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インドネシア産インディーシーンのDIY精神を体現する実力派、初来日-Beltigs Japan Tour 2025

インドネシアのインディーロックバンド、Beltigsの初来日ツアーの東京公演が、2025年11月14日(金)東京・高円寺〈Sub Store〉にて行われた。2024年12月13日にデビューEP『Preserved Feelings』をリリースしてからおよそ1年の期間を経て実現したこのツアー。この公演では、音源で見せた繊細なメロディや情景描写、重厚なギターサウンドといった魅力を残しつつ、よりエネルギッシュで強靭な底力を見せつけるパフォーマンスが光った。

MUSIC 2025.12.18 Written By ivy

バンドン発インディーシーンの雄、初来日

インドネシアのジャワ島、西部に位置する都市バンドン。国内第3の都市でありながら日本では聞き馴染みのない人も多いだろう。実はこの街では、数多くのインディペンデントなアーティストが活動し、ローカルレーベルも存在している。インドネシアのインディーシーンを語る上で欠かせないレジェンドバンド・Pure Saturday、60~70年代風味のブルースロック / ハードロックサウンドが特徴のThe S.I.G.I.T、90年代半ばから活動するハードコアパンクバンド・Jerujiなど90~00年代から活動しているバンドも少なからずいる。メインストリームとは距離を置いたローカルな盛り上がりという意味では、日本で言うところの関西のライブハウスシーンに近いのかもしれない。

バンドゥン出身のインディーロックバンド、Pure Saturday。

そんなバンドンから、2025年11月に初来日を果たしたのが今回取り上げる3ピースバンドBeltigs(ベルティグス)だ。メンバーは、Domon(ドモン、Gt)、Ferdy(フェルディ、Vo / Gt)、Brez(ブレッズ、Ba)。また、今回の来日ツアーにはサポートメンバーとしてAl(アル、Dr)が参加。全員がバンドンに住み、同じオフィスで働いている仕事仲間でもある。2024年12月に1stアルバムをリリースし、ANTENNAでもレビューを掲載した。繊細で情感豊かなメロディとコーラス、重厚なアンサンブルが堪能できる上質なインディーロックを鳴らしており、日本のリスナーにも響くであろう高いクオリティと独自性が感じられる仕上がりだった。

 

今回のツアーでは東京、大阪、京都、埼玉の4都市を周る計8公演を開催。その中でもメンバー自らの交渉により実現したという東京・高円寺〈Sub Store〉での一夜を今回は取り上げたい。

 

ちなみに、アルバムのレビューを執筆してから、筆者とBeltigsのメンバーは個人的な親交を持つことになった。元々、このバンドの存在を知ったのも、ライブハウスのスタッフをしている共通の友人某を介してブレッズと知り合ったことがきっかけ。2025年夏、ブレッズが個人旅行で来日した際に酒席を共にし、筆者が10月にインドネシアを訪れた際には彼らの地元であるバンドンで再会。現地のローカルスポットを案内してくれるなど、手厚くもてなしてもらった。ツアーの開催が正式にリリースされる前から事前に連絡を受けていたこともあり、今回の来日でも2回の公演に立ち会い、ライブ前後に食事をともにするなど、かなりの時間を共に過ごすことができた。ライターとしてはもちろん、友人としてBeltigsの雄姿を見届けたことで、彼らのパーソナリティが表現者としての魅力につながっていることと、インドネシアシーンを取り巻く状況が創り出した、彼らのミュージシャンとしての生き様が浮かび上がってきた。

繊細さと力強さ、ライブでこそ生きる魅力

高円寺駅前繁華街の一角、レコードショップにしてインドネシア料理やアルコールを楽しめるカフェ&バー〈Sub Store〉。オーナーのAndi(アンディ)さんは、インドネシア・ジャカルタ出身で、かつて自身もミュージシャンとして活動していた経歴を持つ。店に集まる人は、国籍も世代も多種多様だ。インディーロックを好むコアなリスナーはもちろん、インドネシア人のコミュニティもあれば、高円寺に住むローカル客もいる。非常にクローズドな空間でありながら、そのコミュニティはオープンである。Beltigsのベーシスト、ブレッズとも旧知の仲とのことで、この日のライブも暖かい空気が満ちていた。

 

アンディさんがDJで往年のインディーロックをプレイするうちに徐々に集まる人々。ライブ開始時間直前になってメンバーたちがステージに集まってきた。

〈Sub Store〉店主のアンディさん、パートナーの久実さん。

ライブが始まるとアルバムから数曲をメドレーで演奏。初見の観客も多い中で、あいさつ代わりとばかりに軽快なギターロックを響かせる。クリーントーンのギターが甘くノスタルジーな音色を響かせる辺りはThe Cureを彷彿させるが、バッキングのギターとコーラス、タイトに刻まれるリズム隊が加わることでバンド独特の味が出ている。音は厚く奥行きがあり、聴き心地は疾走感があってパンキッシュ。その迫力は音源で聴くよりも随分とパワーアップして感じられた。

Beltigsの楽曲は、情景描写を多分に含んだリリックや温かく包み込むようなコーラス、ギターの流麗な重奏などナイーブさが伝わってくる要素が多い。その上で、ライブでは持ち前の繊細さに加えて野性的、肉体的な力強さが迫ってきた。一見相反する要素が必然のように両立している。それは初見の常連客たちにとっても新鮮に映ったようで、ライブが中盤に差し掛かるころには、ステージ周辺が随分と窮屈になっていた。

振り向かせる、訴えかける底力

開演早々最前列に陣取った筆者(写真中央)。ライブ中盤には随分と人が集まってきた。

音源よりも力強く感じられるBeltigsの音。その本領が発揮されたのは、ライブの後半だった。というのも、序盤に披露されたメドレーはやや早めのBPMの曲で固めており、会場を温めるための布石ともとれる。その底力は、まだ隠されていたのである。

 

特筆したいのは、MVがYou Tubeで公開されている彼らの代表曲“Akigawa”だ。淡いメロディラインが柔らかい曲線を描きながら、詩的な歌を詠みあげていくエモーショナルなミッドテンポの一曲。ブレッズ曰く、東京のあきる野市にある友人宅を訪れた際、秋川渓谷の美しい自然風景に魅せられて完成した楽曲だという。そんな背景を知らずとも、静謐で清澄な情景が浮かんでくるような名曲と言える。

恐らく幾度も演奏されているであろうこの曲が始まったとたん、明らかに会場の空気は一変した。人が店内にすし詰めになり、高円寺を満たす週末の喧騒が窓の外まで迫ってきている。あの曲が演奏されている間だけ、時が止まったような感覚。空間の壁が、天井が別の空間へと変わっていくような錯覚を覚えた。

 

Beltigsの楽曲は決して饒舌ではない。含みを持たせた表現が多く、歌詞にも直接的な感情、メッセージはあまり登場しない。だからこそライブでは、メンバー4人が楽曲に没入しステージでのパフォーマンスにおいてその世界観を表現しようとするマインドが感じられた。

目を細め、湿っぽく伸びやかな美声を響かせるフェルディのヴォーカルは、繊細さの中に脆さというよりも包容力と泰然自若とした強さを感じさせる。自己陶酔的なセンチメンタリズムではなく、家族や仲間を見守る父親のような“強い優しさ”だ。強さを補強するのが、淡々としているようで実に有機的で人間臭いドモンとブレッズのアンサンブル。サポートドラマーのアルは、ナイーブな楽曲をどっしりと支えるようなパワフルながらも決して荒々しくならない緩急の効いたリズムを刻む。

 

隙間を残した、余韻を味わう音楽だからこそ、それぞれのパフォーマンスが余白の表現を埋めて密度の高い、エネルギッシュなライブが実現する。これはどちらかと言えば、シンプルな楽曲で強烈なエネルギーを生んだ70年代のニューヨークパンク、90年代オルタナティブロックバンドに垣間見える現象だ。その意味では極めて初期衝動的なバンドでもあると解釈できる。ただし彼らが表現するのは、怒りや社会体制への闘争ではなく、パーソナルな情感の移ろいやすぐ近くの身近な人、仲間、心安らぐ瞬間への愛。繊細な詩人であるとともにプリミティブでエネルギッシュな表現者としての側面も持ち合わせている。そんなBeltigsには、たとえ初めて彼らの演奏を見る人であっても、思わず振り向いてしまう訴求力があった。

インドネシアのライブ事情とDIYマインド

「タダでは帰らないバンド」という印象を受けた。初来日で、自分たちを知らない観客も多い。そういう“アウェイ”の状態でも、自分たちを覚えて帰ってもらおう。あわよくば、この中から何人かを次の公演に連れて行ってしまおう。それだけの魅力があり、バンドが持つもの全てを一回のライブで出し切ることに底力が漲っていた。これは、前述した初期衝動的な側面とともに、パンクやハードコアとも通じるDIYマインドがバンドの根幹として息づいているからではないか。

 

インドネシアのインディーシーンは、日本に比べて環境が整っているとは言い難い。実は、ブレッズはバンドンでアパレルブランドとカフェを経営しており、メンバーがみなそのオフィスで働いている。また、今回のツアーを別のバンドン発ローカルストリートブランドがサポートしており、同ブランドの店舗にはBeltigsを始め地元インディーバンドのCDが並んでいた。このように、アーティストやレーベル、関係者がサポートし合うコミュニティが存在しているが、ハード面の条件はまだまだ制約が多い。というのも、Beltigsが拠点を置くバンドンには常設のライブハウスやライブパブがなく、首都ジャカルタのライブハウスも営業していない日が多い上にスケジュールがWEBでチェックできない。だからコミュニティ外の人にとっては「行ってみるしかない」状態だという(ブレッズ談)。こうした中で多くのインディーバンドにとって演奏の場は、飲食店やクラブ野外催事での特設ステージ。自ら機材を運び、会場をセッティングし、環境がそれぞれ異なる中でプレイする。言い換えれば、条件に不確定要素が多い中でも自らの創意工夫で補填し、その時できるベストを尽くす即興性が求められる。

 

環境が必要であれば自分たちで作り上げる。演奏の場を得たのであればその瞬間を意味あるものにする。このマインドに行きつくのは、彼らにとって必然だろう。

 

こうした環境に置かれた彼らにとって今回のライブはある意味でインドネシア国内でのライブに近いかもしれない。〈Sub Store〉は、DJブースやドラムセット、音響設備などはあるものの、基本的には飲食店。椅子は片付けられ、スタンディングで見られるようにはなっているものの、いわゆるライブハウスで演奏される時とはかなり雰囲気が異なる。

ただ、決してギラギラとしていて強引なバンドというわけでもない。彼らの楽曲は実に繊細で、包み込むような優しさを内包しているからだ。地に足の着いたパワフルなサウンドを持ってどっしりと構えている。それをもってして明日から彼らを追いかけ、サポートしていくような仲間を増やしていくバンド、というのがしっくりくる。

 

音源が持つ魅力と、ライブでより克明になるバンドの根幹とエネルギッシュさが浮き彫りになった今回の公演は、そんな彼らの日本における一歩として、着実な成果を上げたものだったはずだ。終演後もフロアの賑わいは続き、観客と楽しげに会話を交わすメンバーの姿を見ているとそんな思いは確信に変わった。

写真:Yuta “Machine”

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