REVIEW
naked.
いちやなぎ
MUSIC 2020.05.07 Written By 出原 真子

本レビュー記事はHOLIDAY! RECORDSと共催した「レビュー公募企画」の第二弾として掲載します。

 

企画協力:HOLIDAY! RECORDS DISTRO

いちやなぎの『naked.』は一曲ごとに、今、ゆうべ、いくつか前の季節、そしてあの頃へと聴き手の意識をさかのぼらせる。目を閉じて記憶をたどると、景色、風、匂い、もう会えない人が瞼の裏に現れる。いちやなぎの美しい歌声と懐かしい記憶に陶酔するうちに、心が浄化されて本来の自分が“naked(むき出し)”になっていく。それでも、いちやなぎの歌は決して甘いだけではない。

どこか飄々と、ほどよい距離感で

京都を拠点に活動するいちやなぎは、アコースティック・ギターの弾き語りを中心に、2017年からソロ活動を開始。京音やナノボロフェスタなどに出演し、注目を集めている。飾ったところがなく、どこか飄々とした印象のいちやなぎ。ステージ上でも部屋で歌っているようなリラックス感を大事にしているためか、基本的には裸足で、時にはステージにあぐらをかいて演奏する。透き通るような声はどこか懐かしく、古いアルバムをめくるような愛おしい気持ちにさせてくれる。それでいて聴き手にほどよい距離感で寄り添ってくれる一方で、バンドスタイルではカントリー・ミュージックのように変化するから面白い。

もの寂しさと、郷愁と、甘美さと

そんないちやなぎが2018年に発表した『naked.』。その前作『みゅう』(2017年)では、バンド編成とアコースティックの弾き語りから構成されていたが、『naked.』では、“夏跡(かせき)”と“グッドナイト”の2曲で吉田悠樹(NRQ)による二胡を取り入れている以外は弾き語りに注力している。弾き語り音源集だけに、彼の息づかいや手触りがシンプルに感じられるのだ。

1曲目の“カレーライスは風に運ばれて”は、夕方17時の帰り道という一瞬を描き出している。しかし曲中に「カレーライス」は登場しない。ファルセットのきいた美しい歌声だけで、帰り道にどこの家からか漂うカレーライスの匂いが鼻をかすめた時の情景を描く。そこには幼少期に帰りたくなるもの寂しさも感じさせるのだ。

続いて、軽やかなストロークで“ホームソング”が始まる。「どうか笑って生きてよ 泡のように消える今を どうか忘れないでいてくれよ」と祈りにも似た言葉が散りばめられる中、「思い出せるのは ゆうべのめし」というフレーズがくり返し登場する。曲中で際立った印象を受けるこのフレーズがスイッチとなり、聴き手は「昨日の晩御飯、なんだったけ?」と、ついついゆうべに思いを巡らせてしまう。

大事な人との別離と、その人の健やかな日々を願う気持ちをさらりと歌った“とんでゆけ”。歌詞にもう会うことのない大切な人への祈りを込めた点では、太田裕美の“木綿のハンカチーフ”(1975年)を彷彿させる。また曲中のフレーズより、大事な人との別れからいくつかの季節が巡っていることを読み取ることができる。

4曲目の“夏跡”では、「夏が去ってもうあの頃の風はもういない」というフレーズからゆったりと始まり、いちやなぎの声と二胡の音色がすっと溶け合う。その瞬間、もうだめだと言わんばかりに、涙が溢れて止まらなくなった。あの頃の夏の情景とともに、郷愁の念がこみ上げてくる。

今日も生きていくから

いつまでも優しく甘美な、あの頃の記憶に浸っていたい。それでも、「あの風景はもうフィルムの中にしかない」から、今から目をそらさず生きていかなければならない。例え、いつまで続くか分からない、息をひそめるような鬱屈とした日々であってもだ。いちやなぎの歌はほどよい距離感で聴き手に寄り添ってくれるが、甘美な記憶に埋没させることなく心の芯をじんわりと強くしてくれる。

「今日も生きていくから」“カレーライスは風に運ばれて”

私もnakedになった心で、そう決意表明をした。そして疲れた時にはまた本作を聴いて、“グッドナイト”とともに明日にそなえるとしよう。

いちやなぎ『naked.』

 

 

定価:1,000円(税込み)

フォーマット:CD

HOLIDAY!RECORDS購入リンク:HOLIDAY! RECORDS

 

1.カレーライスは風に運ばれて

2.ホームソング

3.とんでゆけ

4.夏跡(二胡もいっしょに) 

5.グッドナイト(二胡もいっしょに)

いちやなぎ

 

 

1994年 石川県金沢市出身
2016年 いちやなぎ(バンド結成)
2017年 メンバー脱退によりソロ活動開始
2018年『京音』『nanoボロフェスタ』『love sofa』
バレーボウイズ主催フェス『ブルーハワイ』
清水温泉企画『最前烈祭』など出演
2019年 インディーズバトル北陸準優勝
 
京都在住 関西を中心に全国的に活動中
いちやなぎが唄うと風景に靄がかかる
深いところで染み渡る声と寄り添う楽曲たち
夢見心地に誘う音楽で生活に必要な安らぎを

WRITER

RECENT POST

COLUMN
MEET ONE’S LOOK – 北欧ライフスタイルマガジン a quiet day…
COLUMN
MEET ONE’S LOOK 誰かの視点に出会う – Standart Japan &…
COLUMN
MEET ONE’S LOOK 誰かの視点に出会う – 旅と文化をテーマにした本 …
INTERVIEW
店主の人生を味わえるレシピ。『recipe for LIFE』発起人・會澤健太さんが言葉にかける信念…
INTERVIEW
〈菓子屋のな〉の店主・名主川千恵さんに聞く、お菓子と人をつなぐ言葉の力とは
COLUMN
往生際が悪いなぁ|魔法の言葉と呪いの言葉
INTERVIEW
“心が動く”を追い求める旅。カフェ・モンタージュ 高田伸也さんが考える感性の…
SPOT
HOTOKI
SPOT
murmur coffee kyoto
COLUMN
俺の人生、三種の神器 -出原真子 ③FUJI ROCK FESTIVAL ’18と “サ…
SPOT
Kaikado Café
COLUMN
俺の人生、三種の神器 -出原真子 ②十二国記編-
COLUMN
俺の人生、三種の神器 -出原真子 ①カメラ編-
COLUMN
【SXSW2020私ならこれを見る:出原 真子】Roan Yellowthorn:流麗な調べに潜むス…
REVIEW
Special Favorite Music – TWILIGHTS

LATEST POSTS

INTERVIEW
あの頃、下北沢Zemでリトル・ウォルターを聴いていた ー武田信輝、永田純、岡地曙裕が語る、1975年のブルース

吾妻光良& The Swinging BoppersをはじめブレイクダウンやBO GUMBOS、ペン…

COLUMN
【2024年11月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

REPORT
これまでの軌跡をつなぎ、次なる序曲へ – 『京都音楽博覧会2024』Day2ライブレポート

晴天の霹靂とはこのことだろう。オープニングのアナウンスで『京都音博』の司会を務めるFM COCOLO…

REPORT
壁も境目もない音楽の旅へ‐『京都音楽博覧会2024』Day1ライブレポート

10月12日(土)13日(日)、晴れわたる青空が広がる〈梅小路公園〉にて、昨年に引き続き2日間にわた…

REPORT
自由のために、自由に踊れ!日常を生きるために生まれた祭り – 京都学生狂奏祭2024

寮生の想いから生まれたイベント『京都学生狂奏祭』 …