INTERVIEW

店主の人生を味わえるレシピ。『recipe for LIFE』発起人・會澤健太さんが言葉にかける信念とは。

特集『言葉の力』の企画「#食とことば」では、人と食との間に生まれる言葉を探っていく。仙台で飲食店を営む17人のレシピをまとめたZINE『recipe for LIFE』(以下、LIFE)。編集をほとんど加えず原文のまま載せられたレシピからは、執筆者の人間味だけでなく、料理に対するこだわりや哲学がにじみ出ているから面白い。今回は、その発起人である會澤さんに言葉にかける思いについて伺った。

FOOD 2021.06.08 Written By 出原 真子

料理をする時、ネットでレシピを検索することは当たり前になった。たまにしか料理をしない私でも、いくつか料理サイトをブックマークしている。まぁ一度作っただけで、材料や手順はおろか料理名すら思い出せないレシピも多い。

しかし、『LIFE』は違った。このZINEに出会ったのは、2021年1月のこと。2回目の緊急事態宣言下で、家に一人で引きこもる寂しさを紛らわせるために料理に挑戦してみたのだ。いざこの冊子を開くと、シンプルな説明文ではなく、多様な言葉が散りばめられていることに驚いた。ユニークな言い回しにくすっと笑ったり、巧みな比喩表現に思わず感心したり……、一つ一つの文章を味わいながら作った料理は楽しく、何より美味しかった。(早速、執筆者が営むお店を調べて、Instagramもフォローした。)

 

『LIFE』は仙台にある老舗蕎麦屋〈imosen〉の4代目・會澤健太さんが中心となって作ったZINEだ。2020年4月に、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、飲食店が短縮営業や休業を余儀なくされた。その窮地を救うために會澤さんが立ち上がり、仙台の飲食店を中心に17のレシピをまとめるZINEの制作プロジェクトが発足。短いスケジュールにも関わらず、クラウドファンディングで資金を集め、デザインから紙質、綴り紐に至るまでこだわりの詰まった一冊に仕上がった。飲食店へのサポートだけでなく、おうち時間を料理で楽しみ、お店とつながってほしいという願いは多くの人の心を掴み、発刊からすぐに増刷が決定。2020年7月には続編も作られた。

 

特筆すべきは、「飲食店はエンターテイナーだ」と語る會澤さんの信念と遊び心から、彼を入れて17名、それぞれが自由に書いたレシピに編集を加えずに掲載したことだ。さりげなく入れられた単語や言い回しが、店主ごとの人間味をありのままに伝えている。今回、『LIFE』の発刊から1年が経ったタイミングで會澤さんにお話を伺った。「絶対に言葉は妥協したくないですね」。彼の強靭な言葉が胸に響き、何度も言葉に詰まったのはここだけの話だ。

『recipe for LIFE 17人の人生のレシピ』

recipe for LIFE  17人の人生のレシピ

 

¥1,000

2020年7月に発刊された続編『recipe for DAYS 17人のおいしい食卓』と合わせてmallで販売中。詳しくはこちら

 

・『recipe for LIFE』Instagram:https://www.instagram.com/recipe_4life/

書かれたレシピから16人の人間味を感じて編集方針を変えた

仙台の老舗蕎麦屋〈imosen〉の4代目 會澤健太さん
會澤健太(以下、會澤)

僕たち料理人はエンターテイナーだと思っていて、美味しい料理や空間づくりなど創意工夫でお客様に楽しんでもらえることが誇りでした。コロナ禍で店を開けられなくなった時も落ち込んで嘆くより、自分で動いて守りたいと思って。もっと逆立ちして「そういう発想があったのか」という驚きを生みたいと考えていたら、僕たちにはレシピがあることに気づいたんですよ。

──

その気づきというのは?

會澤

料理人が人生をかけて生み出したレシピには価値があると思ったんです。それをまとめてZINEとして販売して、執筆してくれた料理人や携わってくれた人たちにその売り上げを分配することにしました。

──

『LIFE』を作るにあたり、まずクラウドファンディングで資金を集めたそうですね。

會澤

想像以上に反響をいただきましたね。前向きな姿勢を受け入れていただいたのかなと。

──

前向きな姿勢を示すためにどんなことを意識されましたか?

會澤

クラウドファンディングの記事などで、「助けてください」という言葉を使わないようしました。むしろ、「すげぇ面白いことやっから!」っという気持ちで。ちょっとかっこよく言えば、誇り高くありたかったんですよ。

──

その気持ちはレシピを執筆した方々も同じく?

會澤

僕を除いた16人も目が死んでいなかったんですよね。もちろん、このどうしようもない状況でふさぎこんでしまう気持ちも分かるんですけど、彼らは「もっとすげえことやってやるぜ」という目をしていたんです。

──

16人にはどのような流れで執筆をお願いすることになりましたか?

會澤

『LIFE』に関しては僕の知人・友人・仲間が中心で、特に心が触れた人たちにお願いすることにしました。

──

心が触れる、とは……。

會澤

料理からその人を感じると言えばいいのでしょうか。主観的ですが、僕が好きな料理を作る人たちです。

──

執筆された方々もレシピを言語化する機会はあまりないですよね。体にしみついた動きを文章にまとめる作業は難しそうだなと。

會澤

やっぱり大変だったみたいですよ。それがもう、提出してもらったレシピを見たら、生真面目な人は生真面目だし、マイペースな人はマイペースだし(笑)。でもレシピ本と謳っている以上、専門の方にお願いして文末表現や表記も統一するつもりでした。

──

では、どのような流れで原文のまま掲載することになりましたか?

會澤

レシピを読んでいるうちにみんなの人間味が感じられて、「あっ、このままがいいんじゃね?」と思ったんです。例えば、〈Blaise Plant〉の『BlaiseのTriple B(p.4)』というベーグルサンドのレシピには「弱火でじっくりゴールドの焼き目がつくまで」とあってどんな色なのか想像したり。誤字脱字はチェックしましたけど、それ以外はそのまま残しました。

──

逆に、原文のまま載せることに対して、執筆された方々はびっくりされませんでしたか?

會澤

「これでいいのー?」とは言われましたけど、特に大きな反対はありませんでしたね。材料に関しては管理栄養士さんに見てもらって単位を統一したり、一般的なレシピ本に合わせて調味料の順番をそろえたりしました。

──

ちゃんと細部は整えつつ、もともとの部分は大事に活かしつつ。

會澤

読んでみると面白いですよね。〈おでんこうぞう〉の『こうぞうの海老と雲丹のなめろう(p.15 )』というレシピがあって。材料も手順も少なくてぱっと作れるのもいいなぁと思ったけど、もうちょっと付け足した方がページのバランスが良くなりそうだなと。そこで「こうぞうちゃん、好きなお酒って何?」と聞いて書き足してもらうようにお願いしたら、「日本酒全般に良く合います!僕は喜多方(福島)の弥右エ門がオススメです!」という文章が送られてきたんです。彼は僕と同い年で、良い感じに力が抜けている男なんですけど、それがレシピからも伝わりますよね。

──

なるほど……!個人的には〈居酒屋ura〉の『uraのグリーンカレー焼そば(p.8)』が、本文より注意書きが多くて妙に惹かれます。執筆者のこだわりと優しさが感じられて、ご本人もあたたかい方なんだろうと想像力が広がりました。

曖昧さを残すことで、自由度を高める

會澤

『LIFE』の肝でもあるんですけど、想像力という点では絶対に写真を使わないと決めていました。

──

それはなぜですか?

會澤

全体的にあたたかみのある冊子にしたかったんです。1ページを1枚のポストカードに見立てて、それぞれの料理にイラストを載せることにしました。表紙の題字とイラストを描いてくれたtomomi_type(トモミタイプ)さんには料理名と写真だけを送ったんです。だから彼女は材料に何が入っているのか知らないまま描いたので、『LIFE』が完成してあるレシピを見たときに、「この粒々ってきゅうりだったんだ!」と驚いていましたね。

──

あえて、材料を伝えなかった理由は何ですか?

會澤

曖昧さを残して自由度を高めたかったんです。写真のようなきちんとした完成図があることで、そこに寄せないとダメなのかと思ってほしくなくて。

──

私も家で料理を作った時に、レシピの美しい写真と自分の出来栄えを比べてげんなりしてしまうことがあります。『LIFE』ではイラストと文章のおかげで想像力を働かせながら、能動的に作ることができてすごく楽しかった。それも固めすぎない曖昧さの効果だったのかなと思います。

會澤

実際、同じ料理を何回も作ったという声が多くて、それもやっぱり曖昧さのおかげかもしれません。コロナが落ち着いた時に、答え合わせじゃないけど直接お店に食べに行ってほしいという思いもあったので。

──

実際、『LIFE』を発刊してからどんな反応がありましたか?

會澤

「作ってみました」とか、「今度それぞれのお店に行ってみたいです」といった声をいただきました。私は商店街に店を構えているんですけど、同じエリアにある2軒の本屋さんからお声がけいただいて販売させてもらったり。

──

2020年7月には、『recipe for DAYS』(以下、DAYS)を出されたそうで。

會澤

17人以外にもっと多くの人のレシピを届けたいと思って作りました。『LIFE』はレシピ本であると同時に読み物であることを意識していましたが、急ピッチで作ったので粗削りなところもあって。なので『DAYS』では、レシピの他にも3名の方にコラムの寄稿をお願いしましたね。

──

2作目のタイトルに “DAYS” という単語を用いられたのはなぜでしょうか。

會澤

そもそも “LIFE” には人生と命という2つの意味を込めたんです。人生は僕たちの人生を通じて生み出してきたレシピで、またこの本を通じて自分たちの人生ををつなげるという意味で。もう一つの命はコロナから大切な命を守りたいという意味で、自分にとって重たい言葉でもありました。続編ではもっとリラックスして、1日の食卓を楽しめるように作ろうと思って “DAYS” を使ったんです。それぞれの副題も『LIFE』は「17人の人生のレシピ」で、『DAYS』は「17人のおいしい食卓」でニュアンスも変えましたね。

──

確かに『DAYS』のレシピも拝見しましたが、不思議とフラットな気がしました。

會澤

『DAYS』にレシピを掲載しているお店は、北は山形から南は沖縄までいたかな。旅行で立ち寄ったり、料理に関係なく出会ったりした人たちに執筆してもらいましたが、共通しているのは本当に僕が好きな人たちですね。

言葉は妥協したくない。だから、新しい表現で言葉本来の意味を伝えたい。

──

現在はどんな活動をされていますか?

會澤

モーニングカルチャーを広めるために、『SENDAI breakfast CLUB』(以下、breakfast CLUB)に力を入れています。現在は仙台で朝から営業している飲食店で、ステッカーを配布していますね。

『SENDAI breakfastnCLUB』のシンボルマーク。デザインはTaichi Furukawaが手がけた
──

どんなきっかけで始められましたか?

會澤

それこそ言葉なんですね。〈imosen〉も午前7時から営業していて、お客様が「朝活してきました」とSNSに書いてくれるんですけど、僕は “朝活” って言葉がどうにもしっくりこなくて。

──

それはなぜでしょうか?

會澤

“朝活” だと厳しそうな、頑張んなくちゃいけない気がして。じゃぁ、その代わりに僕たちの朝を象徴するような言葉として『breakfast CLUB』を作ったんですよ。

──

なるほど。以前、広告代理店で働いていたことがありますが、先輩から新しいムーブメントを生み出す時に「言葉を定義することが大事」と教わりました。言葉に共感してくれた人が行動を起こすことで、言葉と一緒にムーブメントは広がっていくのだと。そして「朝の時間をもっと楽しもうよ」というメッセージを広げるために新しい言葉を生み出したところにも、エンターテイナーの精神が息づいているように感じます。

會澤

ありがとうございます。〈imosen〉ではInstagramの投稿にそばの写真を載せたことがないんです。ストーリーズは最新情報を発信するために使っているので、そこに載せることはあるけれど……フィードには午前11時までに食べに来てくださった方の顔写真を中心に投稿しています。これまで800回くらいアップしているんですが、朝早くにそばを食べて満足そうな表情になっていたら、うちのそばがどんなものか伝わるかなって。投稿にはタイトル「THANKS MORNING SOBA」も一緒に添えています。

──

お客様の満足した顔からそばの美味しさだけでなく、『breakfast CLUB』の臨場感や楽しさが感じられますね。いくつか投稿を拝見したんですが、タイトル以外にその人をイメージした歌詞やコメントが添えられていてそれもまた面白いなと!

會澤

お客様の見た目や雰囲気の他にも、軽く言葉を交わした時に感じたその人らしさをイメージしたコメントを添えていますね。後は頑張ってる人を応援したいんで、イベントや発信をされている場合はその情報を付け加えたり。

──

會澤さんにコメントをつけてもらえたらうれしいし、お店に対する愛着が深まりますね。今後も色んな活動やムーブメントを展開される中で、言葉とどのように向き合っていきたいと思われますか?

會澤

そうですね、今日話している中で自分は言葉を信じて、大事にしていたことに気づきました。僕が触れる世界では、絶対に言葉は妥協したくないですね。

──

妥協したくない……。

會澤

中学生の時に1回だけ『踊れ☆般若』というフリーペーパーを作りましたが、どんな因果からかこの時代に自費出版をして、自分がよく行く本屋さんにそれが並んで、巡り巡って今日があると思うと、自分が感じるものは妥協せずに大事にしていきたいですね。

──

“朝活” もそうですが、意味を深く考えずに使っている言葉はたくさんあると思います。會澤さんは出会った言葉を素通りせず、自分のフィルターに通して違和感があったら、新しい言葉を考えてアクションに結び付けている。そんなところに「妥協しない」姿勢が表れていると思います。

會澤

今思ったんですけど、言葉は生き物のように鮮度がありますよね。ぽっと生まれた “朝活” という言葉は時間が経つにつれて、「より朝早く行動しなきゃ」とみんなが求めたために意味がずれて溝が大きくなってしまったんじゃないかと。僕はその言葉を使うのが嫌で、何とか修正するために新しい言葉で表現したいんだと思います。

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