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『ブレードランナー』解析講座:過去からの影響と、未来への影響を8本の映画から探る – 前編 –

2作品目:SFノワールの源流、ハードボイルドについて『ロング・グッドバイ』

かつてのSF映画におけるヒーローは冒険者であり、地球の命運を掛けた事態に果敢に挑む正義漢がほとんどであった。それはSF映画が子供向けパルプマガジン的イメージから始まった事もあり、子供の憧れの存在であるヒーローは単純明快でありながらスケールの大きい地球規模の危機を解決するところにエンターテインメントのカタルシスを置くプロットが主流となる事は、現在でも日本の少年マンガに受け継がれ、継承されている。

 

一方で最初から大人をターゲットとした推理小説の世界では、単純な正義感や一途な使命感だけでは突破できない大人の世界を舞台とし、様々なしがらみややり切れなさを織り込むプロットがリアリティとして定着していく。こちらは日本の劇画から現在の青年誌マンガにその精神が継承されている。その中でも特に”探偵”という存在は”事態に距離を置く客観性”と”事件を自分自身でジャッジする主体性”を併せ持つキャラクターであり、アウトサイダーとして社会を俯瞰するその存在感が社会の中で日々働く大人にとって憧れとなり、やがて推理小説、探偵小説から特にそのアウトサイダー的なプロットをメインとした”ハードボイルド”と呼ばれるサブジャンルが1940年代から50年代に流行することとなる。

 

脚本家のデヴィッド・ファンチャーが1977年に小説家フィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(1968)の映画化権を苦労して獲得するところから『ブレードランナー』は始まっているが、ディックの原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』はプロットこそSFだが、人間のアイデンティティーの脆弱性をテーマにした哲学的な内容であり、ファンチャー自身も設定に惹かれただけで、そのストーリーには大した関心を持たなかった。当時ファンチャーが好んでいたのがハードボイルド作家の第一人者レイモンド・チャンドラーの小説であり、ゆえにディックのSF的設定だけ流用したチャンドラー風のプロットを思いつく事になる。

 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

レイモンド・チャンドラーの代表作『長いお別れ』は1953年の小説である。そして第2講で取り上げる『ロング・グッドバイ』は1973年ロバート・アルトマン監督による映画化作品であり、53年の原作と大きくムードが異なっており、その違いはチャンドラーの古いファンからは当時バッシングを受けたほどだったらしい。アルトマンは50年代のキザでクールなマーロウ像を、70年代ロサンゼルスのレイドバックした空気の中に置き、マーロウ自身もどちらかといえばだらしない飄々とした喰えない男として描いた。このマーロウ像は原作のマーロウのパロディとも取れる改変ぶりであったが、今ではこちらのだらしないマーロウ像の方がハードボイルド探偵のイメージとして定着している感もあり、日本においても小説家の矢作俊彦や劇画家の谷口ジローの作品に継承されている。

さて『ブレードランナー』の脚本を手がけたファンチャーだが、いかに50年代のチャンドラーを読んでいたとは言え、77年にイメージする過程において70年代当時のレイドバックした空気感は少なからず影響があったはずで、そういった意味でもこの『ロング・グッドバイ』がファンチャーの考えたハードボイルドに近いと想定して取り上げてみた。

 

『ブレードランナー』のシナリオはファンチャーの初稿から二転三転したものの、ディックの原作にあるリック・デッカード(逃亡アンドロイドを狩る賞金稼ぎ)にハードボイルドの探偵のイメージを重ねたのは秀逸なアレンジだったと思う。しかしながらアルトマンの『ロング・グッドバイ』にハマリ役だったエリオット・グールドに対し、『スターウォーズ』からスターダムに登ったばかりのハリソン・フォードにとってはデッカード役はあまり楽しい役どころではなかったらしい。”大人向けスペースオペラ”である『スターウォーズ』でかなりマンガ的で単純なヒーローを演じたフォードには、『ブレードランナー』のハードボイルドはかなり勝手が違うものだったのかもしれない。

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