たなからルーツ Shelf_02 - ナルコレプシン 坂田直樹 –
誰かの家を訪問したとき、CD棚にどんな音楽が並んでいるのかつい気になって眺めてしまうことはないでしょうか?棚に並ぶラインナップは、持ち主の嗜好を知ることができるだけでなく、好きの向こう側にどんな音楽とどのように歩んできたかが垣間見え想像力を掻き立てます。
この企画ではミュージシャンのCD棚を拝見し、本人のルーツとなっている2枚のディスクを紹介していただきます。それらと棚の中の音源を紐解き、創作の周辺にあるストーリーに思いを巡らせるコラムです。
第2回目は、福岡を拠点に活動するナルコレプシン坂田直樹の棚を探ります。
ナルコレプシン
福岡を拠点に活動するバンド。坂田(Gt / Sax / Vo)、アミ(Dr)、POP●COPY(Syn)の3人から成り、「展開と隙間の音楽」を掲げる。2016年に1stアルバム『MOJO』を〈ヘッドエイクサウンズ〉からリリース。2018年と2019年には その他の短編ズ との台湾・台北ツアー、2019年9月にはシングル”YASI”の配信リリースと韓国・ソウルでの自主企画ライブを行う。また、それらのライブを収録したアルバム『よって台北 とんでもソウル』を2020年4月にリリースした。ループ演奏で同時に操られるギターとサックス、スネア・ハイハット・バスのみで組まれたドラムセットから繰り出される潔いビート、その隙間で不思議な存在感を放っているシンセサイザーから成るライブは、小さなサーカスのよう。
Shelf_02 坂田直樹(ナルコレプシン)の棚
ナルコレプシンのライブを観たとき、自分の心から頭と肉体が引き剥がされていくような不思議な感覚を覚えた。普段別のアーティストのライブを観ているときはどうだったのか思い出せないくらい、奇妙な体験。心は直感で「かっこいい!」「好き!」という感想をはじき出し、瞬時に興奮と感動をしている。だけど頭が今、目の前で起こっていることを冷静に分析しようとゆっくり考え出し、体は心と頭のどちらと連動していいか戸惑っているような。
それはおそらく、まるで即興のように感じるアドリブ感のある音が、緻密に計算された変拍子やポリリズムに乗っているせいだ。「なんだかこのメロディ懐かしい」「これは馴染みがある展開だな」、という安心感に思い切り飛び込める表現の気持ちよさがあることも事実。でもそうではない、簡単に安心させてくれないアンビバレントなリズムとメロディのことを、彼らの先輩であり音源のレーベルオーナーであるPANICSMILEの影響と書くのは簡単だけど、折角なら不安を抱えてもう少し探求してみたい。
勝手ながら70年代NYのアート・パンクバンドやノー・ウェイヴの音源と出会えるのでは……と予想していたら、そんな気配はほとんどなかった坂田氏の棚をなぞり直してみる。
Disc_01 あなたが音楽を好きになったきっかけの1枚
スピッツ『Crispy!』
これは地元の田舎町の中古本屋で購入しました。
購入時期はスピッツが大ブレイクする少し前で名曲揃いのアルバムですが私の周りにはスピッツを聴く人はまだおらず(中古で売られていた時点で町の誰かは聴いていたはずなのに)私だけの名盤という気持ちにさせてくれました。
私だけが知っているという快感はその後の趣向にも大きく表れます。中学生の私には自分だけのお守りの様なアルバムでした。(坂田直樹)
Disc_02 あなたを成長させた1枚
VELOCITYUT『specimen』
私の棚に多くの音源はありません。それはこのバンドと出会ったから。
VELOCITYUTを初めて観たのは大学生の頃、長崎の小さな町のカラオケボックス。そこに機材を全て持ち込んでライブをしていました。演奏時間は5分ほど。今まで自分が観て聴いた何とも違う。でも終わった後に鳥肌が止まらず……。
その後、私は音源をほぼ手放し赤ちゃんからやり直そうと決めました。そして20代、30代半ばまでほとんど音源を買わず過ごしました。(坂田直樹)
誰とも同じでない、私を探求する / させる音楽
1990年代、日本の音楽カルチャーはCDの普及やカラオケブームなどによってその聴き方も作られ方もセオリーが様変わりし、音楽は生活と距離を縮めた。気軽に自分の好きな音楽を買ったり歌ったり選べる時代に突入しながら、みんなが知ってる歌を歌い、誰もが買い求めるCDを買うことで、多くのミリオンセラーが生まれた時代でもあった。
ネットで遠く離れた趣味の合う人たちと簡単に繋がれる今と違って、この頃は自分の生活圏内に好きな音楽が近い友達がいないことは、ほんのり屈折した音楽への執着と焦燥を生む。それがのちに良い影響として発揮されたとしても。だけどそのこと自体がお守りにもなるというのが、スピッツのつくる音楽らしさのようにも思う。
スピッツの知名度については説明するまでもないと思うのだけど、そのポピュラリティにしては「みんなのアンセム」という印象があまりない気がする。”ロビンソン”(1995年)の大ヒットで広く知られることになり、”空も飛べるはず”(1994年)”チェリー”(1996年)がまさにミリオンセラーとなった。カラオケに行けば誰かが歌うし、この4thアルバム『Crispy!』(1993年)あたりからAメロBメロサビというおなじみの展開の楽曲が増えた。だけど、明るいギターポップに乗せられた草野マサムネのちょっと投げやりな歌や、ギクリとする単語と相反する言葉を抱き合わせる歌詞などに垣間見えるアンビバレントなバランスが、ポップなだけじゃない、美しいだけじゃない世界を私にだけ見せてくれているように感じるのだ。
そして、スピッツがこの『Crispy!』をリリースした1993年に、VELOCITYUT(ベロシテュート)は長崎で結成される。1曲3~5分、サビのある展開、口ずさめる歌。パンクでもロックでもそんな楽曲がたくさん生まれ愛された時代の流れの中、VELOCITYUTの『specimen』は4曲で3分!39秒、22秒、1分26秒、24秒という秒単位の楽曲にサビはないし、口ずさめない。ノイジーで、あっという間に掻き鳴らされて、衝撃を受けている間に終わる音。だけど、だからこそその一瞬のような時間の中にも外にも、自分だけの解釈が生まれる。VELOCITYUTはそうして人を虜にし、今も全国からラブコールの絶えないバンドになっている。
自分という人間が、誰とも同じでないということを感じさせてくれる音楽。それは自分の思考や感覚をもっと自由に探求する喜びを発見させてくれる。あらためて棚の中の他の音源にも注目してみると、トリプルファイヤー、GEZAN、Tujiko Noriko、otori……ナルコレプシンと同時代でどこかそばにいそうな音楽も多い。ミュージシャンの棚の中には、今のスタイルになるまでにインプットし続けてきた音楽が並んでいると思っていたけど、ここに並んでいるのは自分たちの活動を通して響き合ってきた音楽、そしてこれから響き合う音楽じゃないだろうか。2018年から台湾や韓国へ出向き活動場所を広げているナルコレプシンが、2020年にリリースしたライブアルバム『よって台北 とんでもソウル』。この音源がこの棚に国を問わず2020年代のアーティストたちの音源を連れてくる予感がする。
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滋賀生まれ。西日本と韓国のインディーズ音楽を好んで追う。文章を書くことは世界をよく知り深く愛するための営みです。夏はジンジャーエール、冬はマサラチャイを嗜む下戸。セカンド俗名は“家ガール“。
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