国境、ジャンルを超えた、音楽のピュアな熱量が交錯する祝宴 -『Sobs Japan Tour 2023』ライブレポート
シンガポールのバンド、Sobsの日本ツアー東京公演が6月4日(日)に下北沢の〈THREE〉で行なわれた。4年ぶり、2度目の来日となった今回、筆者の想像以上に日本のインディーミュージックファンから熱烈な歓迎を受けていたのが印象的だった。曲のクオリティやメンバーの魅力的なキャラクターは勿論、彼らのパフォーマンス、楽曲が見る者の感情を揺さぶり、共感を生んでいることが一番の要因であるように思う。ライブを見て真っ先に浮かんだのは、かつて私たちが見聞きしたのと同じ音楽体験を、海の向こう、シンガポールの若者たちも味わっていた、という確信だった。
シンガポール発のドリームポップ / インディーロックバンド、Sobsの日本ツアー東京公演が6月4日(日)に下北沢の〈THREE〉で行なわれた。2019年以来、実に4年ぶりとなる待望の再来日だ。前回の来日時点では1stアルバム『Telltale Signs』がシンガポール国内でリリースされ、知る人ぞ知る存在であった彼らも、この4年間でアジアのインディーミュージックシーンを語るうえで外せない注目バンドとなった。
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今年3月にはアメリカの大型フェス『SXSW』への出演も果たし、2022年にリリースされたアルバム『Air Guitar』は欧米のインディーミュージックファンにも好評を博している。
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メンバー自ら「Uncool Pop Music(かっこよくないポップミュージック)」と称する通り、今昔のナードなポップミュージックを咀嚼した音楽性が本作で確立された。1990~2000年代のポップパンクやギターポップ、80年代のニューウェイブ、そして日本の渋谷系やインターネット音楽に至るまで、様々な時代、国を聴き漁ってきた筋金入りの音楽オタクであるSobsのメンバーたち。彼らが創り出す音楽には、インディーミュージックファンがどこかで聴いていた、耳に残っていた、そんな音楽体験を呼び覚ます力を宿している。またそのポップミュージックは、生まれながらにして英語圏で育ち、幼い頃からごく身近に海の向こうの音楽がある環境で育ったシンガポールの若者たちが持つ音楽の可能性を証明しているとも言えるだろう。
しかしそんな環境でありながら、シンガポールのインディーミュージックシーンは、フェスティバル、ライブハウスやレーベルなど、全世界を席巻するほどの目立った動きにはこれまで至ることがなかったように思う。だからこそ彼らが最初のアイコンになる存在といっても過言ではないだろう。こうして、今ではシンガポール国内の枠を超えた支持を集め始めているのだから。
そんなSobsを祝福するかのように、会場には多くの人が詰めかけた。列を待つ来場者たちも、高まる期待をしまい込み、音楽談議に花を咲かせている。その様子はさながら、インディーミュージック好きたちが待ち焦がれていた祝宴の様相を呈していた。
バンドが持つ奥行、ふり幅を最大限に表現したBertoia
「トップバッターなのに、こんなにたくさん集まってくれて!」
murmur(Vo / Gt)のおっとりとしたMCが開演早々、温まったフロアに響く。2007年の結成以降、シューゲイザー、ドリームポップシーンを牽引してきたBertoiaがオープニングを飾った。全員が並んだステージを見ると、無彩色に身を包んだ寡黙な他のメンバーの中で一人真っ赤に染め上げた髪とミントグリーンのワンピースを纏ったmurmurが文字通り異彩を放つ。
“AnthRelax”と“MONOTONE”。1stアルバム『MODERN SYNTHESIS』の2曲で幕を開けたそのステージは、最後まで緊張感を保ち、祝宴の火付け役として最高のパフォーマンスを観せてくれた。中盤に演奏されたややダークでスローな“Pure Black”や疾走感溢れる“1974LAB.”なども含め、アプローチの幅広さを実感する曲順だった。
Bertoiaは4月24日(日)、アメリカ・オースティン出身のドリームポップバンド、Letting Up Despite Great Faultsの来日公演でもゲストアクトを務めている。筆者はその時のライブも目にしたうえで、この日のBertoiaは、より立体的で迫力をもって響いた重厚なサウンドがその音楽的な振り幅を最大限に表現していたように思う。轟音の中、メタリックなまでに金属的なギターやうねるように躍動するベースライン、表情を変えるドラムスなど、硬質さと柔軟さを併せ持った凄みのある音。バンドの「生き物」としての力強さをダイレクトに感じさせてくれた。そんな盤石のサウンドの中でmurmurの凛とした透明感を持つ歌声と、一人ステージを楽し気に躍動する姿が重なっていくところは、やはりBertoiaでしか成り立たないバランス感がある。オーディエンスを世界観へと引きずり込み、圧倒する、極めて濃密な音を鳴らしながら、不思議なくらいにポップで親しみやすい。このバンドの魅力を存分に味わえる時間だった。
見る者の脳裏にその日を刻みつけたDYGL
続いてDYGLの秋山信樹(Vo / Gt)は顔が見えないくらいにベースボールキャップを目深に被って登場した。ライトの影になって目元は見えないけれど、歯切れのいい痛快なガレージロックを首筋が浮き上がるくらいに熱く歌い上げる姿は、妙に色気がある。ライブ後半、“Dazzling”直前のMCがこのライブのハイライトだった。
「人生はぐるぐる回ってく……なので、バンド始めてみよっかな、って曲です!」
本当に彼らのライブを見て、バンドを始めた人がいるんじゃないか。いや、いて欲しい。この夜のDYGLは、一挙手一投足が見る者にとって特別な意味を持つ体験を創り出していた。表情やステージドリンクのラベルまで見える距離のライブハウスだからこそ、彼らの魅力が際立っていたのかもしれない。
この日のセットリストは、まだ未発表の新曲“Shadows”を始め、メロウでどこか物悲しい、しっとりとした曲を中盤に固めていたのが印象的だった。音源でのローファイな仕上がりに比べ、ギターのアルペジオや、ノスタルジーなシンセの音色が、少しあどけなさを残した秋山の歌声の澄んだ響きをもって湿っぽく響いてきた。失恋の喪失感であったり、孤独な苦悩であったり、歌詞の意味をふと考えたくなった。部屋で聴いたら心地いい音楽が、生で聴いたら沁みてくる。知っているはずの曲に改めて心を打たれる。これだけで、今日この場に居合わせてよかった、と思えた。
ただ、本領発揮は後半の怒涛の畳かけであることを特筆したい。初期から身の上としてきた直球のガレージロックは、こういう曲があるからこそより爆発力が増す。浮遊感漂うセンチメンタルな“Waves”を演奏した直後、たっぷりとタメて一言。
「切なめな曲が多かったんで、楽しい曲をやろうかな?」
カラっと乾いた明るいロックンロールアンセム”The Rhythm of the World”が後半の始まりを告げた。打って変わって楽し気な曲が並び、冒頭に記載した例のMCから最新アルバム『Thirst』でも特にパンキッシュな”Dazzling”へ。ブチ切れガレージロックに仕上がっていて、フロアに飛び降りてギターをかき鳴らす、「お決まり」のパフォーマンスも絵になっていた。
この日は、もしかしたら彼らが目当てではないオーディエンスもいたかもしれない。それでも、彼らが鳴らす音楽の効能は、この空間に居合わせたすべての人に届いているように見えた。蒸し暑い初夏の夜、身体を揺らした後は喉が渇く。彼らが喝采の中撤収した後、ドリンクブースには長蛇の列ができていた。
メンバーの音楽体験をエモーショナルに映し出したSobs
たとえ同じ曲を聴いていたとしても、いつ、誰と、どこで、どんな気持ちで、何をしながら聴いていたか。それで音楽体験は大きく変わってくる。言葉も違い、文化的な背景も、季節も、街の匂いも違う異国で育った人と音楽体験を共有できるということ自体が当たり前のことではない。それが成り立ってしまうところにSobsの魅力はあると思っている。オーディエンスのうちの誰かはスウェディッシュポップを聴きながらデートの支度をしていたかもしれないし、ティーンの頃、ドキドキしながら行った初めてのフェスでポップパンクを聴いたかもしれない。そういうミクロ視点の音楽体験が頭の中で再生されるような感覚になるのだ。
DYGLとBertoiaのライブで既に宴もたけなわ。上機嫌のフロアは、ステージに登場したSobsを待ってましたとばかりに歓声で迎え入れた。オープニングを飾ったのは、最新アルバム『Air Guitar』からの“World Implode”。The 1975を筆頭にポップで踊れる煌びやかなインディポップに青春を捧げた現行のインディーロック好きにとって、これ以上なく刺さるダンサナブルな一曲だ。そこから同アルバムのタイトルトラック“Air Guitar”へ。90年代のスウェディッシュポップバンドのシンガーたちのように、セクシーで少しばかり大仰なまでのステージングがやけに板についたヴォーカルのCelineは、早速オーディエンスの目をくぎ付けにした。掴みから完璧……!そんな矢先のMCでCelineがまさかのハプニングが起きたことを告げる。
「今日、声がダメになりそう(苦笑)」
関西、名古屋を周って4日連続公演の3日目ということもあってか、彼女の喉は本調子ではなかったようだ。言葉通り、その後の曲も時折苦しそうに歌う。ただ、既に彼らに心を掴まれたオーディエンスの熱は、そんなアクシデントでさえも冷めることはなかった。
「Celine、のど飴いる?」
MC中にフロアからそんな声が飛ぶのも、既にその空間を味方につけていた証拠といっていい。時折喉を休めるためにCelineがマイクを手放したとき、他のメンバーたちがフォローする様子すら、微笑ましかった。Raphael(Gt)が聞き取りやすい英語で丁寧にオーディエンスへ語り掛け、ツアーのことを話していた時には、すでにみんなで見守るような空気が出来上がっていた。
その後もちょくちょく休憩をはさみながらも出し惜しみなしのセットリストが続き、今回の目玉ともいえる“Friday Night”へ。
弾けるようなポップネスとシンセサイザーが妖しく煌びやかに彩る、いかにもSobsらしいナンバー。その一方で、アウトロのドラムンベース調のダンスパートが瑞々しくも鋭利な切れ味を持つ、アルバムの中で異彩を放つ曲でもある。ファンの間では「例のパート」として話題になっていたこのアウトロは、果たして生のライブでどう表現されるのか。大きくなる期待と一抹の不安を持ったまま、ついに訪れる……。
ライブ直後、多くのファンがTwitterで言及していたように、音源以上の素晴らしさだった。一瞬、空気の色が変わるような、時計の流れすらゆがむような、強烈なトリップ感。そして、他のロックバンドのライブで味わえるものとは似ても似つかない強烈な多幸感。歌声が不調気味のCelineも髪を振り乱して踊り、フロアが文字通り揺れていた。実は「例のパート」は、その瞬間までバンドの屋台骨を支えていたドラムスとシンセが、突然主役に躍り出るパートだった。固唾を呑んで見守っていたオーディエンスは、この快楽の塊のような音の正体が紛れもなくSobsだからこその「バンドサウンド」だったことに気づかされる。
終わってみれば、オーディエンスは心地よい充足感に満たされていたように思う。それは、ハプニングを加味してもお釣りがくるくらいに。その土台には、曲の良さが第一にあり、本調子でない中でもライブを成立させる底力もある。そうした中で完成されたこのライブは、メンバー3人が恐らくSobsを組むずっと前から聴いて、見て、演奏してきたこれまでの音楽体験を、新鮮さをもってオーディエンスと共有する時間であった。ともすると意外にも思えるAvril Laveneのカバー“Anything But Ordinary”だったり、どことなく矢沢あいの漫画『NANA』を彷彿とさせるCelineのファッションだったり。「もしかして同じような体験をしているんじゃないか」って、急に近しい存在に思えてくる。
この日、私たちが通じ合ったものは何だったのか
Sobsの出身であるシンガポールには、現在もライブハウスが数えるほどしかない。所謂コンサートホールのような場所であったり、クラブイベントをメインにしている貸しスペースであったり、いずれにせよバンドが音を鳴らすための場所は少ないそうだ。フェスもようやくぽつぽつと出てきたタイミングで、音楽シーンはまだ黎明期にあるといっていい。今のシンガポールはライブをする環境こそ、まだ整備されている途中かもしれないが、それぞれが聴いてきた好きな音楽を共有し、バンドやアーティスト自らが主体的に動いてシーンを創り上げている段階であるがゆえの魅力もある。
最近では、Sobsの他にも、若い世代のバンドが徐々に頭角を現しているのも事実。翌日に開催されたSobsの東京公演2日目に登場したBlush、マスロックからの影響を感じるテクニカルなギターロックを鳴らすWoes、00年代のパワーポップやエモ好きなら涙腺が緩むこと間違いなしなCarpet Golfなど、枚挙に暇がない。このように、一人で聴いてきた大好きな音楽をシェアできる仲間を見つけて曲を作り、ライブハウスも少ない中で演奏の場を探しながら、国内外のレーベルから作品をリリースするような動きが起りつつある。
この日共演したBertoiaとDYGLもそれぞれの音楽性やキャリアは大きく異なる。ただ、世代を超え、音楽のジャンルを超え、同じような音楽体験をした個人の集まりとして、愛してやまない音楽を表現する喜びを共有できる組み合わせだった。いずれもアーティスト、ミュージシャンである前に、マニアックなまでにリスナーでもある。シンガポールのインディーミュージックシーンが持つピュアな空気とのマッチングいう点で、日本国内で特にSobsと相性がいいバンドだったのかもしれない。それはステージに立った3組のメンバー、そして会場を訪れた人たちの表情が何よりも物語っていた。
この夜、開場直後からフロアを歩き回っていて、誰よりもこの日を楽しんでいるように見えたCeline。DYGLのライブが始まる前、一人で来たと思わしき女の子がドキドキしながら話しかけていた。Celineも気さくに応じて話す。既にこのライブが始まる前から、Sobsは音楽はもちろん、そのキャラクターも含めてファンを味方につけていたのかもしれない。ドキドキしながら声をかけて、これからステージに上がるフロントマンとしばしの歓談を楽しんだ彼女にとって、忘れられないミクロな音楽体験の一つとして刻まれたはずだ。
撮影:Yuki Kikuchi
Sobs
シンガポールのドリームポップ/インディーロックバンド。自ら「Uncool Pop Music」と称し、様々な時代のポップミュージックを咀嚼したナード感漂う音楽性が特徴。2018年に1stアルバム『Telltale Signs』をリリースし、初来日。2022年10月に4年ぶりとなるアルバム『Air Guitar』を《Topshelf Records》からリリースした。
Instagram:https://www.instagram.com/sobshaha/
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後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
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