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音で綴る寄せ書きノート、小さな会場に灯った音たち – ナノボロ2025 Day2

京都の街に根付くサーキット・イベント『ナノボロ』が、8月30日、8月31日に今年も開催された。出演者もスタッフも観客も一緒になって作り上げるこの2日間は、京都の音楽が今、どんな形で繋がり息づいているのかを映し出していた。本記事では、2日目の模様をレポートする。

MUSIC 2025.10.30 Written By 竹内 咲良

会場の外に掲げられた『ナノボロ2025』の看板には、出演者のサインやメッセージの書かれた小さなパネルが貼られていた。大きさも形も色も様々で、出演者それぞれの個性が感じられる。それを見ているうちに、このフェス自体が、自由に音楽や言葉を書き残して帰れるノートのように思えてきた。この2日目も、出演者それぞれが自分の音や言葉でそのページを埋めていった。

ライブハウスの外で見たもの、感じたことを音楽に(Monomi twins、真舟とわ)

今年初めて『SUMMER SONIC』への出演を果たし、続けて『りんご音楽祭』『MINAMI WHEEL』など、著名なフェスやサーキットへの出演が増えてきたMonomi twins。自分たち以外のファンも集まるフェスという場で、初めて観た人も思わず足を止めさせることが求められる経験を積んできたからこそのライブをこの場所でも披露してくれた。最初の曲が終わると、繋ぎの演奏を急に止めてハプニングが起きたかのように見せ、メンバー同士でニヤリと笑い合ってから新曲“lol”を始めた。言葉を介さずとも伝わるユーモアと、その場を純粋に楽しむメンバーの無邪気な姿に強く惹き付けられる。ステージ上で交わる視線や笑い声、幻想的に重なるコーラスのひとつひとつが、まさにMonomi twinsのこれまでの旅路。さらに、ギターの爽やかな音色を聴いていると、4人が見てきたであろう様々なライブの思い出話を聞いているような気分になった。

〈喫茶マドラグ〉へ入ると、既に多くの人がステージに向かって視線を送っている。前日のお昼時と同じように、店内のテーブルには彩り豊かな料理が並んでいた。そんな和やかな雰囲気の中、ステージに1本立てられたマイクの前に立ったのは真舟とわ。穏やかなアルペジオに、透き通った伸びやかな声が重なると、一気に幻想的な雰囲気が広がる。小さな喫茶店の空間が、風の吹く草原に変わっていくような開放感さえ感じた。“夏の予感”では、楽しいリズムの歌詞に体が揺れる。この日は8月の最終日。今年の夏はうだるような暑さが続いたことばかりを思い出してしまうが、真舟の優しい声で語られる夏のワクワクを聴いていると、冷たい水の気持ち良さや空の深い青色を思い出す。彼女は「『ナノボロ』のいいところは、暑いけど近いところですよね」という穏やかなMCを挟んで、“はじまる”を歌い始めた。音源ではバンドサウンドで構成されたこの曲だが、弾き語りでは声の描く模様の美しさをさらにじっくりと感じられる。

「動きだす ゆるりるりるらるら」

柔らかな真舟とわの歌は、優しくて彩り豊かな夏の記憶をそっとノートに挟んでくれるようだった。

今年の『ナノボロ』および『ボロフェスタ』のホストバンドであるコロブチカは、まだ大学生にして、6都府県を回る大きなツアーの真っ最中。平田歩(Ba)は、積極的に外の世界を見に足を動かしたり、数多の出演依頼の交渉を重ねてきた。その結果ブッキング会議などの運営側としても良い貢献ができたと語る。イベントの当日だけではなく、開催までにそれぞれが何を積み重ねてきたかがスタッフの姿として現れるのも、ホストバンドの面白さだと思う。

 

また、同じくホストバンドのTHE HAMIDA SHE’Sの奏太(Gt / Vo)は「(出演者は)ライブ用の資料が入ってる封筒をもらうんですけど、『ナノボロ』スタッフの人がその封筒に付箋でメッセージを書いてくれてて。「『ナノボロ』の主役はTHE HAMIDA SHE’S」って書いてあったんです」と教えてくれた。まさにこの2日間の主役を獲りに行こうと気合いを入れていたところでのメッセージだったといい、裏側の熱いエピソードに心が和んだ。

温かい日常の足跡を書き残す(穴熊、すなお、谷澤ウッドストック)

ホッと一息ついてから、夜に向けてテンションを上げていきたい。〈マドラグ〉から〈livehouse nano〉に戻ると、昔ながらの歌謡曲のような情緒を感じさせる秋月慎太郎(Gt / Vo)の低音ボーカルが聞こえてきた。昼下がりのステージに登場したのは、東西を問わずライブハウス関係者から好評の声が上がる神戸拠点のバンド、穴熊。渋いギターサウンドが印象的な“立ち漕ぎ”では、「出来なくなってしまったの 立ち漕ぎ 立ち漕ぎ」と小気味のよいリズムの歌に乗って、観客の体が揺れる。“変な話”、“冗談”と続き、いずれにおいても、多彩な音を効果的に操る北川航成(Gt)の表現力が際立って、ステージから片時も目が離せない。軽めのリズミカルな音から重厚感たっぷりに伸びる音まで「あれもこれもできるよ」とばかりに器用に変化していくギターに胸が躍った。気がつけば、フロアは満員ともいえるほどに。そんな中で鳴り始めたのは、お囃子のような拍子を刻むドラム。そこへ踊るようなベースが重なり、“四畳半”のイントロが始まる。シックな雰囲気をまとったまま進んでいくかと思いきや、秋月が思い切り叫ぶようにサビを歌い、瑞々しさと活力をダイナミックに炸裂させるギャップも見せた。確かな足跡を残しながら進む演奏は、落ち着いた感じであったり、軽快であったり。静かな午後のページに、穴熊は柔軟な筆致で自分たちの色を残した。

東京の3人組バンド、すなおのステージは、優しいポップさとロックンロールを併せ持つ楽曲“ひかり”から始まった。大畑カズキ(Gt / Vo)は、柔和に語るような歌声で丁寧に歌を届けるが、「もう二度と君は怒らないで」という部分で、限界まで振り絞る超ロングトーンを披露。初っ端からの思い切ったパフォーマンスに、フロアからは驚きまじりの歓声と拍手が贈られた。“スイミングスクール”では、夏休みの空気をそのまま持ってきたような爽やかなサウンドが〈nano〉の空間に広がっていく。リバーブの効いたボーカルも相まって、幼い頃の朧げな記憶が少しずつ透けていくようだ。今秋9月リリースのEP『Sparkle pop』に収録されている“するす・るするす”も演奏。楽しいリズムで奏でられるアミ(Ba)のベースが聴いていて心地良く、体が自然に揺れる。力強く鳴らされるゆーや(Dr)のシンバルの音も印象的で、和やかなイメージだけでは終わらせない絶妙なスパイスとなっていた。すなおの音楽は、真っ直ぐな言葉と旋律で心の奥に優しく染みこんでいく。その優しさが、『ナノボロ』の午後を一層温かく照らしていた。

〈◻︎◻︎◻︎ん家〉のカウンターで少し休憩していると、左脚にギプスを付けたシンガーソングライター、谷澤ウッドストックがステージに登場。拾得からの帰り道、堀川を飛び越えようとして怪我をしたのだという。近しい人たちによるものだろうか、たくさんの絵や言葉が書かれたギプスからは、谷澤自身の人望や彼の周りの人たちの温もりが伝わってくるようだ。

「あと一歩前に詰めて、寄ってきてください。蹴ったりしないんで……蹴れない足なんで」

気さくなMCでライブが始まる前から人々を惹きつけ、空気が綻び〈◻︎◻︎◻︎ん家〉のスペースはあっという間に満員になった。その雰囲気のまま、流れるように曲へ入る谷澤。声の揺らぎとアコースティックギターの響きが牧歌的な風情を生み出す。“悲しみひとつ”では、情感たっぷりに生み出される声の波で強弱をつけながら、「悲しみの表現」と「寄り添う包容力」の両方を実現させていた。“店”は、愛媛、長崎、高知、などの地名が次々に挙がる楽曲。

「今度烏丸御池に行くことがもしもあったなら 〈nano〉と〈◻︎◻︎◻︎ん家〉へ!」

と歌詞を『ナノボロ』風にアレンジすると、谷澤の周りに扇形に身を寄せ合って座る観客たちに笑顔が広がった。谷澤の歌と笑い声が混じり合うたびに、その場にいた誰もが少しずつ心を開いていくようだった。『ナノボロ』というノートの上に、また一つ、おおらかな手書きの文字が残された気がした。

大好きな場所で踊っていたい(POOLS、the engy)

すっかり夜になった〈livehouse nano〉をダンスフロアに塗り変えたのは、京都の「根暗ポップチューンバンド」POOLS。11月リリース予定のアルバムに収録・先行配信中の“www”が始まると、フロアのあちこちで楽しそうに体が揺れだす。思い思いに踊れるような部分と、宙に浮かんだようなゆったりとした部分との緩急がつけられた曲調で、いつまでもPOOLSの音楽の波に乗っていたくなった。続く“Heck”では、ビートがさらに鋭さを増し、みきりょうへい(Gt / Vo)のライトだが芯のあるボーカルが勢いよく耳に飛び込んでくる。いでの(Gt)が「ここからまだまだ盛り上がっていきましょう『ナノボロ』!まだいきます。まだ上がっていきます。ここからノンストップでいきます、POOLSです!」と言う後ろで、“KICK-ASS”のイントロが鳴らされ始めた。みきが「“KICK-ASS”!」と叫ぶと、歓声があがった。何度もステージ前方ギリギリまで出てきて歌うみき。ノリやすい整った音の構造の中に、POOLSらしい人懐っこさが垣間見える。彼・彼女らは、リズムの一筆で夜の『ナノボロ』に波紋を描いた。

この2日間の大トリとして登場したのは、the engy。山路洸至(Gt / Vo)の「暑い中、一日お疲れ様でした。the engyです、よろしくお願いします」という落ち着いた挨拶から始まった。嵐の前の静けさのような雰囲気を保ったまま、1曲目に“Hello”を演奏。藤田恭輔(Gt / Cho / Key)の洗練されたギターサウンドが、〈nano〉全体をthe engy一色に染めていく。少しずつ歩くスピードを上げるように“With You”が始まると、「水平線があればな」という部分でシンガロングが起こった。煽られたわけでもなく自然と合唱が起こり、観客一人一人がキラキラとした顔でライブを観ている様子から、the engyの「ついていきたくなる兄貴感」が感じられる。“夜明けも夜なら”では、曲中のアドリブで山路が「もし願いが叶うなら、いつまでもこのまま〈nano〉で踊りたいと思います!Thank you, everybody!」と投げかけると、観客も温かい歓声で応え、フロアの熱はさらに上昇。どの曲でも、山路のボーカルや投げかけ、メンバーのコーラスに加え、観客の盛り上がる声が幾度も聞こえた。「今までの声援をもってアンコールとさせていただきます!」と山路が言うと、そのままアンコールの“Hold You Again”へ。さらなる歓声と拍手が巻き起こった。ステージから降りてきた山路も含め、観客が隣同士で肩を組み、小さなフロアに大きな輪ができた。観客とのコミュニケーションも合わさって完成する一体感のあるライブで、時間が経つのを忘れてしまう。the engyは今年の『ナノボロ』の締めに相応しい、空間芸術を完成させていた。

誰かの音が終わるたび、誰かの音が始まっていく。その繰り返しの中で、今年の『ナノボロ』にも色々な筆跡が残った。

 

ライブハウスを飛び出して見てきた景色、暑いだけじゃなかった夏、愛される場所でいつまでも踊り続けたいと思う高揚感。出演者たちが音楽にして持ち寄ったものは、会場外の寄せ書き看板に貼られたメッセージのように、大きさも形も色も筆跡も様々。そのすべてが、今年の『ナノボロ』というノートの上で、確かに共存し温かく輝いていた。

(nano外観)

Day1 - 街とともに鳴り続ける音楽。積み重なる日々が生んだ京都の熱

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