【Dig! Dug! Asia!】Vol.6 後編:ジャンルを融合させるパキスタンアーティストたち
特集『文化の床』の企画「アイデンティティのねじれ」に連動した第6回『Dig! Dug! Asia!』。前編ではパキスタンの新たな文化の床 Coke Studio Pakistan をとりあげた。後編は、アジアのアーティストを紹介する『Dig! Dug! Asia!』の真骨頂。 Coke Studio Pakistan のコンセプトであり、異なるジャンルを融合させる意の「フュージョン」を体現するパキスタンアーティストたちを個別に取り上げる。
「台湾のシーンが熱い」と透明雑誌が日本のインディーシーンを騒がせて、早くも10年近くになるだろうか。その間にもアジア各国を行き来するハードルはどんどんと下がっていった。LCCの就航は増え、フェスなどのリアルな場、そしてSNSや各種プラットフォームが整備されていくことで、文化的な交流も随分と増えたように思う。
その中で日本はどうだろうか?十分に交流が生まれているだろうか?アジア各国からの発信を待つだけでなく、もっとこちらから知ることが必要ではないか。なぜならとっくのとうに、アジア各国はつながっているから。アジア各国からの発信を待つのではなく、こちらからももっと近づきたい。
そんな思いからはじまったこの連載。アンテナのライターが月替りでそれぞれにピンときたアジアのアーティストを今昔問わず紹介することで、読者の方とアジアのシーンにどっぷりつかってみることができればと思う。
Coke Studioのコンセプトの一つである「フュージョン(融合)」。現代のロックと伝統音楽など、違うジャンルを融合するというコンセプトにちなんで、後編では Coke Studio Pakistan に出演経験のあるアーティストの中から、フュージョンを体現している4組をピックアップした。それぞれジャンルは違えど、パキスタンの音楽の豊かさをそれぞれ体現している者たちだ。ぜひここを入り口に、奥深いパキスタンミュージックの世界を堪能してほしい。
Sounds Of Kolachi
拠点:パキスタン
活動年:2014年 –
ディスコグラフィ
『Elhaam』(2017)
壮大なサウンドスケープを瞼の裏に想起させるパーカッション、バイオリンのように伸びやかでかつ軽妙なサーランギ ※1 と、悠々と飛んでいくかのようなボーカルたちの声。落ち着いて日々の煩悶や苦悩も忘れさせ、ひとときの静かな休息をもたらしてくれる……かと思えば、最後にはベースが地鳴りのように響き、荒々しいシタールとギターのメロディが闘争心を掻き立て、聴く者を翻弄する。Sounds Of Kolachi の楽曲”Allah Hi Dey Ga”はその意外な実験精神が聴いていてじつに興味深い。
Sounds Of Kolachi は総勢10名(2017年現在)のバンドで、2014年、作曲家だったAhsan Bari(Gt / Key / Vo)によって、主にカラチ出身のミュージシャンが集められ活動を開始 ※2 。シタール、ギター、ベース、サーランギ、ドラムと伝統と現代の入り混じった構成は、その音楽の幅広さを如実に物語る。上記の“Allah Hi Dey Ga”も収録したアルバム『Elhaam』を2017年にリリース。一方で鳴り響くギターとベースと合わさりながら何度も同じ歌詞が繰り返されることで魔術のような印象を覚えるメタルトラック”Chakardar”など、様々なジャンルにアプローチしている。
彼らが名を冠するカラチは、人口約2000万人とも言われる ※3 パキスタン最大の都市。その歴史は長く、古代は紀元前325年、アレクサンダー大王も訪れたことがある港町であり、パキスタンがイギリスの植民地になってからはその支配拠点として整備された。パキスタン独立後の1949年から、現在の首都であるイスラマバードに首都機能が移る1959年までは仮の首都でもあったカラチ ※4 。軽犯罪の横行など問題は抱えている ※5 が、現在でもパキスタンの経済と金融の中心地 ※6 であり、世界でも有数の規模を誇るメガシティだ ※7 。アジアも西洋も貧富も混沌と混じり合うこの町の様相が、 Sounds Of Kolachi の楽曲群からは聴いて取れる。2020年はボーカルとアコースティックギターのみに削ぎ落とした新曲”Ya Rasool Allah”を公開し、また新たなアプローチを見せている。
Natasha Baig
拠点:パキスタン
活動年:2013年 –
ディスコグラフィ
『Kesaria』(2017)
『Maine Dekha Hai』(2019)
『Zariya』(2020)
『Kaise Kahoon』(2020)
他
パキスタンは世界で2番めに雇用機会における男女での格差があるとも言われる国であり ※1 、2017年に日本でも公開された映画『娘よ』では、女性は結婚も勝手に決められてしまう負の面が未だにあることを思い知らせる。
そんな背景もあり、女性アーティストの活躍の場も男性に比べて制限されているのが実情だ。自身のオリジナル曲やアルバムは発表できず、ドラマや映画の playback singer 、男性とのデュエットや、サウンドトラックの収録曲のみがディスコグラフィの女性シンガーもいる。そんな状況下で希望の一人といえるのが Natasha Baig だ。2013年にスター育成のリアリティ番組『Cornetto Music Icons』に出演してデビュー。2014年に上述の Sounds Of Kolachi にスターティングメンバーとして参加しヴォーカルを担当した ※2 。2016年に脱退した後も複数のバンドを経験した後、ソロとして活動し始める。『Coke Studio Pakistan』には2018年の第11シーズンに出演 ※3 。2020年1月に自身の1stアルバム『Zarya』をリリースした。
M3“ Sheesha Banja ”ではバイオリンの音色やシェイカーのガラガラヘビに似た音が不安感を煽る中で呪術的に歌い、M10 “ Aaj Rung Hai ” ではシタールとパーカッションによる余韻のある音での中では、少し高くのびのびとした声を放つ。楽曲の雰囲気に合わせて自身の声を自在に操れるのは、Sounds Of Kolachi を始めとするバンド活動や Coke Studio 出演の経験があってこそだろう。様々な面をもつ女性の心情を歌う姿は、男女の格差から脱して自由に生きていこうとする姿勢を体現する。若干28歳の彼女がこれからのパキスタンの女性を象徴していくに違いない。
Mughal-E-Funk
拠点:パキスタン
活動年:2015年 –
ディスコグラフィ
『Sultanat』(2018)
後述のAli Noorのバンド noori にも所属し、パキスタンの実力あるアーティストを表彰する Shaan-e-Pakistan Music Awards 2020(SEPMA 2020 )にもノミネートされた ドラムのKami Pawl ※1 をはじめ、シンセサイザー・キーボードのRufus Shahzad、シタールのRakae Jamil、ベースのFarhan Ali の4名で結成されたインストゥルメンタルバンド ※2 。2018年にはファースト・アルバム『Sultanat』をリリースした。
彼らの名前にある「Mughal」は16〜18世紀に、現在のパキスタン領を治めていたムガル帝国からとっている。ムガル帝国が支配していた頃が最も文明的に栄えていた時代とも言われており、当時かなりの先進国だった。今もラホール旧市街にはこの時作られた城壁や王宮が残り、詩や音楽、踊りも発展したとされる ※3 。古き良きムガル帝国時代の空気を現代の音楽からアプローチして作り出そうとする彼らの楽曲は、エキゾチックでありながら現代的。シタールの伝統を感じさせるメロディにキーボードのミニマルな要素を付与するなど、新旧の要素を組み合わせる手腕には一聴の価値がある。中東音楽然としたエキゾチックなメロディはオリエントの宮殿が思い浮かぶが、その後ろで刻まれるビートは今日のクラブで流れてもおかしくない代物。そこにミニマルなキーボードの演奏が織り込まれ、踊ることもできれば瞑想もできる魅力をたたえている。その頃の素晴らしい文化を今に伝える試みとしてのフュージョンだと言えるだろう。
Ali Noor
拠点:パキスタン
活動年:1996年 –(noori)
2020年 – (ソロ)
ディスコグラフィ
noori
『Suno Ke Main Hun Jawan』(2003)
『Peeli Patti Aur Raja Jani Ki Gol Dunya』(2005)
『Begum Gul Bakaoli Sarfarosh』(2015)
他
ソロ
『Pagal』(2020)
パキスタン国内では「ロックスター」と言われるアーティスト ※1 、Ali Noor は「挑戦」という言葉を体現してきた。小学生のころはイギリスで育ちDEF LEPPARD の影響を受けた彼は ※2 、パキスタンに移り住んだのちに弟の Ali Hamza とともにロックバンド noori を結成。メンバーを入れ替えながら、メインメンバー / リードボーカルとしてバンドを牽引してきた。しかし音楽の道を進み始める前、 Ali Noor は弁護士の勉強をし、 Ali Hamza はパキスタンのトップビジネススクールである LUMS(ラホール経営大学)で経済学を専攻していた。周囲からはその学歴を活かせる職に就くことを望まれながらも、自分たちの望む音楽の道を進んだ彼ら ※3 。その楽曲は、聴くものを元気づけるような明るく軽快なロックが多いが、その背景を知ると、リスナーが自分自身の進みたい道を選ぶことを鼓舞するような説得力を持つ。人気を博した彼らはnooriとして、Coke Studioに第9シーズンまでに3回出演している ※4 。更に Ali Noor は第10シーズンにソロ名義で出演し ※5 、弟 Ali Hamza は第11シーズンでプロデューサーも務めた ※6 。
2019年には重度のA型肝炎に苦しめられるも回復 ※7 。さらなる飛躍を求め2020年から本格的にソロ活動を開始し、Mughal-E-Funk のドラマーでもある Kami Paul らをサポートに加えたバンドで、2020年12月31日に1stアルバム『Pagal』をリリースした。これをを聴くとnoori のころから貫いている「自分が望むことをしよう」という意思は更に強く楽曲に反映されていることがわかる。その意思が、「それまでのジャンルとは異なるものに飛び込む」という行為として現れたのがM5″NASHA”(中毒の意)だ。このMVでのAli Noorは「ロックスター」よりトラックメイカーのほうがしっくり来る。EDM の要素を全面に押し出した恍惚としたトランスに引き込まれてしまう。
そしてM2“PAGAL(「狂っている」などの意味がある)”を聴いた瞬間の高揚感が忘れられない。
”Dur Bulain.Dain sadaain.Jahano se agay.Koi pukaray.Mujhe janay de.Mujhe janay de. ……”(離れていても声を上げて。聞かせて。火に囲まれていても叫んで。世界へむかって。知らせて。知らせて。……)
カッワーリーのような現地の伝統的な歌唱もイメージできる長く伸ばす歌い方と、低く抑えた声が逆境に耐える様を彷彿とさせる。
”Yeh.Dil to pagal hai.(yeh,狂った心よ)Yeh dil to jhoota hai.(yeh,嘘つきな心よ)
Is dil ko koi bhi samjhay na.(誰にもこの心はわかってもらえない)Na koi janay.(誰も知らない)Na koi manay.(誰も賛同しない)Is dil ko koi bhi rokay na.(誰も止められやしない)”(以上Google翻訳をもとにした筆者訳)
そう高らかに叫ぶ声は、ウルドゥー語による詞の意味はわからなくても力強く鼓舞されてしまう。シーケンサーから叩き出される高音とドラムのビートが、自身の信じる道を突き進む者を肯定し駆り立てるのだ。
※参考文献
Sounds Of Kolachi
- サーランギ – TIRAKITA.COM
- Sounds of Kolachi has Changed Our Perspective Toward Music: Ahsan Bari – redbull.com
- 企業編 | 池上彰が明かす! イスラムビジネス入門 パキスタン編
- レファレンス事例詳細 – パキスタンの「カラチ」という町の歴史について…… – レファレンス協同データベース
- 安全対策基礎データ – 在カラチ日本国総領事館
- カラチ|パキスタンのみどころ(観光MAP)|西遊旅行
- 「メガシティとしてのイスラーム都市―ジャカルタとカイロを中心に」2014年度第2回研究会 – 早稲田大学 イスラーム地域研究機構
- SOUND OF KOLACHI – Coke Studio Pakistan
- Sounds Of Kolachi – CENTER STAGE
Natasha Baig
- パキスタン:若手女性ミュージシャンたちは、独力で音楽市場を切り開く(しかない) – Global Voices
- About Me – Natasha Baig
- Natasha Baig – Coke Studio Pakistan
- THE ICON INTERVIEW: A STAR IS BORN – DAWN.COM
Mughal-E-Funk
- SEPMA 2020 concludes with Ali Tariq, Mooroo, Gumby and The Sketches bagging awards – Daily Times
- Mughal-E-Funk – Coke Studio Pakistan
- パキスタン004ラホール ~東方イスラム世界の「華」 まちごとアジア
Ali Noor
- Ali Noor creates gold with Black Friday song – THE NEWS INTERNATIONAL
- About – Ali Noor Music
- ABOUT – nooriworld
- noori – Coke Studio Pakistan
- Ali Noor – Coke Studio Pakistan
- Producers – Explorer 2018 – Coke Studio Pakistan
- Singer Ali Noor in recovery after being hospitalised, says Ali Hamza – Images
- Ali Noor, living moment to moment – THE NEWS INTERNATIONAL
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92年生。「役者でない」という名で役者してます。ダンスやパフォーマンスも。言葉でも身体でも表現できる人間でありたいです。
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