【脇役で見る映画】親の心もこの心も僕たちだけが知ってる『イップマン 完結』
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2020、夏。『イップマン 完結』が公開され、4部にわたるシリーズが幕を下ろしました。それはすなわちドニー・イェン演じるイップマンの生涯を、私たちが見届けたということです。ありがとう、イップ師匠。ありがとう、ドニー・イェン。本当にありがとう。
さて、きょうはブルースリーの師とも称される詠春拳の使い手、イップマン――ではなくその息子さんのチンくんの話をしましょう
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シリーズ1作目ではあんなに小さかったチンですが、4作目ではもう立派な思春期。ティーンエイジャーです。いやあ、人の家の子が育つのは早い。りゅうちぇるの家の子だってもう2歳ですよ。知ってましたか? おっきなったねえ。閑話休題。そんなわけで、父・イップマンの奮闘に隠れるような形であれよあれよと大きくなった息子のチン。この男のことを考えるとどうにも胸が痺れるのです。
ゲレンデが溶けるほど思春期まっさかり。本能寺が燃える勢いでとんがりにとんがった反抗期です。学校では毎日喧嘩、喧嘩、喧嘩。自分はあのイップマンの息子なんだ、という矜持が必要以上に彼を急き立てるのでしょうか。父や、父に相対する強敵、あるいは愛弟子ブルース・リーのように流れるように美しい武術を使うわけではありません。涙っ面のライアン・ゴズリングのような無骨で生々しく、どこかあどけなさが垣間見える等身大の暴力がそこにはありました。揉めてばかりの日頃の行いが問題になり、チンはあれよあれよという間に退学処分に。イップマンの悩みの種です。
「争えない」血と争う息子
勉強をしなさい、と静かに諭す父の言葉にチンは耳を貸しません。いいや、自分は武道をやりたいんだ。だから父としてではなく師として自分に詠春拳を教えて欲しいと訴えます。これに対して父のイップマンは大反対。イップマンの側からしてみれば、もうカリスマ的なブルース・リーがいるし、無理してまで息子にしんどい思いをさせる必要はありませんからね。実力差も圧倒的。ビジョンの不明瞭な新卒を採用して育成するよりも、経験のある社会人を引き抜いて中途採用する方が早いって話ですよ。いや違ったらごめんね。
だってそりゃそうだよね。血が繋がっているからといって必ずしも同じとは限らない。そんなに簡単なもんじゃない。世の中の「二世」だって血のにじむような努力をしている。そこまでする前提で今から武術を教えたとして食っていけるのか? 時代はもう変わってしまったし自分のようにはいかないのでは?
ブルース・リーではなく実の息子だからこそのお節介です。
イップマンは息子のチンには武術を教えず、とにかく勉強しろと諭します。学校は退学になってしまったので、今度はアメリカでの留学先を探すべく単身で渡米することに。
渡米先では息子の学校を探すだけのつもりが、あれやこれやとトラブルに巻き込まれ、さてさてどうなる~~~?! というのが『イップマン 完結』 の本編のお話。
でも息子としてみれば、たまったもんじゃない。体中の血が沸騰するほどの赤黒い苛立ちをおぼえたことでしょう。17、18の年ごろの男にとって、これほどイライラすることはないはずです。
「ブルース・リーにはあんなに教えてるのに~~~」
これです。今まで教えてくれないから中途半端にケガとかするハメになる。俺はイップマンの息子で、親父さながら武術の腕がある! と周囲にアピールできていれば、そもそも誰にもナメられたりなんかしないのに。勉強だってそう。百歩譲って嫌々にでもやるとして、学校くらい自分で決めれるっちゅうねん。なにを出しゃばってくれとんねん。その親馬鹿な感じも腹立つ。と、思うに違いありません。年功序列の中華マインドではここまであからさまな憎悪にまで発展しないのかもしれませんが、少しくらいは思っているはずです。だって実際にとんがっちゃっているからね。燃えちゃってるからね、本能寺。
そりゃあイップマンの立場になってみれば心配です。実際あの頃のアメリカにアジアから出向くというのは大変なわけで、その火種が原因で今回の映画でも大袈裟な戦いを繰り広げるわけですから。
でもチンの立場になって考えたらどうにもこうにも。自分ではなにも決められない。あてがわれる。押し付けられて子ども扱い。でも武術はダメ。頼りたいところでは頼らせてくれない。どっちかはっきりして欲しい!
反抗期強制終了のお知らせ
などと尖っているのも束の間、父イップマンが癌であることを知らされます。聞いてない聞いてない。そんなん言われたらもう丸くなるしかないもんね。しかもなんか分からんけど武術も教えてくれるらしい。ずるい。ずる過ぎる。これまで100-0 で尖ってきたのに1000ー0 で折れられてきたら敵わん。
ちょっと正直なことを言ってしまうと『イップマン 完結』はこれまでの3作に比べて(スピンオフの『イップ・マン外伝 マスターZ』と比較しても)物語のドラマ性、もとい人間関係を燃料としたカタルシスは薄いと筆者は感じています。
でもこうやって息子のことを考えると、この映画がもっと愛おしく思えてくる。地元の酒屋が、がらんどうの駐車場になったときのような気分です。どうか今度は息子のスピンオフもお願いしたい。そうなった場合に派手なアクションはなく、悶々とした人間ドラマだけ。監督はそうだな、岩井俊二とかが良い。ドニー・イェン?大好きだけど、 ちょっと今回はお休みいただいて……。
連載:脇役で見る映画とは?
今度は脇役視点で映画を見てみよう。映画批評のwebマガジン「フラスコ飯店」の店主・川合がつらつらと語る連載です。「いやでもな?」「だってそれは……」口を開けば屁理屈屁理屈。心も体も姿勢が悪い人間のコラムです。
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95年生。映画ライター。最近大人になって手土産をおぼえました。
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「フラスコ飯店」というwebの店長をしています。