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『ブレードランナー』解析講座:過去からの影響と、未来への影響を8本の映画から探る – 中編 –

5作品目:サイボーグは電気羊の夢を見るか『攻殻機動隊』

世に放たれた『ブレードランナー』は、まずSFマニア、映画マニアにその種子をまく。

 

SFのイメージが更新されたのは映画界だけではなく、同時に小説界でも『サイバーパンク』と呼ばれるサブジャンルが勃興している。その背景には当時急速に浸透していたPCを中心としたネットワーク社会の到来があり、16ビットのIBMPCがオフィスに出回り始めた時代に、先鋭的なSF小説家はすでにサイボーグ化による人間の知覚機能の拡張や『サイバースペース』と呼ばれるネット空間を可視化し、そこに新たなフィロンティアを見出していた。

 

代表作にウィリアム・ギブスンによる『ニューロマンサー』(1984)があり、そこでの舞台は主にバーチャルリアリティを伴うネット空間”サイバースペース”であり、すでにインターフェースのための人体改造が常態化した未来が描かれている。『ブレードランナー』においては未来像のリアリティは先行しているものの、サイバースペースを中心としたガジェット描写に関してはサイバーパンク小説の方が先鋭的であったとも言える。しかしながら小説は具体的なイメージを提供するには映画ほどの視覚体験を超える事は難しい事から、映画『ブレードランナー』とサイバーパンク小説は未来イメージの両輪としてマニアの中で相互に作用していく事となる。

 

ニューロマンサー

 

このようにサイバーパンク的プロットを『ブレードランナー』的イメージでまとめる作品が生まれるのは必然で、時間の問題であった。それが押井守監督による『攻殻機動隊』(1995)である。原作は士郎政宗によるマンガ『攻殻機動隊』(1989~)ですでにサイバースペースが一般化したハイテクな未来社会における公安9課の活躍を描くポリスアクションストーリーだが、押井監督はプロットこそ原作に忠実ながら(原作数話のエピソードを1話に再構成)、主人公である高度にサイボーグ化された草薙素子の実存的葛藤をテーマとした、マンガより哲学的な演出が前に出るシリアスな作品になっている。

 

言うなれば『ブレードランナー』における公開当時不評の原因である哲学的テーマを真っ向から取り込み、その難解さをスタイルとした挑戦的なアニメーション映画だが、『ブレードランナー』から13年後にはオタク市場が全盛期を迎え、むしろ日本のこの作品が大友克洋監督の『AKIRA』(1988)と並んで日本のオタク力の高さを示すアニメとして世界中のマニアやクリエイターに認められていくには絶妙のタイミングだったのかもしれない。

押井守監督『攻殻機動隊』は、『ブレードランナー』におけるハードボイルドだがややウェット(感傷的)なドラマから、ソリッドに人間の実在に関するテーマをとがらせ、同時にサイバーパンク(特にギブスンの『ニューロマンサー』3部作)から情報の海で生まれる知性体というアイデアをハイブリッドさせた。これはもう観客が感情移入出来るかどうかギリギリのラインでもあったが、当時現実でもIT環境の急速な拡張やAIに関する関心が絵空事ではなくなってきた事もこの映画の成功を後押ししたように思う。面白いのは『ブレードランナー』において2019年のロサンゼルスのモチーフとして新宿歌舞伎町のイメージがあったのに対し、日本産のこの映画で日本的イメージを使うのは新鮮ではないと考えてか、香港(九龍城)のイメージが使われ、以後サイバーパンク的未来都市のイメージは東京から香港へスライドしていく事になった点である。

 

また『ブレードランナー』においてはレプリカントという人造人間(アンドロイド)が実存的問題を抱えてたのに対し、『攻殻機動隊』の主人公は人体改造によるサイボーグであり、もともと人間である存在が機械化していくにあたって最後に「人間的である条件とは何か?」という実存的問題を扱っている違いがある。さらに興味深いのは、デッカードが雇われているとはいえフリーランスで、個人的行動によって真相に迫るのに対し、草薙素子は公安9課に属する公僕であり、展開も組織としての行動の中での個人的感情が描かれている点で、そんなところも日本人的感性が加味されていた部分なのかもしれない。

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6作品目:グレーゾーンのヒーロー『ドライブ』

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