カルチャーを生む対話、きっかけをくれる自転車―Wood Village Cycles【MAKE OURSELVES! Vol.1】
東京の幡ヶ谷にある〈Wood Village Cycles〉。カスタムオーダーの自転車専門店だ。80~90年代のヴィンテージフレームを中心に揃え、スケートや映画、ストリートカルチャーへの造詣も深い店主・木村さんが組む自転車は、唯一無二。店を始めた経緯、木村さん自身が考える作りたい自転車の在り方について掘り下げていく。
欲しいもの、または作りたいものを作る。そして、それを仕事にする。インディペンデントなビジネスやブランドの根底にある動機といっていい。自らが作り手であり、使い手でもあるからこそ、妥協したくない。それに、改善点が見つかればすぐにでも新しいことを試したくなる。この連載では、音楽やアートといった表現活動とはまた別の角度からインディペンデントなカルチャーの成り立ちを紐解いていくことを目的に、そうしたインディペンデントなプロダクト、ブランドの作り手にフォーカスする。
自由を与えてくれる自転車
「最近、うちに来てくれるきっかけとして一番多いなあと感じるのは、電車に乗りたくない人たち。満員電車のストレスと比べて、一度自転車中心の生活に変えたらすごく快適だと思います。案外10kmくらい、すぐ移動できちゃいますからね」
木村さんの穏やかな口調でさらりと言われると納得してしまいそうになるが、実際に10kmを自転車で毎朝漕ぐのはかなりのハードルではないだろうか。東京都内でいえば筆者が住む神田から渋谷までがおよそ10kmに該当する。決して無理な距離ではないが、効率を重視しての選択であれば自分なら迷わず電車を選ぶかもしれない。
「途中、寄り道もできますからね。うちのお客さんで毎日10kmを自転車通勤している方がいて、その方に関してはほとんどまっすぐ帰らないですから(笑)」
もしかすると、むしろそちらがメインなのではないかとすら思う。こうした気軽さも、効率の先にある「自由であることや」そこから生まれる「気持ちよさ」につながっているのだろう。常連客であるその男性は仕事の帰り道、自宅と職場のルートからは遠回りなエリアにあるお気に入りのコーヒーショップや古着屋へ足を運ぶのがルーティンと化しているそうだ。
「他のお客さまも、自転車以外に釣りとか登山とかそういうアクティブな趣味をお持ちの方が多い気がします。やっぱり、自転車は移動手段だから何かのサブとしてどこにでも入っていきやすいですよね。自転車をきっかけにして普段知り合わない人と関わるきっかけになればと思っています」
住んでいるわけでも、職場のそばでもない街にある店へ通う。普段関わることがない人と出会うきっかけとして大きいはずだ。実際に〈Wood Village Cycles〉でもお客さん同士の関わりを作るようなイベントを企画している。目的地を決めて夜の街を自転車で旅する「ナイトクルージング」や10kmほどのサイクリング後に河川敷で豚汁を食べる「豚汁ライド」がその代表だ。
「『みんなでお風呂に入る』みたいなものだと思うんです。移動自体は普段当たり前にしていることだけど、一緒にやると楽しいし、仲良くなれる。それに、みんなで目的地に行ってダラダラ喋るっていうのがちっちゃい頃の遊びに近いんですよね。おいしいものを食べに行くとか、景色を見に行くとか。それが自転車で行くことで楽しくなる。あくまで自転車が起点になっていて、あまり自転車にも乗らずに山を登ったりとか、釣りに行ったりとか、そういうのもあるので」
自転車をきっかけにして、知らない街へ足が向いたり、新たな人との交流が生まれる。こうした“寄り道”を楽しむことがこのお店で自転車を組む人にとっての共通要素といえる。あくまで実用的なものでありながら、生活を最短距離で結ぶことが目的ではない。自転車は自由を与えてくれて、効率性と天秤にかけても気持ちよさを選んでしまう魅力がある。日常に“遊び”をもたらすもの。それが〈Wood Village Cycles〉で作られている自転車だ。
実家の隣、ガレージで始めた自転車作り
“遊び”や“寄り道”をもたらす自転車のあり方の追求。そこに至るまでの道のりはやはり紆余曲折あったようだ。
「まだ20代前半の頃、総合スポーツショップで働いていました」
当時の職場で扱っていたのは、最新の高性能スポーツバイク。スピードと車体の軽さを突き詰めて開発されたものだった。
「スピードや高い性能は、突き詰めると街中で気持ちよく走るうえではそこまで必要ないから、持て余してしまう“オーバースペック”なんですよね。僕が組むとしたら、機能とかスピードは必要充分なところで、且つ見た目とか色とか、そういうのも自分らしくというか。自分が乗るうえでテンションが上がるような、気持ちよく乗れるようなものを作りたいと思うようになりました」
一昔前まで、職場で年配の上司から「自転車が趣味なんですよ」と言われて見せられる写真は、ピタピタのウェアにスポーティーで車輪が細いロードバイクにまたがっているイメージ。これは、筆者だけではないだろう。スピードを叶えるためにそぎ落としていくとその形に行きつく。ただ、そぎ落としてしまうものや移動手段としての性能に関係がないもの。そこにこそ“遊び”がある。
今〈Wood Village Cycles〉で扱っているのは当時の仕事とは真逆のベクトルともいえるヴィンテージの自転車だ。古いフレームやパーツを組み立てて好きな形にカスタムしていく。
「地元が東京の足立区なんですけど、団地のゴミ捨て場に廃棄されていた古いロードバイクを持って帰って直してたんですよね。拾った時は本当にボロボロで、回収作業員のおじさんが『持って帰っていいよ』って。そこからだんだん興味を持って、30~40年前くらいの自転車をいじるのと、仕事で最新の自転車をいじっているのを比べると、楽しい、面白いと思えたのがこっち(古い自転車)でした」
最初の作業場は、実家の隣に父親が建てたプレハブ。その次は友人らと借りたアパートの一室を作業場としていた。やがて周囲の友人たちからも自転車を組んで欲しいと頼まれるようになった。地元の同級生や仲間、趣味のスケートボードを介して知り合った友人など。自分が作りたいものを作る。趣味に没頭するうちにだんだんと固まっていった。
「作業場がだんだん手狭になってきたなあと思っていた時、ちょうどコロナ禍が始まって、電車通勤をしたくなかったから地元を出て、職場から近い世田谷へ引っ越したんです。そうしたら、今度は作業場が遠い(笑)。だから、こっちの方で物件を探したら見つかって」
幡ヶ谷に新たに見つけた作業場が現在の〈Wood Village Cycles〉だ。仕事をしながら続けていた自転車製作。やがて、自らの店を始める準備を進めていく。
「最初に働いていた自転車屋を辞めて、スケートショップで働いていた時期もありました。その後は、自分の店をやると決めていた時にもう一度自転車ビジネスを学ぶために『tokyobike』で期間を決めて働くことにしたんです」
ずっと好きで続けていたこと。いざ店を始めるにあたり、一番やりたいと思えた。自身と仲間が欲しい物を作り続けていたから。
今お店で作る自転車にも、木村さんならではの遊び心や、自転車以外の事柄にもアンテナを張っている“寄り道”の要素が垣間見える。お店の中で、やはり目を惹くのが新品の自転車では見かけない鮮やかなフレーム。すべて一点物で、木村さん自ら選んだもの。ここにパーツを加えてカスタムされた一台に仕上げていく。
「自転車を組むにあたって、あまり自転車から影響を受けすぎないようにしています。古い自転車って、当時の流行りがデザインとか色遣いに反映されるんです。古い企業広告とか、車とか、映画のポスターとかを見てそこから色合わせを見たりとか。自転車のフレーム一つとっても年代によって“当時感”っていうのが全然違うので、意識していますね」
スケートカルチャーにも精通し、古着や映画等の趣味も持つ木村さんだからこそ、自転車にもその影響が大いに反映されている。他の店ではできない、唯一無二の自転車と出会えるからこそ、かつて木村さんに自転車を依頼した友人たちと同じようにここで作りたいと思える人が現れる。
自転車が生まれるまでの過程も、木村さんと依頼する人がコミュニケーションをとった先に生まれる。
「基本は組みたい自転車のイメージを持っている方が多いので、スマホで『こういうのがいい』って画像を見せてくれて、『それならこの中から選べますよ』みたいな感じで提案をします。街乗り派が多いんですけど、中には少し長めの距離を走りたいっていうお客様もいるので、そういう想定を見越してより快適に走れるギアとかフレームを提案したりして。あとは、『どこからどこまでの通勤ですか?』とか『普段荷物は多いですか?』とかから始まって。たとえば10kmの通勤をするとしたら『こんなハンドルが楽ですねえ』とか。そういう想定をこの辺で僕自身が乗るならどうするか、を基準に選んでいます」
東京にずっと住んでいて、且つ街を自転車で常に移動している木村さんだからこそできる提案だ。
筆者が新しく大きな買い物をするとき、専門店へ行く前にそれを持っている仲のいい友人に一度相談してみたくなる。専門知識はプロの方が持っているのは間違いないが、生活の中での細かいことや個人的な話を相談するのは気が引ける。そう思ってしまうからだ。実際、筆者もギターを始めたいという友人から、家に埃を被ったレスポールが飾ってあるという理由だけで楽器屋巡りに付き合わされたことがある。
木村さんとの対話を通して作られる自転車はそういったパーソナルなコミュニケーションも含めて生まれる。自転車だけのことを考えていては見落としてしまうような生活のこと、趣味のこと、遊びのことや街のこと。そういったニュアンスを共有することから始まる。〈Wood Village Cycles〉において一貫して大切にされている、「自転車をきっかけにして新たな場や人と出会うこと」。それを可能にするためのプロセスにそういった対話が不可欠なのだ。
早さや軽さよりも、楽しさ、心地よさ
自分自身と仲間たちのために作りたい物を作る。趣味として始めたことを店として始めるにはある程度のハードルがある。店舗にしなくてもSNSやイベント等発信をする機会が数多くある中で、開業を決心するきっかけや原動力となったことは何なのだろうか。
「物心ついた頃から、なんとなくお店を持つことに憧れがあったんです。20代の頃行っていた古着屋とか、スケートショップとか。そういうお店が好きだったし、何よりオーナーさんたちがかっこいいなと思っていて」
個人で店をやりたい。そこでやっている人たちが魅力的に感じたことも手伝って、漠然とした憧れはいつの間にか現実的な目標となっていった。
「はっきりと自転車屋をやると決めたのはここ数年くらいです。ようやく、20代半ばくらいからだんだん固まってきたんですけど。『tokyobike』で働いて2年半くらい経ったとき、物件も決まって丁度いいタイミングだったので。ほぼ、勢いですね」
ハード面の環境が整い、店を始めるにあたり、開業当初から木村さんが心に留めていることがある。
「僕個人の意見を失わずにいることを大切にしています。個人店の強みは、その空間にいる人だったり、その空間の色が出るところだと思うので。よく来てくれる常連さんにも、日常会話の中で積極的に自分たちの意見は口にするようにしています」
木村さんが無意識のうちに憧れていた個人店の店主たちにも同じことがいえそうだ。単に商品を買い求めるのではなくて、店主のマインドや人柄に惹かれ、共感してその店に行く。これは自転車に限った話ではなく、個人商店全般においていえることだ。たとえば、レコードや服を買う際も買うのであれば、同じものの値段ではなくてお金を落としたい対象で店を選ぶのと同じように。
木村さんの自転車に対する考え方や、自転車を介して新たな関わりを楽しんで欲しいという思い。そして、自転車を介した関わりから生まれていくコミュニケーションやアクティビティ。そうした店の中身の部分、形にならない部分に共感する人が集まってくる。
木村さんが思い描く〈Wood Village Cycles〉の姿にはこれまでに彼が通ってきた個人店に加え、もう一つの理想像がある。
「アメリカのポートランドに行ったとき、衝撃を受けたんです。興味を持ったのは、移動手段として自転車を優先した街づくりをしているのと、スケートの有名なパークがあることで、ある時自転車屋巡りとスケートをしに行きました。一番印象に残っている自転車屋は、自分で組めるキットスペースがあるんですよ。小さいお店なんですけど、周りの自転車屋が組みたい人に教えるスペースみたいな。乗りたい人をみんなでサポートしてあげてる環境に感動したんですよね。古い自転車を廃棄せず、使っていくっていう考え方も共感できて。完璧だな、自分がやりたいのはこれだなって思った瞬間でした」
木村さん自身が自転車を組むことはもちろん、それに共感した人が集う場づくり。そのきっかけに自転車があること。木村さんが実現したいことを叶えるうえで、自転車がハマったことが一番大きいのかもしれない。だからこそ、前の章で述べたようなお客さんとのコミュニケーションを、木村さんは大切にしている。
「まあでも、まだまだ自転車屋って入りづらいと思うんです。ある程度知識がないと何がおいてあるのか分からないものも多いし、買う物の単価も高い。こちらがどれだけウェルカムな気持ちでいたとしても、敷居を跨ぐ上でのハードルはあります」
だからこそ、来てくれた人に入りやすく、マインドに共感してくれた人を受け入れる店作りを心がけている。
「お店の入口で友人夫婦のコーヒー屋さんが淹れて出しているのも、そのことがきっかけです。自転車屋にただ来たらコーヒー飲むためだけにきていいっていうのは大きいかな、と。やっぱり、『お店に来るからには何かしらしなきゃいけない』っていうのはあるじゃないですか」
コーヒーを出すカウンターが自転車より先に目に入る。そして、お店の奥には木村さんの作業場があるが、店とはベニヤ板の壁一枚。且つガラスのはめられていない大きな窓が空いていて、作業の様子も見え、木村さんと会話をすることができるようになっている。
「僕一人でやっているので、始めたときから作業しながらもお客さんと話せるようなお店にはしていますね。最初は作業場と入口に壁もなくて、来たらすぐ話せるようになっていたんですけど、どうしても作業が忙しいときは進行が完全に止まってしまうので(笑)。今はこの窓から作業していてもお店が見えるようになっています」
自転車を買うと決めていなくても、木村さんが大切にしていることに触れるきっかけとしてお店に来る。交流イベントに参加する。何かが気になってドアに手をかけた人には可能な限り間口を広げている印象を受けた。
とはいえ、初めてお店へ足を運ぶ人にとって、最初のハードルを越えるきっかけは必要なはずだ。幡ヶ谷駅から少し歩いたところにあり、且つ商店街から横道にそれた住宅街。不便な場所とは言えないが、目立つロケーションとも言い難い。近所の人か、よほど“寄り道”したがりな人でもない限り偶然通りがかって知ることはそれほど多くないだろう。
「やっぱりこうして、メディアに取材を受けて、その記事を通して知ってもらうことが多いですね。あとは、Instagram。友人の投稿で見た、とか。SNSでもメディアの取材でも、僕自身の声が届けられたらと思っています」
〈Wood Village Cycles〉で自転車を組んだ人や集まる人が、そのマインドを周囲に話したりSNSで発信するということもあるだろう。
実は筆者が〈Wood Village Cycles〉を知ったのは、自転車業界で働く友人がここで組んだカスタムバイクに乗っていたことがきっかけだ。見たこともないメタリックブルーのフレームが目を惹くロードバイクにまたがり、日々様々な場所へ出かけて自転車を介した交流を楽しんでいる。職業も生活圏も異なる彼との最初の会話は「めちゃくちゃかっこいい自転車ですね。どこのやつですか?」だったと記憶している。それほど饒舌ではない友人は、そのことを事細かに語ってくれたわけではないものの、彼のライフスタイルや自転車そのものが何よりも〈Wood Village Cycles〉のマインドを物語っていたといえる。
インディペンデントな物作りが個人の趣味や自己表現の域を超えるのは、こうした他者を巻き込むこと、仲間ができていくフェーズにある。成果物を介して共感した人がいつしかその当事者となり、作り手に代わってそのマインドや価値観を周囲へ共有する存在として動き出す。
東京のストリートで、見たこともないような自転車が駆け抜けていくとき。街中で出会った自転車に乗った彼がどこかでフラット現れて、会話が生まれたとき。木村さんが知らないところで、彼が思い描く〈Wood Village Cycles〉の理想形は既に実現しているのだろう。
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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