COLUMN

【脇役で見る映画】ニール、かしゆか、天沢聖司『TENET』

(C) 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.

天満で友達と飲んでいると、隣のテーブルの女の子グループと意気投合した。猫を飼うか、それとも犬を飼うか。他愛のない話ながらもお互いに結構心の懐を見せる話題で盛り上がっている。

 

ここでふと、あることに気付きます。かしゆかだ。そこに居るのはPerfumeのかしゆかなのです。

戦略的無知のすすめ

いいえ、正確には「ふと」なんて冷静なものではありません。最初からわかっていました。暖簾をくぐった瞬間にわかった。膝を震わせながら席まで歩く。1杯目が来るのが遅くてテーブルが手持無沙汰なときは気が気ではありませんでした。ななめに漏れる視線を必死で抑えていましたよ。

 

それから1時間と少し。どうにか頑張って会話を繋ぐことができた。テーブルはもうひっついています。

 

「えっと、じゃあ “樫野さん” は――」

 

飄々と呼びかけているのが我ながら滑稽です。しかし、これが大切です。間違っても “かしゆか” とはまだ呼んではいけない。

 

「え?そうなん?広島出身なん?」

 

まだだ。耐えろ。常識過ぎて吹き出しそうになるがまだ笑うな。こらえるんだ。

 

まだファンであることを打ち明けてはいけない。この段階で言ってしまえば僕はもうこれ以上仲良くなることはできない。オフの日の友人ではなく、オンの日のファンになってしまうから。きょう寝る前のメッセージ……いやせめて次の約束を取り付けて、その日のあとぐらいだろうか。

 

みたいな妄想をする。妄想です。完膚なきまで現実味のないエアー100%の絵空事。間違ってもPerfumeはふらっと天満には来ない。

 

でも、こういうことはいくらでもありますよね。

 

「ネットでやんわり知っている相手との初対面の場」であったり「その業界の有名人にでくわして腰を据えてしっぽり話す」であったり。そうそう、僕みたいなライター業なら「取材先でファンであることを出しすぎない」なんてのもあります。

 

自分が一方的に相手を知っていることで、崩れてしまう(かもしれない)関係性がある。たとえば、クリストファー・ノーラン最新作『TENET』のあいつだって……。

ここからは映画『TENET』のネタバレがあります。

ご用心してください。

無知が武器ならば、既知は急所だ

主人公の相棒であるニールは最後の最後に「実は君の友人なのだ」と打ち明けます。君はまだ知らないだろうけれど、このあとの時間で友情がはじまるのだと。涙を浮かべながら困惑する主人公。

 

しかし、これが宿命なのです。最初からこれを知ってしまうと都合が悪い。あれ以上にウェットな関係性を築いてしまえば、この任務を遂げることはできなかっただろうから。本当は言いたくて言いたくて仕方がないはずなのに。

 

友情をひた隠しにするニールのことを思うと胸が痛む。言いたい。でも言えない。藪から棒に初対面で「君の未来の友達なんだよ」と伝えたところで意味がない。友情は結果だけを提示するものではないから。

 

勤務中は酒を飲まないんだよね。なんてはにかむくらいががギリギリのアプローチです。

 

「樫野さんは誕生日いつなの? 冬っぽいよね」

 

これが最低ライン。おもえば、『耳をすませば』の天沢聖司もこんな調子だったのでしょう。

「あのストラップ」は読書カードだ

天沢聖司もまた「相手のことを知っていながらシラを切って余裕をぶっこく星」に生まれた男ですから。むしろ雫からのアプローチを待ちながら罠を仕掛けるのだから、僕やニールよりも一枚上手です。雫が読みそうな本を先回りして、黙々と読書するのです。読書カードに残した自分の存在にいつか気づいてもらえることを信じて……。

 

むむ。そう考えると、「あのリュックの朱色のストラップ」って、もしかして。あり得る。ない話ではない。あのストラップは、ニールからのアピールだ。「あのときのあれは実は僕だったんだよ」と主人公に気づいてもらうためだけのメッセージだ。だっておかしいじゃない。ミリタリーの現場であんな目立つ色のストラップつけてたら怒られるじゃないですか。上官に怒られながらも得意の可愛げで騙しだまし付け続けていたに違いありません。もし失くしたときのために予備とか持ってたりするのかな。なんだったら髪型とか話し方も主人公の好みに合わせてきている可能性すらありますよ。

 

微笑ましいを通り越して胸が痛い。逆向きに進むひたむきな恋。いや違う、恋ではなかった失礼しました。勝手にブロマンスにするのは心のうちに留めておきたい。

 

とにかく、どちらにせよ強い感情を隠しながら黙々と実行される行動に僕は弱い。僕は我慢できずにすぐ口を滑らせてしまうから。

 

まだ僕はかしゆかに会ったことがない。戦況は非常に劣勢だが、しかし最悪でもない。ファンとしての認知も同じくゼロなのですから。

 

いつか僕は、バイオリン職人になろうと思う。

連載:脇役で見る映画とは?

今度は脇役視点で映画を見てみよう。映画批評のwebマガジン「フラスコ飯店」の店主・川合がつらつらと語る連載です。「いやでもな?」「だってそれは……」口を開けば屁理屈屁理屈。心も体も姿勢が悪い人間のコラムです。

 

▼これまでの記事一覧

https://antenna-mag.com/series/023_wakiyaku/

WRITER

RECENT POST

COLUMN
【脇役で見る映画】親の心もこの心も僕たちだけが知ってる『イップマン 完結』
COLUMN
【脇役で見る映画】 頼むから決めてくれ!『ショーシャンクの空に』
COLUMN
【脇役で見る映画】 役割をひとに頼らず生きていく『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
COLUMN
【脇役で見る映画】「エピローグ」:ローディーは部活をやめる
COLUMN
【脇役で見る映画】『ウルフ・オブ・ウォールストリート』 せめて浮気でおってよね
REPORT
意味が溶解する水槽 SPEKTRA主催 『INTER+』 レポート
COLUMN
【脇役で見る映画】『トイ・ストーリー3』 バズよりもウッディよりも何よりも、アンディ母の育児の終わり
REPORT
集めて、分解して、理解する。デザイナーの後藤多美さんに聞くデザインの第一歩 言志の学校第2期レポート…
COLUMN
【脇役で見る映画】『アイアンマン』シリーズ スタークに寄り添うポッツ、ふしめのひ! 今日はにげきれ…
REPORT
「見つけてもらうために!」大垣書店の大垣 守可さんに聞く、流通視点の本の魅力 言志の学校第2期レポー…
REPORT
紙とインキも表現のうち!修美社の山下昌毅さんに聞く印刷の奥深さと面白さ 言志の学校第2期レポート② …
REPORT
超絶技巧は必要ない!物件ファンの森岡友樹さんに聞く心を打つ文章を書くための思考のステップ 言志の学校…
COLUMN
【脇役で見る映画】『愛がなんだ』 テルコより大切なのは仲原くん。赤いメガネのボスによろしく
INTERVIEW
第七藝術劇場 / シアターセブン
SPOT
修美社
COLUMN
【脇役で見る映画】『イット・フォローズ』 あの娘にはお願いだからセックスを他の誰かとしてほしくない
REPORT
言志の学校 第1期 まとめ
COLUMN
アンテナ的!ベストムービー 2018
COLUMN
【まとめ】編集部員が選ぶ2018年ベスト記事
REPORT
『言志の学校』第四回レポート ~発表! こんな本作りました!~
REPORT
『言志の学校』第三回レポート -デザインとは? 印刷って何? –
REPORT
『言志の学校』第二回レポート – 書くって?編集するって?文鳥社の2人に聞く –
COLUMN
もうダッシュできないオトナへ。映画『高崎グラフィティ。』が切り取った大人と子供のグラデーション。
REPORT
こんなフリペのアイディア出揃いました!TAKE OUT!! vol.2 レポート
INTERVIEW
『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督インタビュー 映画の仕事は「見つめること」
REPORT
『ガザの美容室』特別トーク付上映。ガザ地区の今って?
COLUMN
『軽い男じゃないのよ』がレコメンド!『ズートピア』『ファインディング・ドリー』の後はコレ!「差別と戦…
COLUMN
千早の進路間違ってない?!組織運営ってそういうことか? 映画『ちはやふる 結び』を考察 面白かったけ…
COLUMN
アンテナ川合が選ぶ!4月に観ときたい映画!
REPORT
関西の映画シーンの今後は?「地域から次世代映画を考える」レポート
REPORT
「モテるフリーペーパー」大盛況で終宴。結局どうだった? All About TAKE OUT!!
COLUMN
誰だってマチルダは好きだ、僕だってレオンになりたい(『レオン』再上映へ寄せて)
COLUMN
アンテナ的! ベストムービー2017 (byマグナム本田・川合裕之)
REPORT
【川合裕之の見たボロフェスタ2017 /Day2 】 〜ステージの上も下も中も外も、全部ぜんぶお祭り…
REPORT
第五回 文学フリマ 大阪に行ってきました
INTERVIEW
「この作品のあるべき姿」映画『望郷』大東駿介・菊地健夫監督へインタビュー
REPORT
映画『獣道– Love & Other Cults』京都みなみ会館 舞台挨拶
INTERVIEW
学生映画って何?! 京都国際学生映画祭×関西学生映画祭 関係者に聞く!

LATEST POSTS

REVIEW
aieum『sangatsu』―絶えず姿形を変え動き続ける、その音の正体は果たして

沖縄出身の4人組バンド、aieumが初となるEP『sangatsu』を2024年3月20日にリリース…

INTERVIEW
新たな名曲がベランダを繋ぎとめた。 新作『Spirit』に至る6年間の紆余曲折を辿る

京都で結成されたバンド、ベランダが3rdアルバム『Spirit』を2024年4月17日にリリースした…

COLUMN
【2024年4月】今、東京のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「東京のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」京都、大阪の音楽シーンを追っ…

COLUMN
【2024年4月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…

REVIEW
「キテレツで王様になる」SuperBack『Pwave』のキュートなダンディズムに震撼せよ

2017年に結成、京都に現れた異形の二人組ニューウェーブ・ダンスバンドSuperBack。1st ア…