【マグナム本田の妄想続編 〜今度は戦争だ!~】イップ・マン 完結
うんざりさせられることが多々起こる昨今であるが、その日も私はうんざりしていた。街を歩けば道行くおっさんにこのご時勢どうかと思うが、肩を叩かれ、尚且つスマートフォンで誰かと通話しながら「この辺にラーメン屋ある?」とタメ口で訊かれ、糊口を凌ぐために渋々働いている職場では粗忽な新人のやらかした何度目かのミスをカバーするための残業を余儀なくされ、今度は古き悪しき体育会系丸出し上司から君は残業が多すぎると指摘される。
道行くおっさんには「おまはん、ええスマートフォンお持ちでらっしゃはるなあ…そしてえろうフレンドリーに接してくれはるわあ。親しみやすおす(ラーメン屋ぐらいググれ!そして触んな!タメ口きくな!の意)」などと京都婉曲話法を用いて返答するなんてことはせずに「この通りをまっすぐ行って頂いて云々…」などと説明し(わざと慇懃な言葉使いにするのはタメ口に対するせめてもの抵抗だ)、粗忽な新人に対しては職場におけるパワハラが昨今問題となっていることを鑑みて「この餓鬼ァ何回おんなじミスやらかしとんじゃボケが!義務教育以前に父親のキ○タマん中からやりなおせ!」なんてことは言わず、「よし、同じミスをしないためにまずは今から僕が言うことをメモしよう。あっ、スマホのメモはダメダメ。だって見ないでしょ?紙に書いて普段目に付くところに貼っておこう」と優しく諭し、残業を注意する上司に対しては「うっせー!碌な新人研修もしてねえ人事部に言えよ昭和の高校球児が!あとあんたウケ狙いで政府支給の布マスクしてっけどスベってるからな!」などとは言わず、「すいませぇぇぇん、気をつけますぅぅぅ」と馬鹿のフリをしてやり過ごす。
いや、怒ってもいいと自分でも思う。しかし私は怒らない。なぜならこれまで観てきた様々な映画のメンター(指導者、助言者)たちが単純な怒りという易きに流れることの愚かさを指摘してくれたからだ。ぱっと思いつくだけでも、『スターウォーズ』のヨーダ、『ベスト・キッド』のミスターミヤギ、『ドランクモンキー酔拳』の蘇化子、『スネーキーモンキー蛇拳』の白長天等々、4人中2人が袁小田(ユエン・シャオティエン、映画監督・武術指導のユエン・ウーピンの父)のキャラクターなのはどうかと思うが、他の作品のメンターたちもそれぞれ同じことを言っている。
メンター主役映画としての『イップ・マン』
さて、今回の妄想続編のお題はそんなメンター映画の最新版ともいえる『イップ・マン 完結』である。ドニー・イェンの一世一代の当たり役、葉問派詠春拳の師父にしてブルース・リーの師であるイップ・マンの生涯を描いたシリーズの4作目にして完結編である。「メンター映画」と言ってはいるが、普通のメンター映画ではメンターに指導される若者の成長を描くものである。だがこのイップ・マンシリーズの特殊さはメンター自身が主人公であり、1作目の時点で武術家としてはほぼ完成している点だ。そんな完成されている人物の映画を観ておもしろいのかといえば、これがまあおもしろいのである。このシリーズの真の主役はアクションそのものであると言っていい(精神的成長は妻や息子、ライバルとの交流によって描かれている)。
香港アクション映画の醍醐味ともいえるケレン味は極力抑え、あくまで動ける俳優による生身のアクション中心、だがキメるとこはキメるというバランスが本当に素晴らしい。
1964年、最愛の妻との死別後、愛弟子ブルース・リーの招待を受け息子とともにサンフランシスコに渡ったイップ・マン。しかし、ブルースが開いた詠春拳の道場が、現地チャイナタウンと米海軍との抗争に巻き込まれ……。遥かアメリカの地で、最強子弟タッグが遂に誕生!
今回4作目を観て気になった点が一点。私が香港映画を観る時に好きなのが食事シーンなのであり、この『イップ・マン』シリーズでも家族との食卓や露店の饅頭をパクついていたりと楽しませてもらったのだが、今回の『完結』ではイップ・マンはお茶しか口にしない。冒頭で明かされるある事情もあるだろうが、イップ・マンの進む道がもはや東洋思想の究極である仙道の域に達していることを匂わせているのではなかろうか。
「お前のレビューなどどうでもいい。早く続編を妄想しやがれ!」という声が聞こえてくる。そう、私はレビューで文字数を稼いでいるのだ。自分でも吃驚するくらい続編が浮かばないのである。なぜなら今回の『イップ・マン 完結』は「完結」と銘打たれているように完膚なきまでに完結しているからである。ではイップ・マンの意志を継ぐものによる続編は…とも考えたが、その最有力ともいえるブルース・リーはとっくに鬼籍に入っている。だが私は1人だけイップ・マンの意志を継げる男を思い出した。
そう、スティーヴン・セガールである。
燃えよセガール拳
「またか…これだけおもしろいコンテンツが溢れる昨今において、こいつのセガールコラムなんぞ読んでいる暇などない。さっさとウィンドウを閉じて可愛い女の子が踊っているTikTokでも見よう」と思ったそこの方、今しばらく待って、まずはこの動画を見てほしい。
どうだろう。丈の長い武道着を身に纏い、詠春拳独特の左右の拳の連打、途中の銃撃戦は見なかったことにすればイップ・マンの姿がそこには見えないだろうか。「見えない」と断言される方は目に砂や灰、或いは柑橘類の果汁などをかけ、急激に視力を低下させて再度見直して欲しい。イップ・マンが現れるはずである。それでも現れないという方は目を閉じ、ドニー・イェンの姿を思い浮かべながら心の目で見てほしい。イップ・マンが現れるはずである。
これは2018年のスティーヴン・セガール主演『沈黙の達人』の予告編だ。この『沈黙の達人』は長年セガール研究をしている私にとって『沈黙の鎮魂歌』以来、実に10年ぶりに「おもしろい!」と言えるものであり、私の昨年のベストムービー3位にランクインした作品である。映画の内容的には予告編で見られるもの以上のことははっきり言ってないのだが、一瞬だけ髪の毛をおろしたセガールを捉えた生唾ゴックンショットがあったり、エンドロールではなんと旧友の営むクラブでバンド演奏によるセガール生歌披露など世界で6人くらいが喜びそうなサービスがたっぷりである。
それはさておき、ここ数年のセガールの動向をチェックしているとやたらと中国に接近しているのがわかる。理由はただひとつ「金があるから」である。
セガールと中国そして横行する沈黙詐欺
2010年代あたりから中国資本のセガール作品が増えてきたのだが、極めつけは2017年の『沈黙の大陸』である。まずは予告編をご覧頂きたい。
これを見たあなたはマイク・タイソン演じるテロリストをセガールがいつも通りボコボコにして殺す映画だと思うだろう。答えは「否」である。タイソンとセガールのバトルは冒頭10分くらいに確かにある。それなりにおもしろいアクションシーンなのでこの後どんなバトルが行われるのか楽しみになるのだが、ここから我々の期待は大きく裏切られることとなる。なんとこの作品、主役はセガールではなく予告にもちらちらと写っているベビーフェイスな中国人なのである。
主演のリー・トンシュエはアフリカの小国に中国の携帯電話通信規格を売り込みに来たビジネスマンであり、映画の大半は会議室のような場所でのプレゼン合戦、テロリストに破壊された電波塔を直しに行く等の非常に退屈なもので、極めつけは「テロの標的にならぬよう、国連の旗を車に立てようとするのだが失敗、代わりに中国の旗を立てたところ素通りさせてくれた!」という場面を大げさなスコアにのせ実に情感たっぷりに描いており、この作品がエンタメ映画の皮をかぶったプロパガンダ作品であることが明白となる。
冒頭以外でのセガールはたまに出てきてただ偉そうにしていたり、秘書のケツを見てニヤニヤしていたりと、ほぼプライベートと言っていい役どころかつ、総出演時間は15分足らずだ。またストーリー以外にもタイソンのロケシーンがすべて合成だったりとお粗末な点が数限りなくあり、私はあるサイトにて記録用につけているレビューに「ゴミ以下」と記した。
実は最近題名に『沈黙』を冠し、ジャケットにはデカデカとセガールを写していながらセガールが主演ではなく、良くて悪の親玉、悪い場合はカメオ出演に近い端役であることが増えてきている。極めつけはマーティン・スコセッシ監督による『沈黙ーサイレンスー』だ。この作品においてはセガールの姿すら見えないのである!まあ悪いのは日本の配給なのだが私はこの問題を「沈黙詐欺」と名づけて世間に注意喚起していきたいと考えている。
Be Water Be Seagal
閑話休題、そんな中国とねんごろなセガールなので『イップ・マン』シリーズを継承することになんの文句もないだろう。「いや、まずシリーズは完結しているし、人種も違う!」と怒るファンの声が聞こえてくるが、私は「Be water my friend」とブルース・リーの言葉を贈りたい。人種だのなんだのといった型に囚われてどうする。水はグラスに注がれればグラスの形となり、ポットに注がれればポットの形となる。水になるのだイップ・マンのファンよ。月をさす指先に集中するとその先の栄光が得られんぞ……とか言っとけば怒りに震えるファンも煙に巻けるだろう。
なんて言いつつも、私もそのへんの問題については考えがある。セガールとイップ・マンの見た目はまったく違う。だがイップ・マンという水をセガールという器に注げばどうだろうか。それはセガールの形をしたイップ・マンなのである。具体的に説明すると、セガールにイップ・マンの霊を降霊、憑依させるのである。禅に詳しいセガールならそんなエ○・カン○ーレっぽいことも可能なはずだ。あとは適当にその辺の悪い奴を武力で懲らしめつつ、息子の剣太郎セガールとの家族ドラマを描けば妄想完了である。
以上が妄想続編『イップ・マン 沈黙の霊言(仮)』の概要である。おお、完璧ではないか。もはや『イップ・マン 完結』はスティーヴン・セガールが続編を演じる為に作られた企画であると思えてならない。制作会社様には続編制作が決定した際はぜひアンテナ編集部にご一報頂きたい。脚本執筆の準備はできている。
というわけで『イップ・マン 沈黙の霊言(仮)』(制作・公開未定)をお楽しみ頂く為にも、8月6日まで京都みなみ会館にて公開されている『イップ・マン 完結』にぜひ足をお運び頂きたい!
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WRITER
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プロフィール“19XX年、京都府北部に落ちた隕石の落下現場にて発見され施設で育つ。
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14歳の時にカート・コバーンに憧れ施設から脱走。紆余曲折を経てシアトリカル・テクノ・ポップ(TTP)バンド「マグナム本田と14人の悪魔」を結成。
京都のバンドシーン関係者8割くらいから嫌われている。
https://youtu.be/1tYuVpXR1qY