『ブレードランナー』解析講座:過去からの影響と、未来への影響を8本の映画から探る – 前編 –
3作品目:コンセプトデザイナーの素晴らしい仕事『エイリアン』
『エイリアン』について語るにはまずは1975年に企画されたアレハンドロ・ホドロフスキー監督による『デューン』の話から始めなくてはならない。
フランク・ハーバードのSF大河小説『砂の惑星 / デューン』は1984年にデヴィット・リンチ監督によって映画化されたが、それ以前に実現しなかった幻の企画としてホドロフスキー版『デューン』がある。『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』を作った鬼才ホドロフスキー監督がSF小説のマスターピースにして映画化は困難と言われた宇宙年代記に気合を持って臨んだその企画には、オーソン・ウェルズ、サルバドール・ダリやミック・ジャガーがキャスティングに検討されるほど、あらゆる先鋭的なアーティストが招集された。
その中でも後の『エイリアン』にとって重要なのが脚本家のダン・オバノン、コンセプトデザイナーのクリス・フォス、ロン・コッブ、マンガ家のメビウス・ジャン・ジロー、そして美術家のH・R・ギーガーである。75年の段階でSF映画のイメージにここまで個性的なチームを招集できたのも、ホドロフスキー監督がいかにもなハリウッドの考え方とは全く違うアーティスティックなセンスを持っていた事に尽きる。ただし、あまりに先進的ゆえに大きな企画をハンドルできず、その膨大なコンセプトデザインと脚本を残して映画化の話は頓挫してしまう。
CM業界出身で1977年『デュエリスト』でカンヌ映画祭新人監督賞を受賞した当時新進気鋭のリドリー・スコット監督は次なるステップに向けて大きなヒットを望めるような脚本を探していた。ホドロフスキー監督の『デューン』が頓挫し、路頭に迷ったダン・オバノンがロナルド・シャセットと書き上げたシンプルなSFスリラーのシナリオに目をつけたスコット監督はオバノンを起用する事で、そのまま『デューン』のデザインチームとコンセプトデザインを手に入れてしまう。実際クリス・フォスやロン・コッブの『デューン』における宇宙船デザインは『エイリアン』の宇宙貨物船『ノストロモ』の原案になっており、そこから特にロン・コッブがさらに素晴らしいリアリティのある船内デザインを発展させた点は特筆に値する。
『スターウォーズ』がパルプマガジン並のストーリーながら、リアリティのあるデザインワークが活劇を血の通った物語にした点は前回述べたが、『エイリアン』は宇宙船内が舞台のシンプルのシンプルなスリラーであり、コンセプトデザインも宇宙船内と襲ってくる宇宙生物に集中できるプロットであり、日頃見た目の格好良さしか優先されないSF映画のコンセプトデザインに不満を持ち、例え未来の物であっても合理的な説明が出来るくらいの作り込みが必要であると説いていたロン・コッブは宇宙船外観だけではなく、コントロールパネル、エクステリア、着陸脚収納庫、船内サイングラフィックに至るまで徹底的かつモダンな素晴らしい仕事をする。
そして、H・R・ギーガーの名前を世界に知らしめたあの恐怖の宇宙生物『エイリアン』のデザイン!悪夢をモチーフとするスイスの現代美術家だったギーガーの絵を動く立体として具現化した衝撃は今までの数々のSF映画におけるクリーチャーとも一線を画す出来であった。
CF出身のスコット監督もシンプルなストーリーゆえのイメージの重要さを十分認識しており、それこそ偏執狂的に細部の作り込みをスタッフに強いる現場だったようである。『エイリアン』おける壮絶なリアリティの追求は、あたかも頓挫した『デューン』の欲求不満を晴らすかのようなデザイナーとアーティスト達の執念を生み出し、「今までとは違う」「見た事のない」SF映画を作り上げる事に成功する。それは改めてSF映画は”絵”が重要である事を再認識させ、リアリティこそが世界観の奥行きを補完するものとして以後のSF映画の常識となっていく。
言うまでもなくこの『エイリアン』成功体験はリドリー・スコット監督にコンセプトデザインこそがSF映画のキーである事を確信させ、さらにスケールアップした世界観を持つ『ブレードランナー』にスコット監督を挑ませる事となるのである。
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石川俊樹プロフィール:1962年東京生まれ 大学卒業後浦沢直樹先生のアシスタントを2年勤めた後、マンガ家兼アシスタントとして業界で働く。現在名古屋造形大学造形学科マンガコース准教授。バンド「フラットライナーズ」Ba/Vo
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