INTERVIEW

肩書にこだわらない異色の大工、建築集団「々」の野崎将太はあなたの中に眠る「おもしろい!」を掘り起こす。

人が集まる場所には文化が生まれる。特集『文化の床(とこ)』の企画「#最高の集い方」では、今の時代にどのような集まり方があるのかを探ります。関西を拠点に店舗や住宅の施工を手掛ける建築集団・々(ノマ)代表の野崎将太(以下:野崎さん)と仕事を共にしたことのある人から、「しょうきちは次の文化を作るかもしれない」という話を聞いた。彼の元に舞い込む相談は、施主が「やりたいことに悩んでいる」というケースもあるという。その度にどう面白がるかを考えて、施主のやりたいことを一緒に探し形にしていく。だからだろうか、々の現場を通じて野崎さんに惚れ込む人が増えているという。

OTHER 2021.01.14 Written By 肥川 紫乃

野崎さんの大工仕事はほぼ現場仕込み。大学卒業後、自らで立ち上げた八百屋を運営していた時に友人伝いで誘われた「前田文化」のメンバーになったことがすべての始まりだ。そこで木を切ることから教わり、建物が生まれるところから、解体されるまでに携わって構造を理解していく中で、大工仕事に興味を持ったという。その後、当時メンバー全員が兼業で大工仕事を行っていた神戸の「TEAMクラプトン」の活動に参加し、現場の経験を積んだ。そして2020年、新たに「々」という屋号を掲げそこに集まる職人たちと活動を始めている。

 

々の施工現場は内と外を隔てるシートがなく、職人がお店の外に椅子を並べて休憩していたり、通りがかった人が中に入って見学できたりと垣根がない。Instagramで更新される写真を見ていると、楽しそうなものばかりで、これまで抱いていた寡黙な現場イメージとは180度違う「勝手に人が集まってきてしまう遊び場」のような印象を受ける。

 

取材前、事前に送付していた企画趣旨の「集まらなくてもいい時代、個人が成し遂げたいことの為にいつでも乗り降りできる舟のような集い方が主流の今こそ、これからも長く楽しめる集まり方を考えたい」という一節に共感してくれた野崎さん。現場にこだわり続ける野崎さんが考えるこれからの集い方について、お話を伺った。

写真:岡田和幸

施主の「一生」に応えられる壁をどうやって作れるかを考えていた

々の施工現場には、施主とその周りの友人や、建築を学ぶ学生などが集まってくる。あえて現場を開いて見せる背景には、どんな想いがあるのだろう。お話を伺うと、これまでの経験に裏打ちされた「かっこいい建築とは何か」を考え続ける野崎さんの試行錯誤が見てとれた。

──

現場を人に開くことはTEAMクラプトンの「みんなで作る」という考え方に通ずるものがあると思います。々では、どのように捉え直しているのでしょうか?

野崎

TEAMクラプトンの活動では毎週のようにワークショップを行って、集まった大勢の人で施工をしていました。未経験の人がいる中で施工のクオリティを上げるために、ワークショップの方法にこだわっていたし、僕自身ファシリテーターとして現場をまとめる能力がどんどん伸びていきました。これは今でも自分の経験としてかなり生きています。

 

ワークショップに参加してもらって、お店に愛着を持ってもらえることは今でも施主にとってプラスだと感じています。でもやっぱりワークショップで出せるクオリティには限界がありますよね。お店の内装は施主が一生見る壁じゃないですか。ある時、僕の中で施主の為にしたいことが変化していって、その「一生」に応えられる施工ってどういったものかを考えた時に今の形に行き着いたんだと思います。

──

それで、新たに「々」としてスタートしたと。

野崎

そうですね。TEAMクラプトンを卒業してしばらくは「前田文化の野崎です」と言って仕事を受けていたんですけど、その間も僕個人に仕事の依頼は来ていて。そうすると、左官屋さんや水道屋さん、電気屋さんといった職人が周りに集まってきて、もう自分のチームを作れそうだなと思いました。その時に、職人たちの働く姿を見に来られる現場にできたらいいなと思って、それで々という名前を付けて。

──

職人さんが働く現場を見てみたい気持ちはあるのですが、下手すると職人さんを見世物にしてしまうこともあるんじゃないかと思いますし、見に行く側も邪魔にならないかなと思ったりもします。々はそうなっていないのがすごいなって。それはなぜなのでしょうか。

野崎

見世物になりたくない職人さんはそう扱うし、普段一人で作業をしていても、人がいることで気持ち良さそうな職人さんとかもやっぱりいるので、そこを見極めます。

──

この日は誰がいて、どんな人が呼べそうか、というコントロールが上手なんでしょうね。

野崎

できるだけ「どんな人が集まるか」に気を付けて発信する努力をしていて、コントロールというよりはフィルタリングが近いと思いますね。々という名前もそれこそ読めない人がいてもいいと思っているので、これもフィルターのひとつなのかもしれない。そういったわからないものにも興味を持つ人が自然と集まってくるので。「これ々って言うらしいで」と広がっていったらいいなと思っています。

 

今一緒にやっている々メンバーには家具職人の女の子や、バーテンダー、「僕も々です」と言い出すミュージシャンもいたりとか。実際に多種多様な人間が集まってきていますね。それと建築学生の子たちと「々研究生」というチームを作って、週に何度か来てくれるようにもなりました。

ある日の施工現場に集まったメンバー 写真:岡田和幸

「どう面白がるか」がやっぱり大事

野崎さんのSNSを拝見していると、施工を手掛けた宝塚市清荒神のギャラリーとキッチンとシェアオフィスを併設した複合施設〈INCLINE〉の2周年祝いで施主と六甲山を一緒に走ったり、中崎町のギャラリー兼住居〈siroiro.gallery〉の施主が々の施工現場の写真を撮影していたり、施主と大工という関係を超えた関係性が伺える。

 

一度関わった施主が、々が手掛ける次の現場に遊びに来ることもよくあるそうで、「しょうきちの現場に来ると救われる」と言われるのだそう。「まるで建築セラピー」と野崎さんは笑いながらそう話してくれた。人は、一緒に何かものを作った時にお互いを仲間と認め合うという話を聞いたことがある。一度壊して、そこにある材料で何を作るか施主と考える々のスタイルだからこそ、一緒に現場に立つうちに多くの人が自分の素の感情をさらし、「やりたいこと」をオープンにしていくことができるのかもしれない。

──

京都、大阪、神戸、鳥取に々が施工を手掛ける空間が増えていますね。施主同士の繋がりが生まれたり、々が広がることは、同時に野崎さんをハブにしてどんどん物事が繋がっていくように見えます。

野崎

建築の業界だけかわからないですけど、人が集まるところにはコミュニティが出来ますよね。そういう場所を作るにはたくさんの弱い繋がりよりも、強いハブが一つ必要で、「人が集まっている場所は空港みたいなもので、野崎はたくさんの線が出ている大きな空港で、大きなハブなんや」と言われました。

 

それと々のロゴは、形が決まっていないアメーバみたいな生き物をイメージして作ってもらっていて。繋がりがどんどん広がっていく可能性も感じられるロゴになったと思います。最近、僕が施工を手掛けたお店のオーナーと、今の施主と次の施主が5人でBARに集まるみたいなことが起こりました。

々のロゴTシャツ。デザインは三重野龍。写真:岡田和幸
──

施主同士が仲良くなるって、すごいですね。野崎さんが施主に信頼されているからなんでしょうね。

野崎

この仕事は、面白い仕事を取る合戦だと思っていて。「次も何かをやってくれそうだ」と期待してもらう為にも、今何を面白がっているかを発信することが大事だなと思います。だから、施主の力もすごく大事なんです。

──

施主の力……。詳しく聞いてもいいですか?

野崎

この前、元町駅から歩いて1分の路地裏に3階建てのビルを持った施主から、不動産投資の相談が来たんです。彼には特にやりたいことがなかったみたいなんですけど、話を聞くと、実は彼は毎晩お母さんと自分の為に料理を作っていて、ロンドンとニューヨークに10年住んで文化を吸収していたと。さらに一番好きなことは料理だと言うので「ちょっとそれやってみいへん」っていう話から、とりあえず解体して片付ける間、毎日僕らに料理をしてほしいとお願いしました。

──

へえ〜!

野崎

そしたら、みんなが「美味しい美味しい」って食べるから楽しくなって、彼がシェフをやりながらオーナーとしてお店をオープンすることになったんですよ。

──

すごいですね!

野崎

やっぱり「僕がどう施主との関係を面白がるか」が大事で、その元町のレストランも最初は何がしたいか決まっていなかったけど、面白がる人間がいたから今に繋がっているんですよね。

──

「面白がる」ってすごく難しいと思うのですけど、野崎さんはどうやって面白がるようになったんですか?元々ですか?

野崎

元々……かもしれないです。でも、結構覚悟するのが早かったかもしれない。僕、大学卒業後に就職できなくて、働くことを諦めたんですよ。1回も社会に出ないうちに東北の震災があって、もう普通に働いたら駄目だ、絶対になんでも面白がってやってみようと覚悟はしてて。今コロナで生き方が変わると言われているけど、僕ら世代はその時に価値観がすでに変わっていたんですよね。

──

震災と就職の時期が重なった世代でしたね。

野崎

どう生きようみたいな。みんな東から西に逃げてるみたいだし、関東の野菜とか果物ももう食べられないの?って。その時に、何か一回やってみようと思って、友達伝いで農家さんを回って、当時は珍しかった自然農の野菜を店に並べて八百屋を始めました。最後は会社にして今は別の人がやってるんだけど、辞める時にはちょうど前田文化の活動を始めて。

──

気になったんですけど、大工の仕事はどこで学んだんですか?

野崎

前田文化で友達に教わってから興味を持ったんです。一度現場に入って壁とかを剥がしてみたら、構造が見えてきて、「壊すこととつくることは同じなんだ」と気がついた。普通、お店を作る時は事業計画を考えてから工務店に頼んで、厨房機器とか冷蔵庫のサイズを決めて、設計士がデザインしてから大工が作り始めるんだけど、々はまず全部壊してから、お客さんとその時ある材料でどこに何を置くかを考える作り方をしていて。今は時代もそんな感じになってきたなと思います。震災があって、コロナも来て、もうお客さんも僕らもどう計画を立てていいかわからない状態だから、現場にいてなにかを感じ取るしかないのかもしれない。

カウンターがどうやって作られているか知るだけでもいい

作り方を知ることで、何気なく触れていた身の回りのものを見る角度や深度が変わり、いつもの世界をより豊かに感じることがある。私自身、家具職人の夫から木工家具の作り方を聞いたことで、これまで気に留めていなかったお店の内装に興味を持ち、商品以外からもお店の想いを感じられるようになった。街の中に々の施工現場のような「構造を見れる場所があること」は、そんな可能性を秘めている。

──

々は現場を大事にしていますよね。先程、職人の技を見て欲しいとおっしゃっていましたが、それ以外にも何か現場で伝えたいことはありますか?

野崎

何か伝えるというよりも、作ることがどういうことかを知るだけでいいと思っていて。例えば普段何気なく使っているカウンターがどうやって作られているのかを見て知るだけでいい。建築を勉強していて、下地の組み方をやってみたいと言われたらもちろん一緒にやるけど、土間はどうやって打たれているのかとか、それを知るだけでもすごく勉強になりますよね。あと、職人がいつ休憩してるのかとか、いつどんな話をして、喧嘩して、飲み始めるのかとか。作っている人たちのローテーションを知るだけでもいい。

──

不特定多数の人と一緒に作りあげるワークショップをたくさんした経験があるからこそ、ただ知るだけでもいいと気付いたんですね。

野崎

無理に参加してもらうのは違うと思うし、参加したい人は「興味あります!」って自然にやりたいことをしてくれると思います。それで「僕も作れるかも」って興味を持つ人もいると思う。

──

生きていたら知らないことも知らなくてもいいこともいっぱいありますよね。車がどうやって走ってるか知らないまま乗っているし、スマートフォンも技術をよくわからないまま使ってる。それを家とかもっと身近なものがどうやって作られているかを街の中で見られるのはすごくわくわくしますね。

野崎

興味のあることだけでも、少しずつ知っていることが増えたらいいかもしれないね。その入り口として開いているのかもしれない。それが「次やること面白そうやで」とか、「あの人紹介してみようかな」に繋がったらいいと思ってる。

──

ポマガジンのインタビューを読ませていただいて、作るのにその周辺に何があるかとか、誰が住んでるかを知るってすごく大事だなと思いました。結局お店も街の一部で、その場所だけで成り立たないというか。入り口の奥には豊かな世界が広がっていますよね。

野崎

大工は町を飲み歩くべきだし、昼飯もずっとコンビニの弁当とかを食べてたらいけないと思う。周りを歩いて面白い材料を探しに行ったり。現場には何かが起きてほしいから誰でも入って来られるように街に開いて、それを面白がれる人が集まるのかもしれない。

文化は、フィジカルな感覚なのかもしれない

2020年12月4日〜6日にクリエイティブセンター大阪で行われた展覧会『My Suggestion Your Opinion』に初出品した々。コロナウイルス感染対策の為に「しゃべらない」「咳払いをしない」「くしゃみをしない」「触らない」という4つのルールが課せられた展覧会に、々は会場で自分たちがぐっすり寝る為の7段ベッドを制作した。

 

野崎さんの「何でも面白がる」マインドは元々備わっていたものかもしれないが、何かアイデアを考える時には、前田文化の活動がルーツにあるという。最後に、野崎さんを建築の道にもひきずり込んだその活動についても伺うと、今の々の活動にも通ずる「フィジカル」というキーワードが表れた。

『My Suggestion Your Opinion』出展作品 写真:岡田和幸
──

々として活動しながら、現在も前田文化にも所属されていますよね。前田文化で野崎さんはどのような活動をしていたのでしょうか?

野崎

僕は参加当初は八百屋をやっていて、畑で採れた野菜を使ってみんなとパスタを作ったりしていたんですけど、徐々に友達に教えてもらいながら木を切ったり壁を壊したりするようになって。それで大工とかアートディレクターとか数人の友達と、文化住宅をテーマに建築と破壊とパフォーマンスを繰り返していました。

※1950〜60年代、関西では「文化住宅」と呼ばれる集合住宅が数多く建てられた。各部屋に専用の台所と便所を完備した集合住宅は画期的で、「文化的である(=豊かである)」という意味で文化住宅と呼ばれた。50年が経った現在、当時「文化的」だった文化住宅は老朽化が進み、業者の手によって解体され、何の面白みも無い姿に変えられるか、空き部屋だらけの状態で放置されている。前田文化WEBサイトより引用

文化という名前の付いた活動をしていると、文化って好きな小説とか漫画とか音楽の趣味を誰かと共有することだけじゃないなと感じてきて。結局、生活することとか食べること、ただ歩き続けることとか、なんかどんどんフィジカルに寄っていくんですよね。文化住宅に人が居た意味とか、なんでこんなにたくさん増えたのかを解明するには、ただそこで寝続けるとか、ただそこに居続けるとか、やっぱりそういったことでしか答えが出ないんじゃないかなと思うようになりました。

──

私は今デジタルマーケティングの会社にいるんですけど、実体のないものを取り扱っていると、身体的なものがすごく欠落していくと感じています。

野崎

現代社会人って身体的な欠落だらけじゃないですか。僕も大工という仕事をしていますが、車にずっと乗っているし。ただそれを取り戻すのが気持ち良いだけなのかもしれない。前田文化の話をすると、「何かオブジェを作って」と言われたら、ただオブジェを作るだけじゃなくて現場に長く滞在してみたり、人を閉じ込めてみたり、その場所で面白いことと面白くないことを見分けながらいろいろと実践してきました。前田文化という建物に誰かが寄ってきたり、いなくなったり、久しぶりに会ったりして、ちょっとずつ何か意味みたいなものが深くなっているような気もする。

──

最後に面白いことと面白くないことのボーダーはどこにあるか教えてもらってもいいですか?

野崎

誰かがやっているかやっていないかを判断基準にしています。ただ大抵のことってやり尽くされていると思うんですよね。だからこそフィジカルの感覚を頼りにして、出てくるものを見つける必要があるんじゃないかなと思います。それだけは一人ずつ違うものだから。

昨年リモートワークになって一歩も外に出ずパソコンに向かう日が続いたら、曜日や季節感覚が鈍った。それで久しぶりに外の空気を吸った時に冬の匂いがして、身体感覚を通してやっと冬なんだと実感したことを思い出す。頭で理解はできるけど、実際に自分の身体で感じた時に納得することがあるということを今更ながら体感した。

 

々の現場で端材を片付けたり砂袋を運んで、使われているものの素材や重さを体感することで、どのように私たちが過ごしている空間が作られているかをより一層クリアに理解する。野崎さんに人が集まる理由は、物事をはかる為の新しいものさしが自分の中にまだあると気付かせてくれるからなのかもしれません。

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