REVIEW
On The Groove, In The City
J.COLUMBUS & MASS-HOLE
MUSIC 2023.10.11 Written By ivy

無情に、淡々と過ぎゆく街で渦巻く孤独な苦悩

電車に揺られるうち、いつの間にか居眠りをして、気が付いたらいつもの駅に着いていた。その街はどんよりと曇り空で、あまり空気は美味しくない。駅前の喧騒を歩く彼は浮かない顔をしている。その街自体は決して私たちから遠く離れたディストピアではなくて、ごく普通に人々の営みが息づいている。そういう景色が浮かんでくる。

 

東京を拠点に活動するラッパー、J.COLUMBUSが長野県松本市のトラックメーカーMASS-HOLEをプロデューサーに迎え、制作したアルバム『On The Groove, In The City』は、そういう作品だ。ラッパーとしてのみならず、自らのレーベル《WDsounds》のオーナーや、ハードコアパンクバンドPayback Boysのヴォーカルとしても活動しているJ.COLUMBUS。さまざまな顔を持つ表現者である彼にとって、他者とのセッションをしつつ、とことん内省的で己の奥底にあるものと向き合う場こそがこの名義なのではないか。改めてそう思わせるだけの説得力がある共演を本作で魅せてくれている。

 

J.COLUMBUSのラップスタイルは、決してがなりたてたり、まくしたてるようなスタイルではない。どっしりとしていて、感情を押し殺すかのように淡々と、それでいてどこかねっとりとまとわりつくような湿り気を帯びた声が聴き手の耳にこびりついてくる。「歌う」というよりは、「語る」という方がしっくりくるスタイルだけれど、こういう声を日常会話で聞くことはほとんどない。誰かがつづった文字を読んでいくとき、頭の中でこんな声がするのかもしれないし、誰にも聞かれていないはずの独り言をつぶやいているとき、こんな声色なのかもしれない。聞いたことがないような、誰かに聞かせるつもりでないことが想像できる語り口が印象的だ。

 

このスタイルは本作のみならず、他のラッパーとの共演やソロ音源においても一貫しており、Payback Boysの吐き棄てるような荒々しいシャウトと好対照をなしている。

 

そして、内向きのラップと絡み合うMASS-HOLEのビートは、決して彼の心情描写に寄り添うことがない。それはまるで、彼の自己内省をあざ笑うかのようですらある。話し声や街の雑踏、J.COLUMBUS自身の内面と乖離した周囲の状況を表現し、徹底的に突き放すかのようだ。

垂れ込める雲のように重苦しいビートと寒々しい金属的な響きが印象的な1曲目、”シティーオブグラス”から、アルバムの中盤で流麗なピアノの旋律が物悲しい”Rainy Town”までを通しで聴くうち、この不条理なまでの世界観が浮き彫りになってくる。楽曲を決してエモーショナルなベクトルに傾かせることなく、街中の空気、無情にも過ぎていく時間、過ぎ去る人々を映し出す。

 

「誰かが笑った あれから回った」

 

印象的なフレーズを繰り返す3曲目、”ボトルと世界”。このワンフレーズこそがその不穏さとやるせなさに満ちた空気の正体を顕にする。

 

リリックはストレートな表現ではなく、正確にニュアンスを受け取ることは容易ではない。一方で、まるでJ.COLUMBUS自身をビデオカメラで追いかけている映像を見ているようで、言葉にしない(できない)、本人の苛立ちや苦悩が生々しく伝わってくる。

 

誰の目にも耳にも触れることがないはずだった、心の奥底にある不穏さ。怒りでも悲しみでもない、行き場のない感情が箱に閉じ込められているかのような閉塞感と共に聴き手を揺さぶってくる。

 

聴き終わった後、妙な胸騒ぎが、二日酔いの胸焼けのように、重たく残っていた。そう感じられたのは、このアルバムの世界の中にある薄暗い街が私たちの今いる場所と決して遠くないことを悟っているからだ。もしかしたら、私たちが今いる場所かもしれないし、私たちはビートの中で描かれる、ただすれ違い、去っていく人々の一人なのかもしれない。

On The Groove, In The City

 

アーティスト:J.COLUMBUS & MASS-HOLE

仕様:デジタル、CD

価格:¥2,000

発売:2023年9月9日

 

収録曲

1. シティーオブグラス
2. SKIT 1
3. ボトルと世界
4. SKIT 2
5. A LOOK
6. SKIT 3
7. RAINY TOWN
8. PAUL AUSTER MURDER RHYME
9. OUTRO

 

配信はこちら

WRITER

RECENT POST

REVIEW
Tomato Ketchup Boys『The Second Escape From The Sum…
REPORT
地域のライブハウス、フェスはどうやって生き残る?アジア各国での取り組みーTRENDY TAIPEIパ…
REPORT
台北都市型フェス“Jam Jam Asia”はアジア音楽の“今”を見るショーケース―TRENDY T…
REPORT
ANTENNAとTHREEが伝えたい、これが関東インディーミュージックで今一番見せたい4組だ!―Fi…
INTERVIEW
“開かれたローカル”葉山の入り口、ヴィンテージバイヤーが始めたフリーマーケット
INTERVIEW
ロンドン発、驚きと発見に満ちた一杯―Dark Arts Coffee Japan【MAKE OURS…
INTERVIEW
カルチャーを生む対話、きっかけをくれる自転車―Wood Village Cycles【MAKE OU…
REVIEW
GOFISH『GOFISH』 – 独白と連動し、鮮明に躍動する風景
REPORT
Like A Fool Recordsが放つ鋭く、深く突き刺さる、東京インディーズ四つ巴。Kidde…
REVIEW
aieum『sangatsu』―絶えず姿形を変え動き続ける、その音の正体は果たして
INTERVIEW
2024年台湾音楽シーンを揺らす、ローカルフェスとその原動力―『浮現祭 Emerge Fest』主催…
REVIEW
Forbear『8songs』―歪な自己内省の衝突音が、荒々しくもメランコリックに響き渡る
REVIEW
Sugar House『Sugar House』―寒空の下、まっすぐに前を向く音が鳴る
REPORT
パブが育むイーストロンドンのナイトカルチャー、ビール片手にインディーロックで酔う週末を
REVIEW
HOME『HOME EP』―低温多湿な沖縄産・世界基準のポップミュージック
REVIEW
Maya Bridget『That Girl / White Lies』―無数の音楽体験が持つきらめ…
REPORT
アジアからの未知なる音楽にリスナーは何を求めているのか-BiKN shibuya 2023 クロスレ…
INTERVIEW
高円寺のカフェSUB STOREで触れる、インドネシアの音楽と暮らし
REPORT
研ぎ澄まされた美意識が寄り添うものとは―『Lillies and Remains Japan Tou…
REPORT
刺激中毒なインディーミュージックギークヘ捧ぐ、狂気の一夜『pandagolff 4th album …
REPORT
「聴いたことがない曲」に熱狂する、新たな音楽を目撃する場所―『BIRTH vol.9』ライブレポート
INTERVIEW
ちょっと不便な待ち合わせ場所〈Goofy Coffee Club〉から動き出した、東東京のユースカル…
REPORT
突然、平穏な日々に現れた非日常体験としての「オルタナ」 -『Fine, Great 1st EP “…
REPORT
「外向きの自己内省」それは、音楽を通して己を肯定するセラピー-『“Tough Love Therap…
REVIEW
郷愁の歌声が中毒性抜群な、インドネシア産ポストパンク – Bedchamber『Capa…
INTERVIEW
【Playgrounds Vol.2】「買い付けをしない古着屋」〈シャオ・そなちね〉が足を止めた人に…
REVIEW
Lillies And Remains『Superior』- 孤高のバンドが9年の歳月を経て到達した…
REVIEW
SAGOSAID『Tough Love Therapy』- ヒリヒリとじんわりと痛むのは、きっとその…
REVIEW
pandagolff『IT’S NOT FOOD!!』- 言葉も、音も、声も、すべてを噛…
REPORT
国境、ジャンルを超えた、音楽のピュアな熱量が交錯する祝宴 -『Sobs Japan Tour 202…
INTERVIEW
【Playgrounds Vol.1】3代続く老舗スポーツ用品店〈FUJIKURA SPORTS〉が…

LATEST POSTS

REPORT
自由のために、自由に踊れ!日常を生きるために生まれた祭り – 京都学生狂奏祭2024

寮生の想いから生まれたイベント『京都学生狂奏祭』 …

COLUMN
【2024年10月】今、大阪のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「大阪のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シーンを追…

COLUMN
【2024年10月】今、京都のライブハウス店長・ブッカーが注目しているアーティスト

「現在の京都のインディーシーンってどんな感じ?」「かっこいいバンドはいるの?」「今」の京都の音楽シー…

REVIEW
Tomato Ketchup Boys『The Second Escape From The Summer Darkness』―ウェットで甘酸っぱく、刹那的なエモーションが駆け抜ける

静岡県浜松市出身の3ピースバンドTomato Ketchup Boysが2ndアルバム『The Se…

INTERVIEW
地元愛と刺激に満ちた音楽祭 – ボギーが語るボロフェスタの魅力と自身のライブの見せ方

今年で23年目になる京都の音楽フェス『ボロフェスタ』。毎回、ロック、ポップ、アヴァンギャルド、アイド…