【漫画で読み解くストーリー:第4話】『筆とあいつがいればいい。』に見る新人作家の育て方
イラスト提供:中田アミノ
今回は当コラムのイラストを描いてくれた中田アミノさんの紹介をします。
かつて小学館「ビッグコミックスペリオール」といえば僕ら世代では小山ゆう先生『あずみ』を筆頭に『味いちもんめ』、『医龍』、『HEAT』といったベテランが描く安定感のある連載が掲載されている渋めの雑誌でした。その後2012年頃から誌面の刷新を図り、出張編集部企画として僕の勤める名古屋造形大学と関わった2017年あたりから積極的に若い新人作家を求める方向転換をしてきました。
そこで引っ掛かったのが当時まだ二年生だった中田アミノさんで、彼女は2018年4月の「創刊30周年記念特別新人賞スペリオール次世代マンガ大賞」という物々しい企画でなんと大賞を受賞し、賞金300万円を獲得してしまいます。この賞には賞金の他に新連載&単行本化が確約されるという副賞がついており、そうして2019年4月から連載をスタートして9月30日に単行本として発売されたのが『筆とあいつがいればいい。』という作品なんです。
描きたい内容と編集が求めるもののギャップ
あらすじは完璧主義のクールビューティ(のはずだった)女子高生・瓦木叶に、何故かひょんな事であの伝説の絵師・葛飾北斎がこれまた何故か小さいオッサン(妖精?)となって取り憑くというドタバタコメディで、読んでもらうとなんとも言えない味わいがクセになるマンガです。今でもAmazonその他で入手できるので是非読んでみて下さい!
さて今回はストーリー解析というより、新人作家が単行本デビューをするまでにどのように育てられたかをテーマにしたいと思います。それで言うと中田さんはウチの大学に入学した時から抜群の画力とおかしなセンスを持っていました。
彼女の原初のセンスは一世代前の少女漫画的メルヘン世界と、主人公の女の子に歯茎を剥き出させることも辞さないギャグセンスで、エログロ一切なしの不可思議でナンセンスな世界観を持っていました。美少女を描かせると昨今あまり見ることのなくなった上品さがあってそこが魅力でもあるのですが、そんなキャラに平気で変顔(それも度を越したヤツ)をさせるんですね。
そんな中田さんのセンスはウチの大学に来る数々の編集者に注目はされるのですが、次のステップでもう少しとっつきのいいストーリーの型にはめようとするのでなかなかうまくいかない。ぱっと見人の良さそうなお嬢さんである中田アミノさんは中身は結構頑固なヤツだったんです。
ベタな要素には読者が誰でも理解できる普遍的な感情が詰まっている
前述したセンスの持ち主である中田さんには独特のブラックな視点もあり、安易に恋愛をモチーフにする事に対して警戒心が強い。しかし誰がみても可愛い女の子が描けるのであれば、恋愛モチーフは商売として有効であり、数々の編集者と同様に自分も定石としてラブコメ方面の指導をしたもんです。
次世代マンガ大賞300万を獲った投稿作品は『委員長、草をむしれ」』(すごいタイトル!)という読み切り短編ですが、これは花壇を愛する無愛想な園芸部の部長(男)と人にいい顔して安請け合いしがちな委員長(女)が、タイトル通り草むしりを通じて心を通わす、業界初の草むしり青春コメディストーリー(笑)なんですが、現代の高校を舞台にしただけでもかなり敷居を下げた設定であり、そこが限界でもありました。部長と委員長の関係性がお互いを認めるところまではいくのですが、ついぞ恋愛的な感情は出てこない。いかにも少女マンガ的な絵柄でそこが斬新だったところでもあるのですが、受賞作以降の連載作品ではそれだけでは飽きられてしまう。
斬新さというのは個性でもありますが、連載作品として読者をずっと惹きつけておくにはやはり馴染みのあるアレな要素が必要なんです。そのアレとは……
「ベタ」な要素
なんですね。読者が誰でも理解できる普遍的な感情、例えば友情、例えば恋愛感情。そこだけはシリアスな感情なんです。
中田さんのマンガはもちろん人間同士の感情を描いているのですが、そのベタな感情を描くシリアスなシーンにスムーズに移行できないほど変態的であり(褒めてます)だからこその斬新さではあったのですが、連載作家として商業的にやっていくにはそこがネックになった。題材は面白い、キャラも魅力的、あとはどれだけ妥協して読者に歩み寄るか……そこなんですね。
『筆とあいつがいればいい。』は作家が育つプロセスのドキュメントとしても読める一冊
スペリオールの担当の方は実に辛抱強く、その個性を活かしてどうやってベタさを出していくか指導をされたことと思います。『筆とあいつがいればいい。』という作品はそんな作者の頑固さと担当編集者の拮抗のドキュメントとして読むととてもリアルでいろいろな発見があります。さんざん指導をしてきた教員の僕からすると1話ごとに「あー、中田さんがこんなベタなシーンを描こうとしてる!」というコマがあって大変興味深い。プロの編集者はすごいですね。
マンガ業界ではよく「大賞を獲ると後が続かない」と言われます。新人賞は入賞作品までは編集部が選び、どの賞に該当するのかは審査員の作家が選ぶことが一般的なため、大賞に選ばれる作品は作家受けする新人という傾向があるんです。反対に佳作ではそこそこソツなく描けて最初からベタな感情をモチベーションで持てている新人は最初からメジャーの雛形を持っており、ゆえに連載にもスムーズに対応しやすい。
ヒット作を量産してきたベテラン作家である審査員は自分がスタート時点で『個性』を武器にしてきたことを経験で知っているので、大賞受賞作家にもその大きな十字架を背をわせてしまうのです。それは呪いでもありエールでもあります。
中田さんは受賞作『委員長、草をむしれ』から『筆とあいつがいればいい。』の連載開始までの1年間、どれだけベタな要素に歩み寄れるか苦闘してきたことかと思います。映画でも小説でもそうですがデビュー作のトンガリ具合こそ話題になりますが、新人作家の苦労はそこからの妥協と才能の再構成なんですね。
『筆とあいつがいればいい。』の最終回、かなりあっさりした終わり方でネットでは「面白かったのに打ち切りか?」みたいな意見も見られましたが、そうじゃない、あれこそ中田さんがこの連載中最も苦しみ、最も成長したギリギリの部分なのかもしれません。
そんなふうに新人が育つプロセスのドキュメントとして親心を持ってこの作品を読むと、ストーリーを生業にしたいと考えている人には学ぶところがあるかもしれません。
まだまだ現役大学生の中田アミノさん。担当編集の方曰く「最初の連載は失敗してもいい。大事なのはそこから何を学ぶかですよ」とのことなのでアンテナ読者のみなさんも是非応援していただければありがたいと思います。
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WRITER
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石川俊樹プロフィール:1962年東京生まれ 大学卒業後浦沢直樹先生のアシスタントを2年勤めた後、マンガ家兼アシスタントとして業界で働く。現在名古屋造形大学造形学科マンガコース准教授。バンド「フラットライナーズ」Ba/Vo
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