【カルト映画研究会:第1回】2001年宇宙の旅(2001: A Space Odyssey)
はじめに
カルト映画の文脈は時代性とリンクしており、表現や動機もそこから読み解ける部分も大きい。
あらゆる情報がアーカイブされ誰でもフラットに接することが出来る今、SNSの感想で時々感じる違和感は、情報がフラットだからこそ自分本位の再構成が可能となり、その映画の筋や展開が「自分の思った通りだったかどうか」がその映画の評価として語られること事。確かに映画は「エンターテインメント」である以上お客さんがどう楽しもうが自由なのだが、あまりに短絡的に自分本位の快感原則だけで判断してしまっていないだろうか?
いかにもシネフィル的な小言を冒頭からかましてしまったが、人が映画をどう楽しもうがそれは自由である。ただカルト映画と呼ばれる作品を無防備に観た時に、ただ単に「安っぽい」「地味」「気持ち悪い」「わけわからない」で終わってしまうのはあまりにも勿体無いと思ったのがこの勉強会を始めるきっかけとなった動機だ。
なぜなら大抵のカルト映画は「安っぽくて」「地味で」「気持ち悪くて」「わけわからない」からだ!
美術大学でマンガのストーリーを教えていると思うのは、作る側の人間の感性が「お客さん」のままではオリジナリティ豊かなコクのある作品を作るのは難しいだろうということ事。
基本的にストーリーを作ろうという動機には「伝えたいテーマ・表現・フィーリング」がベースにある。サービス精神に満ち満ちたエンタメ作品にも根源的には「楽しんでもらいたい」という動機があるはずだが、今回自分が取り上げる映画の基準としては特に制作側の動機が強い作品、サービス精神というよりは個人の趣向が前に出た作品、そういったいわゆる「カルト映画(一部の熱狂的なファンのついている映画)」を中心に取り上げ、簡単に飲み込めない、即物的に消費できないような「消化の悪い」作品を「体験」してもらい、モヤモヤした想いに対し長い年月をかけて自分なりの解釈を見つけること事が出来れば、この勉強会の意義もそこにあると思う。
かく言う自分も20代の頃に観た様々な意味のわからない映画について今でも覚えているし、その時の流行りの大作映画より思いを馳せる考えている時間はそのような映画の方が圧倒的に長い。そしてその思索の旅は未だ続いている。それこそが人生を通して楽しめる、深遠なるエンターテインメントとも言えるのではないだろうか。
「カルト映画勉強会」は基本毎週金曜日4限(15時~)から名古屋造形大学の教室C102教室で開催され、多い時で約20人、少ない時で3人(笑)という振り幅の中様々なカルト映画が上映された。形式としては最初にネタバレにならない程度に学生がわかりにくいだろう部分の設定などについて解説し、本編終了後は石川の解釈を論じつつ、学生と意見交換する流れで終了する。時にはゲストスピーカーを迎え、ゲストの選んだ映画を観て解説していただくスペシャル回も設定した。前期中に観た作品は以下の通り。
取り扱った作品一覧
2019年4月12日:第1回
2001年宇宙の旅(2001: A Space Odyssey)
スタンリー・キューブリック監督(1968)
2019年4月19日:第2回
ドニー・ダーコ(Donnie Darko)
リチャード・ケリー監督(2001)
2019年4月26日:第3回
ライフ・アクアティック(The Life Aquatic with Steve Zissou)
ウェス・アンダースン監督(2004)
2019年5月17日:第4回
エクス・マキナ(Ex Machina)
アレックス・ガーランド監督(2015)
2019年5月24日:第5回
断絶(Two-Lane Blacktop)
モンテ・ヘルマン監督(1972)
2019年5月31日:第6回
ベニスに死す(Death in Venice)
ルキノ・ヴィスコンティ監督(1972)
2019年6月14日:第7回
デュエリストー決闘者ー(The Duellists)
リドリー・スコット監督(1982)
2019年6月21日:第8回
オンリー・ゴッド(Only God Forgives)
ニコラス・ウィンディング・レフン監督(2014)
2019年6月28日:第9回
華氏451(Fahrenheit 451)
フランソワ・トリフォー監督(1966)
2019年7月5日:第10回
ブリグズビー・ベア(Brigsby Bear )
デイヴ・マッカリー監督(2017)
2019年7月12日:第11回
サイレント・ランニング(Silent Running)
ダグラス・トランブル監督(1972)
2019年7月19日:第12回
パリ、テキサス(Paris,Texas)
ヴィム・ヴェンダース監督(1984)
2019年7月26日:第13回
パンチドランク・ラブ(Punch-Drunk Love)
ポール・トーマス・アンダースン監督(2002)
2001年宇宙の旅(2001:A Space Odyssey)
みなさんも名前だけは聞いた事あるだろう、映画史上に残るSF映画の金字塔。カルト映画というにはあまりに有名な映画だが、この勉強会で取り上げた理由はズバリ「名前を知っていても観た事のない映画」ナンバー1だとも思ったからである。
この映画が公開された1968年当時にはまだカルト映画という概念はなく、観客もまたジャンル趣向に強くカテゴライズされること事のない時代だった。とはいえ映画の歴史においてはいつの時代にも珍作・怪作は存在していたが『2001年宇宙の旅』の規模でここまで観客に受け入れられ、同時に物議を醸した作品はなかったはずだ。極めてハイクオリティな映像と徹底したリアリティの追求、大予算で作られた豪華なセットを使って描かれた宇宙旅行の物語は当時の大衆にとって間違いなく「メジャーな関心事」で、結果観客が困惑するほどストイックで難解な哲学的内容は、駄作というには豪華すぎ、傑作というには理解しがたい、まさしく「カルト映画」として相応しい深淵さを持った映画だったと思う。
自分がこの映画を観たのは残念ながら1968年公開当時ではなく(自分はまだ6歳だった)70年代に入ってからのリバイバル上映だったのだが、小学生の頃児童図書館で読んだ「恒星間旅行」(?タイトルうる覚え)という本にこの映画の宣伝用スチールが使われており、そのあまりにリアルな写真が一体どんな映画のものなのか、強く印象に残ったのを覚えている。
映画は3部に分かれている。初見した当時は2部のコンピューター(今で言うAI)「HAL9000」の犯罪のパート以外は意味がわからず、その薄ら寒いサスペンスと妙に哀れを誘うHALの命乞いがこの映画の全てであった。その後、様々な解釈とともに時代がこの映画に追いつき、今回何度目(少なくとも20回以上は観ている)かの鑑賞では思ったより難解ではなかったこと事に自分自身驚いた。簡単に述べればこの映画は宇宙の超越的存在が類人猿の時代から人類の進化に干渉してきたプロセスを描いており、2部のHALと人間の戦いはスターゲイトに招かれる存在が機械なのか人間なのかの勝負だった。結果人類こそが超越存在になるに相応しいという、極めてシンプルな人類讃歌なのだが、あまりに2部のドラマが強烈で3部全体を通した構成が見えづらかった。
また、説明的なセリフや描写は最小限で観客はスクリーンで起こっている事柄からその意味を推理するしかなく、68年の映画としてはクール(不親切)極まりない演出もそのプロットを見えづらくしていたと思われる。加えてシメントリカルな構図やリアルでスタリッシュなセットデザインは思考より先に視覚体験として強烈にアピールし、結果リアルだけど何が語られているのかよくわからない「体験」としての映画になっている点も重要なポイントだ。
原作のアーサー・C・クラークの小説も含め、その後の数多くのSF映画はこの映画の影響を受け続け、また現実の技術進化(特にコンピューターの分野)でもしばしば『2001年宇宙の旅』は来るべき未来像としてのイメージを果たしてきた。実際その後のほとんどのSF映画が宇宙船内の無重力描写に関しては「無視する」妥協を一般的にしてきた事からも、未だこの映画のスケールでの宇宙旅行を描いた映画は少ない(クリストファー・ノーラン監督作『インターステラー』(2014)は無重力をはじめとした科学考証を徹底して行った作品であり、監督自身「2001年」の影響を公言している)。そういった「2001年」以降の影響の積み重ねがマンガやアニメにも及ぶ現在のエンターテインメントの中にある。
アポロ11号の月着陸が1969年、その前年に公開されたこの映画にはNASAが全面協力し、当時の最新情報が盛り込まれたリアルな宇宙旅行体験は翌年に迫る月着陸ミッションへの気運の盛り上がりも当て込まれていた。それだけの予算と協力を得ながら、映画監督はそのまま観客が未だ観たことのないリアルな宇宙旅行だけを描いても十分成功したはずである。
しかし『スパルタカス』(1960)から一貫してハリウッド的制作体制に批判的な姿勢を取り、独自の動機を完璧主義で押し通すキューブリック監督は当時の観客の想像をはるかに超えた人類と宇宙のドラマを作り出した。まさに鉄の意志でやりたいビジョンを映像化した、キューブリックの映像哲学に満ち満ちたこの歴史的映画は、同時に映画史上最大のカルト映画とも言えるのではないだろうか。
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WRITER
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石川俊樹プロフィール:1962年東京生まれ 大学卒業後浦沢直樹先生のアシスタントを2年勤めた後、マンガ家兼アシスタントとして業界で働く。現在名古屋造形大学造形学科マンガコース准教授。バンド「フラットライナーズ」Ba/Vo
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