INTERVIEW

森でからっぽになるアート展『森の展示室』 主催者インタビュー :和紙作家・ハタノワタル

ART 2020.04.08 Written By 肥川 紫乃

写真:津久井珠美

京都市内から車で北上して約1時間。京都府京丹波町旧和知にある、わち山野草の森では12ヘクタールの園内に約900種の山野草や花木などが息づき、四季折々の美しい花や風景を満喫することができる。そんな森の中で、今年で7年目となるアート展『森の展示室』が2020年4月11日(土)〜4月19日(日)に開催される。黒谷和紙の職人である和紙作家・ハタノワタルを中心に2014年にスタートし、これまでも木工やガラス・和紙・革・写真など様々な素材を扱う作家が「自然との共存」をテーマに、この場でしか出会えない作品を展示してきた。そして2019年からは革作家・logseeが主催を引き継ぎ、作家の深化を感じられるアート展として、第二章の新たなスタートを切った。

 

『森の展示室』はあらかじめ割り振られた区画に作品を持ち寄るクラフトフェアやアート展と異なり、作家自らが作品を展示する場所を森の中に見つけるところから制作がはじまる。このイベントでは場所も作品の一部として扱われているからだ。鑑賞者は、現代のつくりすぎたものに囲まれた生活から離れて、なにもない森の中でただ、この場所だから生まれる表現と対峙する贅沢な時間を過ごすことができる。

 

地方に場所を構え、作家活動をしながら持続可能な暮らしを模索する。耳障りはいいが、きっと楽なことばかりではないはずだ。彼らが今、暮らしの中でなにを考え、またイベントを通じてどのようなものを作り出そうとしているのかを伺った。

EVENT記事『森の展示室』

https://antenna-mag.com/post-40407/

本記事で紹介するのは、多摩美術大学で油画を学ぶ過程で、800年の伝統を持つ黒谷和紙の研究生となり、現在はその産地である京都府綾部市で和紙作家として活動する主催者のハタノワタルさん。彼の幼少期から抱いている持続可能な暮らしに対する想いを、『森の展示室』を通じてどのように表現しようとしているのかメールで伺った。日々、綾部で職人として暮らしながら、常に未来を見据える彼の言葉からイベントの魅力を探る。

淡々と、未来を見据えて紙を漉いていく

──

和紙作家としてハタノさんが表現活動をするうえで大切にしていることを伺いたいのですが、もともと油画を学び創作活動をされていた中で和紙と出会って、その後和紙作りを学ぶ道を選択されていますが、きっかけは何だったのでしょうか?

ハタノ

昔から続いてきて、その先も続いていくもの、いわゆる持続可能な暮らしというものに興味がありました。過去と未来をただ結ぶものとして仕事を選ぶことに興味が湧き、手元にあった和紙を漉いてみようと思いました。ほとんど修行のつもりです。

──

興味があったとはいえ、新しい環境に身をおくことに怖さはなかったのでしょうか?

ハタノ

当時、住所不定でしたから、特に怖さはなかったです。新しい土地での暮らしは楽しみでした。

──

「過去と未来をただ結ぶものとして仕事を選ぶ」という点では、例えば文化を伝える映像をアーカイブして発信するなど手法も考えられますが、自ら作り手になることを選ばれた理由は何だったのでしょうか。

ハタノ

当事者になりたかったのです。美術大学に在籍していたので、そういう作品や映像をたくさん見てきましたが、ちょっと嘘くさく感じていました。もっと奥にある、本物を知りたいという魅力の方が大きかったです。

──

作家として、黒谷和紙を建築やプロダクトに昇華させたり、伝統的な技術を今受け入れられる形に編集されていますが、そのようにした経緯を教えてください。

ハタノ

黒谷和紙の職人となり、職人は淡々と黙って仕事をしていくものとして、日々紙を漉いていました。でも家族ができ、暮らしを考えた時、どうしても職人として仕事をしていては、家族を養えないという現実が見えてきた。黒谷の地元の職人さんたちが子どもに継がせなかった理由がよくわかりました。

 

和紙を取り巻く現実を目の当たりにし、何が問題なのかと考えた時、和紙は好きだけど、どうやって使ったらいいか分からないという方が多くいることを知ったんです。今の暮らしに合う和紙を提案すれば、使ってくれる方が増えていくのではないかと思い、建築やプロダクトという形で提案するようになりました。そんな状況は過去にも何度もあり、その度に職人たちは乗り越えてきたのでしょう。同じように繋ぐものとして、必要なことだと思っています。自分で選んだ道なので、これからも精一杯、和紙を提案していきます。生きていかなくてはいけないですからね。

自分の場を見つけることは、とても大切なこと

──

『森の展示室』開催の背景についてお伺いします。『森の展示室』は、最初はわち山野草の森で2014年から開催している『はるいろさくらまつり』のプログラムの一部として開催されたそうですが、どのような経緯でハタノさんにプロデュースの声がかかったのでしょうか?

ハタノ

和知にあるお菓子工房・菓歩菓歩の店主の石橋さんより声を掛けていただき、プロデュースをすることになりました。以前、綾部で自主企画として行った企画展やアートイベント、手づくり市などの成功があったからだと思います。

──

テーマである「自然との共存」にはどのような想いがこめられていますか?

ハタノ

当時、東日本大震災の影響で福島原発が甚大な事故を起こし、原発30km圏内に住む人達は強制的に退去させられ、そこに昔からあった文化が途切れることになりました。その文化とは自然と共に育まれた文化であり、そしてそれはこの先もずっと人が暮らしていくための知恵でもあったはずです。人が作った新しい技術が暴走することで失われた人の暮らし、そこに生息する全ての動植物に与えた影響の大きさに、原発に近いところで暮らす私たちも考えなくてはいけない大きな問題と捉えました。そして、「自然との共存」というテーマについて考え、表現できる場を作ろうと企画したんです。

──

なぜ、昔からあった文化や人の暮らしを繋げていく事について考えるようになったのでしょうか、別メディアの記事で少年の頃から大量消費の社会に懐疑の念を抱いていた、とありますが、きっかけはありますか?

ハタノ

小学生の頃に先生が、「あと50年後には石油が枯渇し、地球で住めなくなる」というようなことを授業で言っていたんです。つまり私が60歳になる頃には住めなくなるという意味です。その頃から不安と、何かしなくてはという思いに駆られていたように思います。何が地球にダメージを与えるのかを考えた時、経済優先の大量生産、大量消費の社会ではないか、と。

──

そういった考えを、伝えようと行動に移しているその背景には、今の職人としての暮らしが影響していますか?

ハタノ

私は昔より続く手漉き和紙を職業としながら、生産と暮らしについて考えてきました。そして、持続可能な暮らしについての思いを形にできる場として『森の展示室』を始めたんです。

──

イベントを通じてお客さんにどんな体験をしてもらいたいと考えていますか?

ハタノ

作品を売ることよりも、森の中で私たち作り手が作品を作り、見ていただく方と想いを共有する場という意味で近年の『森の展示室』は開催されています。作り手や作り手同士、またお客様との間で、ここでしか見られないもの、感じられないものが生まれることを望んでいます。そこで感じたものをきっかけに、その後みなさんの暮らしに何か与えられることはあると思いますし、実際にこのイベントで意気投合して、仕事に繋がっていく場合もあります。

──

わち山野草の森という自然の中で、作家自身がテーマに沿って自由に展示場所を選ぶ形態は珍しい試みだと思いますが、そのようにした狙いは何だったのでしょうか。

ハタノ

自分の場を見つけることは、とても大切なことだと思います。昔読んだ本のなかに、インディアンの一番最初の修行は、自分の座る場所を見つけることだと書いてありました。場を見つけて、そこに展示する。あるいはそこの場でしかできない作品を作る。そしてお客さんがその場を見つけ、そこにある作品とその場との対話がはじまる。そこに自然との共存という大きなテーマが見えてくると思います。

──

自分の場所を見つけることは、自分が何を大切に考えているかを自分との対話を通して知る、ということなのでしょうか。そしてお客さんは作品があることで、それまで森の一部として目に触れていても「見えて」いなかった場所に気付くきっかけになるのですね。

ハタノ

作品があることで、森の中に入りやすくなります。そこで、作り手の感じた場とそこに生まれる作品を見ていただければ、何か感じていただけると思います。各作品によって様々な感じ方や気付きがあり、そこが面白いところです。

──

5年間イベントを開催する中で、ご自身やイベントに関わる人にとって『森の展示室』はどんな変化をもたらしましたか?

ハタノ

この5年間で関わった作り手の中には、入れ替わりがありながらも何年も続けて出展している方もいるので、作り手同士のコミュニケーションが生まれ、各々のつながりから仕事が生まれています。また年に一度、自由な発想で展示する機会を持つことで、作品に深みが生まれていると思います。森の展示室の作り手の作品はどんどん進化していっていますよ。

──

そんな中で、なぜ主催を譲られたのか、差し支えなければ理由を教えていただけますか。

ハタノ

5年間、地域おこしの一環という側面からも、わち山野草の森を盛り上げようと突き進んできましたが、自身の仕事量が増え、しっかりとイベントに関われなくなってきました。なので、4年目を迎えた時、5年で終了ということにしました。主催は譲ったわけでなく、logseeの石黒夫妻が引き継ぎたいと手を上げてくれたのです。彼らと話すことで、わち山野草の森を盛り上げていくという目的よりも、私たちの作品をより深化させていくために、わち山野草の森をお借りする、という立ち位置で『森の展示室』第2章がはじまりました。

──

最後に、『森の展示室』がこれから目指す方向性について教えてください。

ハタノ

過去5年間は主催をしていましたが、去年より主催はlogsee石黒夫妻にバトンタッチしていますので、『森の展示室』のこれからについては、二人にゆだねます。僕も引き続き、DMのデザインやアドバイスをする立場として、関わっていけたらいいなと思っていますが。この地域に住む者として、大きなことは考えず、とにかく自分のできることをやっていきます。

──

ありがとうございました。

ハタノワタルプロフィール

1971年淡路島に生まれる。多摩美術大学絵画科で油画を専攻し、在学時使っていた黒谷和紙を漉いてみたくなり、研修生となる。その後、和紙職人として様々な和紙の提案やメッセージを発している。

 

www.hatanowataru.org

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