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【座談会】働きながら音楽活動をする<京都編>  開催レポート・後編

MUSIC 2017.07.14 Written By 山田 和季

5月に東京にて開催されたトークイベント『働きながら音楽活動をする』。満員御礼の中、実際にイベントに参加した人からの反響はもちろん、レポートが投稿されるやいなや各地からのレスポンスがたくさんありました。「仕事」と「音楽」……やっぱりみんな気になるところですよね。7月2日に開催されたアンテナ×STUDIO MONAKA共催イベント“Color of Yellow”にて『働きながらバンドをする』トークイベントの京都編を行いました。東京開催と同じく主催の鈴木哲也氏(oaqk / Penguin Market Records副代表 / ヤフー株式会社)、鳥居大氏(ATATA / 株式会社ウェブクルー)の2名に引き続きお越しいただき、京都からはbedの山口将司氏をお招きしてそれぞれの考える「仕事とバンド」についてお話いただきました。

山口将司(bed / 食品メーカー勤務)の場合

ATATAのライブを見たことある人は分かると思うんですけど、6人全員のエネルギーがすごいんですよ。とてもリスペクトしているんですけど、じゃあ僕が鳥居さんと違う話をできるとするなら、そこまでのエネルギーは持っていない、いわば”普通の人間”でも粘り強くバンド続けていけるんじゃないの?っていう話かなと思っています。

 

12年の間、襲い続けたバンド継続のピンチ

bedはメンバー4人とも社会人=基本土日休という環境で、学生時代も含め12年間バンドを続けてきました。「辞めようかな」とか「続けられないんじゃないか」という危機は何度もありましたね。そういった中でどう続けてきたのかっていう話をします。

bedのバンド継続危機年表

 

2007年1stEPをリリースした後にBa.の村山が一時離脱の申し出

他に集中したいことがあるとの理由での申し出だったんですけど、念願のリリースをしたばかりのときだったので「おいおい!これからなのに!」という気持ちはありました。なんとかサポートをやってくれる人を探して乗り切りまして、そのときのサポートベーシストの福本さんはすごくリズム感のいい人で……村山とは違うグルーヴがあって。スタジオに入ったとき、自分らの曲を見つめ直す機会になりましたね……バンドが一歩成長しました(笑)。

 

2008年1stアルバムのマスタリング真っ最中にGt./Vo.山本、脱退をほのめかす

ある日スタジオで「俺、今決まってるライブで辞めるわ」って急に言い出したんですよね。ちょうど彼が大学を卒業するかしないかのときだったので、就職だとか院への進学だとかでいろいろ悩んでいたんだと思います。彼なりに悩んだ末「やっぱやるわ」と復帰してくれたんですけどね。

 

2009年山口、東京への配属が決定。他メンバー大阪⇔ひとり東京の遠距離に

周りからは当たり前かのように「bedは辞めて東京で新しいバンドやるの?」と言われましたね。でも、自分自身辞める気は全くなかったです。メンバーに東京配属を伝えたときに「じゃあ俺ら3人で曲作りとか進めとくし!」みたいな反応もあるかと思ってたんですが実際は「あっそう。スタジオの日だけ決めてまた連絡しといて!」って言われて……!結局僕が全部やるんだなと。だから遠距離になっても自分がその気であればバンドはできます(笑)。この体制でレコーディングとかも完遂しましたし。

 

2011年村山、一時離脱の申し出。(4年ぶり2回目)

僕はこの年転勤で大阪に戻って来れました。村山は自分なりの強い思いから市会議員に立候補しようとしていて。そのための離脱だったんですけど、それはもう応援するしかないですよね。その時彼から言われたのが「自分がいない間にバンドを止めないでいてほしい」ということ。前サポートしてもらった経験を活かし、今回もサポートメンバーの力を借りて活動を継続できました。

 

2012年山口、会社にバンドやっているのがバレる

就職したときに、学生時代バンドをやっていたことは会社に話していたんですけど、ただ今もやっていることは濁して誤魔化していました。でもある日、専務から突然呼び出され「山口君、いつまで夢見てるの?バンド続けてるんでしょ?」と釘を刺され……。有給・代休なども自由には取れない会社で、もちろんバンドを理由に仕事をサボったこともなかったんですけど、その説教後に土日に休むことのできない現場の勤務へ配置されることになりました。バンドを辞める気はなかったので仕方なく仕事を辞めました。辞めたあとに死ぬ気で転職活動をすることになるんですけど……。

 

2014年村山、一時離脱の申し出。(3年ぶり3回目)

以前までと違うのは、村山のもうひとつの目標のため「一年きっかり休む」と宣言されたこと。これまではせいぜい半年ぐらいの離脱だったので、ライブをこなしつつ曲は作れなくても仕方ないと思ってやっていたんですけど、一年となったらそうもいかないですよね。幸い関西と関東でそれぞれサポートをしてくれる方を見つけられたので、サポート2名体制でライブと曲作りにも参加してもらって。結果、村山の休止期間を経てもフルアルバムをリリースすることができました。

 

2016年Dr.長生脱退表明

歳や年数を重ねていくにつれて自分の人生において大切なものってたくさん出てくると思います。何を選ぶかは人それぞれだし、だからこそ残りの僕ら3人はそれでもバンドを続けたいと思って、新しいメンバーを迎えて続けていくことにしました。

 

働きながらバンドをする面白さ

僕の場合はバンドにおける役割のほとんど(連絡窓口・企画・スケジュール調整・スタジオ予約・打ち上げ準備等)を担っていたため、逆に自分次第でどうにかなる部分が多かった。だから一人ででも音楽を続けていきたいっていう人だったら一層、仕事をしながら続けていくことはできると思います。働きながら音楽活動をするということの面白さとしては、ステージにあがったときに演奏力とかと同じぐらい”人生力”っていうので勝負できること。売れているバンドでもそうじゃないバンドでもステージの上ではフラットだと思うし、僕はそこに自分の人生を投影しているつもりです。

サラリーマン経験で得たこと

 

①理不尽なことを言われても、それをバネにナニクソと思うことが増える

サラリーマンに限ったことでもないとは思いますが、そういうエネルギーをモチベーションに変えたり。バンドでもそうやってナニクソとやってきた部分が大きいです。

 

②周りが安心してくれる

趣味として認めてくれると続けやすい環境になる。もちろん”趣味”って言いたくない気持ちもわかるけども、それもバネにして続けていくことができる。辞めてしまったら何もなくなりますからね。

僕の伝えたいこととしては、自分に嘘をつかずに続けていくということですね。尊敬しているプロレスラー、カール・ゴッチの言葉を借りると『I’m real one』って言えるような人生を送りたいですね。働きながらバンド?って言われてもこれが僕のリアルワンだと言えるように死ねたらいい。こんな男が細々と、それでもバンドを続けていっているというのがひとつのメッセージになればいいなと思います。

クロストーク

事前に参加者からアンケートとして今日質問したいことをヒアリング。いくつかピックアップしてその場で登壇者とのトークタイムを設けました。スクリーンにはずらっと20~30個の質問が……!参加者たちの興味の強さを感じさせます。

Q1.忙しい中でレコーディングやミキシング・マスタリングはどうしているの?

山口:ミキシング・マスタリング以前に、全員のスケジュールを合わすっていうことから大変ですよね。ミキシング・マスタリングに関してはぶっちゃけ全員その場にいなくていいと思っています。行ける人だけ行ってもらって、データを送ってもらってあーだこーだ言って……って感じにしていますね。

 

レコーディングとはまた別の話ですが、時間の使い方という点ではメンバーの活休をきっかけにそもそもの曲の作り方を変えました。最初はセッションで作曲していたけど、やっぱりギターである程度作ってスタジオに持っていくようにしたり。全員でスタジオに集まらないと曲が作れないっていう状況は脱しましたね。どうしても作り方が変わると曲の雰囲気も変わってしまうと思うんですけど、まぁそれをバンドの変化として捉えて良しとしています。

 

 

鳥居:僕らも基本同じですね。ATATAは人数も多いのでレコーディングですらメンバーが揃わないまま終わることが多い。ボーカル録りなんかは完全に信頼しているのでほぼ行かなおです。基本は全部新代田FEVERのPAでもあり、僕らのPAをやってくれてる阿相君に信頼して任せているので、ある程度固めてもらったあとにそれをデータで聞いて「もうちょっとこうする?」ぐらいのもので。基本僕も立ち会うことはないですね。曲作りに関しては土日にしかできないので……だからライブをやりすぎちゃうと曲ができないんですよ。基本的にはVo.のナベさんが持ってきたパートをメンバーがこねくり回して形にしていっています。

 

Q2.仕事の都合などで、バンドの拠点やメンバーの勤務地が離れてしまった場合どうしたらいいの?

山口:どういう分散の仕方になるのかのケースバイケースだとは思うんですけど。あくまで僕の事例でいうとさっき話した通りです。ひとり東京配属になってしまっても、自分が頑張って活動を止めない限りは大丈夫だと思っています。ライブもガンガンやりまくりました!東京のライブもたくさん組んで、その前後で集まって曲を作ったり…お金と時間はかけていましたね。

 

こっちに戻ってくるのが月に1~2回が限度だと思うんです。だからそこにどれだけの実りを持ってこれるかの問題ですよね。まぁ言って僕も何もできないままこっちに戻ってくる……とかも多かったですけど。誰かが我慢しなきゃいけない部分は絶対にあるんですけど、その分散している何年かのうちでここまではやろう!っていう気持ちを持っていれば大丈夫だと思います。

 

鈴木:僕も石巻に住んでいたときがあるんですけど、むしろそのときの方がライブする機会に恵まれましたね!東京のコミュニティで誘われるライブと石巻のコミュニティで誘われるライブと2本軸で動くことができるようになったんです。それはメリットでした。

 

鳥居:僕はずっとザ・東京のバンドですからねぇ。まぁでも結局働いていたら土日しかスタジオ入れないし、土日にライブがある日はスタジオも入れないし……って思うとメンバーとの距離が遠くても近くても上手くやっていかないとダメなことには変わりないんじゃないかなって思いました。

Q3.仕事は60~70歳で定年という概念があるけど、音楽に定年はあると思う?

鳥居:僕はひとりで音楽をやっていくんじゃなくって、やっぱりバンドっていうものをやり続けたいんですよね。それはもしかしたらATATAじゃなくてもいいのかもしれないけど、とにかく60歳でも70歳でもやりたい。今みたいなライブはできないかもしれないけど、歳をとってもできる音楽はたくさんあるしね。昨日京都の小さなジャズバーに行ってきたんですけど、おじいちゃんがめちゃくちゃ楽しそうにで演奏していて。歳を取ってもそういう生き方みたいなのがすごいかっこいいなと思いましたね。

 

山口:

僕も同じですね。ソニックユースのリー・ラナルドがもう60歳とかでしょ?イアン・マッケイも55歳だし!オルタナティブ・インディーロックっていうジャンルができてから、まだ誰も「70歳までやる!」っていう答えを提示できた人っていないと思うんです。そういった意味ではこれからどうなるのかなって楽しみではありますけど。歳を経ることで得るものもあると思うので、70歳になったときに鳴らすGコードってとてつもなく深みがあるんじゃないか……とか考えるときはあります。

 

鈴木:僕も同じ気持ちです。僕の場合はドラムなんで、60歳70歳までドラムをやっているかと言われると……体のアレもあると思うので、そのときは違う楽器に持ち替えてでも続けたいって思いますね。

 

Q4.本当は音楽一本でやっていきたいと思っているけれど、もし働きながら音楽をやっていくならばもっと会社に対する依存度を下げて、音楽に対する比重を上げたほうが良いと思っています。バンドを副業レベルまで持っていくことは考えない?バンドで稼げた方がモチベーションにもなるのでは?

鳥居:もちろんそれができたら一番良いんだろうけど、やっぱり僕に関してはバンドだけで食っていくのは難しいなと感じてます。。とくに僕らなんて6人もいるし。会社に依存するレベルを下げるという点では会社以外の副業を仕事にするのは良いと思うんですが、、バンドを副業にするってイメージは一切ないですね。やっぱりバンドに求めていることって僕は「楽しさ」だし、楽しくないなら今はもうやれないなと。僕らの価値観としてはお金になるならないよりも、いかに楽しくやれるかとか、たくさんの人に見てもらいたい気持ちが先行しているからフリーライブとかやっちゃうんだと思います。ここは賛否両論あるとは思いますけどね(笑)。

 

 

これまで両立の板挟みに悩んできた方々はもちろん、京都で実際にバンドで精力的に活動している方や「今まさに悩んでいます」という卒業を控えた学生さんまでたくさんの方にお越しいただきこの日も満員御礼!学生の街と呼ばれる京都だからこそ、若いバンドマン(若かりし頃のバンドマン)なら誰しもが考えたことのある話題が盛りだくさんとなりました。鈴木哲也さんが最初に言っているように、この座談会の目的は誰のやり方が正しいか決めるためのものではありません。「こんなやり方もあるんだ」という、ひとつの小さなきっかけになればと思っています。

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