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『ブレードランナー』解析講座:過去からの影響と、未来への影響を8本の映画から探る – 中編 –

6作品目:グレーゾーンのヒーロー『ドライブ』

さて、ここで一旦SF映画から離れて、キャラクター論に立ち返ってみるとする。『攻殻機動隊』からいきなり19年飛んで時はすでに21世紀。『ブレードランナー』が公開された82年から人も社会も大きく変わった。

 

1990年から日本の経済はバブル崩壊を経て低成長時代へ突入、2008年にはアメリカのリーマンショックをきっかけに世界規模の経済危機が起こる。かつて前向きだった人々は現実の先行きが見えなくなり、映画に求めるものも現実離れした享楽的なものが流行る一方で、人間性を抑圧された主人公が生きる意味を模索するようなドラマが共感されるようになっていく。人々は社会とのインターフェイスと自己の内面の乖離を抱え、かつての映画の主人公のように自己実現のために一枚岩で堂々と行動するキャラクターがリアリティを失っていく。ゆえに映画の世界においても主人公の造形は複雑化し、湾岸戦争(1991)、そして911アメリカ同時多発テロ(2001)が決定的な境となって”正義・悪”といった概念が一筋縄で語る事が出来なくなった現実を背景に、個人の感情にその決着を求めるようなストーリー構造が一般化してきたように思う。

 

82年に『ブレードランナー』で描かれたレプリカントの抑圧された人間性は、デッカードという真正の人間(後にレプリカントだったという説もあるが)から客観視され、観客に投げられた問題定義でもあったが、2000年以降人々のメンタリティはむしろ人間ではない『レプリカント』の方へ寄せられてきた。その前触れは95年の『攻殻機動隊』においてサイボーグ化した草薙素子というキャラクターが物語の主体であった点で、すでに始まっていたのかもしれない。

デンマーク出身の映画監督ニコラス・ウィンディング・レフンの2011年の作品『ドライブ』は寡黙で純情な青年が愛する女性と息子を護るために苛烈な暴力の世界に巻き込まれ破滅していく現代劇である。この映画の主演が後に『ブレードランナー2049』で主人公を演じる事になるライアン・ゴズリング。犯罪と日常のグレーゾーンで生きる主人公のドライバー(作中で名前は語られない)は、人生に明確な意義を見出せずに淡々と生きている。ヒーローでも悪役でもないグレーゾーンのキャラクター。まずその設定がリアルであり、複雑化し明確な価値観を持ちづらい現代に生きる人間像を端的に表しており秀逸だ。

 

ある日ドライバーは一人の女性と恋に落ち、その女性と息子を全力で守ろうとしていくのがそのプロットだが、今までの映画であれば圧倒的に”正義”であるはずのその行動が、展開が進むにつれ見ている我々も正義と断ずる事が出来ないグレーゾーンに放り込まれていく。その大きな要因の一つに主人公の圧倒的暴力描写がある。この映画の暴力描写がそこまで苛烈でなかったら、もしかしたらハッピーエンドを迎える映画になれたかもしれない。しかしレフン監督はこの”暴力描写”に主人公のコミュニケーション能力の欠如を匂わせ、その人間性の欠如が時に正しい行いをも”正義”から”悪”へのグレーゾーンの領域へ導く事で、もはや世の中には単純に割り切れるような”正義”は存在しない事を我々に突き付ける。

 

キャラクターの”正しさ”というものは、社会規範や道徳観とリンクする事で表現される。60-70年代のディストピアSF映画が、まだどこかしら健全な精神をベースに作られていたのは、社会不安やその歪みが健全な人間感情との対比で語られていたからで、社会そのものがまだ修正の拠り所とする”正しさ”を担保出来ていたからに他ならない。しかし社会規範や道徳観が不安定になってきた現代ではすでに正しさは担保されず、それでも生きて行く上で人間的な”拠り所”を必要とする我々現代人にとって、この映画は強烈なカウンターを放っているといえよう。

 

この複雑な現代で人間が”人間的”であり続ける事の難しさ。この事を寡黙な純情と狂気を孕む暴力で見事に演じたライアン・ゴズリングが、同じテーマを持つ『ブレードランナー2049』の主人公Kに抜擢されるのはとても理にかなった選択だったように思う。

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7作品目:境界に生きる『ボーダーライン』

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