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「意味不明」な映画は駄作?イタリアホラー映画『ビヨンド』は「理解できない」恐怖を語る―思い出せない映画たち #2

MOVIE 2026.06.27 Written By 川端 安里人

もう何年も前の事だが、アメリカ南部を友人と車を走らせる旅に出たことがある。遥か地平線を臨めるような長い長い橋を走っている時に脳裏に蘇った映画、はからずもロケ地巡りをしてしまったその映画こそ今回深掘りしたい映画『ビヨンド』だ。

 

 

今でこそ生涯ベスト級に思い入れのある映画、特にホラージャンルの中では指折りに好きな映画に〝昇格〟した一本ではある。しかし、高校時代に観て忘却の彼方に引っかかり続けていただけのこの映画を書き表わすまでならまだしも、オススメをするのはいろいろな意味で難しい。

なんと言ってもこのイタリア産ホラー映画はとてつもなく残酷で、汚らしくて、気持ち悪い。そして何より不条理だからだ。

 

80年代に登場したVHSによって自宅での映画鑑賞が広がったイギリスで、“ビデオ・ナスティ”としてアメリカの『悪魔のいけにえ』や日本の『子連れ狼』などと共に有害映画として発禁処分をくらったという過去も持っている作品である。特殊メイクやVFXの日進月歩の進化でより過激化している今現在に見直しても、ホラーや残酷描写が苦手な人なら目を背けずにはいられないシーンのオンパレードとなっている(なのでオススメだから絶対観てとは口が裂けても言えない)。

 

もちろん、“地獄と通じる地下の扉がある廃ホテルを相続した女性の周りで次々と人死にが起こる”とあらすじを説明することはできるし、特殊メイクの真髄を堪能できる残酷シーンがたくさんあると見どころを紹介することもできる。実際監督のルチオ・フルチはダリオ・アルジェントやマリオ・バーヴァと並んで今やイタリア映画史を代表するホラー映画監督の一人となった。しかしそれでもこの映画の持つ魔力と言うべきか、私がこの映画を偏愛する理由の説明には全くならないのが今回筆を取った理由でもある……。

 

はっきり言ってしまうとこの『ビヨンド』という映画は支離滅裂なのである。“未知のウィルスで人々がゾンビに……”などといったホラー映画のロジックや説明などを一切無視。突如村人からリンチされた画家はゾンビになり、棚の下からはうじゃうじゃと人喰い蜘蛛があらわれ、物語の終盤頃にはそのホテルのある街の空間そのものが歪んでしまう。

しかし、その支離滅裂さ、理解できなさこそがこの映画の恐怖の本質であり魅力なのだと私は思う。

 

現代は解説・考察の時代である。“難解さ”は客寄せのパンダとして使われる中で、多くの観客はや“理解”を求め、映画はすぐに評論家に解説され、有象無象の考察動画がアップされる。「これが伏線だよ」、「時系列の流れはこうだよ」、「テーマはコレだよ」と図解化されていく。

 

同時に、曖昧さという悪夢は言語化によって分解され、“わかりやすさ”として安全な場所へと日々収納される。

 

しかし、本当にそれだけでいいのだろうか?アメリカの作家、スーザン・ソンタグは名著『反解釈』の中で芸術を意味や解釈によって飼いならし、管理しようとする態度を批判した。解釈・考察とは作品を理解する行為であると同時に、作品の持つ魔力を去勢する行為でもあることを忘れてはいけないというのが彼女の主張だ。

 

ルチオ・フルチの『ビヨンド』はまるで子供時代に見てしまったお化け屋敷の怖い看板のようにプリミティブで不条理な恐怖をダイレクトに提供し、解釈の網からこぼれ落ちていくものを見せる。

 

呪われたホテル、理由もなく捻じ曲がる空間、説明されない死、腐敗したまま蘇った肉体。そこでは因果関係などまるで気にされず、映画そのものがシュールレアリスティックな悪夢に侵食されていく中で、「地獄の門が開くのを理解できるわけがないだろう」という監督の声が聞こえてくる。。だからこそこの映画のラストに映る地獄の描写は恐ろしくありながら、どこか抽象画のような美しさを放っている。

 

この映画を「整合性の欠如した残酷なだけの駄作」と呼ぶことは容易いだろうし、実際80年代イギリスの映倫はそう判断した。

 

しかし『ビヨンド』が今現在も(私を含めた)コアなファンを魅了して離さないのは、別に腐敗したゾンビが呪いを撒き散らすからではない。観客の解釈を拒絶し、理解や常識という名の観客の安全圏を揺るがし、世界を突如として説明不能なものにするからだ。社会がが説明不能なものに耐えられなくなっている今、あらゆる“難解さ”が理解可能なコンテンツへ変換されることを良しとする今、より一層この映画は魅力を強めているように私は思う。

 

『フルチ・トークス』などのドキュメンタリーを観る限り、フルチ監督は聡明でありながらも偏屈で反骨的な人物であり、その人生は壮絶な妻との死別など人生の悪夢とも言える様々な不条理に遭遇してきた。彼の最高傑作と言える『ビヨンド』は今現在も“わかりやすさ”を求める我々の希望を拒絶する。

 

そして私は、その拒絶に救われることがある。戦争や悲惨な事件、身近な喪失……世界には説明しても仕切れない、そもそも説明のしようのない不条理に満ちている。フルチの映画は、その当たり前の事実を極めてシュールな方法で突きつけ、“この世にはわからない事もある”というごく当然のことを思い出させてくれる。

 

すべてを理解できると信じても、いくら考察でわかった気になっても、いつでもどこでも不条理な地獄の門は開くことを忘れてはいけない。

 

アメリカ南部の旅についてはこちらの記事をどうぞ!

 

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