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壁も境目もない音楽の旅へ‐『京都音楽博覧会2024』Day1ライブレポート

10月12日(土)13日(日)、晴れわたる青空が広がる〈梅小路公園〉にて、昨年に引き続き2日間にわたって開催された『京都音楽博覧会(以下、京都音博)』。2007年から「環境・文化・音楽」を掲げてスタートしたくるり主催のフェスだ。18年目の今回は出演アーティストのラインアップはジャンルもさまざまに、音楽文化が混じり合うまさに万国博覧会といった風情が色濃く現れ、2022年から始動した「資源が“くるり”プロジェクト」の取り組みも地域とのつながりが拡張し、環境という部分でもさらなる広がりをみせていた。本稿では、1日目のライブの模様をレポートする。

MUSIC 2024.11.08 Written By 竹内 咲良

Live Photo by 井上嘉和

「ジャンル」という小さな単位ではなく、「音楽」という大きな括りで楽しめるフェス。それが『京都音博』だと思う。人は今までに触れたことがないもの、漠然とよくわからないと思っているものに対して、自然と距離を置きがちな生き物だ。しかし、この『京都音博』に流れる音楽は、そんな壁を気付かぬうちに取り払ってくれるように感じる。

 

筆者が初めて参加したのは当時小学6年生だった2013年。この年も、“ひとり股旅”セットの奥田民生からアイルランドのフォークバンドVILLAGERSまで幅広いラインアップで、知らないジャンルや楽曲が圧倒的に多かった。それでも、まるで図鑑のページをめくるように次々と現れる新鮮な音楽を、全身で浴びる楽しさにいつの間にか夢中になっていたのを覚えている。あの感覚を改めて思い出させてくれたのが、今年の『京都音博』1日目だった。

演者も観客も同じ船に乗って始まる音楽周遊

トップバッターを飾ったのは、CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINだ。Daido(Gt / Vo)、Yuta(Ba)、So(DJ)に、サポートを加えた7名編成で登場。テクノポップや民族音楽などを織り交ぜた型にはまらないスタイルは、まるでこの『京都音博』の根幹にある特性を体現しているよう。2曲目の“ワタツミ”では、Daidoの歌声にサポートメンバーMaoのコーラスが加わることでよりミステリアスな魅力が増して、まだ見ぬ世界へ連れ出されていくよう。

 

そして“琉球Boogie Woogie”を聴いていると、2013年の『京都音博』でYutaの祖父にあたる細野晴臣の姿を見た記憶がふと蘇った。彼もまた、沖縄音楽とニューオリンズの音楽を取り入れた楽曲“Roochoo Gumbo”を披露していたのを思い出す。18年続いてきたこのフェスで、過去に出演したアーティストの孫世代が新たな歴史を紡いでいく様子に胸が熱くなった。変則的なリズムの楽曲も多い中、最後には観客が皆同じような動きでリズムに乗っている点も印象的。独特の一体感が生まれたステージは、まさに我々を『京都音博 2024』という大船に乗せ船出の儀式をするかのようだった。

続いて登場したのは、ピアニストの菊池亮太。手元が前方モニターに映ると、観客は食い入るようにその滑らかな指さばきを見つめていた。“ラフマニノフメドレー”では、曲中にくるりの“ジュビリー”のフレーズを入れ込む粋なアレンジも。なんと、そのアイディアは予定になく「その場で思いついて入れてみた」というのだから驚く。菊池が作曲した“秋の無言歌”は、秋独特の涼やかな空気や落ち葉の香りがしてくるような美しいメロディで、京都の紅葉の風景を先取りしたような気分に。「難しくて、弾き切れるか分からない」とこぼして始まったのは“パガニーニ”。不安げなMCとは裏腹に、高音の鮮やかな早弾きで自然に拍手と歓声が起こった。

 

最後には、くるりの岸田繁をゲストに迎えて“さよならリグレット”のコラボレーションを披露。事前に何の曲を選ぶか迷ったという愛を感じるエピソードに、思わず「うんうん」と頷いてしまう。菊池と岸田が互いに微笑み合い、純粋な音遊びを楽しむような演奏に心躍った。飽きのこない柔軟でリズミカルな旋律と、時折観客とアイコンタクトを取りながら盛り上げる菊池のパフォーマンスは、秋晴れの空を彩るライブペインティングのようなワクワクで心を満たしてくれた。

『京都音博』への出演は今年が初めてだというKIRINJI。堀込高樹(Vo / Gt)がキリンジを結成した年と、くるりの結成年が同じ1996年ということで、同期ともいえる世代だ。ありそうでなかった今年の出演をどれだけの人々が待ち侘びていたかというのは、前方スタンディングエリアの密度と熱気で一目瞭然であった。前半は、“だれかさんとだれかさんが”“Rainy Runway”など、爽やかでポップな楽曲で観客を引き込む。“killer tune kills me”では、メインボーカルを小田朋美(Vo / Syn)に交代。音源ではシンガーソングライターYonYonが歌う韓国語の部分を、堀込が歌う場面も。最後に演奏された“進水式”は、弟の堀込泰行脱退後に5人の新メンバーを迎え、バンドとして再始動した際に初めてリリースしたアルバム『11』のトップを飾る新たな門出の曲とあって、ファンにとっては思い入れの深い楽曲だ。この曲の「ためらわずロープを切って海に放っておくれよ」「美しい船さ われらの船だ」といった前向きな歌詞が、広大な〈梅小路公園〉に放たれる。まるで我々の音楽の旅を祝福してくれているような、KIRINJIの優しい貫禄に脱帽だ。

海をこえ時をこえる、出会いと再会

今回の『京都音博』で最も「観客をノせた」アーティストと言っても過言ではないのが、2日間どちらも出演したダニエレ・セーぺ&ギャラクティックシンジケートだ。ダニエレ・セーぺ(Sax)は、イタリアのレジェンド音楽家。岸田は、タワーレコードでダニエレのCDに出会って20年来のファンだという。イタリアへ旅行に行った際に岸田からコンタクトを取ったことがきっかけで、今年春にナポリにて楽曲をレコーディング。『京都音博』の開催に合わせて、ナポリ民謡を基に作られた“La Palummella”と、岸田がとても思い入れがあるというくるりの楽曲“キャメル”を再構築した“Camel(’Na Storia)”の2曲が配信リリースされた。ダニエレの一行は、くるりとの打ち解けた様子からも垣間見える気さくで陽気な人柄で、早くも観客の心を鷲掴みに。岸田も、ダニエレたちを「ナポリのオヤジと愉快な仲間たち」とうれしそうに紹介した。

 

「こんにちは!京都!」と日本語で挨拶したダニエレに続いて観客の注目を集めたのは、サルバトーレ・ランピテッリ(Vo)の革ジャン。右腕に「自由」、左腕に「ロックンロール」、背中には「視力M」という文字がゴールドで豪快に書かれている。ダニエレ以外のメンバーも、愛に溢れたオープンな姿勢で観客を一気に虜にする才能の持ち主であることは言うまでもなさそうだ。

 

“Luglio, agosto, settembre(nero)”などの愉快な楽曲が中心だった、この1日目のステージ。ダニエレのサックスを吹きながらステージを自由に移動し、仲間たちと音楽の時間を純粋に楽しむ様子が、自然と我々の足元の芝生をナポリの石畳に変えていく。移動をしていた人も足を止め、木陰で休憩する人も釘付けになり、子どもたちもぴょんぴょんと跳ねて楽しんでいる。観客を楽しませるだけではなく、まずは演者自らが誰よりも楽しむことで、雑味のない音楽の力がより多くの人々へ真っ直ぐに伝わっていくのかもしれないと気付かされた。今までも名だたる海外アーティストが出演してきた『京都音博』だが、今回のステージは歴代でも有数の盛り上がりだったのではなかろうか。

 

中盤になると、ダニエレは岸田、佐藤征史(Ba)、マンドリンを手にした松本大樹のくるりチーム3名をステージに招き入れた。“La Palummella”と“Camel(’Na Storia)”の2曲はもちろん、くるりのラジオでもよくかかっていたダニエレの楽曲“Elektrika pisulina”をともに演奏するという、今回ならではのコラボも。佐藤が楽しそうな表情で「愉快な仲間たち」の一員になっていたり、フロントマンとして目を惹く動きをすることも多い岸田が楽団全員の動きに合わせるように演奏していたりと、普段のくるりの演奏とはまた一味違った二人の姿が見られた。舞台上の全員がリラックスした表情で心から音楽を楽しむ様子に、観ているこちらも顔が綻ぶ。演者や観客、ステータス、国籍、年齢……ときに壁になり得る肩書きをすべて取り払い、その場の全員が同じ音楽を同じように楽しむ。そんな、当たり前のようで当たり前ではない尊い空間がそこにはあった。

くるりの二人に「羊の皮を被った狼」と紹介された羊文学は、2年連続の出演だ。この1年の間に、バンド史上最大規模の〈横浜アリーナ〉での単独公演や、初のアジアツアーなど、確かなキャリアを積んできたからこその堂々とした力強さを見せ、重厚なロックンロールでステージを華やかに飾った。昨年も変化のあるアレンジで盛り上がった“OOPARTS”では、塩塚モエカ(Gt / Vo)と河西ゆりか(Ba)が揃ってステージ前方に出てくると、セッションのような目を惹くパフォーマンスでも観客を魅了した。

 

“more than words”では、小さな綿雲が浮かんでほのかに紅くなった空に、塩塚の儚くも芯のある歌声が広がっていく。秋の変化に富んだ気候を味方につけ、その幻想的な雰囲気のままに、河西のコーラスとのハーモニーが美しい“祈り”で幕を下ろす。ステージを後にする時に、塩塚が「くるり大好きです。“HOW TO GO”がすごく好きです」と少し照れた様子で伝えた。

 

今回の羊文学は、昨年の出演からさらにパワーアップしているように感じる一方で、何事にも揺るがない不屈の人間を前にしたときのような畏怖の感情さえ湧き上がってきたのが印象的であった。

自身のツアー中でもあったASKAは、喉の調子があまり良くないとのことだったが、「魂で歌います」という言葉通りのパワフルな歌声を夕暮れの〈梅小路公園〉に響かせた。1曲目は、1991年にリリースされた名曲“はじまりはいつも雨”。ヴァイオリンのイントロが聞こえた瞬間に歓声が上がり、早くも「来てよかった!」と叫ぶファンも。「フェスでは人気の曲や盛り上がる曲を中心に歌うことが多いのだけれど、くるりが主催のフェスということなら、他とは違った空気があるのではないかと思った」という言葉のあと、アコースティックギターを手にして「フェスっぽくない曲やります」と一言。“帰宅”をしっとりと歌い始めると、それに誘われるように心地の良い風が吹いてきた。

 

“僕はこの瞳で嘘をつく”は、ジャズアレンジで披露された。親に抱かれた小さな子どもたちも、声を自在に操るASKAの姿に魅入っている様子。そして、最後の曲“PRIDE”では、月が浮かんだ空のもとで観客の大合唱が起きた。少し意外だったのは、その唯一無二のスター性で引っ張るというよりは、観客を世代に関係なく巻き込み、「その場の全員で作り上げる温かいコンサート空間」を生み出していた点だ。2001年生まれの筆者にとっては「身一つでこんなに輝けるアーティストがいるのか」と終始衝撃を受けた35分間であった。

自由な旅を続けてきたくるりのフェスだからこそ生み出せる景色

くるりのライブでは、開演前に出演者陣の気合の入った掛け声が舞台裏から微かに聞こえてくるのが定番となっている。しかし、今回の掛け声はいつもと少し様子が違い、前方エリアへはっきりと聞こえてくるほどに大きく賑やか。それもそのはず。今回のメンバーは、くるりの岸田、佐藤と、昨年の『音博』と同じサポートメンバー松本大樹(G)、石若駿(Dr)、野崎泰弘(Key)、加藤哉子(Cho)。さらに、後藤博亮(1st Vl)、江川菜緒(2nd Vl)、朴梨恵(Va)、佐藤響(Vc)の弦楽四重奏チーム、ダニエレ・セーペ(Sax / Fl)とギャラクティック・シンジケートのアントネッロ(Tamb)、2日目に出演のSHOW-GO(Beatbox)という、個性豊かな大所帯で参加した。その顔ぶれを眺めているだけで、ロック、クラシック、民族音楽……と、さまざまなジャンルが想起される。ふと、先日公開した、くるりの後輩にあたるRock Communeの部員たちへのインタビューで、「くるりは、何をやってもくるりって感じがする。自分たちもそうなりたい」という話題が出てきたのを思い出す。ダニエレは岸田に「私たちは音楽に壁を作らない点で似ている」との言葉をかけたという。くるりというバンドがこの28年間で貫いてきた「音楽そのものを楽しむ」という姿勢が、多様な音楽の博覧会、つまりは『京都音博』という形で具現化しているのかもしれない。

 

そんなくるりのステージは、岸田を中心に穏やかでにこやかな表情を浮かべつつ、“ばらの花”から始まる。人気曲で掴みは完璧……かと思いきや、さらにアウトロで“BABY I LOVE YOU”のメロディを弦楽のハーモニーで聴かせてくるアレンジに、初っ端から心震わされた。“ブレーメン”や“Liberty&Gravity”では、手拍子や掛け声でより会場の一体感が増していく。終始、岸田も佐藤もいつになく感慨深そうな様子。MCで岸田が「『音博』、長くやってきてよかったです」と一言発すると、それを称えるような温かい拍手と歓声が響き渡る。

 

また、6曲目の“ロックンロール”の存在感はより大きく感じられた。「進めビートは刻む 足早にならず確かめながら」「この気持ちが止まらないように」。長年憧れ続けたダニエレやASKAとの共演、作りたかった『京都音博』の景色に近付いてきた感覚など、くるりの夢が叶っていく瞬間を感じられたこの日だからこそ、岸田の歌う“ロックンロール”の歌詞がより心に響いた。

音楽と歩む道は果てしなく、正解もない。ときには、暴風雨に行く手を阻まれて厳しい選択を強いられることも、先の見えない状況で新たな進み方を見出さなければならないこともある。数々の困難を経験しながらも、音楽に対して常に広い視野で向き合いながら長い旅を続けてきた。そんなくるりだからこそ実現できる「みんなが同じ船に乗って旅に出ていく」ような音楽空間が、この『京都音楽博覧会』なのかもしれない。

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