10月8日、夏の忘れものみたいなアルバムが発売された。京都は西院発のロックバンド、Hicobandの新譜、『あお』だ。結成前後から個人的によく知っていて、ライブも何度も見てきたバンドの、1stアルバムである。パソコンをわざわざ外部スピーカーにつないで――レコードに針を落とすような気持ちで――聴き始めると、初めて聞くのにどこかとても懐かしい音が飛び出してきた。これまでの2枚のEPにはそれぞれ3曲が収録されているが、今回はそれらが描き出すものとははっきり違っていて、胸がざわついた。
強烈なノスタルジー。舞台は主に京都である。「御室の坂」、「五差路」、そして曲のタイトルにもなっている「宝ヶ池」。登場する小道具はどれも、いつかどこかで見たことがある。それはたとえば、雨ざらしでほとんどのっぺらぼうになった「お地蔵さん」であり、「竹の子狩り帰りの軽トラ」であり、「そうめんつゆ」にまだ回る「ミョウガのはしくれ」であり、「サツキちゃんのブルーコンタクト」である。豪快な印象の歌声やごろりとした手触りのバンドサウンドからは、ほとんど想像もできないほど繊細な歌詞だ、と思う。作詞者でありボーカルをつとめる中西彦助は、日常がふと劇場と化すこうした瞬間を逃さない。それはまさに、本作3曲目の“Wheel”に出てくる、「ニチジョーゲキジョー」を前にしたある種の「トラベラー」の目線である。
Hicobandの歴史を語るのは難しいが、中西の学生時代、舞台演劇俳優としての活動期にはすでにその始まりを見出すことができるだろう。そのとき培われたのであろう、大きな声と滑舌、存在としての力強さは、その後ソロ活動をへてバンドを組んだあと、キャラクターの濃いバンドメンバーの中でも変わりはしなかった。幾度かのメンバーチェンジを経て、初期のういういしさは消え去ったものの、代わりに現れたのは以前から実のところ本質的だったフォークネスだ。メンバーはその一番の理解者たちであり、彼が主演・脚本・演出をする舞台の登場人物であるようにも思える。
今作『あお』はこうした今のHicobandを正確に反映している。誰かとの恋物語や友情のすばらしさを、大上段に構えて説くようなことはない。わかりやすい起承転結のストーリーテリングもない。そこにあるのは日常から生まれた、徹底して自閉的な感情のうつろいである。ともすれば何事もなくすれ違ってしまうようなものたち。それらはきっといつか、時代や場所をこえて響き合うのだろう。
Hicoband HP:https://hicoband.jimdo.com/
試聴サイト:https://hicoband.bandcamp.com/album/-
通販など:JOYFUL RECORD
https://joyfulrecord.thebase.in/
You May Also Like
WRITER
-
神戸の片隅で育った根暗な文学青年が、大学を期に京都に出奔。
OTHER POSTS
アルコールと音楽と出会ったせいで、人生が波乱の展開を見せている。