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【脇役で見る映画】ニール、かしゆか、天沢聖司『TENET』

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天満で友達と飲んでいると、隣のテーブルの女の子グループと意気投合した。猫を飼うか、それとも犬を飼うか。他愛のない話ながらもお互いに結構心の懐を見せる話題で盛り上がっている。

 

ここでふと、あることに気付きます。かしゆかだ。そこに居るのはPerfumeのかしゆかなのです。

戦略的無知のすすめ

いいえ、正確には「ふと」なんて冷静なものではありません。最初からわかっていました。暖簾をくぐった瞬間にわかった。膝を震わせながら席まで歩く。1杯目が来るのが遅くてテーブルが手持無沙汰なときは気が気ではありませんでした。ななめに漏れる視線を必死で抑えていましたよ。

 

それから1時間と少し。どうにか頑張って会話を繋ぐことができた。テーブルはもうひっついています。

 

「えっと、じゃあ “樫野さん” は――」

 

飄々と呼びかけているのが我ながら滑稽です。しかし、これが大切です。間違っても “かしゆか” とはまだ呼んではいけない。

 

「え?そうなん?広島出身なん?」

 

まだだ。耐えろ。常識過ぎて吹き出しそうになるがまだ笑うな。こらえるんだ。

 

まだファンであることを打ち明けてはいけない。この段階で言ってしまえば僕はもうこれ以上仲良くなることはできない。オフの日の友人ではなく、オンの日のファンになってしまうから。きょう寝る前のメッセージ……いやせめて次の約束を取り付けて、その日のあとぐらいだろうか。

 

みたいな妄想をする。妄想です。完膚なきまで現実味のないエアー100%の絵空事。間違ってもPerfumeはふらっと天満には来ない。

 

でも、こういうことはいくらでもありますよね。

 

「ネットでやんわり知っている相手との初対面の場」であったり「その業界の有名人にでくわして腰を据えてしっぽり話す」であったり。そうそう、僕みたいなライター業なら「取材先でファンであることを出しすぎない」なんてのもあります。

 

自分が一方的に相手を知っていることで、崩れてしまう(かもしれない)関係性がある。たとえば、クリストファー・ノーラン最新作『TENET』のあいつだって……。

ここからは映画『TENET』のネタバレがあります。

ご用心してください。

無知が武器ならば、既知は急所だ

主人公の相棒であるニールは最後の最後に「実は君の友人なのだ」と打ち明けます。君はまだ知らないだろうけれど、このあとの時間で友情がはじまるのだと。涙を浮かべながら困惑する主人公。

 

しかし、これが宿命なのです。最初からこれを知ってしまうと都合が悪い。あれ以上にウェットな関係性を築いてしまえば、この任務を遂げることはできなかっただろうから。本当は言いたくて言いたくて仕方がないはずなのに。

 

友情をひた隠しにするニールのことを思うと胸が痛む。言いたい。でも言えない。藪から棒に初対面で「君の未来の友達なんだよ」と伝えたところで意味がない。友情は結果だけを提示するものではないから。

 

勤務中は酒を飲まないんだよね。なんてはにかむくらいががギリギリのアプローチです。

 

「樫野さんは誕生日いつなの? 冬っぽいよね」

 

これが最低ライン。おもえば、『耳をすませば』の天沢聖司もこんな調子だったのでしょう。

「あのストラップ」は読書カードだ

天沢聖司もまた「相手のことを知っていながらシラを切って余裕をぶっこく星」に生まれた男ですから。むしろ雫からのアプローチを待ちながら罠を仕掛けるのだから、僕やニールよりも一枚上手です。雫が読みそうな本を先回りして、黙々と読書するのです。読書カードに残した自分の存在にいつか気づいてもらえることを信じて……。

 

むむ。そう考えると、「あのリュックの朱色のストラップ」って、もしかして。あり得る。ない話ではない。あのストラップは、ニールからのアピールだ。「あのときのあれは実は僕だったんだよ」と主人公に気づいてもらうためだけのメッセージだ。だっておかしいじゃない。ミリタリーの現場であんな目立つ色のストラップつけてたら怒られるじゃないですか。上官に怒られながらも得意の可愛げで騙しだまし付け続けていたに違いありません。もし失くしたときのために予備とか持ってたりするのかな。なんだったら髪型とか話し方も主人公の好みに合わせてきている可能性すらありますよ。

 

微笑ましいを通り越して胸が痛い。逆向きに進むひたむきな恋。いや違う、恋ではなかった失礼しました。勝手にブロマンスにするのは心のうちに留めておきたい。

 

とにかく、どちらにせよ強い感情を隠しながら黙々と実行される行動に僕は弱い。僕は我慢できずにすぐ口を滑らせてしまうから。

 

まだ僕はかしゆかに会ったことがない。戦況は非常に劣勢だが、しかし最悪でもない。ファンとしての認知も同じくゼロなのですから。

 

いつか僕は、バイオリン職人になろうと思う。

連載:脇役で見る映画とは?

今度は脇役視点で映画を見てみよう。映画批評のwebマガジン「フラスコ飯店」の店主・川合がつらつらと語る連載です。「いやでもな?」「だってそれは……」口を開けば屁理屈屁理屈。心も体も姿勢が悪い人間のコラムです。

 

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