Modern Times
御池通りから木屋町を少し南に下ると、エンパイヤビルと書かれた複合ビルが見えてきます。その階段を地下へ降りると、大正か昭和初期にタイムトリップしたような空間が広がっていました。壁にはヘップバーンやチャップリン、奥にはアンプとピアノ。ここ”モダンタイムス”は大正ロマンをコンセプトとしたライブハウスです。何をするにも新鮮で、人々が生き生きしていた夢のある時代。その空気感をこのお店で再現したい……コンセプトにはそんな想いが込められています。広々とした店内はシンプルながらも温かみがあり、どこか懐かしい気持ちにさせられます。
オーナーの角口さんは、ミュージシャンの持つ色に合わせたライブだけでなく、様々なイベントを企画しています。スイーツビュッフェを楽しめる日があったり、講師を招いてセミナーを開催したり、普通のライブハウスでは味わえない一風変わった企画ばかり。それも「ミュージシャンだけでなくお客さんも『夢』を感じることができ、笑顔になれる場所にしたい」という角口さんの強い想いがあるからこそ。
今年で10周年を迎えた”モダンタイムス”。どんな人も暖かく迎え入れ、笑顔にさせてくれる空間がここにはあります。
Modern Times
住所 | 〒604-8001 京都市中京区木屋町三条上がるエンパイヤビルB1 |
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定休日 | 月曜日 |
営業時間 | 火曜~日曜 18:00~25:00 |
電話番号 | TEL: 075-212-8385 FAX: 075-212-8385 |
info@mtimes.jp |
ーーまず、お店を立ち上げたきっかけを教えてください。
私が29歳のとき、母親が「京都で町屋カフェがしたい」と言ったのが始まりです。私はそれまで大阪で友禅職人をしていたんですが、その頃業界の景気が良くなかったこともあり、母親の話に乗ってみようかなと思ったんです。京都府が運営している女性起業家向けのビジネスセミナーに通って、私はお金のやりくり、母は料理を出すノウハウをそれぞれ勉強しました。
ーー友禅職人を志したきっかけは何だったのですか?
幼稚園の頃から芸術家になるのが目標だったんです。昔は画家になりたかったんですが、実際に美大に通ううちに、友禅の道を志すようになりました。いろいろな工房に修行に行って、作品展にも出品して……今の時代着物は売れないと周りには言われたけれど、それでも最初は「私が業界を変える!」という気持ちでやっていました。
ーーそんなに夢中になっていたのに、なぜ辞めてしまわれたのでしょう?
染色の技術を身に着けたいのに、販売会で着物を売りにいくことになったり、工芸の展覧会に出品しても、入選することができなかったり。空回りの日々が10年ほど続きました。そして自分には突き抜けた才能がないこと、続けてもこの先夢が叶うことはなさそうだと感じてしまったんですね。今思うと「業界を変える!」なんて、若かったし、甘かった。そんな時に、母から町屋カフェの話が出たんです。
ーーずっと努力を続けていたことを辞めるのはかなり勇気がいったのではないかと思うのですが、すんなりと諦めることはできたのでしょうか。
修業はとても真剣にしていたけれど、辞めることに後悔はありませんでした。真剣だったからこそ諦めがついたのかもしれません。甲子園で負けても何かすがすがしい顔をしている高校球児がいますけど、その時の私はそういう子と同じような気持ちだったんだと思います。悔しいに決まっているけど「これだけやって負けたんだし仕方ない」って思えましたから。加えてその頃は「音楽のほうが楽しい!」と思っていた時期だったので、母親やミュージシャンのためにお店をやることにわくわくして、何も怖くなかったんです。主役が自分でなくなるということが楽な部分もあったのかもしれません。人を応援することが楽しかったんです。
ーー周りの方々の反応はどうでしたか?
親戚一同には猛反対されましたよ。「せっかく伝統を担う技術を一生懸命身に着けたのになぜ辞めるのか」と言われました。でも私は「音楽の力でみんなが元気になれるお店を作るんやから、ええと思わへん?」って、心の中で叫んでいました (笑)
ーーお店を始められるとき、コンセプトはどのように決められましたか?
大正ロマン、オールディーズですね。大正時代というのは和の文化の中に洋の文化が混ざり始めた時代で、着物にしても斬新なデザインがたくさん生まれた時代なんです。みんなモダンな髪形をしてダンスパーティーに行く、そんな時代特有のドキドキ・ワクワク感がすごく好きで、このお店でその空気感を再現できればいいなと。
また私はチャップリンが好きで、彼の映画の「モダン・タイムス」の中で伝えている、「本当の希望とは、幸せとは何か」「近代的な機械文明に踊らされてはいけない」というメッセージも含め、「モダン・タイムス」という名前をいただきました。お客さんが舞台を見る時に、いつも新鮮なキラキラした気持ちで見てもらえれば嬉しいと思っています。
ーーライブハウス形式にされたのはなぜでしょう?
友禅職人をする中で気が落ち込んでしまった時期に、友達に誘われてライブハウスに通うようになったんです。いろんな立場や個性を持った大人たちが「音楽が好き」という気持ちだけで繋がっていて、「なんて素敵で楽しいんだろう!」と思って。その経験から、せっかくカフェをするのなら音楽も提供できる空間があればいいなと思ったんです。
ーー角口さんがライブハウスに通うようになったいきさつが知りたいです。
ライブハウスは「若くて尖った人たちが集まるところ」という怖いイメージがあったんですが、知り合いがあまりにも誘うので仕方なく一度付いて行ったんです。そうして行ったところが祇園のオールディーズのお店で、40~60代の大人たちが人の目なんて気にせず、思い思いに踊って笑って好きに過ごしていて、本当に楽しそうだったんです。それまでは30~40代になったら守りに入るものだと思っていたけれど、「大人もこんなに楽しい部分を持っているんだ」と憧れるようになって。26歳ぐらいの時でした。
ーーライブハウスの形態はどのようにして決まっていったんですか?
最初は少し音楽もできる町屋カフェぐらいにする予定だったんですが、ライブハウスで知り合った人たちが立ち上げを手伝ってくれたので設備がどんどん本格的になり、気づいたらライブがメインの空間になっていました。資金繰りの面で、今後私が多額の借金を背負うことになるので、母は…… (笑)
ーー町屋カフェのつもりが思いがけずライブハウスを経営することになったわけですね。ライブのブッキング・企画はどのように取り組み始めたんですか?
開店三ヶ月後に、一緒に立ち上げたミュージシャンの人がお店を去ってしまって。それまでライブのことはその人に完全に任せるつもりだったので、ミュージシャン側から「ブッキングしないんですか?」と言われても「ブッキング」が一体何なのかすら分からなくて。そこから経験を経て少しずつ感覚を掴んでいきました。
ーー一般のライブハウスよりかなり企画の幅が広いように思いますが、なぜでしょう?
私が音楽家ではないからですね。ミュージシャンとしての目線を持っていないからです。私の興味分野がまず土台にあって、そこに音楽を引っ張ってくるという感じでやっています。あと音楽業界、ライブハウス業界の人たちの意見はこちらの知識不足もあり、よくわからなかったんです。それがこういう結果に結びついたのかもしれません (笑)
ーー角口さんの興味分野と音楽とを組み合わせてみよう、と思ったきっかけは何か具体的にありますか?
音楽を知らない人にもライブを見てもらえる機会を作りたいと思ったんです。最初の頃はライブに来るのはほとんどミュージシャンの知り合いばかりで、お客さんが3人なんてこともざらでした。そういう状況だと仲間内で感想を言い合って自己満足で終わってしまう。そこで、音楽を知らない人との繋がりを作ろうと思ったんです。
私がパン教室やラジオDJ教室、経営者向けのセミナーなどに行き、知り合った人を呼べるような企画をするようになりました。昔の私のように音楽を知らない人にとっては、まだまだライブハウスはハードルの高い場所だと思うんです。だから落ち着いた場所で音楽が聴けて、音楽を知るための第一歩を作る、そういう立ち位置がこのお店の役目だと思うようになりました。それで音楽を好きになってくれたら、もっとディープなライブハウスにも足を運んでほしいと思います。
ーー具体的にはこれまでどのような企画がありましたか?
2500円でスイーツ食べ放題+ライブ鑑賞できるという企画や、ミュージシャンの作ったカレーを食べる企画とか。メジャーレーベルに行きたいミュージシャンにはプロの話を聞ける場を設けるし、とにかく楽しいことをやりたいというミュージシャンとは、どういうものが楽しいライブなのか一緒に考えるし。各ミュージシャンが一番いいライブができる環境・企画は当たり前として、お客様にとっても、「めっちゃ得した」とか、「来てよかった!」とか、「元気出た!」と言ってもらえるような企画を考えています。
ーー一番おもしろかった企画をひとつ挙げると何でしょう?
会計セミナーですかね (笑) 。起業したい・お店を持ちたいという人が集まってきていたので、税理士さんを呼んで半年間、一か月に一回講演をしてもらいました。それだけだと堅苦しいのでフェイスブックセミナーも一緒に開いて、経営にどう活かすかを話してみたり。最後のライブには、同じように音楽でビジネスをしたいと思っているミュージシャンを呼びました。これは他のお店ではやっていないでしょうね。ミュージシャンだけでなく、夢を持っている人みんな一緒に、協力し合って頑張っていきたいですね。
ーー多種多様なコミュニティとの繋がりがあるというのは、ミュージシャンが活動をする上でかなりの強みになると思うのですが、角口さんがそれを繋ぐ役割を担っているのかなという印象を受けました。
自分が辛かった時期に音楽に救われたので恩返しをしたかったんです。私がよく行っていたライブハウスが潰れてしまって、そこのミュージシャンたちが演奏できる場所を作ってあげたいという気持ちから始まったので、「どうやってこのミュージシャンを輝かせよう」とか「どうやったらお客さんが集まるだろう」という策を考えるのが私の役目なんです。
ーーお客さんはどんな方が多いですか?
年齢層の幅は広いですよ。高校生の子もいるし、同窓会で70代の方が来ることもあります。日によって全然色が違うんです。最近になってお店のスタイルはだいぶ認知されてきたんですけど、昔は再訪してくれたお客さんが「初めてきたときと全然違う!」と驚くことはよくありました。ただお客さんの共通項としては、何かしらの夢を持っている人が多いですね。
ーーこれからどんなお店にしていきたいですか?
ライブを見た人、演奏した人が少しでも笑顔になって帰ってくれるようなお店です。ミュージシャンにとっては、メジャーにいってプロになることがひとつのわかりやすい成功の形だと思います。それはすごい努力や、忍耐の結果なので素晴らしいことなんですが、それだけが音楽の成功の形ではないんですよね。
メジャーやプロ、アマチュア関係なく今日その日に精一杯良い音楽をして、お客さんが一人でも喜んだり泣いたりしてくれたら、それは最高のライブで、ひとつの成功の形だと思います。そんなライブをしてくれる人たちとこのお店を守っていきたいというのが今の想いです。ミュージシャンは音楽で、私たちはお店の作り方でお客さんを幸せにできるお店を目指していきたいと思っています。
ーーこれからも素敵な音楽と笑顔溢れる場所であり続けてください。ありがとうございました!
WRITER
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東京にてキラキラOL (自称) への第一歩を踏み出すかたわら、定期的に京都に高飛びしておもしろいことに首を突っ込んでいます。
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将来的にはイギリスに住みたい......と口では言いつつ日本が好きすぎて結局行かないんだろうな、というだいたいいつもそんな感じの人生。