突然、平穏な日々に現れた非日常体験としての「オルタナ」 -『Fine, Great 1st EP “Big Wife” Release Party』ライブレポート
2023年8月9日、初音源となるEP『Big Wife』をリリースした3ピースオルタナティブロックバンドFine, Great。9月5日、リリースに伴うレコ発イベントを下北沢〈THREE〉で開催した。クレイアニメやB級映画にインスピレーションを受けた、コンセプチュアルな楽曲でインディーシーンでも異彩を放つ彼らのイベントには、やはり一筋縄にはいかないバンドが集まった。
2023年8月9日、突如EP『Big Wife』をリリースしたオルタナティブロックバンド、Fine, Great。メンバーは、Turkeeey(Vo / Gt)、J(Ba)、吉田光佑(Dr)の3ピースだ。
現時点で唯一の音源、『Big Wife』を初めて聴いた時の印象は「かなり変なバンド」だった。90年代のパワーポップやエモを思わせる、荒々しくも甘酸っぱいメロディアスなサウンドを鳴らしつつ、メンバー曰くB級映画やクレイアニメからインスピレーションを受けたというシュールで独創的な世界観が強烈な存在感を与えている。その癖、決して「難解」にはならないキャッチーさがあり、やたらと耳に残る、中毒性がある楽曲が並んでいた。
Apple Musicはこちら
そんな彼らが9月5日(火)、下北沢〈THREE〉にて『Big Wife』のリリースパーティーを開催した。一癖も二癖もある音源をシーンに叩きつけた新人バンドが果たして他のバンドとどのような化学反応を起こすのか。共演陣のバンド名を見ても、どうやら一筋縄ではいかなそうな字面が並ぶ。
サバノオミソニー、HOGO地球、極東飯店……。
もはやどんな音楽をやっているのかも全く想像がつかない。期待と不安が混じり合う、不思議な気持ちを抱いて、恐る恐る〈THREE〉のドアを開けた。
サバノオミソニーの余韻と肌触り
雨がよく似合う。初めてサバノオミソ二ーの音源を聴いたとき、そう感じた。
ポップでありながらどこか愁いを帯びたメロディ、凛とした響きを持つ儚げな歌声、ところどころ挿まれるテクニカルなギター……。洗練されていながら、一筋縄にはいかないギターロックを鳴らす、栃木県足利市出身の男女4人組だ。Fine, Greatのメンバーとは友人同士だという。
ライブが始まって、1曲目は最新のEP『1R』から“ドロップ”。リードヴォーカルを務めるひろせあゆみ(Vo / Gt)の歌声は、音源よりもかなり太い声で、突き上げるような強さが澄んだ響きをより際立たせていた。エモーショナルという言葉では足りないくらい情感豊かなのに、ひんやりとしている。湿り気を帯びて、少し冷たい。やはり、彼女たちが鳴らす世界の天気はいつも雨だなと思った。
湿度と透明感、そして温度感。すべての曲においてこの魅力が詰まっている。音楽的なアプローチの幅はかなり広いバンドでありながら、根幹にある世界観でリスナーを魅了していった。
まるで雨上がり、秋の夜風のように爽やかな余韻を残してトップバッターのステージを終えたサバノオミソニー。
生のライブを目の当たりにしてこそ、楽曲の中の世界を身体的に味わうことができる。そんなライブハウスへ足を運ぶ醍醐味を体験させてくれた。
HOGO地球が打ち鳴らす、歪な個性の衝突音
ステージに立ち、これほどアンバランスな3ピースはそうそうお目にかかれない。
無精ひげで黒いツナギというグランジな佇まいとざらついた歌声がとにかく「濃い」、だらり(Vo / Gt)。往年の加護亜依を彷彿とさせる二つ結びお団子ヘアがトレードマークの紅一点、ハイパーミリ(Ba / Vo)。フロントマンのお株を奪いそうなくらい派手なアクションと鋭過ぎる眼光でドラムをぶっ叩く星野雀(Dr / Vo)。この3人が仮に一緒に、無言で電車に乗っていたら赤の他人同士だと思うだろう。
ところが、一度ライブが始まると、そのバラバラ感こそが唯一無二のバランス感を持っていることに気づいた。やさぐれた歌声と音割れしそうなほど歪んだギター、そして暴力的なまでに硬質なドラムが大暴れ。狂気じみた2人を横目に表情一つ変えずに刻んでいくベーシストはかえって不気味だ。
この日のハイライトは、2023年5月リリースのアルバム『GOLDEN WEEK』から“実家暮らし”。ローファイ過ぎるくらいローファイなサウンドと、とある関東近郊の青年がモラトリアムの終わりを明け透けに綴った歌詞が9月の下北沢に哀愁をもって響き渡った。
それぞれの強過ぎる存在感が故に成り立つ、危うい均衡は、観る者に強烈なインパクトを残し、気がついたら釘付けになっている。HOGO地球が鳴らす楽曲の破壊力は、その危うさであったり、歪な個のエネルギーが結集されたものだった。
騒々しく、すごい速さで、極東飯店の宴は続く
切れ味鋭い金属的なノイズと青い歌詞、まったり、飄々とした歌声。ストレートなようで捻くれている、どこか斜に構えた曲者感がバンド名とよく合っている。東京発、4人組オルタナティブロックバンド、その名も極東飯店。
やたらと反射する大きめのサングラスを掛け颯爽と現れた、いおん(Vo / Gt)が入念なリハーサルの後、ライブの始まりを高らかに告げた。
疾走感あるパンキッシュな”Mia, I’m Ready”で幕を開けたライブは、初っ端からハプニングに見舞われる。どうやらリードギターのネジが緩んでしまったようだ。ステージから転げ落ちそうなほど俊敏にステージを動き回っていたドヒ(Gt)が曲中にも関わらず突如ギターの復旧作業に追われることに。
どうにかギターの応急処置を済ませ、「名誉挽回、ギターがかっこいい曲やります」と”カンフースクワッド”へ。ハードロック調のリフに気だるい歌が乗る90sグランジ風味のロックナンバーで待ってましたとばかりに唸りを上げる。その後はギターソロが痛快な”猫も食べない”に繋がり、息つく暇もなく進行していった。
騒々しいまでにステージで大暴れする様は、観ている側まで気持ちがいい。何より、それをやって様になってしまうのは、かなり稀有な才能だと思う。鬱憤であったり、大小様々な葛藤を、ライブハウスに来ている多くの人も日々の中で抱えている。それを爆音に乗せて吐き出して、身体で大暴れしていく姿は、ハプニングを含めても共感しないはずがない。
ナイーヴで後ろ向きで、日々くよくよ生きている私たちにとって、彼らの歌は味方でいてくれる。そう確信したライブだった。
シュールな異界へ観る者を連れ去るFine, Greatというアトラクション
曲を「理解」すること。多くの場合リスナーは、その音楽を「理解」しようと頭を働かせて聴いている。もちろん、その曲に興味があることが前提ではあるけれど。
さて、Fine, Greatが持つ音楽の特性として、頭で理解することがほぼ不可能だといっていい。言語の壁や文化の違いといったレベルの話ではなくて、彼らが歌っている世界はどこにもない、彼ら自身の頭の中にしかないものだからだ。
その意味では、音楽的な共通項が多々あるにしてもFine, Greatと他の共演3バンドは決定的に異なる。特殊なバンドでありながら、彼らは決して難解さでオーディエンスを置いてけぼりにするような、自己完結型のバンドではない。ある日突然家の前に轟音を上げて上陸した宇宙船のように、超現実の世界へ居合わせた人を強制的に連れて行ってしまう。オーディエンスを単なる傍観者ではなく、異世界の体験者にする力こそ、Fine, Greatの真骨頂だ。
最新にして初のEP『Big Wife』から”HOLLYWOOD(LAND)”、”Project-QUEEN-“という曲順通りのオープニング。少し鼻にかかったTurkeeeyの歌声とともに、グルーヴ感が無条件に体を揺さぶってくる感覚が思いのほか心地いい。大音量でずっしりと刻んでくるリズム隊が大活躍しているが、彼らのステージでの動きとの連動も相まって、ライブならではの生々しさを生んでいた。
何せ、初っ端から心配になるほどのパフォーマンスだった。もちろん、不安要素があったという訳ではない。最後までやり遂げられるのか、途中で力尽きてしまわないのか。それだけ、3人が息つく暇もなく全身で楽曲を表現していたということだ。
もはや、3人全員がフロントマンといっていい。Turkeeeyはセンターパートの髪を振り乱して汗を飛ばしながら、ギターをかき鳴らし、声を張り上げる。吉田はその後ろで撫でるような繊細で丁寧な動きで、力強く荒々しいドラムプレイを叩きつける。Jは他の2人に比べたら少し抑え目な動きだが、屈強な体躯に鼻ピアスの強面な大男が笑みを湛え、楽しそうに身体を揺らしてプレイする様子は他でもなく彼ら自身が生んでいるグルーヴを体現していた。
シュールな世界観でありながら、気が付いたらその言葉すらグルーヴと共に身体を揺さぶってくる。気が付いたら、そんな非日常体験が徐々に会場に渦巻いていた。
たとえば、“INES-International Next Earth Station-”の歌詞の一節。
「宙に舞う 宙に舞う 僕らの(僕らの 僕らの)」
というコーラスパートが極めて印象的だ。この言葉だけだと一体何のことか全くわからないのだけど、ハイカロリーなサウンドと鼻にかかったTurkeeeyの声が魔法の呪文のように、心地よいグルーヴと連動していく。オーディエンスは訳も分からぬまま拳を突き上げ、呼応し、覚えたフレーズをシンガロングする。
EPの5曲目“I don’t care. I need more alcohol”で本編は終了した。MCで本編の最後をTurkeeeyが宣言したときには、オーディエンスから「はえーぞ!(笑)」という野次が飛んでいた。内容が詰まっていて、あっという間に感じられたからこその愛ある声だろうし、何よりそれだけ観る者も楽しんでいたということの表れだ。
彼らの音楽、そしてライブを観て近い感覚は映画『ポーラー・エクスプレス』(2004年)。クリスマスの晩、子どもたちを北極圏へ連れていくという列車が突然やってきてサンタが住む夢の国へといざなうファンタジー。「なぜ?」「どうやって?」「本当に?」起きていることを頭で理解しようとする子どもたちに車掌は一切答えない。ストーリー中の巻き起こる非日常にいつしか子どもたちが熱狂していく。ちょうど、彼らのライブもそんな感じだ。何も起こらないと思っていた私たちの日常に、ある日突然、宇宙から上陸してきた謎の巨大な乗り物。乗るか乗らないかはそれぞれの自由だし、乗る側もどうして乗るのかはよくわかっていない。ただ、乗った先にはとてつもない熱狂が待っていることだけは、体験者として証言しておきたい。
「見たこともない変なこと」に加担させてしまう、熱
「終わりーーーーーーー!」
アンコールを終えたFine, GreatのTurkeeeyが号令をかけ、中締めとなった。その後もしばらくの間フロアで歓談が繰り広げられていたが、これほど充足感に満ちたイベントも久しぶりかもしれない。
今になって思えば、目の前で繰り広げられている音楽を全身で楽しむこと。理屈や普段聴いている音楽とか、ジャンルとか、一度そういうものをどこかに置いて、そこで鳴っている音に身を任せる空気が全体に充満していたからだろう。
実は、それを終始体現していたのはFine, Greatのメンバー自身だということも特筆しておきたい。特に吉田に至っては、トップバッターのサバノオミソニ―から出番の直前の極東飯店まで、ずっと楽屋に下がることなくフロアにいた。
Fine, Greatを筆頭に、この日ステージに立ったバンドたちに共通することとして「変なことをやっているのに、いつの間にかオーディエンスを変なことに加担させてしまうこと」が挙げられる。観たことも聴いたこともないようなエッジの聴いた音楽に声を上げて、髪を振り乱して、個々の感情をのせる。この時点で、居合わせた者すべてが参加者である。
これまでにインディーミュージックシーンからメインストリームを巻き込み、世代やカルチャーアイデンティティの象徴として物語を生んできたバンドやアーティストは数多くいる。彼らは決して時代の主流に迎合することなく、それでもそんな音楽に魅力を感じた多くの人が参加したことで、ライブハウス、シーンを超えた「騒ぎ」を巻き起こしていった。
もしかしたら、Fine, Greatが新たな「騒ぎ」を〈THREE〉から起こしていくかもしれない。そう感じさせるだけの説得力があるイベントだった。
「Let’s Go Fine, Great!」
イベントのフライヤーにもあしらわれていた言葉が、自然にチャントのようにフロアから沸き起こったことが何よりもそのことを物語っていた。
撮影:yasuhiro ono
Fine, Great
2022年5月、Turkeeey(Gt / Vo)、J(Ba)、吉田光佑(Dr)で結成されたオルタナティブロックバンド。クレイアニメやB級映画からインスパイアされたSFチックで超現実的な世界観は唯一無二。2023年8月9日、〈hmc studio〉にてレコーディングされた1st EP『Big Wife』をリリースした。
Instagram:instagram.com/fine_great_band
WRITER
-
後ろ向きな音楽、胡散臭いメガネ、あまり役に立たない文章を愛でています。旅の目的地は、何もないけれど何かが起こりそうな場所。
OTHER POSTS