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『ブレードランナー』解析講座:過去からの影響と、未来への影響を8本の映画から探る – 後編 –

ヒロインの変化、”気取ったいい女"から"2次元、2.5次元の恋人"へ

ビッグバジェットのエンターテインメント大作としては最悪のイントロではないだろうか?現在我々の世界で進行中の経済格差やレイシズムの拡大といった問題を未来イメージとして見せつけるヴィルヌーブの露悪的(?)演出はあまりに現代と地続きでリアルであり、SFのエンタメ性である「こんな世界になってなくてよかった!」と安堵する隙を与えないような鮮烈さだ。前述のブロムカンプ作品も同様だが、そこにはガジェットの格好良さとスピード感、暴力の快感がダークなエンターテインメントを成しており、若いブロムカンプ監督の感性とは一線を画す”重さ”がヴィルヌーブ演出にはあると思う。

 

35年の時を経て大きく変わった点がもう一つある。ヒロイン”ジョイ”の存在だ。初作のヒロイン、レイチェルの”気取ったいい女”イメージから35年、続編のヒロインは実体を持たないホログラムの美少女となった。ジョイは人間以外のキャラクターとしてレプリカントとまた違う存在であり、続編の新機軸として新たな問いかけを我々に示す。ヒロインのイメージの低年齢化はそもそも美少女アニメに端を発する日本のオタクカルチャーの影響がある。初作『ブレードランナー』から未来のイメージに登場していた日本文化だが、その後35年を経て新たな日本のイメージを世界に示したコンテンツが”美少女”である。ヒロインの低年齢化が顕著なオタクカルチャーは日本独特の傾向であり、そこから発展した”2次元、2.5次元の恋人”という概念は日本に端を発す新しい”恋愛感情”の未来のイメージだったように思う。

あいどる

 

前述のサイバーパンクSF作家ウィリアム・ギブスンは1980年代に発表したサイバースペース3部作後、近未来を舞台にした『橋』3部作を発表するがその第二作目にあたる1996年の小説のタイトルがズバリ『あいどる(Idolu)』であり、そこに日本が開発した麗投影(レイ・トーエイ)というホログラム・アイドルが登場する。”アイドル”のあり方については作品内と日本のアイドルとは多少の齟齬はあるものの、日本が生んだキャラクター初音ミクが立体的映像にてコンサートを行うのが2010年以降なので、ある意味先見の表現だったように思う。

 

『ブレードランナー2049』におけるジョイがギヴスンの『あいどる』からどれほどの影響を受けているかは定かではないが、一瞬にして髪型や衣装が変わる描写や食事のシーンなど小説と共通するイメージも多く、参考にしている可能性も高いと思う。ギヴスンの”アイドル”麗投影は自立したAIでありその自身の存在において設計者の制限を受けていない。対するジョイはレプリカントを製造するウォレス社の製品であり、明らかにラブドールとしてのレプリカントを所有できない低所得者向けのサービスプログラムである。まるで恋人のように振る舞うホログラムの美少女ジョイはAIによってあたかも感情があるかのように見えるが、物語の終盤には結局のところ巧妙につくられたプログラムである事を見せつけられるシーンがありなんとも言い難い気分になる。我々は異性をその姿や立ち振る舞い、話し方や考え方によって好意を抱き恋愛感情を持つわけだが、それらが全て高度にプログラムされた虚像であったとして果たして恋に落ちるだろうか?『ブレードランナー2049』のそんな問いかけは特に日本人である我々には殊更響く命題なのではないだろうか。

『ブレードランナー2049』が問う、”人間らしさ”とはなにか

『ブレードランナー2049』は人間になれない者の人間的であろうとする物語である。そのテーマ自体は古典的でありフランケンシュタインから手塚治虫のマンガまであらゆる名作がある。しかし、ヴィルヌーブ監督がそのモチーフに見た現代性は当の人間が人間性を失いつつある点で、かつての古典の主人公達が人間性を欲し憧れるその感情のベースには幸せな人間像があり、「人間こそ素晴らしい」と思っている点が大きな違いだ。実際この映画には完璧な人間像、幸せな人間といったイメージはおよそ見つからない。

 

冒頭のイメージが暗に示すのは人間の社会が行き詰まっており、人類の文明はすでに黄昏時なのだ。Kが成りたいと願った”人間性”はスレイヴマスターでありレイシストである現実の人間ではなく、”人間らしい記憶”を持ったK自身の中の夢であるところにこの作品の救いなき哀愁がある。しかし、ここに出てくる人間もまた救いなき哀愁を抱えていないか?

 

Kの上司である通称”マダム”は自分がレプリカントであるKに対してどう接するべきか計りかねている節があり、自らの人間性に確たる自信が持てず酔ってKを誘惑しようとするほど、孤独な人だ。ウォレスもまたレプリカントを守護天使に従い、まるで神のように振る舞う権力者だが、その心は人類の未来を憂いており自らの使命感から人間性を失っている孤独な人間である。ハリソン・フォード扮するデッカードの人生はどうだったのか?愛するものを救うために隠遁しそのためにKを利用したにもかかわらずKに助けられるデッカードは、作中本当の”愛の記憶”を持つ唯一人間らしい人間なのかもしれない。だが、Kに人間の素晴らしさを信じさせるにはデッカードは歳をとって摩り切れすぎた。Kはジョイに恋人の幻影を見、デッカードに父親の幻影を見る。他人と血のつながりを持たないレプリカントのKが最後にデッカードと娘を会わせようとしたのは、自分には叶わなかった人間らしい絆を大切にしてもらいたかったのかもしれない。

 

Kはレプリカントであるにもかかわらず、その生き様は抑圧された現代社会を生きる我々と重なる部分が多い。差別され感情を抑圧されながらもホログラムの恋人ジョイには優しくあろうとするその姿は、まるで人間でない者同士の”愛のままごと”のようで、前述のライアン・ゴズリング主演映画『ドライブ』の主人公を彷彿とさせる純粋さと哀しみがある。だが、実際の我々の人生もまた様々な抑圧の中で愛を求めてあがいているのではないだろうか?初作『ブレードランナー』が人間ではないというだけで殺される運命を背負ったレプリカントからの人間に対するメッセージであるならば、35年経て作られたこの『ブレードランナー2049』では人間ではないレプリカントが”人間らしく”ありたいと願う気持ちこそが、逆説的に最も人間的である、というメッセージを発しているような気がするのだ。

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『ブレードランナー2049』がSF映画の傑作として歴史に残っていく作品なのかは、今後の再評価が待たれる

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