうのか」という背景に、『ノイズ・マジカル・サウンズ』との重なりを強く見出していただけるのではないだろうか。
「孤独で不器用な魂たちは、それでもその状況を変えようとして、ときに奇妙な行動に走る」
「ジュライは人の孤独の深さと、つながりたい気持ちの切実さを生々しく、ほとんど残酷なくらい鋭く描きつつも、その語り口にはどこか空とぼけたユーモアが漂う。泣いている誰かの背中をやさしく叩いているつもりがついチャチャチャのリズムで刻んでしまったり、つらい別れ話の最中になぜだか耳が熱くなって両手でぱたぱたあおいでしまったり、そんな悲しく滑稽な人物たちに、読みながら自然に心が寄り添っていく」
『いちばんここに似合う人』(著 ミランダ・ジュライ、訳 岸本佐知子 / 新潮社)
「訳者あとがき」より引用
そしてこれに限らず、本書は物語とコラムの行き来によって、この1冊だけにとどまらない現実の文化的コミュニティにまで読者を飛ばし接続する力を持つだろう。
それに、先に引用した「ねこに権利を!」ということばや、それが横断幕という形でイラストに描かれる様子なんかも、現実で見た権利運動やデモ行動の光景そのものなのだ。
理不尽を押し黙って受け入れてしまわず、どこか奇妙な在り方でひっくり返そうと試みる生の存在を、こんなにもポップに映し出してくれる作品が今まであっただろうか。この本に導かれるようにして出会うことができた自分のことも、なんだか誇らしげに思いたい。
Noy’s Magical Sounds(ノイズ・マジカル・サウンズ)

著者:caffeine house(カフェインハウス)
出版社:誠光社
発売:2026年4月20日
価格:¥2,200(税込)
購入サイト:caffeine house(カフェインハウス)/ ノイズ・マジカル・サウンド | Candlelight
内容紹介
ノイ=DIYの国のアリス!!!
気の合うメンバーを集め、演奏会場を探し、レコードをプレスしてフライヤーを印刷、それらを知り合いの店に委託し、流通させる。何をするにもプラットフォームに規定、搾取されてしまう昨今、ささやかな自己表現やスモール・コミュニティをフィジカルな次元へと取り戻せ!
ディティールへの偏愛に満ちた描き込みに目を見張る、異色のグラフィック・ノベル。
各所にコラムページをはさみ、作品中に登場する、リソグラフやレコードプレス、フィールドレコーディングに機材の数々など、音楽を巡るDIYに関するコラムページも満載。
絵の細部を存分にご覧いただくために、本を横向けにし、水平に近い開きのコデックス装を縦開きで読み進める特殊仕様。
解説はhandsaw press小田晶房。
(購入サイトより)
これまでの【本の連載】自分とは別の「私」をさがして
小さな本屋 Candlelight

この連載で取り上げた書籍やZINEもお取り扱いしています。お近くの方はぜひお立ち寄りください。
営業時間:13:00~20:00 火曜日・木曜日定休
住所:東京都杉並区成田東5-35-7 白い家西店舗
(丸の内線 南阿佐ヶ谷駅から徒歩4分 / JR 阿佐ヶ谷駅から徒歩11分)
Google Map:https://maps.app.goo.gl/9A1keaGEdAQ9Mjaz6
Instagram:@_candlelight_pj_
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WRITER

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1997年生まれ。『Candlelight』の発起人・主宰。
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『Candlelight』として2023年に初回イベントを渋谷〈WWW X〉で開催して以来、哲学対話と弾き語りのシリーズ企画『Where shall we go by weaving our voices together?』をはじめとし、1つの型に囚われない、自由で編集的な視点からアート・カルチャーと社会をゆるやかに接続する場を開く。2026年2月に同プロジェクトとしての拠点〈小さな本屋 Candlelight〉を開業。そのほか、〈本屋B&B〉のトーク企画なども行う。
