無情に、淡々と過ぎゆく街で渦巻く孤独な苦悩
電車に揺られるうち、いつの間にか居眠りをして、気が付いたらいつもの駅に着いていた。その街はどんよりと曇り空で、あまり空気は美味しくない。駅前の喧騒を歩く彼は浮かない顔をしている。その街自体は決して私たちから遠く離れたディストピアではなくて、ごく普通に人々の営みが息づいている。そういう景色が浮かんでくる。
東京を拠点に活動するラッパー、J.COLUMBUSが長野県松本市のトラックメーカーMASS-HOLEをプロデューサーに迎え、制作したアルバム『On The Groove, In The City』は、そういう作品だ。ラッパーとしてのみならず、自らのレーベル《WDsounds》のオーナーや、ハードコアパンクバンドPayback Boysのヴォーカルとしても活動しているJ.COLUMBUS。さまざまな顔を持つ表現者である彼にとって、他者とのセッションをしつつ、とことん内省的で己の奥底にあるものと向き合う場こそがこの名義なのではないか。改めてそう思わせるだけの説得力がある共演を本作で魅せてくれている。
J.COLUMBUSのラップスタイルは、決してがなりたてたり、まくしたてるようなスタイルではない。どっしりとしていて、感情を押し殺すかのように淡々と、それでいてどこかねっとりとまとわりつくような湿り気を帯びた声が聴き手の耳にこびりついてくる。「歌う」というよりは、「語る」という方がしっくりくるスタイルだけれど、こういう声を日常会話で聞くことはほとんどない。誰かがつづった文字を読んでいくとき、頭の中でこんな声がするのかもしれないし、誰にも聞かれていないはずの独り言をつぶやいているとき、こんな声色なのかもしれない。聞いたことがないような、誰かに聞かせるつもりでないことが想像できる語り口が印象的だ。
このスタイルは本作のみならず、他のラッパーとの共演やソロ音源においても一貫しており、Payback Boysの吐き棄てるような荒々しいシャウトと好対照をなしている。
そして、内向きのラップと絡み合うMASS-HOLEのビートは、決して彼の心情描写に寄り添うことがない。それはまるで、彼の自己内省をあざ笑うかのようですらある。話し声や街の雑踏、J.COLUMBUS自身の内面と乖離した周囲の状況を表現し、徹底的に突き放すかのようだ。
垂れ込める雲のように重苦しいビートと寒々しい金属的な響きが印象的な1曲目、”シティーオブグラス”から、アルバムの中盤で流麗なピアノの旋律が物悲しい”Rainy Town”までを通しで聴くうち、この不条理なまでの世界観が浮き彫りになってくる。楽曲を決してエモーショナルなベクトルに傾かせることなく、街中の空気、無情にも過ぎていく時間、過ぎ去る人々を映し出す。
「誰かが笑った あれから回った」
印象的なフレーズを繰り返す3曲目、”ボトルと世界”。このワンフレーズこそがその不穏さとやるせなさに満ちた空気の正体を顕にする。
リリックはストレートな表現ではなく、正確にニュアンスを受け取ることは容易ではない。一方で、まるでJ.COLUMBUS自身をビデオカメラで追いかけている映像を見ているようで、言葉にしない(できない)、本人の苛立ちや苦悩が生々しく伝わってくる。
誰の目にも耳にも触れることがないはずだった、心の奥底にある不穏さ。怒りでも悲しみでもない、行き場のない感情が箱に閉じ込められているかのような閉塞感と共に聴き手を揺さぶってくる。
聴き終わった後、妙な胸騒ぎが、二日酔いの胸焼けのように、重たく残っていた。そう感じられたのは、このアルバムの世界の中にある薄暗い街が私たちの今いる場所と決して遠くないことを悟っているからだ。もしかしたら、私たちが今いる場所かもしれないし、私たちはビートの中で描かれる、ただすれ違い、去っていく人々の一人なのかもしれない。
On The Groove, In The City
アーティスト:J.COLUMBUS & MASS-HOLE
仕様:デジタル、CD
価格:¥2,000
発売:2023年9月9日
収録曲
1. シティーオブグラス
2. SKIT 1
3. ボトルと世界
4. SKIT 2
5. A LOOK
6. SKIT 3
7. RAINY TOWN
8. PAUL AUSTER MURDER RHYME
9. OUTRO
配信はこちら
WRITER
-
後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
OTHER POSTS