研ぎ澄まされた美意識が寄り添うものとは―『Lillies and Remains Japan Tour 2023 “Superior”』
2023年7月12日、実に9年ぶりのアルバムとなった『Superior』をリリースしたLillies and Remains。10月21日に渋谷〈WWW X〉にて、同作のリリースツアー最終公演となるワンマンライブを開催した。
2010年代のインディーミュージックシーンに彗星の如く現れ、ポストパンク、ニューウェイヴの影響を色濃く残した耽美な世界観とソリッドでスタイリッシュなサウンドで唯一無二の存在感を放ってきた彼ら。『Superior』では、これまでに築き上げてきた世界観、サウンドを受け継ぎつつも新たなアプローチへと果敢に挑んだ。近年、ライブも以前ほど頻繁には行っていなかったこともあり、多くのファンが詰めかけた。
そのライブは、意欲作を手土産に表舞台へと帰ってきた彼らへ向けられた晴れやかな祝福と、9年間が決して「空白」ではなかったという説得力に満たされていた。
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待望のライブでようやく命が吹き込まれた新作
PRINCESS PRINCESS、西城秀樹……開演前、早々に埋め尽くされたフロアで流れていたのは往年の歌謡曲やJ-POPだ。BOØWYの“Dreamin”が流れたところで場内が暗転したと思いきや、たちまちステージに明かりが灯り強烈なライトに照らされて颯爽とKENT(Vo / Gt)とKAZUYA(Gt)が登場。
1曲目“Like The Way We Were”は、きらびやかなシンセが躍動する曲だ。どこか90年代のV系を思わせる、耽美でありながらもキャッチーなメロディラインが会場の空気を一変させた。ステージ上では、黒ずくめの衣装に身を包んだメンバーが艶やかな身のこなしでオーディエンスに応える。
近年の肩の力が抜けきった自然体のインディーロックバンドたちにはない、どこか超然とした佇まいが感じ取れた。やはり、その姿はBauhausのPeter MurphyやJapanのDavid Sylvianらの影と重なる。Lillies and Remainsが身に纏うのは、そういった80年代ポストパンク、ニューウェイヴバンドたちが持っていた、浮世離れした妖しさだ。更にいえば、同時代に日本の音楽シーンを彩った往年のビートロックバンドのようでもある。それこそ、登場のSEにBOØWYを選んだのも、このステージを見て妙に腑に落ちる。
いずれにせよ、Lillies and Remainsが持つ存在感はその音楽性はもちろんのこと、彼らが体現する色気、非日常性が現行の音楽にはなかなか見られないものであることも大きいのかもしれない。
その後も『Superior』から“Muted”、“Neon Lights”、“Greatest View”等を立て続けに演奏し、音源を聴いていたファンたちにとって初めて“目”に触れる曲が続く。瞬く間に湧きたった会場を見ているうちに、新たな曲に魂を吹き込むのは、彼ら自身のライブパフォーマンスであることを再確認できた。
錆びない、色褪せない、初期の危うさと切れ味
「往年の名曲を……」
KENTが中盤のMCで照れ隠しのように切り出し、初期の代表曲も演奏された。まずは、1stアルバム『Part of Grace』から“Wreckage”。そして、初の音源であるEPの表題曲“Moralist S.S.”。古くから彼らを知るファンにとってはこれ以上ない選曲だろう。
メランコリックで美しいギターのリフレインが鳴り響く儚げな“Wreckage”は、生で聴くとその奥行き、沈み込んでいくような深遠さを冷たい質感のギターの音色と共に味わえた。流麗なメロディラインが前面に打ち出された近年の作風へ、当時の彼らがアウトプットした名曲といえる。
そして、ささくれだったギターと吐き棄てるような荒々しさが印象的な“Moralist S.S.”。ひりひりとした空気を纏いながら疾走するパンキッシュなサウンドは、『Superior』で見られたキャッチーでスケールの大きな楽曲とのコントラストが強く印象に残った。
どちらも、削ぎ落とされた音作りで耽美でありながらも刹那性に満ちた危うさをはらんでいる。そんな鋭さ、不穏さが、少しの陰りもなく、ギラギラとした輝きを残していたことで、場内のボルテージが最高潮に達したといえよう。
リスナーの生き様とも重なる9年の厚みと重み
初期の曲との対比が印象的だったのは、いうまでもなく最新アルバム『Superior』の楽曲だ。リリースツアーの千秋楽ともあれば、やはりそれが狙いだったのかもしれない。
ほとんどハードロックといっていいくらい、ザクザクとしたヘヴィなリフが叩きつけられた表題曲“Superior”がその象徴だ。キャッチーなサビと、暗い場所へ光が差し込んでくるような壮大なスケール感は、どちらかといえば荒々しく、ダークな雰囲気が強かった初期のLillies and Remainsとは明らかに趣が異なる。
爽快感すら感じさせるシンセポップ“Neon Lights”や物憂げながらも包み込むような繊細な音色がきらきらと鳴り響くシューゲイザー“Focus On Your Breath”など他の楽曲も例に漏れず該当する。
ただ、彼らの表現する美意識、音楽への探求心が為す作品である以上、決して表現者としての指針がぶれることがないということもまた事実だった。
歌詞がすべて英詞な上に難解なものも少なくない彼らの曲を通したメッセージは、ライナーノーツやインタビューでもあまり語られることはなく、あくまで聴き手の解釈に委ねられている。ただ、Lillies and Remainsの楽曲が持つ疾走感やメランコリックな世界観、ロマンティシズムに魅せられた人たちが思いを馳せるのは、きっと自らが歩んできた道のりであったり、これまでの葛藤、今後への人生観なはずだ。
繊細かつ生々しい自己内省の音楽として、存在し続けているLillies and Remainsの音楽がそれでもうっとりするような美しさ、艶やかさを持っているのは、それまでに彼らの曲と共に生きてきた人たちへの肯定でもある。
『Superior』が出るまで待ち続けていたファンたちもそれぞれの人生を重ねてきたに違いない。それは、メンバーも同じ。終演後、晴れやかな表情でサイン待ちの列に並ぶファンたちには、そのことが届いていたようだ。
等身大であること、日常の延長線上にあること、ある種の泥臭さ。多くの人から共感を得る音楽には、欠かせない要素といっていい。ただ、そうした在り方とは一線を画した、Lillies and Remainsの耽美で日常とはどこか別のところにある世界観こそが、己に寄り添ってくれると感じる人も少なからず存在している。
人間の生きる姿は寸分の狂いもなく作り込まれた彫刻や絵画のようにはいかないかもしれない。それでも、不揃いで生きているからこその美しさがあり、その美しさこそが作り込まれた創作物の世界にインスピレーションを与えていることも事実だ。
思い通りにならないことや苦しいこと、こんなはずではなかったと遣る瀬無くなってしまうこと。そういうものが積み重なって、できあがっていく人間の生き様は創作物よりも醜いものではなく、同様に繊細で美しいものだ。美意識や美への執着を捨てるのではなくて、己の今を肯定するものとして尊ぶこと。それこそが美しさを求めることの息つく先にあるものだ。この意味では、退廃的であっても、幻想的であっても、幸福感に満ち溢れていても、すべてはそれを嗜む者の存在の肯定といえる。
Lillies and Remainsの楽曲が更に増した奥行き、表現の幅は、それを演奏するバンド、嗜むリスナーの生き様とも重なる。この夜のライブそのものが『Superior』と同様、この9年が持つ時間の意味、重みがあったからこそ、到達できた境地を存分に堪能できる「作品」だった。
撮影:yasuhiro ono
セットリスト
SE
1. Like The Way We Were
——(MC 1)——
2. Muted
3. Broken Receiver
4. Neon Lights
5. Everyone Goes Away in The End
6. Greatest View
7. Falling
——(MC 2)——
8. The Fake
9. Pass me by
10. Sublime Times
11. Close to me
——(MC 3)——
12. Wreckage
13. Final Cut
14. Focus on Your Breath
15. Passive
16. Moralist S.S.
——(MC 4)——
17. Superior
18. Body
19. This City
20. New Life
Lillies and Remains
京都出身。2007年に本格的な活動を開始。しばらくは4人編成で活動していたがメンバーチェンジを経てKent(Vo / Gt)とKazuya(Gt)の2人体制に。これまでにフルアルバムとEPをそれぞれ3本リリースしている。そして、2023年7月12日リリースした『Superior』が実に9年ぶりとなるフルアルバムとなった。
Instagram:instagram.com/lillies_official
X(旧Twitter) : twitter.com/l_and_r
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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