往生際が悪いなぁ|魔法の言葉と呪いの言葉
言葉。それは、心の中で生まれるイメージを自分や他人に伝えるために生まれた“道具”だと言われている。人が使う道具は、誰がどのように使うかでその様相を変えてしまうもの。例えばヒガンバナのような薬用植物が薬にも毒にもなるように、だ。言葉も使い方次第で、魔法のように自分自身のチカラを引き出してくれることもあれば、呪いのように作用して身動きがとれなくなってしまうこともある。思い返せば、誰しもがそんなチカラのある言葉に翻弄された経験があるのではないだろうか。あなたにとって、「魔法の言葉」「呪いの言葉」ってなんですか?
「往生際が悪いなぁ」。高校2年生の夏に友人から言われた一言だ。
当時、私は気になっていた隣のクラスの男子に告白もしていないのに振られたばかりであった。
「頑張ればなんとかなる」と信じて何事にも打ち込んだ高校時代、その情動は恋愛に対しても惜しみなく発揮された。以下、意中の彼にアプローチするために実行したことを列挙する。
- 挨拶をするために、朝夕廊下で待ち伏せた。
- 毎晩、日記のようなポエムのようなメールを送った。
- ショートカットの女の子が好きと聞いて、髪を30センチ切った。
- 修学旅行のおみやげでぬいぐるみとお菓子を大量に買って渡した。
何を基準にそう思ったのか記憶が定かではないが、夏休みを前に「機は熟した」と確信した私は彼を映画に誘い、お断りメールと一緒にあっさりと振られてしまった。告白する前に振られるとはよっぽど脈がなかったのだろう。それでも「頑張ればなんとかなる」の信念でアプローチを続けようとしたが、ある日、相談に乗ってくれた友人が真顔で呟いた。
「往生際が悪いなぁ」
咄嗟に「なんでそんなこと言うんよ!」と反論しかけたが、ごもっともすぎてだんまりを決めるしかない。その日は悶々としながら家に帰ったが、その言葉の意味が気になって辞書を引くことにした。
往生際が悪い
追い詰められた時や諦めが必要な時に決断力がない(思い切りが悪い)こと。
文字に目を通した瞬間、燃え上がっていた情動がすーーっと冷却されていった。思い返すと猛アプローチにお愛想で対応してくれていたものの、彼からメールはおろか話しかけられたこともなかった。恋に恋をした熱で視界が歪み、まったく現実が見えていなかったことに気づいて、自分の部屋にいたのに身を隠したくなったことを覚えている。
そんな痛々しい失恋から10年以上の月日が流れたが、恋愛でも、仕事でも好転しそうにない状況にずるずるとしがみつきそうになった時に、「往生際が悪いなぁ」という友人の言葉が頭の中でハウリングするようになった。おかげですーーっと冷静になり、感情的になりそうだった自我を保つことができた。(まだまだ感情が顔に出てると言われることもあるが……。)
今や「往生際が悪いなぁ」は過剰な情動を封じる呪いの言葉であり、自我のハンドルを引き戻してくれる魔法の言葉として私の脳髄に宿っているのだ。今後もいざという時に出動してくれるだろう。
しかし、「往生際が悪いなぁ」の効力は、書くことに対して発揮されることはなかった。仕事でもプライベートでも何度も書くことが嫌になってやめたくなったが、その度にしがみついて言葉を紡いできた。今日も今日とて、パソコンに向かって言葉を探している。
そんなことを話したら、友人はまたあの言葉を呟くかもしれない。しかし今度は真顔ではなく、くしゃっと笑いながら言ってくれる気がするのだ。「往生際が悪いなぁ」と。
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91年生、岡山出身、京都在住。平日は大阪で会社員、土日はカメラ片手に京都を徘徊、たまに着物で出没します。ビール、歴史、工芸を愛してやみません。
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