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【漫画で読み解くストーリー:第1話】『鋼の錬金術師』に見るファンタジーのリアリティ

BOOKS 2020.02.14 Written By 石川 俊樹

イラスト提供:中田アミノ

アンテナ読者の皆さん、こんにちは。石川俊樹です。突然ですが、皆さんはマンガに救われた事ってありますか?僕はあります。

 

救われたと言っても具体的な窮地をマンガ本を使って切り抜けた(どんな状況だ(笑))ではなく、なんとなく閉塞感があってそんな自分の気持ちにカチッとハマる言葉を探している……、そんな時に出会ったストーリーが当時の自分の閉塞感をドラマチックに演出し、主人公などのキャラクターの活躍に自分自身の未来への希望を重ねることで、突然気持ちが晴れた経験があったからです。

 

青年マンガを読んで「まあ、世の中そんなもんだよなあ」とやさぐれながら共感し、少年マンガを読んで「細かいことはいいからカッコ良く生きてぇ!」と拳を固めて熱くなり、少女マンガを読んで「明日から優しい気持ちで生きていこう……」と泣きながら思ったり……。そんなにいろいろ事件の起きない実人生においては、マンガの「いつか使ってみたいセリフ」が溜まる一方ですが(笑)。そんな風に思わせる事がストーリーの魅力なんですね。

 

この連載はマンガを題材にしながらストーリーの構造解析をすることで、物語が普遍的に持つ魅力の秘密に迫り、マンガだけではなく映画・小説・ゲームなどのエンターテインメントにおけるストーリーテリングの楽しみ方、さらに皆さんの実生活やビジネスシーンをドラマチックに生きるヒントの手助けになればと思って書いていきます。

 

と、いうわけで第1回はファンタジーマンガの金字塔『鋼の錬金術師』、通称ハガレンを読み解いて行きます!

鋼の錬金術師

 

 

作者:荒川弘

連載期間:2001年8月 – 2010年7月

掲載誌:月刊少年ガンガン / スクエア・エニックス

ファンタジーを題材にすると欠けがちな「リアリティ」

少年マンガの連載には大きく2つのタイプがあります。

 

A: 主人公が旅をしながら各エピソードごとの山を越えていくロードムービータイプ
B: 主人公が巨大な敵や困難に対し連載フルレングスで戦い続けるでっかいドラマタイプ

 

どちらも主人公がその中で成長していくビルドゥングスロマン(成長小説)が構造の核としてあるのが定石です。荒川弘先生『鋼の錬金術師』はAとBの中間的ではありますが、特筆すべきはAの各エピソードをBにまとめ上げる構成力が凄まじく上手いこと。

 

ファンタジーマンガの金字塔と言ったのは僕が教える大学のマンガコースの学生ネームでも、ハガレンの影響は大きくて類似した作品を描くマンガ家志望者が多いところでも伺えます。彼らが影響を受けるポイントをざっくり言うと……。

 

  • 等価交換というアイデアを取り入れた錬金術のルールをはじめとした設定
  • 世界観のダークな魅力
  • キャラクターのアツさ、かっこよさ

 

の3つだと思います。実際そこに影響受けていいストーリーを描く人もいるのですが、あらためてこの記事のために『鋼の錬金術師』27冊を読み返してわかったことがあります。影響を受けたストーリーに往々にして欠けているのが、今回のタイトルにある「ファンタジーのリアリティ」なんです。

ハガレンは個性豊かなキャラクターたちが、それぞれの考えと思惑を持ってドラマに参加している

ファンタジーをテーマにした作品をつくりたいという動機には「自分はリアルなドラマにあまり興味がないから」と感じているいる人が少なからずいると思います。その誤解の中にはリアリティを追求することへのハードルの高さ、ストーリーの奔放な展開の足かせになるのではないかという間違った認識があります。そういった後ろ向きな動機で描かれたストーリーは、決着がファンタジー的な作者のご都合主義で解決していたり、設定が主人公達の生き様と噛み合っておらず、「別にその世界観なくてもいいんじゃない?」と思わせてしまう欠陥を生み出します。

 

『鋼の錬金術師』という壮大なファンタジードラマの推進力はエルリック兄弟の人体錬成という禁忌を犯したトラウマです。死んだ母親を求める幼い兄弟の純真な動機が、等価交換の残酷なルールによって後悔と贖罪に変わる深刻なトラウマ。この兄弟(特にエドワード)の感情をとことん突き詰めるところがこの作品のリアリティなんですね。

 

空想上の事象に対して徹底的に人間としてのリアルな感情を詰めていく荒川先生のドラマは、ファンタジーに馴染みがない一般読者にも刺さる普遍的な感情を扱っています。現実には起き得ないアイデア(錬金術)が作者の趣味的な夢想ではなく、読者の普遍的感情にオーバードライブをかける増幅装置として機能している点が大変重要なんだと思います。

 

その他の登場人物達も同様です。それぞれ個性豊かなキャラクターたちが、それぞれの考えと思惑を持ってドラマに参加していく。初めから1枚岩で主人公に賛同していくのではなく、疑いや反発が展開の中で主人公の感情によって丁寧に説得され、決して作者の都合ではなく、あくまで個々のキャラクターの人間的判断で賛同していくのです。

ストーリーのスケールが大きくなる終盤でも、中心にあるのは主人公の個人的な感情

ストーリーは人体錬成の等価交換によって肉体を失ったエルリック兄弟の弟アルフォンスを元に戻すため旅する兄弟の話から始まり、後半に向けてメインの舞台となるアメストリス国を中心とした国家的陰謀にスケールアップしていきます。アメストリス国は錬金術を軍事利用しており、国家錬金術師は他国との戦争に参加。国家錬金術師ムスタング大佐および部下のキャラクターはイシュヴァール殲滅作戦に参加しており、その経験がそれぞれの形でトラウマを残しています。

 

僕が荒川先生が天才的だと思うのは、一般的なストーリー展開ならエルリック兄弟の抱えた問題よりはるかにスケールの大きいイシュヴァール戦争や、ホムンクルスの話が後半のメインスケールになってしまい、主人公達の個人的問題がそれに合わせて変質していくのに対し、あくまで主人公兄弟の個人的トラウマと向き合う感情がトリガーとなって、それぞれの事件のベースに繋がる構成にしている点。つまり、クライマックスに向けてスケールはどんどん拡大していくのだけど、それぞれのキャラクター(敵側ですら)は主人公達の感情に共鳴(あるは反発)していく構図が一切ブレないために、いつまでも主人公達がストーリーのメインストリームにあり続けるんですね。

 

なぜか?

 

主人公のトラウマ、行動原理、判断基準、他者に対する感情の基本が全て「命の重さ」という普遍的なテーマに繋がっていて、そのテーマを他のキャラクター全員もまた根底に共有しているからです。

 

個々のエピソードでアツいドラマを紡ぎながら、27巻フルレングスで読み終わっても、あたかも大きな一つの物語を読み終わったような読後感。明快な一つのテーマがずっしり響いてくる「鋼の錬金術師」という作品は、連載という川(濁流?)に流されてもテーマがブレる事なく、たった一つの感情「命の重さ」という命題を語り続けたモンスター級の意思と構成力を持つ驚異的な物語なのです。そのための錬金術と言う設定であり、人体錬成からストーリーがスタートしているのだと自分は思います。そしてそのテーマは紛れもなく荒川先生自身のリアリティ(家業が酪農家だった経歴等)だったのでしょう。

 

ファンタジーは「なんでもあり」ではありません。現実にはない魔法や能力、モンスターや王国を扱うからこそ、ディズニーのファンタジーアニメやドラクエ等の名作RPGのように作品に通底するテーマは人間なら誰でも心を動かされるような普遍的な感情をもとにドラマを構成しなければ、ユーザーは1ミリも物語に入れなくなるでしょう。ファンタジーにありがちな設定をテンプレの導入口とする事でユーザーを安心させ、「なんでもあり」をいいことに作者本意のドラマを作ろうとするストーリーは、結局テーマも浮き足立って何も伝わらず、実は本末転倒なのです。

 

ファンタジーのリアリティは世界観や描写の事だけではありません。最も大事なのはキャラクターたちの感情がその世界においてどうリアルなのか、ひいてはそのリアルが読んでる現代人の我々にとってどうリアルなのか、という事をしっかり作者が把握していることこそ大切です。「鋼の錬金術師」という作品を読みながら何度も流した涙はそういう意味なんだと思っています。

 

「鋼の錬金術師」全27巻は細かいところを見ても演出の参考になる描写がてんこ盛りです!ファンタジー作品を作る人には教科書のようなストーリーと言えると思います!

 

鋼の錬金術師全27巻 完結セット

次回のマンガ:のだめカンタービレ

 

 

作者:二ノ宮知子

連載期間: 2001年14号 – 2010年17号

掲載誌:Kiss / 講談社

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