INTERVIEW

つくる歓び、あたらしい野心 – 中村佳穂 2nd Album『AINOU』リリースインタビュー –

バイタリティに満ちた即興パフォーマンスで全国の音楽好きを魅了し、tofubeatsやimai (group_inou) らの客演も果たした京都のSSW・中村佳穂。すっかり売り切れていた手売りの1stアルバム『リピー塔がたつ』に次ぐ、2年半ぶりの新作『AINOU』が本日発売された。
 
一度でも生で見た方ならご存知だろうが、彼女のプレーにはライブという場への徹底的な愛と敬意がある。しかし今作は、そんなパフォーマンスの延長線上にあった前作とはまったく異なるコンセプトのアルバムだ。1曲目“You may they”から鳴り響く、荒木正比呂(tigerMos, レミ街、fredricson)の手でカットアップされたドラミングがその違いを雄弁に物語っている。
 
今回のインタビューで、中村はジャンルも世代も拠点も異なるサポートメンバー達との深い関係性や、彼らと理想の音楽を追求する楽しさについて嬉しそうに語ってくれた。ロジカルなサウンドプロダクションを突き詰めることで、録音された歌はかえってフィジカルな魅力を得ることができる。そんな発見から作られた今作で、彼女は京都から一足飛びに海外の最新R&B勢とつながる切符を手に入れたのだ。視界を広げ、新しい野心を持つという歓び。何よりもそれが伝わる記事になっていれば幸いだ。
 
とはいえせっかくの単独インタビューなので、中村が以前から抱き続けてきたポリシーについても折に触れて聞いていった。まずはこの質問から。

いろんな人たちが私に会いたいと思って京都に来てくれると嬉しい。私はそういう人でありたいので

──

佳穂さんはよく自主企画でアパレルやアクセサリー等の出店を呼んでいますよね。その中には拠点が関西ではない方もたくさんいますが、生業や拠点を問わず人脈を広げていく意識があるんでしょうか。

中村佳穂(以下、中村)

私の場合、京都で活動していても府外の人と出会うことが多かったんです。そうやって知り合った人の地元のライブに呼ばれることも多くて。意識しているというよりは、そういったことが重なっていった結果ですね。旅が好きなので、喜んでお誘いを受けているところはあります。

──

自然発生的に、人と人を介してつながっていくような感じですか。

中村

地方のライブに呼ばれた時は、呼んでくれた人に「あなたの好きな場所を教えてください」ってお願いをしているんです。ライブの前日か翌日に好きな場所を案内してもらって、もし服屋さんだったら、彼らの気にしているお店にも寄ってみたりとか。

──

それは昔からされていることなんですか?

中村

もう6年以上はしていますね。本当に仲良くなるのは、やっぱり音楽を聴いていただいてからが多いんですけど。

──

サポートをされているレミ街のお二人(荒木正比呂 / Key & Manipulate,深谷雄一 / Dr & Per)も名古屋が拠点ですよね。単なる対バン以上のつながりで関西の外からどんどん人を連れてくる人って、佳穂さんの世代ではなかなかいないように思います。

中村

意識的ではないんですけど、お客さん的にはラッキーなんじゃないかってくらい素敵な人を呼べている気持ちはありますね。

──

これからも京都在住のまま活動されていく予定ですか?

中村

そうですね。地方だと人が外に出ていくイメージがありますけど、府外の人と話してると「京都のシーンってどうなの?」とか「京都どこがおすすめ?」ってすごく聞かれるんです。大げさかもしれないけど、そういう人たちが私に会いたいと思って京都に来てくれたら嬉しい。海外のアーティストにも「京都には佳穂ちゃんがいるから」って来てもらえるようになれたらいいなって思います。私はそういう人でありたいので、京都に居続けたいですね。むしろ京都のことをもっと知らなきゃなって。巡れてないお店もたくさんあるし、音楽シーンも限られた範囲しか知らないので。

“佳穂ちゃんも佳穂ちゃんの良さがあるよね”とかじゃなくて、彼らのあのかっこよさを踏まえたものを作りたい

──

今回、サポートメンバーと三重に籠もって制作をされたという話を以前聞きました。

中村

荒木さんが三重にお住まいで、ご自宅が田んぼに囲まれた一軒家なんですよ。30分に1本電車が通るだけで、あとはただ稲穂が風で揺れているようなとても綺麗なところで。2016年の終わりから2年近く、メンバーと合宿しながらひたすらデモを作っていました。

──

2年間ずっとですか?

中村

4、5日間の合宿を2ヶ月に1回くらいのペースでやっていました。荒木さんはコンポーザーのお仕事もされてるので、制作中心の穏やかな毎日を送っていて。朝8時に起きて、曲を作って、夜の20時になったら必ず作業をやめて、夕ご飯を作るっていう。

──

合宿をやることになったきっかけは何でしょう。

中村

私が元々レミ街やtigerMosのファンだったんです。彼らがやっているエレクトロニカというジャンルは一見無機質にも思えるんですけど、私は彼らの音楽に生々しさを感じていて。中でも一昨年見た、レミ街が吹奏楽部の子たちと一緒に演奏するっていうコンサートがめちゃくちゃ良かったんですよ。

──

中村高校吹奏楽部とレミ街のコンサート企画“the Dance we do 2016”ですね。同年にはコラボレーションアルバムの『GIANT』もリリースされています。

中村

あれだけ緻密な音楽を作ってる彼らが、ミスしながらも一生懸命吹いてる女の子たちを「いいよいいよ!」って応援している光景にすごく感動したんです。そして「なんで今私はこの演奏に感動しているんだろう」っていうことも同時に思いました。ちょうどその時、生々しさとロジカルさの中間にあるような洋楽が気になっていて、そのヒントが彼らにある気がしたんです。なので「今私があなたたちに感じている感動を、話し合ったりセッションしたりしながら一緒に解明させてほしい」ってお願いしたのがきっかけです。

──

“生々しさとロジカルさの中間にある洋楽”とは誰のことでしょう。

中村

Hiatus Kaiyoteとか、Laura Mvulaとか、Lianne La Havasとか……リアンはアコースティック・ライブに長けている人で、ギターとピアノとコーラス2本だけのタイニー・デスク*1の動画が最高なんですよ。でも音源はギターがエレキだしビートも効いていて、歌もすごく前に出ている。彼女みたいに、音源はしっかりデザインされているんだけど、あくまで歌にウエイトが置かれているっていう人たちに魅力を感じるんです。あと、一昨年フジロックで見たJames Blakeが衝撃的で。

──

出演だけでなくインプットとしても貴重な体験だったんですね。

中村

まさか自分がJames Blakeに感動すると思っていなくて。バンドメンバーと一緒にグリーンステージの山の一番後ろで見てたんですけど、あれだけ遠くにいたのに低音がめちゃくちゃ気持ちいいんですよ。さっき挙げた人たちも含めて、「もし彼らと対バンしても、ちょっとでも気にしてもらえる要素が今の私にはない」ってすごく思ったんです。その時の私は、衝動的な一瞬のきらめきだけだったから。「“佳穂ちゃんも佳穂ちゃんの良さがあるよね”とかじゃなくて、彼らのあのかっこよさを踏まえたものを作りたい」っていう話をメンバーとしました。

穏やかに喧嘩が出来るようになったのがすごくいいことだなって思います

──

佳穂さん自身は今回のアルバムをどう思われますか?

中村

とても穏やかな作品になったなと思います。荒木さんのお家から稲穂が風でザァーッて揺れるのを眺めていて、私は初めて風の形を知ったんです。せっかちなのであまり長い時間風景を見てられないんですけど、それはずっと見ていられて。「あんな穏やかな気持ちで作品を作りたいな」って思い出すことも多かったんですよね。『AINOU』のアルバムジャケットもその景色をモチーフにしています。

──

レミ街のお二人は年齢もひと回り以上離れてますし、音楽性や活動スタイルも佳穂さんとは違いますよね。

中村

彼らはエレクトロニカとかビートミュージックって呼ばれる音楽を作っているんですけど、それについて「繰り返される4小節がただただ美しくて、それだけで延々と聴いていられる音楽が大事なんだ」って言ってたんです。ひたすら最高の数小節を追求していくものなんだって。

──

ビートミュージックならではのミニマルな美学ですね。

中村

「へー!」とは思ったんですけど、それじゃ面白みが足りないじゃんって思ったんですよ。

──

考え方がかなり違ったと。

中村

繰り返しの中でたまにビートが抜けたりするとテンションが上がるらしいんですけど。いろいろ聴かせてもらいながら、「どの曲がそう思うんですか?これそんなに良いですか?」みたいな話をずっとしてました(笑)。そんな会話で互いを咀嚼しながらセッションで曲のかけらを何十個も溜めていって、その後いいと思うものを一緒に選んで膨らませて作っていきました。

──

サポートメンバーという位置付けではありますけど、制作の進め方はバンドのそれに近いですね。

中村

バンドをやってみたいと思ってたので、そう言われると嬉しいですね。穏やかに喧嘩が出来るようになったのがすごくいいことだなって思います。「私はあなたのことが大好きだから言うけど」って。「あなたがかっこいいと思ってるそれを私はかっこいいとは思わない」なんて、言うだけで傷つけるじゃないですか。けど言わないと始まらないから。それが言える関係になれたのはかけがえのない宝物ですね。

──

バンドでもそういう関係性が築けることってなかなか無いように思います。


*1 NPR Music Tiny Desk Concerts: アメリカの公共ラジオ放送・NPRの事務所から配信されるアコースティック・ライブ番組。

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聴き比べていると、同じようなビートでもかっこいいものとかっこよくないものの違いがわかってくる

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