COLUMN

【脇役で見る映画】 役割をひとに頼らず生きていく『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』

なんせお金がないものだから、大学生の頃、毎回いつも違う美容室で散髪をしていた。初回限定のクーポンを使うために、あらゆる美容室を転々とするのです。

 

当然、いつも初対面の美容師さんに切ってもらうわけだけれども、「大学は?」「部活は?」とか他愛のない話をするのが苦痛だった。

 

この類の会話にはよく知らない親戚を相手にするような白々しさがあるし、かといって本気で受け答えするのもなんだか疲れる。面接じゃないんだしさ。

 

悩みに悩んだ末、僕は「架空のプロフィール」を作って遊ぶことにした。

 

ある時はスポーツ青年に、ある時は勤勉な法学徒に、ある時はボランティアサークルの部長――。色んな設定の中で、色んな事件に巻き込まれた。恋の話はあまりしないけれど、なんだか四畳半神話大系みたいだ。(京大生にもなってみたかったけれど、残念ながら学生証は嘘をつかない)

 

頭の中にある知識を総動員して立体的な世界を勝手に作る。全然知らない世界の「あるある」をひねりだしたりする。興味のないファッション誌を眺めるよりかはうんと頭を使うことになるから暇つぶしには丁度良い。

 

嘘をつくのは楽しいです。

 

髪を切り終わるころには、美容室の鏡の中にまったく違う自分が座っている。

ディカプリオがひたすらスマートに嘘をつく映画

そういうわけで、きょう取り扱う映画はこちら。

『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』

 

詐欺師のレオナルド・ディカプリオとFBIのトム・ハンクスが追いかけっこしている様を、スピルバーグが監督して撮った超大作映画。いつもと違って今日はガッツリ物語の根幹にまつわるネタバレをしてしまうので、まだの人はどうか是非見てみて頂戴ね。2002年の映画なので、100円とかで見れるさかいにね!

 

さて、それでは参ります。

 

え、なに、映画は見ないで記事だけフライングして読むの?

 

しかたないな、じゃあそんな人のためにも簡単にあらすじ言いますね。スパッと言ってしまえば、ルパン三世からルパンと銭形警部以外のキャラを全部とっぱらって二人だけにして、ディカプリオとトムハンクスに演じさせた、みたいなそういう話です。なおキャストの都合上、ケツアゴの担当は銭形からルパンに交代します。

 

とまあそんな映画。いや全然違うけど、ざっくり書くとこんな感じです。

心のギャル、登板……せず?!

なんでこんなことするかっていうと、ディカプリオ演じるフランク・W・アバグネイルの家庭環境が原因。彼の父はそれはもうやり手の実業家なのですが、経営がうまくゆかずに財政難に。愛車のキャデラックは売っぱらい、豪邸も売って小さなアパートに引っ越し。学校だってせっかくの名門校だったのに荒れに荒れた公立高校に転校するはめに。いうてるまあに親は離婚してしまうし、さあ、どうする?!

 

「も~~~やだ~~~お金欲しい~~~¥」

 

と心のギャルが開花して、詐欺師の道へ……。

 

というのであれば話は簡単だったのですが、実はそうではないのです。事態はもっと複雑で、フランクの病理はもっと入り組んでいる。

 

フランクは実業家のお父さんに強い強い憧れを持っていたのですが、尊敬する父が仕事を失い、社会的な地位を失い、そして家庭を失うことが耐えられなかったのです。

フランクは(一般的に、あくまでも一般的に)理想とされているような家庭の再建のために、そして何よりそんな家庭を父に取り戻してもらうために、あの手この手で自分を偽って大金をせしめるのです。

きょうの脇役:フランクの母、ポーラ

きょう僕が想いを寄せたいのはフランクの母、ポーラです。

 

映画の前半はともかくとして、それ以降はほとんど登場しません。時折スクリーンに顔を見せることもありますが、フランクと会うシーンではなく銭形(トムハンクス)が捜査がてら家に尋ねてくる、というような一幕ばかり。フランクは家を飛び出して詐欺師になってからも慕ってやまない父とは何度か面会するのですが、母親に直接会いに行くことはないのです。

 

このお母さん、とにかく逞しいのです。すぐに旦那の事業が芳しくないとわかるとすぐに実業家の再婚相手を見つけ、金銭的に何不自由のない暮らしを取り戻し、子を授かり幸せな家庭を再建します。

 

暖色の照明、ゆったりとしたソファ、暖炉みたいなのがあって……。

 

「見たことも聞いたこともないけど、カントリーマアムを作ってるあのおばさんは20年前こんな暮らしをしてたんでしょうね」みたいな風景に籍を置く住民票を手に入れるのです。

もはや、助演ではない

と、ここで僕の心の中でカミナリのたくみが、まなぶをぶん殴る。

 

「おんまえ、もはや脇役じゃねえな!!!!」

 

このお母さん、「他人の人生に関与する」という意味合いにおいてまったく脇役として機能していないのです。特に息子のフランクとは良い意味で一定の距離を取っているのです。

 

息子に止められてもやっぱり禁煙できないし、事業に躓いた夫を献身的に支えるでもない。このように書くと「悪者」のように思われるかもしれないけれど、僕はこの姿勢こそがある意味で人間が社会で生きるにおいて必要なのではと考え込まされてしまいました。

 

自分のアイデンティティを他者に依存させるのは危うい。自分が何者か。それは自分の意思で定義しておかなければ、自己というものは簡単に空洞化して壊れてしまう。鷲田清一も似たようなことを書いている。

 

だから「この子の母親」「この人の夫」というような「役割」を簡単に捨てることができる彼女は強いのです。いいえ、すみません、書き方が悪かったです。捨てる、という言葉自体が僕たちにとって独善的だ。彼女はあくまでも他人のためではなく、混じりけなしに自分を肯定します。自分は誰の脇役でもなく、自分は自分の人生の主役だという軸を曲げないのです。

 

「そういえば、再婚するのも早かったな!!!」

 

そういえば離婚する前から再婚の相手は決まっていた。たしかに子にとっては世界で最も残酷な情事なのだけれども、敢えてその一切を保留して我が道を進む強さがそこにある。

 

最も危険なのは、求められていない役割を演じること。つまり主役のフランクが誰よりも精神的に脆いのです。それもそのはず、彼は17歳から家を飛び出して詐欺師の道を一人で歩みます。本当の自分なんて見つけるどころかぼんやりとした輪郭すら見えない状態で架空の人物を演じて実体のない隠れ蓑を被ってしまっている。そしてそれは何よりも家族のため。

 

空洞化した人間の心を叩くと、甲高くむなしい音が遠くまで響く。

 

どんな世界にも脇役は居ない。誰もが主役なのだ。そんなテーマで勝手にスポットライトを当てるのがこの連載ですが、きょうに限っては僕の出番はあまりありません。ちょっとくらい角が立つかもしれないけれど、自分のために自分の世界を作る責任があるみたいだ。

 

さあ、これまでの人生を振り返って耳を澄ませて欲しい。きみの心の中のカミナリは、なんて叫んでいるだろうか。

 

「カントリーマアムにおばさんは出てこねえな?! ステラおばさんと混同してるな!!!」

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【脇役で見る映画】親の心もこの心も僕たちだけが知ってる『イップマン 完結』
COLUMN
【脇役で見る映画】ニール、かしゆか、天沢聖司『TENET』
COLUMN
【脇役で見る映画】 頼むから決めてくれ!『ショーシャンクの空に』
COLUMN
【脇役で見る映画】「エピローグ」:ローディーは部活をやめる
COLUMN
【脇役で見る映画】『ウルフ・オブ・ウォールストリート』 せめて浮気でおってよね
REPORT
意味が溶解する水槽 SPEKTRA主催 『INTER+』 レポート
COLUMN
【脇役で見る映画】『トイ・ストーリー3』 バズよりもウッディよりも何よりも、アンディ母の育児の終わり
REPORT
集めて、分解して、理解する。デザイナーの後藤多美さんに聞くデザインの第一歩 言志の学校第2期レポート…
COLUMN
【脇役で見る映画】『アイアンマン』シリーズ スタークに寄り添うポッツ、ふしめのひ! 今日はにげきれ…
REPORT
「見つけてもらうために!」大垣書店の大垣 守可さんに聞く、流通視点の本の魅力 言志の学校第2期レポー…
REPORT
紙とインキも表現のうち!修美社の山下昌毅さんに聞く印刷の奥深さと面白さ 言志の学校第2期レポート② …
REPORT
超絶技巧は必要ない!物件ファンの森岡友樹さんに聞く心を打つ文章を書くための思考のステップ 言志の学校…
COLUMN
【脇役で見る映画】『愛がなんだ』 テルコより大切なのは仲原くん。赤いメガネのボスによろしく
INTERVIEW
第七藝術劇場 / シアターセブン
SPOT
修美社
COLUMN
【脇役で見る映画】『イット・フォローズ』 あの娘にはお願いだからセックスを他の誰かとしてほしくない
REPORT
言志の学校 第1期 まとめ
COLUMN
アンテナ的!ベストムービー 2018
COLUMN
【まとめ】編集部員が選ぶ2018年ベスト記事
REPORT
『言志の学校』第四回レポート ~発表! こんな本作りました!~
REPORT
『言志の学校』第三回レポート -デザインとは? 印刷って何? –
REPORT
『言志の学校』第二回レポート – 書くって?編集するって?文鳥社の2人に聞く –
COLUMN
もうダッシュできないオトナへ。映画『高崎グラフィティ。』が切り取った大人と子供のグラデーション。
REPORT
こんなフリペのアイディア出揃いました!TAKE OUT!! vol.2 レポート
INTERVIEW
『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督インタビュー 映画の仕事は「見つめること」
REPORT
『ガザの美容室』特別トーク付上映。ガザ地区の今って?
COLUMN
『軽い男じゃないのよ』がレコメンド!『ズートピア』『ファインディング・ドリー』の後はコレ!「差別と戦…
COLUMN
千早の進路間違ってない?!組織運営ってそういうことか? 映画『ちはやふる 結び』を考察 面白かったけ…
COLUMN
アンテナ川合が選ぶ!4月に観ときたい映画!
REPORT
関西の映画シーンの今後は?「地域から次世代映画を考える」レポート
REPORT
「モテるフリーペーパー」大盛況で終宴。結局どうだった? All About TAKE OUT!!
COLUMN
誰だってマチルダは好きだ、僕だってレオンになりたい(『レオン』再上映へ寄せて)
COLUMN
アンテナ的! ベストムービー2017 (byマグナム本田・川合裕之)
REPORT
【川合裕之の見たボロフェスタ2017 /Day2 】 〜ステージの上も下も中も外も、全部ぜんぶお祭り…
REPORT
第五回 文学フリマ 大阪に行ってきました
INTERVIEW
「この作品のあるべき姿」映画『望郷』大東駿介・菊地健夫監督へインタビュー
REPORT
映画『獣道– Love & Other Cults』京都みなみ会館 舞台挨拶
INTERVIEW
学生映画って何?! 京都国際学生映画祭×関西学生映画祭 関係者に聞く!

LATEST POSTS

COLUMN
【2024年4月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

COLUMN
【2024年4月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…

REVIEW
「キテレツで王様になる」SuperBack『Pwave』のキュートなダンディズムに震撼せよ

2017年に結成、京都に現れた異形の二人組ニューウェーブ・ダンスバンドSuperBack。1st ア…

REPORT
台湾インディーバンド3組に聞く、オリジナリティの育み方『浮現祭 Emerge Fest 2024』レポート(後編)

2019年から台湾・台中市で開催され、今年5回目を迎えた『浮現祭 Emerge Fest』。本稿では…

REPORT
観音廟の真向かいで最先端のジャズを。音楽と台中の生活が肩を寄せ合う『浮現祭 Emerge Fest 2024』レポート(前編)

2019年から台湾・台中市で開催され、今年5回目を迎えた『浮現祭 Emerge Fest』。イベント…