REPORT

意味が溶解する水槽 SPEKTRA主催 『INTER+』 レポート

脳裏に焼き付いたと同時に、些細な記憶のいくつかはきっと焼ききられたに違いない。

 

これは10月5日に KAGANHOTEL にて開催された SPEKTRA 主催の音楽イベント『INTER+』のレポートである。その日から幾許もの時間が経過しており、機を逸しかけているが、ご容赦いただきたい。伝えることは、そこまで苦手ではないはずだ。筆者はそのように驕って生きてきたが、私は実にこの原稿の制作に凡そ一月の時間を費やすこととなった。肺腑を衝くこの空気を如何にして言語に変換するのだろうか。言葉に変換することで然して本質を殺してしまうのではないだろうか。この問いへの突破口を見いだせずに画面の前で逡巡していたのである。

 

前置きの重心がイベントそのものから掛け構いのない筆者の筆の遅さの言い訳へと傾いてきたので、話を切り上げて本文を一粲に供する。

往還と延見

Photo by Tatsuki Katayama

会場はKAGANHOTEL。梅小路公園を背にして七条通を西に進み、中央卸売市場の近傍に位置する。閑静、という言葉が最も似合う。手垢にまみれたクリシェかもしれないが本当にそうなのだから仕方がない。市場の人が活気づく時間帯でもない。もう夏は終わったらしい。開演の18時前になるとすっかり太陽は帰り支度をしてしまい、半袖では少し肌寒いのだ。そうした事由もあいまって、筆者が足を運んだ時のこの近辺には閑静という語が良く似合った。

Photo by Tatsuki Katayama

肌寒く暗い道を細かくステッチを縫うように歩く。本当にここに音楽イベントの会場があるのか、と心細く肩を狭めているとその街角に突如として煌々と白く光るLED のオブジェクトが出現する。6本のLEDがピラミッド型をかたどる、シンプルな造形にも関わらず目を奪われる物体だ。蓋し恐らくは何かの呪いが掛けられているに違いない。これが今回のイベントの会場。SPEKTRA の手によってハレ化粧を施されたKAGANHOTEL だ。ホテルそれ自体が持つ造形に胸を打たれる人も少なくないだろう。なにも赤と白で構成された挑発的なストライプ柄というわけでもない。にもかかわらず、立体の躯体がここまで情緒を帯びることに素直に驚嘆する。モノトーンで無機質な見た目の簡素な立体物であるはずなのに、その形に込められた言外の意味に周囲一帯の匂いが屈折していて、意識がぼんやりとしてくる。

建物の中には既に観客やスタッフが入場しており、談笑などをしているのがガラス越しに外から見通すことができる。神々しく何らかの魔力を持つに違いないLED のオブジェクトと、全面のガラス。そしてその奥に揺れながらグラス越しに微笑み合う人々。室内は上品な薄暗さだ。DJ, VJ のパフォーマンスが予定されているのだからむべなるかな薄暗いのは当然なのだが、そこに底流する空気は感じたことのないものだった。小さなライブハウスの持つ野犬のような荒々しさは無かったし、大きなクラブが内包する規律めいたものも見られなかった。

Photo by Tatsuki Katayama

一見するだけでは全く飲み込めないのだが、しかしながら明らかに何か意味がある。そんな “パーティー” の風貌をしている。映画『パーティで女の子に話しかけるには 』あるいは『時計じかけのオレンジ』でみたようなハレとケを玄関で一断する高エネルギーな “パーティー” の光景だ。事の仔細を知らずして遭遇したのであれば、「好奇心に負けて絶対に入る」か「その異質さに押しつぶされて絶対に入らないか」の二つに一つであることは間違いない。

 

恐らくはこうして色の載った空気そのものもまた、SPEKTRA が事前に手をまわし、設えたものなのだろうと今になって気付く。暗がりの中を歩き、あのピラミッド型のオブジェクトに遭遇し、そして好奇に誘われてその奥へと目を細める。前菜として身体的な衝動が既にサーヴされており、全て主催者側にデザインされていたのだ。これもまた誰かの意図なのだ。

Wikipedia は電気羊の......

Photo by Tatsuki Katayama

DJ セット、ライブセットなどがひっきりなしにKAGANHOTEL の1階空間を掌握する。DJ には、AOKI takamasa、HIRAMATSU TOSHIYUKI ら。ライブはSawa Angstrom + Akitoshi Mizutani、toe on net、そしてqg0fc + Junichi Akagawa だ。ステージに段差はなく地続きで存在する。機材が並べられた長机を挟んでその彼岸こそがアーティストによる不可侵の空間であるものの、その点を除くと実にフラットだ。それはこの 『INTER+』に限定されないが、情報の発信者の視覚的情報が与えられた空間での音楽体験は、聴覚のみを使用する鑑賞とは異なる知覚を実現する。電子音になるに伴い削ぎ落される肉体を目撃することができるその様は、熱湯の中で花開くことで色めく工芸茶に似ている。

 

ことさら記録すべきは qg0fc + Junichi Akagawa だろう。無論その他のアーティストらのパフォーマンスが心地よく素晴らしかったことは言うまでもないのだが、察するにこの組がこの日の催しの芯を最も深部まで捉えた2人に相違ない。優劣をつけるのは意図するところではないが、散漫にすることを避けるべくこの記事では彼らのアクトを語ることに委曲を尽くしたい。

それはストリートとコンテンポラリーの混ざりあったパフォーマーであるqg0fc と、Ableton Live, Max for Live, openFrameworks, TouchDesigner 等を用い舞台作品のリアルタイム演出やインタラクティブな体験システムの設計から実装を行うオーディオビジュアルアーティストであるJunichi Akagawa の二人による演目だ。最初はストリートだった。正しくはきっとそうではないのだが、素人目にはそのように見えた。しかし、やはりそれは素人目の勘定に過ぎず、その本質は遠い。ブレイキンのフットワークを基調とする(ように見える)演舞だったが、次第に抑揚が融解してコンテンポラリーの様相へと変化してゆく。先述の通り、ステージに段差はない。観客と同じ高さの平面上でそれは行われる。観客らはフロアで美しく転がるqg0fc のことを見下ろす形になるのだ。視線、及び意識はすべてその予測不能のしなやかさのみを射るように集中している。

 

一方でJunichi Akagawa の手元が司る音像はというと、何やら耳に残りそうで残らない半透明の声だ。Windows の読み上げ機能で、Wikipedia の音声を読み起こしているのだ。その声は無機質で取っ掛かりのない人工的な声の独特の滑らかさを持っている。読み上げられたるWikipedia の項目は「人間関係」など複数に渡る。これは意図された諧謔だ。対象となる題材は人肌で温潤だ。しかし読み上げる声は素っ気ない。翻ってそこには情緒的で他意のない人間の肉体があるのだ。

 

すぐそこの息遣いが伝わる。大振りのムーブがあれば汗の匂いが鼻をかすめる。iPhone が舞台に現れる。そのiPhone を傾けると音声にフィルターがかかるのだ。どうやらどこかのつまみとジャイロとが連動しているらしい。最後はサウンドのJunichi Akagawa も一緒になってフロアでqg0fc と一体となる。一体となる、という言葉が果たしてどこまで精確なのかは不明瞭だが、とかくそのように記させてもらう。蠢く彼らの姿は一見すると静なのだが、じっと目を凝らしてこのパフォーマンスとのコミュニケーションを試み続けると色が変わる。筋張った腕や、呼吸でせわしなく上下する腹部。非言語の記号が空気を振動させる。それはある種の胎動のようでもあった。iPhone がある角度を越えて傾いたり、あるいはパタリと完全に接地すると音は止んでしまう。しかし構わず観客を釘付けにしながら演舞を続ける。それが手に取られるとまた次第に声は大きくなる。また身体が自然と動く。またはそのように見える。

Photo by Tatsuki Katayama

決して安易な “サビ” があるようなショーケースではないが、極彩色の爆発をそこに感じることとなった。気が付くと朴訥かつ饒舌なパフォーマンスは終えられ、額に汗を浮かべる二人が丁寧にお辞儀をする姿がそこにあった。これがqg0fc + Junichi Akagawa が行ったパフォーマンスのその一部だ。

 

紙幅の都合上、巧まずして本稿において他のアーティストに触れることが出来なかったのだが、彼らの音楽とその演出もまた名状するのを放棄したくなるほどであり、半端な字数では及びもつかぬほどの豊かで贅沢な時間であったことを言い添えておきたい。Sawa Angstrom + Akitoshi Mizutani、AOKI takamasa、HIRAMATSU TOSHIYUKI、toe on net ら、そしてアイスクリームの特別出店 PICARO EIS に改めて賛辞を贈らせて欲しい。

Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama
Photo by Tatsuki Katayama

Photo by Tatsuki Katayama

畢竟, “INTER+” とは何だったのか

SPEKTRA の主催するこのイベントは、事程左様にハレとケを分断し、見るものを非日常へと誘う求心力を持つ会だった。音と光を放ち、反作用として観客の意識を引き込む。さながら砂地獄のような魔力を持っていた。

INTERACT(相互作用)、INTERCONNECT(相互接続)、 INTERSECT(交差)といった異なる表現や人々の出会いの間で生まれる新しい発見を目指し、音と映像のライブパフォーマンスにフォーカスしたイベント“INTER+“(インタープラス)を開催する。

上にはSPEKTRA 自身が打ち出す声明文を引用した。抽象度の高い晦渋さに思わずミルクチョコを口に放り込みたくなるかもしれない。しかし、これで良いのだ。この 『INTER+』という場は、宵いの口に屹立する音と光が浮かび意味が溶解する水槽だ。砂地獄に喩えた舌の根が乾かぬうちに今度は懲りずに水槽に喩えるのか、と放蕩無秩序な文章に眉を上げて呆れられるかもしれないがご容赦いただきたい。要はふわりと宙に浮かぶ言葉遊び程度の飛び石になるのは優に容易く、解釈について深い懐を持つものだと筆者は勝手に妄信させてもらおう。

 

インターネット上の文字という媒体による表現をもってして、INTERACT(相互作用)、INTERCONNECT(相互接続)またはINTERSECT(交差)を実現し、新しく何かが萌芽する光景を胸に抱きて象と泳ぐようにして生み出されたる文字情報の羅列をここに残す。

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