「この作品のあるべき姿」映画『望郷』大東駿介・菊地健夫監督へインタビュー
遠のくと見えなくなってしまうし、近すぎても忘れてしまう。体の何処かにはたしかに染み付いているはずなのに、ついつい意識の外に追いやってしまう。そんな「故郷」の問題について改めて深く考えさせてくれる作品がここにあります。
映画『望郷』が9月30日(土)に関西でも上映が始まりました。今回は監督の菊地健雄さんと、「光の航路」パートで主演をつとめた俳優の大東駿介さんにインタビューをしました。
全編を瀬戸内海の因島(いんのしま)で撮影されたとのことですが、ロケはいかがでしたか?
僕は海がない栃木県足利市で育ったので、「島」にしかない独特の光の当たり方や空気、生活している人のリズムみたいなものを感じて撮影出来たのは非常に大きかったと思います。因島の中心近くに山(白滝山)があって、その四方を海に囲まれているという風景は非常に印象的で劇中にも映しました。
海がある分、どこまでも行けそうな気もするけど、逆に海によって本土と隔てられているともいえるし。見方によって真逆に見えるのが面白かったですね。「因島での撮影」にこだわらせていただけたことは作品に大きな影響を与えたと思います。
情景にこだわりが随所に感じられましたが、そのこだわりのために苦労した点はありますか?
今回は光の変化の表現を積極的に意識して制作しました。普通の映画なら太陽が安定してから撮影をはじめるところですが、この作品では不安定さみたいなものを狙ったので、通常の撮影とは逆に天候の問題で困ったことはなかったです。
島の人から色々と聞けたことや風景を実際に目にすることで、原作で湊かなえさんが書かれていたことの痕跡に触れることができました。むしろ島での撮影は作品にプラスに働いたことのほうが多いですね。たとえば日立造船の最後の進水式[注]を契機に寂しくなってしまった商店街では、シャッターが下りてはいるものの建物自体は残っているなど、その場に立つだけで何かを感じることが出来るというのは大きかった。ちなみに、その島には誰よりも深く大東くんが分け入ってくれました。
[注]造船所で組み立てた船舶を初めて水に触れさせる作業・儀式のこと。因島ではかつて造船が盛んだった。
そうなんですね。いかがでしたか?
『望郷』のあるべき形、あるべき場所で撮影できたと思います。それに尽きるかなと。映画ならセットを建ててやるという場合もたくさんあるのですが、湊かなえさんの故郷の因島が舞台になっているこの作品をしっかり描くには因島で撮影する必要があったんですね。場所というものが作品にどう影響するのかわかりにくいかもしれないけれど、ものすごく重要なんですよね。
今回の撮影は実際のお宅を借りて撮影もしました。セットでは用意できない、「部屋が呼吸している雰囲気」を出せたと思います。人と接するのも重要で、なるべく空き時間は因島の方と接するようにしていました。
地元の方とのエピソードは?
農家の人と飲んでアツく将来について語ってましたね。助監督も交えて。地元の人と長く接することで島の問題に僕も一緒に真剣に考えるようになって。ちょっと喧嘩になるくらい(笑)さきほど菊地監督も言っていましたが、島という環境は何が特殊かって海という境界線が見えているんですね。島を出るのはエネルギーが必要なんですよ。舟に乗るとか大きな橋を渡る。そういう環境の中にいるんですよ。
島の子に「高校どこ行くの?」って聞いたら「本土の尾道の方に行きます」って返ってきたり。そんな風に若者がどんどん減っていったり。
今では島と本土がしまなみ海道という高速道路で繋がっていますが、ちょっと前までは橋自体がなかったわけで。(橋が)通ったことで島の集落ごとの人口のあり方が変わってきた、みたいなことを現地の方が直接僕にあけすけに話してくれたんですね。
どういう風景の中で、どういう出来事をこの島で育った登場人物たちが経験していたのかということを想像するヒントは島の方々からたくさんいただきました。大東くんに出てもらった方の「光の航路」の中で出てくる進水式も80年代後半くらいに実際にあったことなので。
因島は造船が盛んだったころの街並みがそのまま残っているんですよ。進んでいる時間と止まって居る時間のはざまで暮らしている人達の話を聞くのは参考になりましたね。東京は夜とか昼とかあってないようなものですから。(午前の)3時や4時でも明るいところは明るいですし。
夜中の3時でもどこか食べに行こうと思えばお店開いているしね。因島は夜10時超えると何もないですから。
当たり前に朝が来て、当たり前に夜がくる。東京から通って撮っていたらこの感覚は得られなかったですね。島で撮影を密にしたことで、自分の体内の時間のリズムも島のリズムにはまっていったのかなと。
湊かなえ原作作品という文脈で語られることが少なくないと思いますが、それについてお二人が何か意識することはありますか?
他の原作モノがそうではないというわけではありませんが、『望郷』は特に作品に対する敬意がきちんと込められています。監督を中心に物語の核を捉えてしっかり解釈できた映画だと思います。僕もいろんな原作もの演じさせ得てもらっていますが、今回に関していうと湊かなえ原作ということはそこまで意識していないです。小説は小説、映画は映画と思っています。
もともと原作は6篇の短編の連作で、今回はそのうちの2本を題材にしています。「夢の国」と「光の航路」の両主人公同士が同級生だったというリンクは原作にない設定なんですね。ただ映画は『望郷』というひとつの物語として見てもらわないといけないので、こうした映画独自の世界観を脚色で加えました。原作の核を残しつつも書き言葉を映像言語に変換するみたいなイメージで。そこは湊さんにもよく伝わっていたみたいで良いリアクションを頂きました。「たしかに狭い島なんだからすれ違っていてもおかしくないよね」とか。
島の撮影に関しても、その中で育った湊さんとは違った見方にはなっていると思います。自分は外部からの視点で撮っているので。これも小説を元に映画を作る醍醐味だったなと。原作通りではないけれど、そう遠くない「望郷」が作れたと思います。
では最後にアンテナ読者のみなさまにメッセージをお願いします。
『望郷』という作品は自分の故郷や過去と向き合わざるをえない映画です。あらためて故郷に帰ってみようと思えるような作品ではないでしょうか。
昔と向き合うと映画の見方や音楽の聴き方は変わるんですよ。子どもの頃に聴いていた音楽ってどうしてあんなに好きだったんだろう?と聴き返してみると意外と音楽性が高かったり。この映画を通して、自分がどんな人と出会ったか、どういう社会で育ったか、そんな原点まで振り返れるはずです。そこでの振り返りがきっと感性に新しい刺激を与えてくれると思います。ぜひ見てほしいです。
湊かなえさんの小説の表現を、僕なりに「故郷を思うことはどういうことか?」、「親子の関係は何だろう?」ということをテーマに映画という異なる表現に変換していくことを意識しました。映像だけでなくmoumoonさんが書き下ろしてくれた主題歌「光の影」が、映画に文章の最後の丸を打ってくれて。ゲイリー芦屋さんが作ってくれた映画音楽も作品の世界観を広げてくれるような、観客の想像を膨らませるような素晴らしいものになっています。
また、地方に住んでいたり地方から出てきた人にも見ていただいて、その人にとって故郷というのは何だったのかということを振り返ってくれると嬉しいです。原作は重苦しい雰囲気が少しあるのですが、映画は最後に前向けるというかちょっと光が射す終わり方になっています。今や配信とかもありますが、ぜひ劇場で見ていただきたいです。
鑑賞後にもう一度このインタビューを読み返していただくことをオススメします。二人の言葉がよく届き、さらに作品への理解と愛着が深まるのではないでしょうか。注目の映画『望郷』は関西エリアでは大阪・テアトル梅田、京都・京都シネマ、兵庫・元町映画館の3か所で上映されます。詳細は以下。
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95年生。映画ライター。最近大人になって手土産をおぼえました。
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「フラスコ飯店」というwebの店長をしています。