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【カルト映画研究会:第8回】オンリー・ゴッド(Only God Forgives)

エンターテインメントの世界は暴力に溢れている。

 

我々が日常的に享受している映画・マンガ・アニメ・ゲーム、その他様々なメディアは物語の中では「アクション」という名で意識させないくらい滑らかに暴力の現場に我々を誘い込む。物語は話し合いで平和的に解決できるレベルを超えてスケールアップし、そのフラストレーションを解決するには暴力しかないというクライマックスに至って我々(特に男性)はカタルシスと爽快感を持って暴力を肯定的に歓迎してしまうのである。

MOVIE 2021.02.02 Written By 石川 俊樹

それはなぜか?なぜならそれらの暴力には「正当性」という免罪符が与えられているからである。

 

『ドライヴ』(2011)で一躍新進気鋭の新人監督として注目を集めたニコラス・ウィンディング・レフンが再び『ドライヴ』のライアン・ゴズリングとタッグを組み、カンヌ映画祭を騒然とさせた問題作がこの『オンリー・ゴッド』。過激な暴力表現が突出していた『ドライブ』はまだストーリー自体はわかりやすかったし、暴力の正当性もギリギリ観る者の許容範囲だったと思う。

 

しかしながら今回取り上げる『オンリー・ゴッド』はイメージ先行のプロットのわかりにくさとともに暴力表現の過激さはさらに増しており、観る者に単純な結論を許さないショックとモヤモヤを残す作品となった。全体的なムードとしてはデヴィッド・リンチの悪夢感と唐突な暴力性が似ているようにも思うが、この作品自体は『エル・トポ』(1969)、『ホーリー・マウンテン』(1973)等のカルト映画の巨匠アレハンドロ・ホドロフスキーに捧げられている。

人間の原初の暴力的欲望を炙り出し、観る者をモヤモヤさせる

タイのムエタイジムを根城に犯罪を生業とするアメリカ人兄弟の兄が、犯罪への容赦なさで神のごとき権威と実力を持つ元警官に私的に裁かれ、そこから犯罪組織と元警官の壮絶な殺し合いの応酬が起こるのが主なストーリー。弟である主人公ジュリアンの夢と現実のシーンの境目も曖昧な、どこか幻想的なムードがバンコクの夜景とマッチして熱帯夜の悪夢のような作品になっている。

 

中でもジュリアンの兄の死にアメリカから馳せ参じた母親クリスタルの極悪非道さと元警官チャンの動じる事のない冷徹さと躊躇いのない暴力の執行が強烈であり、どこか非道になりきれない中途半端なジュリアンは双方からの強迫観念に翻弄される事となる。寓話のようなリアリティの無さは「勧善懲悪」の意味すら剥奪し、結果的に犯罪映画としてのプロット以上にジュリアンの母親に対する内面の葛藤と贖罪への畏れと希望、法を超越した絶対権力としてのチャンの存在感が印象として浮上してくる。

 

そもそもの発端はジュリアンの兄の凶悪な狂気から始まり、それを擁護する犯罪組織を仕切る母クリスタルが完全に「悪」側であり、超法規的正義を行使するチャンは『マッドマックス』や『パニッシャー』のような戯画的なヒーローになり得る構図である。にもかかわらず観ている我々が無邪気な爽快感を持てずにドラマに引きずり込まれる理由は2つある。

 

一つはチャンの過激な暴力行為が「正義の正当性」を超えている事。そしてそれを補強するような説明をこの『オンリー・ゴッド』という映画は明らかに避けている点。

 

もう一つは主観が「悪」の側であるジュリアンにあり、そのジュリアンの内面の複雑さがそのまま映画のプロットが持つ勧善懲悪のような単純な構図を拒んでいる点。

 

『ドライブ』でも正義や悪を超えた暴力の持つ残酷性のみクローズアップする演出があったが、この『オンリー・ゴッド』では映画そのものが暴力そのものの持つ「詩性」のためにあるように感じる。デヴィッド・リンチと親和性を感じるのはまさにそのセンスなのだが、どぎつい色彩設計(レフンは色覚障害を持っている)と独特の構図、極端にセリフの少ない長回しなどその全ての映像技術が暴力の持つ緊張感と残酷な美しさを引き立てており、悪夢的不快感と同時に痺れるように麻痺したアンモラルな美的センスを味わう事ができるのはリンチの『ブルー・ベルベット』(1986)にも似た感覚である。

正当性を超えた暴力の応酬を独特な映像センスで見せつけられる『オンリー・ゴッド』に様々な解釈は可能である。例えばアジアに巣食う西欧的堕落に対峙する文化的抵抗の構図をそこに見たり、あるいはタイのエキゾチズムと暴力の組み合わせから神話のような抽象化を読み取る事も出来るだろう。しかしながらクライマックスでのチャンとジュリアンのムエタイ対決の高揚感はポルノグラフィック的ですらあり、正当性という免罪符を持たずに興奮してしまう我々人間の原初の暴力的欲望を炙り出し、観る者がそんな自分にモヤモヤしてしまうところはまさに露悪的であるとも言える。

日常的に得ている暴力への免罪符を失ったとき

暴力は美しい。

 

とても容認出来ないそんな感性を観る者に感じさせてしまうこの映画は暴力の持つアンモラルな「美」を見せつける事で、ある物は拒絶し、ある者は魅せられてしまうだろう。それは日頃都合の良い暴力を無自覚に享受している我々から「正当性」という免罪符を取り上げて暴力そのものの魅力を見せようとしているように自分には思えた。

 

本作を撮影中に行き詰まったレフン監督に対し、相談に乗ったホドロフスキーは「絶対に撮るべきだ」とアドバイスしたと言う。その時点でホドロフスキーはレフンが撮ろうとしているこの映画の彼岸をすでに見据えていたのかもしれない。

 

『オンリー・ゴッド』は、そんなふうに思わせる危険な魅力があるがゆえのカルト映画であると言えよう。

企画趣旨とその他の掲載作品一覧

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