『きみの鳥はうたえる』三宅唱監督インタビュー 映画の仕事は「見つめること」
9月1日公開、『きみの鳥はうたえる』。舞台は現代の函館。柄本佑、染谷将太、石橋静河らが演じる3人の抒情的な日常に流れる時間を丁寧に切り取った映画です。
今回アンテナ編集部は三宅唱監督へのインタビューを敢行。映画製作に直結する監督の視点や、作品に込められた想いを伺いました。東京ではない地方のコミュニティで、音楽やカルチャーに触れながら豊かな暮らしを送る若者たちを描いた作品。北海道は函館と京都、距離こそありますがこの映画で丁寧に表現された世界観とアンテナのビジョンには近いものを感じました。それは自らの力で暮らしや生活を豊かにしようという気概です。
今回のインタビューでは『きみの鳥はうたえる』の登場人物たちや三宅監督が、どのような姿勢で日常をより鮮やかに彩っているのかを聞くことができました。
鑑賞前のあなたも、鑑賞後のあなたにもお楽しみいただける内容となっています。
視線を向けることは、その人と向き合うこと
僕はこの作品『きみの鳥はうたえる』を観て、柄本佑さん演じる「僕」や染谷将太さん演じる静雄と、僕も仲良くなったかのように錯覚してしまうほどの自然な印象を受けました。
そう言ってくれてありがとう! 遠くから観察するというよりは、近くで彼らの友達みたいな距離感で撮りたいという気持ちで作ったから、その言葉が素直に嬉しいです。
特に気になったのが「視線」です。この映画では3人の様々な視線が切り取られています。三宅監督にとって「視線」は人間関係を築くうえでやはり重要なモノなのでしょうか?
「見る」ってことが何より重要だと思っています。この映画にとって大切なのは「誠実さ」。劇中で「あなたって誠実じゃないね」とかそんな台詞が何度かある。誠実って難しい言葉だけれど、それは相手をちゃんと見る、相手とちゃんと向き合うということ。そういう風に僕は解釈しました。それがこの映画のテーマの一つだし、また芝居そのものの基本でもあるよなと考えました。良いお芝居というのはひとりで成立するものではなくて、2人以上居て初めて成立する。1人の場面でも、風とか鳥の鳴き声とか、周りの世界をどれだけ感じられるかが重要で。1人だけが良くて成立する芝居なんてありえなくて、相手をちゃんと観察する、お互いに観察しあうことではじめて「いいお芝居」とか「いい場面」が生まれると思います。とにかく「ちゃんと見る」ことが『きみの鳥はうたえる』という映画の物語としても非常に重要だし役者たちにとっても製作する自分たちにとっても重要でした。
「見る」という点について、僕はこの映画の作為的な部分にも魅力を感じています。たとえば、劇中人物が視線を動かしたときにその視線の先をカメラは映さない。画面の中にあるのはその人物の目線や表情だけ、というシーンがいくつもありました。
そうだね、たしかにそういうシーンはたくさんあります。
例えばメールのシーン。柄本佑さん演じる「僕」と石橋静河さん演じる「佐知子」が、お互い勤務中にもかかわらず携帯でやりとりをしますが、ここで2人が相手に送信した文面は映されていません。このような描写が他にもたくさんありましたが、これは監督自身の意図でしょうか?
もちろん意図なのだけど、でも最初からそう決まったわけじゃないんです。
何を撮るか決める前に、まずはカメラのないところで「場」をちゃんと立ちあげる。撮影チームのみんなで作っていく。これが「演技」とか「演出」ってことだと思う。そこから先、それをどう「記録する」のか?あるいは「記録しない」のか? って考えています。役者だけじゃなく映画監督も、結局は見つめる仕事だと思います。
役者が何かを見つめている姿を、監督もまたしっかりと見つめているということですね。
劇中で彼らが周りの物事をしっかり見つめれば、多分お客さんも同じように注意深くスクリーンを見つめてくれる。そういう相互作用が働くんじゃないかなと信じています。そういう力を引きだしたいので、劇中人物が何かを見つめているという姿は、ちゃんとそのように撮りたい。何を見ているのかも大事だけれど、ちゃんと見つめているという態度そのものが重要ですね。
見たものをいかに切り取るかという点に作り手の思想が見えますね。
カメラを武器のように使って社会の悪を糾弾する、みたいなスタイルの人もいるよね。そういう映画の表現だってあるけれど、自分の場合はカメラを通して良いものを感じることが大切というか。そういうカメラの使い方が好きだなと思っていて。カメラを通してもっと好きになる。面白いところやチャーミングなところをカメラを通して発見する。これが俺にとってのカメラの使い方。
記録する意味 「映画は今を記録する表現方法」
そんな「カメラを通した発見」で最も印象的なものは何ですか?
本当に全部なんだけれど、多くの人がきっと発見すると思うのは、まず石橋さんの魅力かな。ヒロインの佐知子は小説でも本当に魅力的な女性なんだけれど、彼女が演じてくれて本当によかった。映画の中で佐知子の顔がコロコロ変わるんだよね。柄本佑演じる「僕」が隣にいるとき、染谷将太演じる静雄が隣にいる時、3人でいる時、1人でいる時――全部顔が違って見えるんですよ。コロコロ変わっていく。
ひとりの人間のそんな姿を全部見ることが出来るのはすごい経験だと思いました。いろんな姿があるのが人のリアルですよね。家族といるとき、恋人といる時、友達といる時は違いますよね。それが自然なことだとしたら、劇中の佐知子は物凄く自然だよね。そして俺のカメラもそれに反応していきたいなと思いました。素敵な瞬間にあわせて、その都度それに合わせてカメラも変わっていくような。なるべく柔軟にありたいなと思いました。
自分の我を出すよりは、そこにあるものをそのまま写実的に切り取る感覚でしょうか?
そうですね。今回で言えば、まずとにかく本当に素晴らしい役者たちが目の前にいるわけです。その発見を共有したい。大袈裟に言えば自分が撮らなければ、身近にいる人間しかこの魅力を知ることは出来ない。でもカメラで記録することによって今の時代の人にも、あるいは後世にもこんな人間がいたということを伝えられる。映画はそういう風に自分の今生きている時代で発見したものを、ちゃんと記録することができる表現方法だと思うから、そういう意気込みで彼らを撮るのが自分の仕事だと思ってました。
なるほど
その上で、その後の捉え方は自由です。例えばある人物をみて、誠実と思うか最低と思うか、それはコントロールできないものだし。それと、僕にとってつまらない映画でも発見上手な人にとっては面白いものになるし、すっごい面白い映画だってみる人自身が何も発見できなければつまらなくなる、ということもある。とりあえず、なるべく間口広く「記録」したつもりなのでその中からまた新たに「発見」してほしいな、と思います。
普段からもそういった「記録する」という視点はお持ちですか?
そうですね。スナップ写真とかはやってこなかったけど、2014年からiPhoneのビデオカメラ機能だけを使って『無言日記』というドキュメンタリーを作っています。
毎月webで発表して、1年分ごとに映画にしています。同じ手法で『ワールドツアー』というビデオインスタレーション作品も手掛けました。日常的に見慣れた風景でも、カメラを持って接するとより良く見える瞬間ってたくさんあるなと思う。それによって救われることが多くて。しんどいときとか、参っちゃったりへこんだりしてるときって塞ぎこんで外の世界に目が行かない。だけどふと見たらその辺に生えてる木がチャーミングに見えたりとか、自分の悩み事とは全然関係なくそのへんに猫が歩いているとか。そんなことを発見するだけでなんだか救われたような気分になる。そういう感覚はずっとあります。
なるほど。今のお話は1人称的・内面的な部分のお話ですが、3人称的に――映画監督的な俯瞰の視点で、何か日常で得られる発見はありますか?
ちょっと違うかもしれないけど、デートしてるカップルとか見るの好きですね。「あの距離感なら、そろそろ別れんじゃないかな?」とか思いながら(笑)。あとはライブハウスとかクラブでナンパしてるのを観察するのも楽しいかな。最近は全然行ってないのだけど。ああ失敗したなとか、今度そっち行ったんだ、とか思いながら。懸命な姿に「うまくいったな、よかったじゃん!!」とか。なんか良いんだよね。そういうのをトロンと酔っぱらいながら見てる。そいつもそいつで日常ではバイトしんどいとか、学校しんどいとか、逆に勉強頑張ってたりとか色んなことがあると思うんだよ。でも夜になったら女の子に会いたい。そういうのはよく「チャラい」って言われるけど、これってある意味真面目じゃん!?ある意味生きることに真面目だなと。
よくわからないけど、妙に感動するんだよね。お酒のせいで涙もろくなってるだけですかね。お酒弱いし。猫にしろカップルにしろ、自分自身の外、世の中にあるものを発見する感じというか、内面よりも外の方がずっと面白いと思っています。
クラブと言えば、クラブやカラオケのシーンなんかも丁寧に撮ってらっしゃいますよね。しかも同時録音※というのには驚きました。
[※通例、こうしたシーンでは音楽を後から編集で入れるのが一般的]
あの雰囲気は同録じゃないと撮れなかったと思うから、本当に録音部のおかげです。
クラブのシーンもカラオケのシーンもかなり長いですよね?
長すぎると感じる人もいるかもしれないけど、どうせ終わるんだし、せっかくだから付き合ってくれませんか? と思ってます(笑)。この長さはあまり無いと思うし。真面目にいうと、クラブに行ってこんなことがありましたという「情報」ではなくて、疲れるくらいちゃんと体感するために、あの長さが必要だろうと考えました。ライブでラップしてくれたOMSBの書くリリックはすごく共感する所や支えられる所があったし、Hi’Specの音も心底好きで、きっと多くの人がグッとくるはずと前から思っていたので、彼らが出演してくれたのは嬉しかったですね。
OMSBは以前からもドキュメンタリーの『THE COCKPIT』に出演していたり、MVの監督を三宅さんが手掛けていたりなどの交流があったのでそこまで不思議ではないですが、石橋さんのカラオケに関してはなぜこのオリビアという選曲に?
オリビアは石橋さんセレクト! 映画の中でどれだけ佐知子が自由にのびのび振舞えるかが重要だったから、このシーンで何を歌うか一緒に考えようって話して、5曲ずつ候補を持ち寄ることにして、一緒にカラオケ行って、一番グッときた曲が『オリビアを聴きながら』。ほんとにいい歌声なんですよね。
はい、クラブで踊っている姿も流石といった感じでしたが、歌もすごくお上手でしたね。
しかもこれ、ふと歌詞を見ると何かこの物語のことが書かれている気がして。
出逢った頃は こんな日が
来るとは 思わずにいた
Making good things better
いいえすんだこと 時を重ねただけ
「オリビアを聴きながら」より
音楽の歌詞ってそういうものかもしれないですよね。例えば、何回も聞いている曲なのに、急に全然違う意味に思えたり、不意打ちで胸に刺さってくる。音楽の力って本当に………すごいなと。
ちなみに他の候補曲は?
全然覚えてない(笑)。それくらいオリビアがぴったりだったってことかなあ。あ、はっぴいえんどの「風をあつめて」があったような気がします。
映画とか音楽とか芸術に救われることは沢山あるから
では最後に、今回の映画『きみの鳥はうたえる』はどのような人に届けたいですか?
映画を見る余裕のない人にこそ見て欲しいかな、と思いますね。人生に映画とか音楽とか芸術とかは絶対に必要だし、それによって救われることは沢山あるから。この物語の主人公たちはバイトサボって映画館に行ったり、金は無いけど友達と一緒に過ごすために時間を過ごすとか、好きなミュージシャンが近くにきたらちゃんとライブに足を運ぶとか、喫茶店でちゃんと好きな本を読むとか。そういうことをすごく大切にしている人達。
映画をよくみる人はそういう喜びを知っている人が多いと思うけれど、でもどんどんしんどくなったり、歳を取ったりするとそういうことから離れてしまうと思っていて。自分もそういうところあるし。でも、家に帰って寝るのも最高だけど、そんな時こそ無理やり映画館とか行く方がリフレッシュできるんじゃないかな、とよく思ってます。今回の映画からそういうことを感じ取ってもらえるんじゃないかな、という気はしていて。疲れた時に銭湯に行くような感覚で、映画館に行ってほしいですね。
開店祝の花を盗むシーンとかもそれに近いかもしれませんね。
ははは、かもしれない、盗んじゃ駄目だけど(笑)
でも、花の匂いを嗅ぐだけでふっと楽になれる瞬間がある。それを知っているというのは生きていく上で案外いいことなのではないか、と思っています。忙しいから後回しにするとか、金がないから諦めるとかじゃなくて、生きて行くうえでの喜びやうれしさをちゃんと捕まえる。そういうことがこの映画の土台にあると思っています。
なるほど、ありがとうございました。
今作映画を作るうえで大切にされている視点や哲学を話していただきました。「役者の演技に合わせて相互的に通じ合いながら映画を作る」というお話には、1人では決して成し得ない映画製作の到達点の高さを改めて実感しました。
本編の話については触れることがありませんでしたが、とても素敵な作品です。間違いなく2018年ベスト級の1本。まだ見ていないという方は是非劇場でチェックしてみてください。関西の上映は9月22日(土)から。テアトル梅田、京都シネマ、イオンシネマ桂川、元町映画館などで上映予定です。
京都シネマ | 9月22日(土)~ |
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イオンシネマ京都桂川 | 9月22日(土)~ |
テアトル梅田 | 9月22日(土)~ |
シネマート心斎橋 | 9月22日(土)~ |
元町映画館 | 9月22日(土)~ |
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WRITER
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95年生。映画ライター。最近大人になって手土産をおぼえました。
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「フラスコ飯店」というwebの店長をしています。