COLUMN

もうダッシュできないオトナへ。映画『高崎グラフィティ。』が切り取った大人と子供のグラデーション。

(C)2018 オフィスクレッシェンド

お腹が出てきた。昨日眼鏡屋の姿見を見てふと気がついた。

 

身長176cm, 体重59kg の針金体型の僕のお腹が、Tシャツ越しにふっくらとしている。まだ23歳なのに中年太りってどうよ?!今年の春に大学を出たばっかりなのに?!

 

飲酒喫煙暴飲暴食。仕事はもっぱらのデスクワーク。ベッドから出ないで原稿を書く日もあった。そりゃ学生の頃からだってロクな運動なんてしてこなかったけど、よく考えたら「通学」だってエクササイズだ。特に山の上にある大学を毎日行ったり来たりするのは結構しんどい。西宮市のアップダウンの激しすぎるあの坂道を歩く日常はもう返ってこない。

 

――そうか、僕は「意識せずにカロリーを消費すること」はもうできないんだ。

 

そんな昨日があって今日。鑑賞したのは『高崎グラフィティ。』という映画。舞台は地方都市、高崎。高校を卒業したばかりの日からたった3日間の物語。描かれているのは決して艶めいた青春ではないが、一生のうちに1度しか経験できない不可逆の感情が詰め込まれていた。そう、僕にはもう戻ってこない日々の景色だ。

 

もしかしたら君だって同じじゃないかな。最近叫んだことはありますか?無意味にダッシュとかできる?

『高崎グラフィティ。』

【あらすじ】

舞台は地方都市・群馬県高崎。高校卒業のその日から繰り広げられる青春群像劇。卒業式のその日に美紀の父親が彼女の専門学校の入学金を持って失踪してしまう。美紀とその同級生の4人は手分けして父親を探すことに――。若手発掘プロジェクト・第1回未完映画祭グランプリ受賞作品。


【作品情報】

監督:川島直人

出演:佐藤玲

   萩原利久

   岡野真也

   中島広稀

   三河悠冴

一生に一度の心象風景

映画『高崎グラフィティ。』スチル画像
(C)2018 オフィスクレッシェンド

「未完映画祭グランプリ」, 「地方都市と東京」, 「若手俳優たちのその舞台裏」――などの切り口で語られることの多い本作であるが、ここでは「人生1度きりの18歳の彼らの心象風景」について書きたいと思う。

「自分は他とは違う」と信じたい美紀や、「自分もこの人たちのように華やかに」ともがく直樹。この子たちはその理想が身の丈に合わないものであることを薄々は気付いているが、それを意地でも認めない。そんな彼ら彼女らだが、少しづつこのギャップを埋めて「自分」を自分のものにしていく。

 

虚像と実像、理想と現実。その2つが相反するとまで言わないでも微妙にズレているその姿は第三者として見ていても非常に心苦しい。当人からすれば身を引き裂くような激痛を感じていることだろう。

 

自分はそんなにモテない。

自分はそんなに賢くない。

自分はそんなにセンスがない。

自分はそんなに愛されてない。

自分はそんなに特別じゃない。

 

そんな残酷な事実が登場人物の喉元に突きつけられる。「第三者として見て」「当人からすれば」なんて他人行儀に書いたけど、違うな。これは全部僕だ。全部僕の物語だ。美紀も優斗も寛子も直樹も康太も。全部これ僕の話だ。僕たちは線を重ねに重ねまくった下書きをペンで清書する。その下書きを清書しないと社会に出ることは許されない。清書をする時間は誰にでも平等にやってくる。平等ってやっぱり残酷だ。10代にはあまりに重すぎる。でもその作業は誰しもがいつかやらないといけない。落書き(グラフィティ)が許される時間は人生においてほんの一瞬だ。

まだ大人ではなく、されどもう子供でもなく――

映画『高崎グラフィティ。』スチル画像
(C)2018 オフィスクレッシェンド

子供から大人へ。人が1度しか通ることのできないその一瞬を――力強い連続性を持った成長の一瞬を、この映画は丁寧に丁寧に切り取っている。佐藤玲演じる美紀の不安な沈黙、萩原利久演じる優斗の逡巡と決断、岡野真也演じる寛子の涙声の社交辞令。正直どれも未熟で青く不完全だ。けれどそれには理由がある。これらの行動は、「子供」だった頃の彼ら彼女らには到底扱い切れなかったであろう「大人」としての配慮だ。

 

自分の立ち位置に小さな不満を抱きながらもクラスのお調子者を徹底したまま高校を卒業した直樹(中島広稀)の背中は映画の中の時間が経つにつれてどんどん大きくなっていく。康太(三河悠冴)はクラスでは目立たない存在で、「勉強ができる」というパッケージただ1枚だけで認識されているが、その実自分の学力や学歴にコンプレックスを抱いている。コミュニケーションも不得意でなかなか心を開かないが、少しづつ彼は自信をつけて笑顔を見せるようになる。優斗から1本煙草を貰って吸ってみるシーンがある。無論むせかえってしまい、その持ち方もおぼつかない。けれど彼のその満ち足りた顔を僕は忘れることができない。なんかこれ見たことあるな。そうだ『クィア・アイ』で改造される人がコンプレックスを乗り越えて人生を楽しもうとしている時の空気だ。

映画『高崎グラフィティ。』スチル画像
(C)2018 オフィスクレッシェンド

高校を卒業したばかりの登場人物たちはみな少しづつ少しづつその顔つきを変えているのだ。それぞれの抱える問題はそう簡単ではない。けれどその壁に齧りつく姿はこれ以上になく美しい。無難な物言いかもしれないが、フックアップされることを夢みて日本各地の若手が「予告編」だけを引っ提げて挑む未完映画祭のグランプリ作として見ても素晴らしい。この映画がプロダクトとしてではなく「表現」という純粋な動機で制作されたという背景は非常に説得力がある。

第七藝術劇場での舞台挨拶の様子
提供:第七藝術劇場

僕は既に23歳で劇中の彼らとは5歳違う。たった5歳しか違わないけれど、彼らと僕とを隔てる1825日という時間を僕はもう遡ることはできない。この映画に描かれているのは僕が忘れかけていたあの時のちっぽけな苦痛と青天井の希望だ。

 

彼らはまだ大人でもなく、けれどもう子供ではない。人生に1度しかない変化の瞬間に、何を考えて何を思うのだろうか。その目の水晶体を通る光は何色で、それはどんな像を結ぶのだろう。今の僕にはぼんやり想像することくらいしかできない。意識しないとカロリーを消費できない大人になってしまったからだ。

 

 

もう大人なのにまだ子供な僕は、未来の拓けた彼ら彼女らを心底羨ましく思う。

第七藝術劇場にて上映中

そんな『高崎グラフィティ。』は現在大阪十三のミニシアター、第七藝術劇場にて上映中。大阪のみならず関西エリアでいまこれを鑑賞できるのは七藝だけ。9月28日(金)まで上映中。是非とも足を運んでみてください。詳細は以下!

劇場

第七藝術劇場(大阪十三)

場所

 〒532-0024 大阪府大阪市淀川区十三本町1丁目7−27 サンポードシティ

日時

9/15~9/21:15:10~
9/22~9/28:16:20~

 

終映:9月28日(金)

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【脇役で見る映画】親の心もこの心も僕たちだけが知ってる『イップマン 完結』
COLUMN
【脇役で見る映画】ニール、かしゆか、天沢聖司『TENET』
COLUMN
【脇役で見る映画】 頼むから決めてくれ!『ショーシャンクの空に』
COLUMN
【脇役で見る映画】 役割をひとに頼らず生きていく『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
COLUMN
【脇役で見る映画】「エピローグ」:ローディーは部活をやめる
COLUMN
【脇役で見る映画】『ウルフ・オブ・ウォールストリート』 せめて浮気でおってよね
REPORT
意味が溶解する水槽 SPEKTRA主催 『INTER+』 レポート
COLUMN
【脇役で見る映画】『トイ・ストーリー3』 バズよりもウッディよりも何よりも、アンディ母の育児の終わり
REPORT
集めて、分解して、理解する。デザイナーの後藤多美さんに聞くデザインの第一歩 言志の学校第2期レポート…
COLUMN
【脇役で見る映画】『アイアンマン』シリーズ スタークに寄り添うポッツ、ふしめのひ! 今日はにげきれ…
REPORT
「見つけてもらうために!」大垣書店の大垣 守可さんに聞く、流通視点の本の魅力 言志の学校第2期レポー…
REPORT
紙とインキも表現のうち!修美社の山下昌毅さんに聞く印刷の奥深さと面白さ 言志の学校第2期レポート② …
REPORT
超絶技巧は必要ない!物件ファンの森岡友樹さんに聞く心を打つ文章を書くための思考のステップ 言志の学校…
COLUMN
【脇役で見る映画】『愛がなんだ』 テルコより大切なのは仲原くん。赤いメガネのボスによろしく
INTERVIEW
第七藝術劇場 / シアターセブン
SPOT
修美社
COLUMN
【脇役で見る映画】『イット・フォローズ』 あの娘にはお願いだからセックスを他の誰かとしてほしくない
REPORT
言志の学校 第1期 まとめ
COLUMN
アンテナ的!ベストムービー 2018
COLUMN
【まとめ】編集部員が選ぶ2018年ベスト記事
REPORT
『言志の学校』第四回レポート ~発表! こんな本作りました!~
REPORT
『言志の学校』第三回レポート -デザインとは? 印刷って何? –
REPORT
『言志の学校』第二回レポート – 書くって?編集するって?文鳥社の2人に聞く –
REPORT
こんなフリペのアイディア出揃いました!TAKE OUT!! vol.2 レポート
INTERVIEW
『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督インタビュー 映画の仕事は「見つめること」
REPORT
『ガザの美容室』特別トーク付上映。ガザ地区の今って?
COLUMN
『軽い男じゃないのよ』がレコメンド!『ズートピア』『ファインディング・ドリー』の後はコレ!「差別と戦…
COLUMN
千早の進路間違ってない?!組織運営ってそういうことか? 映画『ちはやふる 結び』を考察 面白かったけ…
COLUMN
アンテナ川合が選ぶ!4月に観ときたい映画!
REPORT
関西の映画シーンの今後は?「地域から次世代映画を考える」レポート
REPORT
「モテるフリーペーパー」大盛況で終宴。結局どうだった? All About TAKE OUT!!
COLUMN
誰だってマチルダは好きだ、僕だってレオンになりたい(『レオン』再上映へ寄せて)
COLUMN
アンテナ的! ベストムービー2017 (byマグナム本田・川合裕之)
REPORT
【川合裕之の見たボロフェスタ2017 /Day2 】 〜ステージの上も下も中も外も、全部ぜんぶお祭り…
REPORT
第五回 文学フリマ 大阪に行ってきました
INTERVIEW
「この作品のあるべき姿」映画『望郷』大東駿介・菊地健夫監督へインタビュー
REPORT
映画『獣道– Love & Other Cults』京都みなみ会館 舞台挨拶
INTERVIEW
学生映画って何?! 京都国際学生映画祭×関西学生映画祭 関係者に聞く!

LATEST POSTS

REPORT
地域のライブハウス、フェスはどうやって生き残る?アジア各国での取り組みーTRENDY TAIPEIパネルディスカッション

2024年9月9日(日)、台北ミュージックセンターで開催された東・東南アジアのイノベーション×音楽の…

REPORT
台北都市型フェス“Jam Jam Asia”はアジア音楽の“今”を見るショーケース―TRENDY TAIPEI 2024前編

2024年9月8日(土)、9日(日)に都市型音楽イベント『JAM JAM ASIA』が台北ミュージッ…

REVIEW
今度のコンセプトは教祖!?音楽だけに収まりきらないロックンロール・クリエイティビティーゆうやけしはす『ロックンロール教団』

ロックンロールに依存し、ロックンロールに魂を売り、ロックンロールに開眼する。彼の活動を追っていると、…

COLUMN
【2024年9月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…

COLUMN
【2024年9月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…