MEET ONE’S LOOK 誰かの視点に出会う – Standart Japan –
ANTENNAが運営するmallのレーベルとして2020年12月に始動したWANDERLUST BOOK STORE。『MEET ONE’S LOOK 誰かの視点に出会う』と題し、WANDERLUST BOOK STOREが取り扱うインディペンデントパブリッシング・リトルプレスの中から作り手の示唆に富んだ視点に出会える本をピックアップ!第二回目は、スペシャルティコーヒーの文化を伝えるインディペンデントマガジン『Standart Japan(以下、Standart)』を紹介します。
Standart Japan
スペシャルティコーヒーを軸に、「色んな角度から楽しむ価値」を生み出す『Standart』とは
良いコンテンツとは何だろうか。色んな読み物にふれたり自ら発信する中で、ふと、漠然とした疑問が浮かぶ。心に響くキーワードだろうか、読者を惹き込む構成だろうか。そんな時に出会った『Standart』の言葉に心がふるえた。
本当の意味で良いコンテンツというものは、座って時間をかけて色んな角度から楽しむ価値があるはず。周囲に溢れるノイズを遮断しリラックスしながら会話を楽しむ——コーヒーが何世紀にもわたって生み出してきたそんな時間を、Standartも作っていきたいのです。
スペシャルティコーヒー*の文化を伝えるインディペンデント雑誌として『Standart』が始まったのは2015年のこと。当時はブルーボトルコーヒーを筆頭に、味や香りだけでなく、産地や品種に対する注目が高まり、大手チェーンから個人経営店までスペシャルティコーヒーが広まって、世界的に高品質・高価格な豆の消費量が増加。一方で、農家はその恩恵にあずかることなく過酷な労働を強いられ、貧困から抜け出せない状況が続いていたのだ。スロバキア人の学生・Michal Molcan氏はそんなスペシャルティコーヒーが抱える光と闇を切り取り、社会問題やカルチャーなど多様な分野とつなげて発信するために『Standart』を創刊。現在は3ヵ月に1回、英語版と日本語版が世界70ヵ国以上で販売されている。
では、創刊からまたたくまに世界に広まった本誌は、「色んな角度から楽しむ価値」をどのように生み出しているのだろうか。
*一般社団法人日本スペシャルティコーヒー協会は、スペシャルティコーヒーの定義を以下のように定めている。
カップの中の風味が素晴らしい美味しさであるためには、コーヒーの豆(種子)からカップまでの総ての段階において一貫した体制・工程・品質管理が徹底していることが必須である。(From seed to cup)
具体的には、生産国においての栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理が適正になされ、欠点豆の混入が極めて少ない生豆であること。そして、適切な輸送と保管により、劣化のない状態で焙煎されて、欠点豆の混入が見られない焙煎豆であること。さらに、適切な抽出がなされ、カップに生産地の特徴的な素晴らしい風味特性が表現されることが求められる。
出典:日本スペシャルティコーヒー協会「スペシャルティコーヒーの定義」
「パンク ラブドール コーヒー」
#17を手に取ると、まずは大判の写真とともに3つのキーワードが目に入ってくる。この号を象徴するキーワードだろうか、編集部の意図を読み解こうと自然と臨戦態勢になる。目次を開くと、コーヒーの産地に関するコラム、名店のオーナーや人気ロースターへのインタビュー記事が並び、コーヒーカルチャーと「パンク」における哲学の相関性を考察したコラムに1つ目のキーワードを見つけた。2つ目の「ラブドール」は、表象文化論をもとにラブドールの研究に取り組む関根麻里恵さんへのインタビュー記事が該当することも分かってくる。読み進める中で、普段コーヒーとつながりにくい言葉とそれを取り巻く「人、もの、こと」が頭の中で結びついていく。しかし、なぜキーワードが ”3つ” なのだろうか。ここにヒントが隠れている気がする。
「三権分立」のようにどこかに集中することなく均衡を保ったり、「三人寄れば文殊の知恵」のように3人の異なる視点から思いもがけないアイデアが生まれたり、古くから3という数字は、新しい何かを生み出し、良いバランスを保つ関係性を表してきた。「コーヒーと●●」では2つの比較や接点を探ることに終始するかもしれない。しかし「コーヒーと●●と▼▼」になることで、コーヒーに偏りすぎず、多角的な視点や新たな文脈が広がっていく。『Standart』はこのトライアングルを起点に、「色んな角度から楽しむ価値」を生み出しているのではないだろうか。
表紙に3つのキーワードを載せた編集部の意志
この3つのキーワードは創刊時から存在しているが、表紙に載せられるようになったのは、#13(2020年7月発刊)のリニューアルからだ。さらにそれまでの『Standart』では「コーヒー・人・世界」の3つの括りが設けられていたが、リニューアルを機に取り払われた。雑誌自体を刷新した背景について、当時のブログでは編集部のメンバーも定着し、制作業務も円滑に行えるようになった安定感から、「今後のStandartについて危機感」を抱えてリニューアルすることになったと語られている。
日々変化し続けるコーヒー業界を捉え、さまざまな事象とつなげようとした時に、「コーヒー・人・世界」の括りにまとめきれなくなったことは想像に難くない。さらに、安定感から脱し、コーヒーに対して ”3“ を起点に多角的に自由にアプローチすることで、「色んな角度から楽しむ価値」を生み出していきたい。編集部はそんな『Standart』の意志を改めて掲示するために、3つのキーワードを表紙に掲載したのではないだろうか。加えて読書体験の始まりに各号のキーワードを共有することで、読者の好奇心をくすぐり、能動的に雑誌を楽しめるようにしたかったのではないかと思う。
先述した通り、創刊当時はサードウェーブが流行っていたが、現在は自宅でスペシャルティコーヒーを焙煎するフォースウェーブに移行しつつある。『Standart』ではそんな日々移り変わるコーヒーを、「無数の道が交わる交差点」と表現していた。その交差点には無数の道に加え、アートやカルチャーなどさまざまな具象が行き交っているだろう。通行人は何かしらの道しるべがなかったら途方にくれてしまうかもしれない。そこで、通行人は『Standart』を開く。『Standart』は目的地に最短ルートで案内するナビではなく、子どものころに参加したウォークラリーのしおりのように時にはヒントを、時には寄り道を、時には新たな楽しみをもたらすはずだ。通行人は交差点から広がる景色を楽しみ、中にはそこから新しい道を作る人もいるかもしれない。きっとその行路は、あなたにも続いているのだ。
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WRITER
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91年生、岡山出身、京都在住。平日は大阪で会社員、土日はカメラ片手に京都を徘徊、たまに着物で出没します。ビール、歴史、工芸を愛してやみません。
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