【カルト映画研究会:第3回】ライフ・アクアティック(The Life Aquatic with Steve Zissou)
今は大変な世の中である。COVID-19による世界的な疫禍で誰もがナーバスになっている。自分勝手な行動が時に他人の命を脅かすかもしれないと言われ、かつてないくらい個人の節度が求められる時代になった。
『ファンタスティックMr.FOX』、『犬ヶ島』ではストップモーションアニメにも挑戦し、今もっともスマートでスタイリッシュな監督として有名になった感のあるウェス・アンダーソン監督だが、初期の映画を観るとタランティーノやポール・トーマス・アンダーソンとは違った意味でドキドキさせられた。
とにかく主人公が自分勝手なのである。
映画のあらすじ
記録映画監督でもあるスティーヴ・ズィスーは落ち目の海洋探検家。資金獲得と名誉のために幻のジャガーサメを撮影する最後の冒険を計画する。そこに息子と名乗るネッドや取材記者ジェーンが同乗することになり……。
『ゴーストバスターズ』のビルマーレイがやりたい放題のデタラメな冒険をするウェス·アンダーソン監督脚本制作の海洋探検コメディ!
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自己中で嫉妬深く行き当たりばったりな主人公のスティーヴ
ウェス・アンダーソン監督のコメディの真髄は「分別の無さ」である。
特にいい大人がいつまでも子供のようにムキになったり暴走したりする事で良識に背を向け、時に周りに見捨てられたり落ちぶれたりしながら、それでもその根底に見え隠れする純粋さこそが作品のテーマだったりする。
1998年の『天才マックスの世界』では自称天才の自己中心的主人公が、2001年の『ザ・ロイヤル・テネンバウム』では常識ハズレな天才一家が、まるで子供のような分別の無さで暴走してきた。
2004年の本作『ライフ・アクアティック』では、海洋冒険家をモティーフにビル・マーレイ扮するスティーヴ・ズィスーの分別のなさがいろんな人をストーリーに巻き込んでいく。まるで少年のような……というと聞こえはいいが、まさしく自己中で嫉妬深く行き当たりばったりなスティーヴはただの大きな子供。にもかかわらず突然現れた息子と名乗るネッドとの凸凹な親子関係が最後には感動的なラストへ導かれるのは、いつものウェス監督の見事な手腕。
「子供のような大人」代表として冒険家というモティーフはいかにもウェス・アンダーソン好みの設定であるが、いい面ばかりでなくむしろエゲツない詐欺師まがいの人物像を見せる事でその分別のなさが強調されている。そのハチャメチャな冒険の根底にある真のロマンティストの姿を浮き彫りにする演出は、虚像を排したリアルな現実に抗う子供のような大人の純粋さを描いており、最後には真の冒険家としてのスティーヴに憧れすら感じさせる。露悪的なようでつくづくウェス・アンダースンはロマンチストなのである。
せめて映画の中くらいバランスなんか取らない人生を見たい
実は海洋冒険家として本作のモチーフにもなってる実在の人物はジャック=イヴ・クストー(1910〜1997)で、70年代日本の「驚異の世界」というテレビ番組で自分にもお馴染みの存在であった。赤いニット帽がトレードマークのアクアラングの発明家でも知られるクストーは記録映画の監督でもあり、学者らしからぬスター性を持った人物で当時の自分にとってかっこいい大人の代表だった。
その後「水曜スペシャル」における『川口浩探検隊シリーズ』等のヤラセも含めた番組で探検家・冒険家に対する作られたロマンティズムや胡散臭さがネタになるにつれ。自分はいつしかクストーの事も忘れてきたわけだが、その胡散臭さも飲み込んで冒険家を描いたこの映画との出会いは、「それでも冒険家はカッコいいのだ!」と僕に思わせてくれた。
そうなのだ、どんなに胡散臭くあろうが冒険家はロマンを忘れちゃダメなのよ!
ウェスアンダーソンのフィルモグラフィーの中で2004年の『ライフ・アクアティック』は一つの節目だ。出自や環境、世間と上手く折り合いがつけられないマイペースな人達をパワフルに描いた『アンソニーのハッピーモーテル』、『天才マックスの世界』、『ザ・ロイヤル・テネンバウム』そして『ライフ・アクアティック』。本作以降テーマはそれほど変わらなくともそれらは様式美に織り込まれ、ダメ人間の生々しさは少々後退していく。もちろんそれは洗練のプロセスでもあるのだが、僕はこの初期4作の迷惑な勢いが結構好きだ。
僕は小心者なので映画の中でクセの強い主人公が出てくるとなんとなくドキドキしてしまう。特にカルト映画の主人公だとその人格は矯正される事なくストーリーの中を全力で駆け抜けて終わる話も多い。誰の言う事も聞かず、多くの人を巻き込んで迷惑も省みないマイペースなその生き様は、小心者の自分には出来ないが故の憧れでもある。せめて映画の中くらいバランスなんか取らない人生を見たいのだ!
分別のなさは人間性の現れ、と言う意見は今の世の中肯定されるものではないだろう。だけど自己中のダメ人間も含めて全ての人間は迷惑をかけたりかけられて生きており、同時に等しく輝く瞬間を得ることを雑に肯定するこの映画は、僕らの眉をひそませながらもこの息苦しい時代に密かな開放感も与えてくれるのだと僕は思っている。
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WRITER
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石川俊樹プロフィール:1962年東京生まれ 大学卒業後浦沢直樹先生のアシスタントを2年勤めた後、マンガ家兼アシスタントとして業界で働く。現在名古屋造形大学造形学科マンガコース准教授。バンド「フラットライナーズ」Ba/Vo
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