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【漫画で読み解くストーリー:第七話】『夢中さ、きみに。』に見る同人誌マンガの可能性

イラスト提供:中田アミノ

今飲みに行くと僕は和山やま先生の話しかしないかもしれません(笑)

 

かつてマンガ家になるためには出版社の担当編集者編集者に売り出してもらうしかなかったのですが、ここ10年くらいでSNSや同人誌界から才能を見出されデビューするケースもだいぶ一般化してきたように思います。特にオリジナルストーリーの同人誌を中心に扱うコミティア(同人誌即売会)では商業誌の編集ブースが数多く出店し、同人界の才能のスカウトに力を入れています。

 

とは言え出版社の看板を目指してその門を叩く新人はともかく、在野のピンからキリまである広大な同人界の裾野から明日のマンガ界のスターを見つけ出すのもまた結構な確率だとも言えます。

 

今回取り上げる和山やま先生の『夢中さ、きみに。』は僕にとって二重の意味で目からうろこの驚くべき作品です。

夢中さ、きみに。

 

 

作者:和山やま

連載期間: 2019年

掲載誌:ビームコミックス

 

気になる君はうしろの席に――。

WEBなどで噂の作品たちが待望のコミックス化。

話題の作品「うしろの二階堂」は全ページ加筆修正のうえ、30ページ以上の描き下ろし続編を収録。

なにげない日常やリアクションをストーリーにしあげる観察眼

一つ目はこのハイクオリティのべらぼうに面白いマンガがそもそも同人誌だったこと。もう一つはBLマンガとして読んだことのない全く新しいアプローチだったこと。

 

『夢中さ、きみに。』の作者、和山やま先生は現在「FEEL YOUNG」(祥伝社)で『女の園の星』を連載中の注目の新人作家です。第67回ちばてつや賞で入選し、一度商業デビューを果たしますが、2019年2月のコミティア(オリジナル同人誌即売会)にて同人誌として『夢中さ、きみに。』を発表。この作品が再び商業誌の編集者の目にとまり同年8月にkadokawaより単行本として発売されました。

 

つまり和山先生はBLマンガを好きに描くために商業を離れ、描いた同人誌が商業誌にフックアップされたという事ですね。

 

先にあげた「二重の意味で」を説明するためにここでBLというジャンルについて言及する必要があります。BLは言うまでもなく「Boy’s Love」の略で、女性読者を中心に多くのファンを抱えるマンガの一大ジャンル。男性同士の同性愛をモチーフとしながら少女マンガ的ときめき、少年マンガ的キャラクター性、青年マンガ的心理描写、そしてもちろんポルノグラフィック的側面とマンガの持つあらゆる要素を含んだ作品の広がりがあります。ここまで豊潤な市場を持ちながらメジャーなマンガ誌はその扱いに慎重であり、BLジャンルでのいわゆるビッグ3(集英社・講談社・小学館)のメジャーデビューは大変ハードルが高いのが現状です。

 

『夢中さ、きみに。』は前半男子校の林くんエピソードが4編、後半二階堂と目高くんのエピソード4編のオムニバス短編集で、まずはその画力の高さに、誰しもが「これで同人誌なのか!」と驚くところだと思います。

 

大ファンだという古屋兎丸先生の影響が濃厚だったちば賞入選作『優等生の問題』からスッキリと洗練され、望月峯太郎先生や佐々木倫子先生のような硬質のスタイリッシュな絵柄を思い出します。それでいて独特の間の抜けた、思わずクスッと笑ってしまう空気を作る構成力と演出力。

 

その独特のコメディセンスもさることながら、特筆すべきはキャラのしぐさやリアクションの精度の高さ!これは相当な日常に対する観察眼がないと描けないと思います。

読者が「自分の感情もひょっとしたら……」と思わせるナチュラルな語り口と描写

高校生の他愛のない日常をことさらマンガ的に誇張することなく、ここまで面白く描けるのは観察眼、コメディセンス、画力、構成力、この作品の全ての要素は林君や二階堂というキャラクターの「可愛さ」の表現に捧げられているからです。そして誰が読んでも面白いであろうこのマンガが、まごうことなきBLマンガであることが驚きであり、痛快な点でもあります。

 

この、全くバイアスのないBL作品は一般読者に構えさせることなくストーリーに誘導し、我々はいつの間にか林君や二階堂のキャラクターに魅了されてしまうのです。そのあまりにナチュラルな語り口と描写は自分の学生時代の友人を思い返して「俺、あいつのこと好きだったのかもなあ」と思わせてくれます。沖縄修学旅行編における見開きでのホテル部屋内定点カメラカットは実際に身に覚えがあるようで、この感じを突いてくるBL作品は僕は初めて読みました。

 

エピソードの中にはボーイ・ミーツ・ガールも含まれており、男女どちらの恋愛も並列で描かれている点も作者のBLに対する考え方を表しているようで興味深い。

 

現在連載中の『女の園の星』はBL作品ではありませんが、いったん同人誌に立ち返った和山先生が『夢中さ、きみに。』で完成させた上記のセンスを存分に活かされていると感じます。まさしく同人誌の自由さを商業誌へフィードバックすることによって作家性が洗練されるプロセスを見ていると、もはや同人誌界は商業誌からの逃避場所ではなく、新しい感性を育む実験場になっているのかもしれません。

 

もちろん和山先生の飛び抜けた個人的才能が『夢中さ、きみに。』を生み出したのは間違いないのですが、僕はこの作品で描かれるあまりに軽やかなBL描写が今後同人誌界と商業誌との関係を変えるくらいの革命的なクオリティなのではないかと思っています。

 

まずは書店で購入しこの作品に魅了されて欲しいです。そしてこれがもともと同人誌だった事、よく考えたらBLだった事がもたらすマンガ業界の未来への影響を考えてみるとなんだかワクワクしてきませんか?

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