INTERVIEW

畑に立つことがやめられない!京都の耕作集団『HATAKE JUNKIE』が体現する社会からの解放

京都市郊外の集落で生活する映像クリエイターのトオルさん。彼は近隣で3つの畑をシェアし、共同で作物を育てるコミュニティ『HATAKE JUNKIE』の窓口役を務めている。仲間はそれぞれシェフやカメラマン、デザイナーなど全く異なる生業を持ち、農業従事者は一人もいない。それぞれ、別の仕事に従事しながら、コミュニティと活動を維持できるのはなぜなのか。

OTHER 2025.07.30 Written By ivy

畑に立つけど、農家じゃない

「もうね、猿は無理。防ぎようがないっす。あいつらは、本当にギャングスタ(笑)。集団組んで、襲い掛かってくるんですよ。柵を作っておけば、鹿は防げるけど……。そういえば、猪はあまり見ないですね、この辺だと」

 

やれやれといった顔で話すから、きっと彼にとって動物たちとの小競り合いは日常茶飯事なのだろう。これは、人里離れた山奥の話ではない。ここは、京都の地下鉄・烏丸線「国際会館駅」から車で10分ほど走った場所にある川沿いの集落、八瀬。DJとしても活動する、映像クリエイターのトオルさんが住む木造日本家屋は、そんな集落の一角にある。

彼の自宅を訪れたのは、夕方6時過ぎ。盛夏の訪れを前に活気づいた虫の声と風に擦れる木々の音が、これから先は人間の支配する時間ではないということを伝えてくる。

 

トオルさんは、この家をシェアハウスしているアルゼンチン出身の友人、ホアンさんも含めた数人で京都市付近の3か所で畑を耕している。コアメンバーと周辺のメンバーを合わせてクルーのようなコミュニティを形成しており、その名も『HATAKE JUNKIE』。畑で野菜や農作物を育てることはもちろん、それぞれDJやアーティストとしての音楽活動や『HATAKE JUNKIE』名義でのパーティーの主宰、調味料や食品などの物販等、その活動は多岐に渡る。

 

栃木県出身、サラリーマン時代の就職を機に京都へとやって来たトオルさんが仲間たちと畑を持つようになったのはどういった経緯だったのか。

 

「畑を始めたのは、5年前。僕の友だちの中に一人、畑のスペシャリストがいるんです。僕が西陣の方でシェアハウスをしているとき、元々友だちだった彼が徳島県から京都に引っ越してきて。こっちで畑をしはじめて……っていうのが最初です。そこから畑を僕も始めて」

 

そこから現在の『HATAKE JUNKIE』というコミュニティが形成されていく。

 

「今、僕と同居しているホワンと、別にフランス人のピチューっていうメンバーがいて。最初、ピチューとホアンで別の廃村を耕して畑をやっていたんです。途中、僕とホアンが一緒に仕事するようになったんですが、『廃村から遠すぎる』って言っていたらこの家を見つけて。一緒に住みだして、ここからすぐ近くで畑を2か所借りれて、はい、で、そこからですね」

 

メンバーそれぞれ、農業とは全く違う仕事をしている。例えば、ホアンさんはトオルさんと同じ映像関係。ピチューさんは料理人で京都市内西陣地区で〈Rififi Studio〉というブランチ専門のレストランを営んでいる。

 

「よく『農家なんですか?』とか聞かれるけれど、僕らは農家じゃないし、これが仕事じゃないから。ゆるいんですよ、とても。特にこの曜日にみんなで集まろうとか決めていないし、基本的にはみんな週1、下手したら2週間に1回しか行けていない時もあるくらい。『作物ができないと給料もらえない』とかじゃないし。肥料や農薬は使わなくて、本当にナチュラルなので。雑草抜くか、作物に『頑張れ!』って声をかけるくらい(笑)」 

別に、お金はいらない

自らの活動を仕事ではないと言い切るトオルさん。それは畑での活動のみならず、『HATAKE JUNKIE』すべてに一貫している。

 

「別にお金もいらないんですよ。作物を売ろうとすると、結構ハードルが上がるし、欲しいとか言われても(その時に、すぐに提供できるものが必ず)あるわけじゃないし。あまりそういったやり方に関しては積極的にはなれないんです」

 

そもそも、利益を出すことを目的にしている活動ではないので、作物を売ることがゴールではない。青果を売るとしたら駐車場代や移動費、そもそも準備のために割く時間などコスト面を考えたらそれがメインでない以上得策とは言えない。何しろ、『HATAKE JUNKIE』の畑はすべて耕作放棄地となっていた土地を引き継いだものだ。

物販商品もいくつかリリースしているがそれは利益を追求する商品というよりも、クリエイターや食のプロフェッショナルといったそれぞれのスキルを本業よりも自由な形で表現するための“作品”に近い印象を受ける。躍動感あるリズミカルなグラフィックが目を引くパッケージはすべてトオルさんが手掛けている。

 

「最初はチミチュリソースを出して。イタリアンパセリとニンニクとオレガノを使ったソースです。あとは唐辛子を使ってタバスコも作っていますね。唐辛子って一つ植えるとめちゃくちゃ増えちゃって、育てたらとてもじゃないけど消費できる量じゃないんですよ。だから、みんなで面白いもの作ろうかな、みたいな」

 

タバスコは1本あたり1000~1400円。決して調味料として安い値段ではないかもしれないが、栽培から製造、パッケージングデザインまで自ら考えた手間賃を考えると……。

 

「いやぁ、割に合わないっすよ(笑)。だから、これで儲けようとかは一切なくて。置いているのも、知り合いのお店だけです。そんなにたくさんは作れないし、たくさん流通させたいものでもないし。ただ、それを売るための場が欲しくてパーティーをやってるところはあるかもしれないです」

 

物販は、商品を売ってお金を稼ぐことよりも、自分たちの作品を見てもらうことで存在を知ってもらうこと、それぞれの仕事へとつながるきっかけとなることを目的としている。ある意味、共同制作型ポートフォリオのようなものともいえるかもしれない。

 

では、お金や利益の追求に興味を持たない彼らにはどんな理由があって畑に立っているのだろうか。

食べ物の作り方、知ってる?

「理由は、特にないです(笑)。本当にやりたいことだから、としか。なんだろう、文字通りジャンキーなのかもしれないっす」

 

理由はない。意識したことがない。それは彼の正直な言葉なのかもしれない。そうだとしたら、きっかけはあるはずだ。

 

「10代の時に聴いていた、音楽かもしれないです。The Beatlesが大好きだったし、Rage(Against The Machine)にも衝撃を受けたし。歌詞で何を訴えているんだろうって。たとえば、Bob Marleyを聴いて、何に“Get Up, Stand Up”するのかって考えるんですよ。目の前の当たり前、疑うことすらしていなかったことに気付かされて。そしたら、今まで当たり前に暮らしてきた社会のことに疑問を持ち始めて」

その時、真っ先にトオルさんの関心が向いたのは食だった。

 

「食べ物の作り方を知っておきたかったんです。生きていくために絶対、必要じゃないですか。直接食べ物を作っていたら、究極の話、お金もいらないし。逆に社会の仕組みが食べ物でコントロールされてしまう要素はあると思っていて」

 

実際、災害時や天候不順で日本でも特定の食べ物が出回らなくなる事態は過去に幾度となく起きている。そうした有事の際、太刀打ちできないのは、それを自分で作れないからだ。

 

「それこそ、今『お米がない』って言われているけれど、お米の作り方を知らないことが問題だと思うんです。畑をやっている人でも、本業は別のことをやっている人がたくさんいます。僕らもカメラマンとシェフとDJ、ラッパーが集まっている。畑は、言ったら素人。でも、畑に植えたらどんどん生えてくるし、気軽に食べ物を作ることはできるんだぞ、って知っておくことが大事なのかなって」

ここで補足を加えておくと、恐らくトオルさんを始めHATAKE JUNKIEの面々は農作業をせずとも、お金で買って食べ物を手にすることができる立場にある。それぞれ社会において仕事を持ち、その気になれば買い物も可能なロケーションで生活しているからだ。そもそも、彼らの中に農作業で生計を立てていたことがある人はいない。

 

それでも敢えてサバイブするための術として食物を育てていることが『HATAKE JUNKIE』の本質だ。必要に迫ら得られていないこと、特に理由はないこと。それでも、やりたい。そう思えるのは、当初の「やりたい」という衝動の先に、続けていくだけの核となる理由があるはずだ。

やめたくてもやめられない状態

「『HATAKE JUNKIE』って、Webサイトの紹介文にも書いているんですけどやめたくてもやめられない状態のことなんです」 

 

ジャンキー。ドラッグに溺れて、やめられなくなることに例えた、畑に立つことがやめられなくなる状態。初めは衝動で手を出したことが、気がついたらやめられなくなる。農業でそれが起きるのは、どんな心境なのだろうか。

「たとえば、今日田植えするとして、そんな前もって決められないんです。天気にも左右されるし、水が溜まるかとか、水路が詰まったりとか、いろんな人の水路をシェアしてるから、田んぼに水を入れるタイミングも一人では決められない。それに、農作業自体も一人でできる規模じゃないから。『この日にやる!』ってなった時に、15人ぐらい仲間を集められる能力がまず必要にんります。だから、孤立できないんです。『退職したら畑する』とか言ってるおじさん、よくいるじゃないですか。『めっちゃ大変やから』ってことは、言いたい。まじでしんどいし、一人でパソコンをいじり続けて、会社以外で社会との関わりを持たなかった人がいきなりするにはハードルが高いですよ」

 

農作業は一人ではできない。だから、孤立できないし、周囲の人を孤立させない。関わりを持ってしまったからには、畑に立つことも「やめられない」。体力的な負担もあれば、失敗することもある。面倒に思う気持ちを抱くこともあるかもしれない。やらないと生きていけないわけでもない。それでもやるのは、それだけ彼らにとって、畑が自分一人だけのものではなくコミュニティ全体のものであり、生活の基盤としてゆるぎないものになっているからだ。

 

当初の狙いや目的とは別に、「やめられない」ことを続けていくうえで彼らが行き着いた一つの答えがあるとするならば、「食うために仕事をする」という社会の当たり前を脱却できたことであろう。これは、『HATAKE JUNKIE』の面々が100%自給自足で生活をしているということではない。ただ、自らが食べ物を得るための方法を知っているというだけで、少なくとも仕事は「食うため」のものではなくなる。

 

「資本主義の社会では、モノの価値がお金に換算されて、価値が変動するのが当たり前じゃないですか。畑で作ったものも、資本的な価値はめちゃくちゃ低いんだけど、基本的にそれを『食べる』っていうことでは価値は変わらないんです。株とか不動産とか、そういう風に価値が変動する前提のものとは違うから」

 

フリーランスであっても、組織や会社に所属する身であっても、仕事が生命維持のための手段であることは変わらない。たとえ経済が衰退しようとも、食べ物に困らないという、人間として、生物として最も基本的で普遍的な行動を自ら行うことで仕事に対するスタンスとしての自由を得ている。

HATAKE JUNKIE

 

京都市北部の耕作放棄地を使い、自由時間の耕作や実験を楽しむコミュニティ。伝統的な自然農法と無農薬農法を組み合わせ、健康的な野菜を地域社会に還元することを掲げる。「誰もそれを止めることはできない!」

 

HP: hatakejunkie.com/ja
Instagram: @hatakejunkie

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